スポーツ産業のイノベーション 二つの競争

スポーツ産業のイノベーション
二つの競争
植田真司│大阪成蹊大学経営学部教授

我々は、競争社会を生きており、もはや競争を避けることはできないだろう。さらに、生き残るためには人の上に立ち、勝ち続けなければならないと考えているようだ。はたして、そのような競争は幸せをもたらすのだろうか。今回は、競争について考察してみた。

人を思いやる競争と人を蹴落とす競争
文化人類学者の上田紀行は、著書「かけがえのない人間」の中で、人が成長する競争と人を傷つける競争の二つがあると述べている。利他的な人が多い社会では、お互いが思いやり、助け合いがあり、切磋琢磨し、成長する競争が行われ、利己的な人が多い社会では、勝ち負けを決め、勝った方は一人勝ちし、負けた方は奴隷になる競争が行われているようだ。
前者の競争は、お互いをリスペクトしての競争である。ライバルが、助け合いながら成長していく。そこに敗者は生まれない優しい競争である。しかし、後者の競争は、自分が勝つことだけを考える競争である。誰も助けてくれない。むしろ相手を蹴落とす残酷な競争である。
スポーツの場合は、もともと遊びだったので、ノーサイドになると勝者も敗者もなくなるのだが、今では仕事になり、プロのアスリートやスポーツエージェントは、より高額の年俸での契約を目指している。結果、その契約が、他の選手に分配されるはずの年俸を奪うことになり、ここでも奪い合いの競争が行われている。
我々は、お互いが思いやり、成長し、安心できる社会を求めているのに、現実は、勝つために、人を蹴落とし、一人勝ちする不安な社会を築いているのである。
今や、人生は終わりのない競争の連続である。息つく暇もない。果たしてこのような競争が幸せをもたらすのだろうか。

なぜ、一人勝ちを目的とした競争がはびこるのか?
思いやりある競争を、誰もが望むところ。しかし、現実の競争は、勝つか負けるか生死をかけた厳しい競争だらけである。なぜ、一人勝ちを目的とした競争がはびこるのかその原因を考えてみた。
一つは、受験、就職と、如何に競争において周りの人に勝つことが幸せにつながり、負けは「自己責任」で、誰も助けてくれないと、子どもの頃から洗脳されているからだろう。
一つは、競争が、不公平なルールの下で行われているからだろう。金のあるものは、自己の能力でなく金の力で競争に勝つ仕組みを利用している。例えば、ビジネスでは、広告代理店に金を払えば素晴しいマーケティングを展開してくれる。
また、マイケル・サンデルは、著書「実力も運のうち 能力主義は正義か?」の中で、ハーバード大学やスタンフォード大学などアイビーリーグの学生の3分の2は、所得が上位20%に当たる家庭であり、プリンストン大学やイェール大学の入学には、能力だけでなく、寄付者への裏口入学や卒業生の子どもの優先入学があり、恵まれた環境に生まれた学生は有利であると述べている。アメリカの大学入試のスキャンダルは、NETFLIXのドキュメンタリー「裏口入学スキャンダル」で詳細を知ることが出来る。
一つは、人間として成長していないからだろう。我々は、生まれてくると親の愛情をもらい幸せを感じ、親の助けなしに自分でできるようになり幸せを感じ、さらに誰かに与えることで幸せを感じるようだ。戦後の日本も、多くの人たちの与える幸せのお陰で経済発展を遂げてきたと言える。しかし、今の世の中は、与える幸せより、もらう幸せを感じている欲の深い人が多いようだ。さらに、賢い人ほど、多くを手に入れることが賢い証と自慢しているようにも思える。今の大人は、もらうことで幸せを感じている子どもの精神から、成長していないのではないだろうか。
そう考えると、「神の見えざる手」がはたらいていると言ったアダム・スミス、新自由主義を唱えたミルトン・フリードマン、彼らは人には与える幸せがあることを前提に唱えたのであろう。今や、もらう幸せが中心の社会では、これらが健全に機能することはない。

これからの競争に必要なコト
利己的な人が多い社会での資本主義は、平等を欠いた競争になり、適切な分配がされていないようだ。一部の勝ち組だけが多くを得て、負け組は使い捨てされる社会になっている。しかし、地球の有限性が明らかになり、限られた資源を分配しなければならない今、一人勝ちなどありえない。もし、一人勝ちを目指すなら、それは競争ではなく、戦争になっていくだろう。
経済学者のポール・J・ザックは、著書「経済は『競争』では繁栄しない」の中で、過度の競争が、格差を拡大し、社会に歪みをもたらし、持続可能な繁栄をもたらすには「信頼と共感」が必要であると述べている。
我々は、早急に成長より分配を優先し、「信頼と共感」を取り戻さなくてはならない。そのためには、競争に勝つための知識を得るよりも、幸せな社会を築くために、敗者をつくらない競争のルール、道徳、人間力を学び、与えることを幸せと感じる人間に成長することである。
まずは、スポーツからスポーツマンシップに則った競争を行い、スポーツクラブやチームが中心となり、行政・企業・地域住民と共に助け合いながら、地域の社会問題に取り組むことで、「信頼と共感」を取り戻せるのではないだろうか。

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