スポーツ産業学研究第36巻第2号

【原著論文】


アスリート経験者は競技経験を職場でどのように活用しているのか-アスリート経験者およびその上司・同僚へのインタビュー調査から-
並木 伸賢 新潟医療福祉大学
堀野 博幸 早稲田大学スポーツ科学学術院
JSTAGE

公共スポーツ施設における事業を対象とした社会的インパクトに関する研究
金子 洋之 早稲田大学総合研究機構スポーツビジネス研究所
小木曽 湧 東洋大学健康スポーツ科学部
澤井 和彦 明治大学商学部
間野 義之 びわこ成蹊スポーツ大学
JSTAGE

中国の体育系大学生におけるAI利用と主観的幸福度の関係-ソーシャル・キャピタルの媒介効果に着目して-
張 方舟 日本体育大学
清宮 孝文 日本体育大学
依田 充代 日本体育大学
JSTAGE

双方向型観戦サービスにおけるファンのチーム支援行動:集団成員性に着目して
出口 順子 東海学園大学
徳山 友 大阪体育大学
舟橋 弘晃 中京大学
JSTAGE

【研究ノート】


女子フィールドホッケーの運営モデルにおける大学生との協働戦略の探究-観客動態の変容に関する記述的ケーススタディ (2023‒2024年) -
鈴木 敦子 国士舘大学
JSTAGE

女子アスリートに対するLINEのメッセージ機能を用いた栄養サポートの2事例
鵜澤 響子 薬樹株式会社
JSTAGE


アスリート経験者は競技経験を職場でどのように活用しているのか
ーアスリート経験者およびその上司・同僚へのインタビュー調査からー
並木伸賢(新潟医療福祉大学) 堀野博幸(早稲田大学スポーツ科学学術院)

アスリートの引退後のキャリアでは、教員や指導者といった進路に関する研究は進められてきましたが、企業等に就業する場合については十分に明らかにされてきませんでした。また、競技を終えた後に企業に就業した場合、どのように競技経験が活かされているのか(あるいは活かされていないのか)については、まだまだ知見が十分とは言えません。
そこで本研究では、プロ競技等の経験のあるアスリートとその上司・同僚へのインタビュー調査を通じて、(1)競技経験が企業での職業生活の中でどのように活用されているのか、(2)上司・同僚はどのように認識しているのかについて明らかにしました。元アスリート14名、その上司・同僚9名へのインタビューの結果、仕事を推し進めていく力である『業務遂行』、他者と適切にコミュニケーションを取りチームとして動いていく『対人関係』、業務に関わる気持ちや身体的な強さを示す『メンタル・体力』が強いと認識していました。『メンタル・体力』に関する言及数は最も少なく、『業務遂行』や『対人関係』に競技経験が活きていることが多く語られました。その一方で、PCスキルやビジネスマナーといった『基礎スキル』が就業の初期には身に付いていないことや、目標設定などのいくつかのスキルが、競技環境と就業環境の違いから適切に使うまでに時間がかかることも明らかとなりました。
本研究によって、アスリートの競技経験が職場で活用されていることが明らかになった一方で、必ずしも直接的に活用できるわけではなく、新しい環境に適した形でスキルを再構成することが求められる可能性も考えられました。本研究の成果は、アスリートの引退後のキャリア移行に対する支援方法の提案や、アスリートを迎え入れる職場側への情報提供に活用されることが期待されます。

「公共スポーツ施設における事業を対象とした社会的インパクトに関する研究」
金子洋之(早稲田大学総合研究機構スポーツビジネス研究所)

スポーツや身体活動は、身体的健康、精神的健康、社会関係資本の向上、地域社会の結束といった社会的インパクトをもたらすことが広く認識されています。日本では、多くの公共スポーツ施設において指定管理者制度が導入されており、本研究では、これらの施設における活動の社会的インパクトの可視化を試みました。
ステークホルダーへのヒアリングをもとに社会的インパクトのロジックモデルを作成し、それをもとに共通認識として社会的インパクトを測る尺度を作成しました。その後、開発した評価尺度の信頼性・妥当性を確認するため、4つの公共スポーツ施設の利用者を対象にアンケート調査を実施しました。316名の利用者からデータを収集し、得られた結果から、公共スポーツ施設における活動の社会的インパクトを「社会関係資本の構築促進」、「認知・イメージ向上」、「スポーツへの興味促進」の3つの因子に分類しました。さらに、これらの社会的インパクトは、指定管理者の運営継続年数による比較では差がみられない一方で、「団体利用」、「教室利用」、「個人利用」といった利用者の利用種別によって異なることが示されました。
本研究は、我が国の日常的なスポーツ活動の中核を担う公共スポーツ施設で展開される事業について、事業に関わる複数のステークホルダーにとって一定の共通認識を得られる社会的インパクト評価指標の統合に重要な貢献を果たすものと考えられます。本研究をきっかけに、今後社会的インパクト評価の知見が蓄積されることで、今後のスポーツ政策研究に関する議論を加速させることが期待されます。

中国の体育系大学生におけるAI利用と主観的幸福度の関係
―ソーシャル・キャピタルの媒介効果に着目して―
張方舟・清宮孝文・依田充代

近年、AIは学習、情報収集、戦術分析、トレーニング支援など、スポーツに関わるさまざまな場面で利用が広がっている。一般には、AIを使うことで利便性が高まり、生活や学習の満足度も向上すると考えられがちである。しかし、AIに触れることがそのまま人々の幸福につながるとは限らない。そこには、人と人との信頼関係や支え合いといった、目に見えにくい社会的基盤が関わっている可能性がある。そこで本研究では、中国の体育系大学生を対象として、スポーツに関連する場面でのAI利用経験と主観的幸福度(SWB)との関係を、ソーシャル・キャピタル(SC)の媒介効果に着目して検討した。
調査は、中国の5大学に在籍する体育系大学生428名を対象に実施した。分析の結果、SCは「信頼と愛着」「社会参加」「近隣交流」「初対面の信頼」「地域不安」という5つの側面から把握でき、さらに学生たちは「低結合型(信頼関係が希薄)」「高結合型(密接な信頼関係を持つ)」「橋渡し型(多様な外部ネットワークを持つ)」の3つの類型に分けられた。
その上で、AI利用とSWBの関係を詳しく分析したところ、AI利用そのものが直接SWBを高めるわけではなく、結合型のSCを通じて間接的に作用していることが明らかになった。具体的には、AI利用経験は「低結合型」を高め、それがSWBを下げる方向に働いていた。また、AI利用経験は「高結合型」を弱めており、本来この高結合型はSWBを高める働きを持つため、結果としてここでもSWBを押し下げる間接効果が確認された。一方で、「橋渡し型」については有意な媒介効果は認められなかった。
この結果が示しているのは、AIに触れる機会が増えること自体よりも、その経験を支え、意味づけ、安心感へとつなげる人間関係の質が重要だという点である。とくに中国の体育系大学生は、競技集団や指導者との緊密な関係の中で生活しており、強い内集団的結束を持ちやすい一方で、外部との多様なつながりは広がりにくい特徴をもつ。このような環境では、AI利用の効果も、個人単独で生じるのではなく、身近な信頼関係や相互支援のあり方に左右されると考えられる。
本研究の意義は、AI時代の幸福を考える際に、技術導入の有無だけではなく、SCという社会的条件をあわせて捉える必要性を示した点にある。教育現場やスポーツ現場でAI活用を進める際には、単にツールを導入するだけでなく、学生同士や指導者との信頼関係、協働的な学習環境、互酬的な支援関係を維持・強化することが重要である。AIを人々の幸福につなげるためには、技術とともに「人と人とのつながり」を育てる制度設計が求められる。

「双方向型観戦サービスにおけるファンのチーム支援行動:集団成員性に着目して」
出口順子(東海学園大学)、徳山 友(大阪体育大学)、舟橋弘晃(中京大学)

テレビやインターネット配信サービスを利用した観戦は,試合会場で観戦する直接観戦に対し,間接観戦と呼ばれます.これまではテレビやインターネットで配信される試合を観戦するという観戦スタイルが一般的でしたが,新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけとして,参加型のコミュニケーション機能が付帯された観戦サービスも提供されるようになりました.このようにスポーツ観戦を取り巻く環境は多様化しており,その様相について明らかにすることは研究,ビジネスの両側面の進展において重要だと考えられます.
今回の研究では,双方向型観戦サービスを利用してプロ野球の試合を観戦した人を対象に調査を行いました.分析結果から,オンライン上のファンの存在をリアルに感じることがファン同士のつながりを促していることが分かりました.またチームのためにギフティングをしたり,オンラインでチームのグッズを購入したいと思うファン心理について検討しました.オンライン上でのファンの存在がファン仲間を意識させ,自分もその中の一員だと感じることによりチームのためにギフティングやオンラインでのグッズ購入をしたいと思うことが分かりました.
ギフティングやオンラインでのグッズ購入はチームにとってはファンからの支援となる行動です.新たな観戦形態はこれまでにはないスポーツビジネスを生んでいます.スポーツチームやリーグはこうした新しい取り組みに挑戦することで,ビジネスを拡大できるものと思われます.

女子フィールドホッケーの運営モデルにおける大学生との協働戦略の探究
鈴木敦子(国士舘大学)

本研究は、人的・財務的資源が限られている女子フィールドホッケークラブを対象に、 大学生との協働がクラブ運営や観戦体験にどのような影響を与えるのかを検討したもので す。対象は東京ヴェルディ女子フィールドホッケーチームで、2023 年度と 2024 年度のホ ームゲーム来場者アンケート(有効回答数:2023年度195名、2024年度200名)と、2024 年度にクラブの広報・普及活動として大学生が取り組んだSNS発信、会場での応援活動、 中学校訪問などの実践内容をもとに分析しました。
その結果、2024 年度は若い世代や初めて観戦する人の来場が増え、観戦満足度も高まる傾 向が見られました。観戦後の感想では「応援」や「頑張る」といった言葉が増え、会場全 体で一体感を感じるような観戦のあり方に変化が見られました。大学生との協働は、観客 層の広がりだけでなく、観戦体験そのものにも影響を与えていたことがうかがえます。
また、大学生マネジメントチームのフィードバックからは、SNS 発信や中学校訪問を通 じてチームや競技の認知が広がっていることを実感していた様子が見られました。フォロ ワーの増加や来場につながった経験、観客との交流を通じて手応えを感じたという声もあ り、大学生にとっても意味のある活動となっていたことが確認されました。一方で、活動の多くが個人に依存していたことや、授業やアルバイトとの両立の難しさ、SNS の反応と来場者数の関係が分かりにくいことなどの課題も挙げられていました。応援や情報発信の準備不足、情報共有の難しさなど、活動の質や体制に関する改善点も指摘されており、大学生の意欲だけに依存した取り組みには限界があることも示されました。
さらに本研究からは、大学生が関わる場合、単なる活動機会の提供にとどまらず、チームとの関係性の構築が重要であることが示されました。時間や労力をかけて関わっていても、チームとのつながりや関わる意味を実感しにくい場合には、継続的な関与につながりにくいことも明らかとなりました。協働の効果を持続的なものとするためには、関与する大学生自身がチームや競技に対して関心や愛着を形成していくことが鍵となる可能性が示唆されます。
大学生との協働は、観客層の拡大や観戦体験の向上に寄与しうる一方で、その成果を継 続的な集客や関係性の形成につなげるためには、関与する人材を継続的な関係へとつなげ ていく仕組みや体制の整備が求められます。また、協働の場は、大学生をはじめとする若年層にとってチームや競技と接点を持つ重要な機会となり得ます。こうした関与を契機として形成された関心や愛着が、当該人材のファン化につながり、結果として観客基盤の拡大に寄与する可能性が示唆されます。協働をきっかけに関与した人材をいかに継続的な関係へとつなげていくかという視点は、スポーツ組織運営において重要な論点となると考えられます。
本研究は、大学生との協働が観客の広がりや観戦体験の向上に寄与する可能性を示すと ともに、その効果を持続させるためには、人材との関係づくりと体制整備が不可欠である ことを明らかにしました。資源が限られているスポーツにおける運営のあり方を考えるう えで、実践的な示唆を与えるものといえます。

女子アスリートに対するLINEのメッセージ機能を用いた栄養サポートの2事例
鵜澤響子(薬樹株式会社)

【背景】
女子長距離選手にとって、貧血や月経不順は競技人生を左右する深刻な問題です。しかし、寮生活を送る選手にとって、専門家のもとへ通い、対面で継続的な栄養指導を受けることは時間的・物理的に容易ではありません。そこで本研究では、多くの人が日常的に利用する「LINE」のメッセージ機能のみを活用した栄養サポートの実態を整理しました。
【内容】
貧血傾向や月経不順に悩む、寮生活の女子長距離選手2名を対象に、公認スポーツ栄養士が約5ヶ月間のサポートを実施しました。
・方法:面談は一切行わず、LINEのテキストと写真のやり取りのみで実施しました。
・分析:送信されたメッセージの頻度や内容を、専門的な栄養管理プロセス(スポーツ栄養マネジメント)に基づいて分析しました。
【明らかになったこと】
分析の結果、LINEによるサポートには以下の特徴があることがわかりました。
(1)段階的な変化:以下のように変化していました。
①リスク管理(初期): 貧血や月経トラブルといった、競技を続ける上での切実な問題解決が中心でした。
②健康維持(中期): トラブルが改善し、日々の食事を整えることで体調を安定させる「コンディションの安定化」へと関心が移りました。
③競技力向上(後期): 最終的には「どうすればもっと速く走れるか」という、パフォーマンスアップのための前向きな戦略へと変化しました。
(2)継続性の確保: メッセージ件数は、サポート開始の初回週に最大のピークを迎えまし  た。その後は、5ヶ月間を通して大きな波がなく、週単位で安定した頻度のやり取りが  維持されており、対面せずとも日常的な併走が可能であることが示されました。
【今後の展望】
本研究の結果はたとえ対面できなくても、LINEのようなメッセージツールを適切に活用すれば、選手の状態に合わせた段階的かつ専門的な栄養サポートが可能であることを示しています。
この知見は、専門家が身近にいない地方の選手や、合宿や試合で移動が多いアスリートへの支援において、新たな選択肢を提示するものです。デジタルツールを通じた「寄り添う支援」が、今後のスポーツ現場における健康管理とパフォーマンス向上の鍵となることが期待されます。

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