スポーツ法の新潮流 eスポーツビジネスにどう対応するか?

スポーツ法の新潮流
eスポーツビジネスにどう対応するか? eスポーツの法律実務《その1》
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院准教授 弁護士

今回からは、話題のeスポーツを取り上げていきたいと思います。
eスポーツが昨今話題となっているのは、単にゲーム大会が実施されているというだけでなく、このような大会において、多額の賞金が選手に支払われたり、そのために著名な企業がスポンサーシップを行っていることや、eスポーツプレイヤーがメディアに露出するなど、1つのビジネスとして成立するようになったからでしょう。
そして、このようなeスポーツのビジネスは、選手への賞金支払いやスポンサーシップなど、従来からのスポーツビジネスと近似するところもあり、これまでのSports Business & Management Reviewでもトピックとして取り上げられているとおり、新しいスポーツビジネスとして注目を浴びています。
一方で、eスポーツの法律実務については、スポーツといっても、従来のスポーツとは大きく異なる点もあり、従来からのスポーツビジネスの法律実務と全く同じと考えるべきではありません。
そこで、今回からは、eスポーツの法律実務について、従来からのスポーツビジネスの法律実務と比較しながら、解説していきたいと思います。初回は、従来からのスポーツビジネスの法律実務となぜ比較するのか、最も根本的な違いは何か、を解説します。

1.従来からのスポーツビジネスの法律実務となぜ比較するのか

eスポーツの法律実務を検討する場合に、従来からのスポーツビジネスの法律実務と比較する利点は、大きく2つほどあると考えられます。
1つは、eスポーツで昨今行われているビジネスと、従来からのスポーツビジネスの近似性です。昨今行われているeスポーツビジネスは、ゲームメーカーが主催するゲームソフトの販売促進を目的とした大会や、これに対するスポンサーシップなどの広告ビジネスであったり、さらに大会会場入場者から入場料を取ったり、視聴者からの放映権料なども獲得しながら選手に対して高額賞金を支払う興行ビジネスだったりします。このような広告ビジネスや興行ビジネスは、従来からのスポーツビジネスで取られてきたビジネスモデルであり、ビジネスモデルの近似性を前提とすると、eスポーツの法律実務についても、従来からのスポーツビジネスの法律実務と比較する利点があります。
もう1つは、eスポーツのビジネス発展の歴史と、従来からのスポーツビジネス発展の歴史の近似性です。eスポーツのビジネスにも前述の広告ビジネスや興行ビジネスがありますが、ビジネスリスクの観点から、まずは、ゲームメーカーやスポンサーから獲得できた予算の範囲内でゲームソフトの販促活動を行う広告ビジネスが広がっていき、その中で、より大会の興行性を高め、主催者のリスクにより収益獲得を目指す興行ビジネスも生まれてきています。このような広告ビジネスから興行ビジネスへの流れは、従来からのスポーツビジネスが発展してきた歴史と近似します。一例を挙げれば、プロ野球が親会社の広告宣伝ビジネスから脱却し、試合興行を中心とした興行ビジネスに発展した歴史と同様でしょう。
このようにeスポーツのビジネスも大会を中心とした広告ビジネスや興行ビジネスなどのビジネスモデルや発展の歴史の近似性からすると、eスポーツの法律実務についても、基本的に従来からのスポーツビジネスの法律実務をベースとして、その相違点を整理する方が得策でしょう。

2.従来からのスポーツビジネスの法律実務の理解のポイント〜業界内ルール

スポーツビジネスの法律実務を検討する場合、最も重要なのは適用される法律の理解ではありません。確かにスポーツビジネスに適用される法律として、民法や商法、知的財産法や独占禁止法などの法令遵守が前提であるものの、実際のスポーツビジネスで取引を行っていく上でまず先に必要になるのは、該当するスポーツビジネス業界の業界内ルールです。
スポーツビジネスの取引として、スポンサーシップや放映権の取引に入る場合、このスポンサーシップ権や放映権の具体的内容について、該当する業界において、どのような内容かを把握する必要があります。これは、取引対象となるスポンサーシップ権や放映権は、これまでこの連載でも説明してきましたとおり、その法的性質は契約上の権利に過ぎず、その内容決定に関しては、コンテンツホルダーと言われる興行主が大きなバーゲニングパワーを握っており、このような取引対象について折衝するためにはその具体的内容を把握する必要があるためです。
そして、この業界内ルールもスポーツ界全体として一様ではありません。具体的によく言われる例が、日本のプロ野球とサッカーJリーグの業界内ルール、例えば、放映権の帰属でしょう。スポーツ映像配信サービスのDAZN(ダゾーン)についていえば、2019年シーズン、JリーグはJ1、 J2、J3を問わず、リーグ戦全試合が視聴できますが、プロ野球では、読売巨人軍の主催試合が視聴できるようになったものの、ヤクルトスワローズと広島カープの主催試合は視聴できないことになっています。これは、プロ野球の場合、日本プロフェッショナル野球協約第44条において、放映権はまず各球団に所属することが明記され、どの配信事業者と契約するかは各球団に委ねられていることに基づき、Jリーグの場合は、Jリーグ規約第119条において、放映権がJリーグに帰属することが明記され、どの配信事業者と契約するかはJリーグが一括で判断していることに基づきます。
これは極めて著名な違いですが、このようにプロ野球やJリーグといった異なるスポーツビジネス業界と取引を実施する場合、その前提となっているスポーツビジネスに関する業界内ルールの違いを十分に把握することが、スポーツビジネスの法律実務としては重要になります。また、これがプロゴルフなど違った業界になれば、また違った業界内ルールが存在しています。
そして、このような業界内ルールは、法律ではなく、コンテンツホルダーである民間事業者(あるいはその集まり)が定めたルールですので、変更されることも多々あり、取引に入る相手方が折衝するためには、誰がどのような過程を経て決定していることの理解が重要になります。例えば、プロ野球における野球協約の改正は、日本野球機構(NPB)の法令上の理事会ではなく、実行委員会という会議体に権限があります(同第12条第1項第1号。なお、最低限、オーナー会議への報告が必要とされており、再審議が必要な場合、オーナー会議での決議が必要です)。一方で、Jリーグ規約の改正は、実行委員会及び理事会の承認事項となっています(同第160条)。また同じ表記の実行委員会でも、その実行委員の資格は、プロ野球では球団から届け出られた役員とされている(同野球協約第11条第3項)のに対し、Jリーグではクラブの代表取締役または理事長とされるなど(実行委員会規程第3条)、実行委員会の意味合いは全く異なります。
以上のように、スポーツビジネスの法律実務を理解する上では、まず、該当するスポーツビジネスの業界内ルールを把握することが最も重要です。そして、当該業界内ルールを前提とした取引において折衝を行うために、コンテンツホルダーにおける業界内ルールの決定権者の理解も必要になります。

3.eスポーツの法律実務~従来からのスポーツビジネスとの根本的な違い

それではeスポーツの法律実務を検討する場合に、業界内ルールというものがどのようになっているでしょうか。  従来からのスポーツビジネスにおいては、この業界内ルールを整理することが比較的簡単に行うことができました。というのも、右上図のとおり、業界内ルールを策定するコンテンツホルダーが比較的わかりやすい存在であり、歴史を経た権限集中が行われ、業界内ルールの整備が進んでいるため、基本的には、1つのスポーツごとに1つの業界内ルールであることを前提に検討することが可能だったためです。
一方で、eスポーツにおいて、このようなコンテンツホルダーの存在、業界内ルールの整備はまだまだ黎明期です。例えば、International Esports Federation(IeSF。国際eスポーツ連盟)という国際団体がありますが、国際サッカー連盟(FIFA)のような全世界のサッカーを統括する団体ではなく、IeSFが管轄するeスポーツ(国やゲームソフトなど)は一部であり、管轄していないeスポーツも多くあります。また、日本には、IeSFに加盟する日本eスポーツ連合(JeSU)という団体もありますが、当該団体自体も日本のすべてのeスポーツを統括しているわけではありません。
このように1つの団体自体がすべてのeスポーツを統括することができていない理由の一つが、ゲームメーカーの存在です。eスポーツにおいては、大会を実施し、マネタイズする上で、観客にゲーム画面を見せるための上映権、あるいはテレビやインターネットでゲーム画面を放映することに必要な公衆送信権など、ゲームソフトの著作権がゲームメーカーに帰属しますので、興行主がゲームメーカーではない場合、このようなゲームメーカーとの調整も必要になります。そして、ゲームごとに個別のゲームメーカーが存在しますので、ビジネスにおける業界内ルールは、eスポーツで1つではなく、ゲームごとに形成されることになります(サッカー≒eスポーツという階層で考えるのではなく、サッカー≒ ゲームソフト、スポーツ≒eスポーツと考えるのがわかりやすいです)。
となると、業界内ルールを定めるコンテンツホルダーの所在がまだまだ不明確であるのが現段階のeスポーツの特徴であり、このようなeスポーツの現状を踏まえて、コンテンツホルダーや業界内ルールの内容を見極めていく必要があります。
次回は、このようなeスポーツの法律実務における根本的な違いが、eスポーツのビジネスにどのような影響を及ぼしているかを解説したいと思います。

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