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スポーツ産業を測る─㉘ 英国のデジタル・文化・メディア・スポーツ省(DCMS) が新たなスポーツ戦略を策定

スポーツ産業を測る─㉘
英国のデジタル・文化・メディア・スポーツ省(DCMS) が新たなスポーツ戦略を策定
庄子博人│同志社大学スポーツ健康科学部准教授

9月に北アイルランドでヨーロッパスポーツマネジメント学会が開催されました。ベルファスト国際空港に降り立つと、思いのほか寒く、英語のアクセントが特徴的でほとんど通じず、陰鬱な気分からのスタートになりました。のちに、英語の難しさは、北アイルランド訛りのせいではなく、自身の英語力の不足によるものだと認識することになるのですが、ベルファストの冷たい風に包まれながらも、学会が進むにつれて、新しい知識とウイスキーに満ちた環境に身を置いていることに気づきました。学会テーマは、Forward Thinking in Sport Management: Inclusivity, Accessibility and Sustainabilityであり、基調講演をはじめとして一般発表でも、包摂性、多様性、平等性、持続可能性などのトピックが多く取り上げられていました。
 学会の議論のみならず、実際に英国政府のスポーツ戦略に、包摂性や多様性の概念が取り入れられています。デジタル・文化・メディア・スポーツ省(DCMS)は、2015年に策定した戦略を基に、2023年8月に「Get Active: a strategy for the future of sport and physical activity」という新たな戦略を公表しました。この戦略の特徴は、性別や障がいの有無、社会経済的地位等によるスポーツ実施の格差をなくす目標を掲げ、しかも、政策目標となる具体的な数値を設定したところにあります。例えば、「障害を持つ人のアクティブ人口を70万人増加」「アジア系のアクティブ人口を19万人増加」というような包摂性や多様性に配慮した個別の指標です。さて、この新たなスポーツ戦略の中には、「経済的持続可能性」の章が設けられ、その中でスポーツの経済的価値と今後の成長が重要視されています。また、スポーツの経済価値を測る枠組みとして、「従来の政府によるスポーツ・サテライトアカウントに代わる新しい経済スナップショットを提供する」と明記されました。
 私は、これはまずいことになった、と思いました。もし英国でスポーツ・サテライトアカウントが使われなくなれば、日本版スポーツ・サテライトアカウントについて書いてきたこの連載の執筆依頼が来なくなってしまうのでないか—。恐怖に駆られた私は、北アイルランドでの学会の帰り道、ロンドンに立ち寄り、DCMSにインタビューを実施しました。ビックベンのすぐ近くの一等地にある官公庁の建物に入ると、セキュリティチェックを通過して、英国のDCMS内部に案内されました。主に対応してくれたのは、エリートプロスポーツチームの責任者のフランチェスカです。その他、ダイバーシティ担当、国際スポーツ担当、そして経済的持続可能性の担当の方など、事前に伝えたスポーツ産業の経済価値についてのインタビューに答えてくれるのに相応しい方々に歓迎いただきました。
 インタビューの成果は次の通りです。「新しい経済スナップショット」と銘打った大きな理由は、これまでのスポーツ・サテライトアカウントでは、「スポーツGDP」で国全体のスポーツ産業の付加価値を計測していたが、これでは包摂性や多様性に対応できておらず、各スポーツの経済的価値などについても示すことができない状態であった。すでにイングランドやスコットランド、ウェールズ、北アイルランドのスポーツの統括団体と新たにスポーツについて議論を重ねており、それらをもとにスポーツの経済的価値を新たな観点で定点計測していくことができる枠組みづくりを目指している。新しいスポーツ戦略で示したように、スポーツと経済に関する政府の戦略についても、性別や人種、障がいの有無、など多様性に配慮した政策にする方針である。新たな枠組みでは、エリートスポーツやグラスルーツスポーツ、それらスポーツの競技ごと、さらには州ごとや特定の地域ごとでスポーツの経済的価値を評価していく。そのためには一次データを収集していく必要があり、現在は方法論について議論を重ねながら体制整備など準備を進めている。データの収集または整理方法の一例として、郵便番号で地域を特定する案などが挙がっているが、まだ議論を重ねる必要がある。また、「社会的価値」についても重要であるが、チームとしてはスポーツGDPによる「経済的価値」を新たな枠組みで算出する方法を確立していくことをより重要視している。
 インタビューの大枠をまとめると、以上の内容になります。英国政府は、スポーツと産業や経済との結びつきを重要なものとして認識している一方で、どう評価するのか、という点で課題を抱えていることが明らかになりました。日本においても新しいスナップショットを検討する時期かもしれません。

DCMS:Get Active: a strategy for the future of sport and physical activity
URL:https://www.gov.uk/government/publications/get-active-a-strategy-for-the-future-of-sport-and-physical-activity
笹川スポーツ財団:イギリス政府の新たなスポーツ戦略「Get Active」について,
URL: https://www.ssf.or.jp/knowledge/sport_topics/202310.html

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