スポーツ産業のイノベーション スポーツにおけるソーシャル・イノベーションの可能性
スポーツ産業のイノベーション
スポーツにおけるソーシャル・イノベーションの可能性
植田真司│大阪成蹊大学マネジメント学部 教授
世の中が便利になる一方で、生活習慣病患者の増加、医療費の上昇、さらに高齢化、少子化などの社会問題が気になります。仕事においても、日本の就業者1人当たりの労働生産性はOECD加盟35か国中21位。(1)米ギャラップ社の仕事への熱意度調査では、熱意のある社員は6%で139ヶ国中132位(2)など、将来の不安を抱えています。そこで今回は、スポーツを活用し社会問題を革新的に解決するソーシャル・イノベーションの可能性について考えてみます。
まずは、スポーツの役割をまとめてみました。
① 遊び スポーツの語源は、ラテン語のdeportareで、「仕事から離れる」「気分転換」を意味する言葉で、「遊び」であり、ストレスの発散などの役割があります。
② 教育 19世紀には上流階級の学校で、青少年の倫理的および道徳的な規範の修得を目的にフットボールやクリケットなどのチームスポーツを導入しました。
アメリカの高校では、1時限目の前に適度な運動をする「0時間体育」の授業を実施。その結果、この地域の生徒は米国一健康になり、国際比較するテスト「TIMSS」で、米国平均が理科18位、数学19位のところ、理科1位、数学3位になり、運動によって健康と学力を手に入れました。(3)
③健康 日本には「病は足から」「老化は足から」、西洋には「二本の足は、二人の医者」の諺があります。足を動かすとふくらはぎの筋肉がポンプの役割をし、全身に血液が行きわたり、脳にも血液が行きます。二人の医者とは脳と循環器の専門医を指すわけです。
運動はうつ病の症状の改善にも役立ちます。デューク大学医学部のブルメンタール教授らの実験では、(a)抗うつ剤を投与、(b)運動をする(16週間、週3回、30分のジョギングかウォーキング)、(c)併用の3グループの検証結果、いずれも60%台の改善でした(図1)。その6ヵ月後に再発率を調べると、(a) 38%、(b) 8%、(c)31%で、運動の方が再発率が低く、さらに薬と運動を併用すると再発率が高くなることも分かりました(図2)。
④社会 スポーツは、世界共通のルールで行われ、人種、世代、地域、国、言葉、習慣などあらゆる壁を越えて、人と人の『架け橋』になります。まさにスポーツは平和の象徴です。 スポーツマンシップは、すべての人に持ってもらいたい精神です。「ルールを守る」「諦めずにベストを尽くす」だけでなく、「相手を尊重し思いやるこころ」も意味し、対戦相手との関係だけでなく、選手とコーチ、先生と生徒、上司と部下、顧客と店員とすべての人の関係において必要なものです。いじめや体罰、不正にも役立つでしょう。
⑤経済 スポーツ産業は様々な産業と係わりを持ち核となる「ハブ産業」です。新しいビジネスも生まれるでしょう。
ミズノの創業者水野利八は「スポーツ産業は、聖業である」と言っています。自動車産業が発展すると交通事故が増え、環境破壊にもつながりますが、スポーツ産業は発展しても、人や自然にも迷惑をかけることが少ない産業です。
このように見ていくと、スポーツを上手く活用すれば今よりも効果的かつ効率的に社会問題を解決できるではないでしょうか。ストレスの発散、健康と学力向上、生活習慣病予防や医療費の削減。人と人の架け橋が多様化社会の対応へ。男女の出会いや助け合いがきっかけとなり、婚姻率上昇や少子化問題の歯止めに。人を尊重する思いやりのこころが、職場での良い人間関係やチームワークに繋がり、やる気が上昇し生産性向上へ。さまざまな産業の発展にも役立つと考えられます。
市場の成長だけに目を向けるのでなく、人間本来の豊かな生活を目標に、「損・得」の尺度を「幸・不幸」に変更すれば、スポーツによるソーシャル・イノベーションが可能になるのではないでしょうか。
▶(1)公益財団法人日本生産性本部;労働生産性の国際比較 2017 年版,2017
▶(2)日本経済新聞電子版;「熱意ある社員」6%のみ日本132位米ギャラップ調査ページ(https://www.nikkei.com/article/DGXLZO16873820W7A520C1TJ1000/)(2018年2月14日)
▶(3)John J. Ratey;脳を鍛えるには運動しかない,NHK出版, 2009