スポーツ産業のイノベーション─㉛ 人類は「進化」から「退化」へ

スポーツ産業のイノベーション─㉛ 人類は「進化」から「退化」へ
植田真司│株式会社ニーズ創造研究所 代表取締役(元大阪成蹊大学経営学部教授)

人類の進化と退化の定義は難しいのだが、歴史を振り返ると人類は走ることにより脳を進化させ、道具を使い便利な社会をつくり出した。そして、便利になったお陰で、せっかく手に入れたさまざまな機能を失おうとしている。便利な社会は本当に人類を幸せにしてくれるのか?今回は、人類の未来について考察してみた。

人類が生まれてから産業革命まで

まず、進化の定義を「出来なかったことが出来るようになること」、退化の定義を「出来たことが出来なくなること」とする。
 『なぜ人は走るのか−ランニングの人類史』の著者トル・ゴタスは、「人類が進化したのは、アフリカのサバンナで動物を狩るために長い距離を走らなければならなかったからだ」と述べている。つまり、人類は獲物を手に入れるために身体を動かし脳を発達させてきたのである。
ハーバード大学のダニエル・E・リーバーマン教授も著書『人体六〇〇万年史─科学が明かす進化・健康・疾病』で、「私たちの体は、大自然にある食べ物を食べて進化してきたが、現在では自然に存在しない物を食べるようになり、ガン、糖尿病などが増加している」と述べている。
また、『BORN TO RUN 走るために生まれた』の著者クリストファー・マクドゥーガルは、「弓矢、槍のない時代に、獲物が倒れるまで走り続ける持久狩猟により、汗腺で体温を冷やせるようになった人類は、全ての動物で最も長い時間、走り続けることができるようになった」と述べている。
しかし、産業革命以降、人類は多くのモノを大量につくり、便利な社会を築いてきたが、一方で悪影響も与えてきた。果たして人類は、幸せになったのだろうか。
 「便利」という視点では、古代よりも間違いなく現代の方が便利である。しかし、『石器時代の経済学』の著者マーシャル・サーリンズは、石器時代の方が幸せであったと述べている。過去と現在を比較すると現在の方が便利だが、石器時代は現在と比較することができず、自らの生活を不便と感じていなかっただろう。一方、「人と人の繋がり」を考えると、石器時代の方が互いに助け合って狩りをし、信頼関係を築き、衣料など身に着けるものは各人が作り、飢える時も共有し、格差もなく、幸せだったと考えられる。

人類の転換期

人類は地球環境に適応するために進化してきたが、今や人類が住みやすいように環境を変えている。夏は冷房、冬は暖房と人類が進化する必要が無くなったといえる。
また、人類により地球も大きな転換期を迎えている。人類が作り出した自然に存在しない物質が地球の表面を覆い始めているのである。ノーベル化学賞のパウル・クルッツェンとユージン・ストーマーは「アントロポセン(Anthropocene)=人新生」と新たな地質年代を提案している。これは、「人類の時代」という意味である。
例えば、プラスチックが開発された当時は、「夢のプラスチック」ともてはやされたが、今や「プラスチックスープの海」といわれ、人体への悪影響が懸念されている。現代の便利なモノやライフスタイルは、人類の健康や幸福につながらないのかもしれない。
 『スマホ脳』の著者アンデシュ・ハンセンは、近著『運動脳』で、「生物学的には、私たちの脳と身体は今もサバンナにいる。私たちは本来、狩猟採集民なので、便利な社会は我々には適合していない」とし、「あえて運動することで、ストレスを解消、学力の向上、集中力が高まり、記憶力が高まり、良いアイデアが浮かび、やる気を高め、健康になり、うつ予防などありとあらゆるパフォーマンスを高める」と述べている。
 『脳を鍛えるには運動しかない! 』のジョン J.レイティとリチャード・マニングらは『GO WILD』の中で、「多くの現代病は、人類の体が20万年前と変わらず、現在の生活に追いついていないために生じている。そもそも野生の体には、ガンも鬱も肥満も高血圧もない。現代生活のストレスから逃れ健康と幸せを手に入れるためには、野生であった頃の生活に近づけていけばよい」と述べている。

幸せになりたければ運動すること

 現代人は、体が求めている本当に必要なモノでなく、一時的に脳が喜ぶモノを選んでいる。目先の利益を優先しているともいえる。世の中便利だが、時間がなく、休む間もなく、あくせく働くが頭が回らず生産性は向上しない。だからこそ今一度立ち止まり、何が必要なのかを考える時間、自分と向き合う時間が必要なのである。
ある物語を紹介したい。「切れない斧を使って木を倒そうと頑張っている木こりがいた。それを見ていた人が、斧を磨いた方が良いのではないかと提案をする。しかし、木こりはそんな時間はないと黙々と仕事を続ける」この木こりこそが、時間に追われている現代人である。
これからの人類が幸せになるためには、適度な運動・スポーツで、脳と身体を鍛え、アイデアが浮かぶ状態をつくり、しっかりと休養をとり体調整え、「健康な心身」を手に入れることである。また、我々人類が退化しないためにも、運動・スポーツは欠かせないモノだといえる。

関連記事一覧