私とeスポーツの出会い そして現在とこれから

私とeスポーツの出会い そして現在とこれから
前田雅尚│株式会社サードウェーブ
地域活性化に活用されているeスポーツ。それを若者たちの学習支援に役立てようと取り組んでいる団体が特定非営利活動法人のNASEF JAPAN(ナセフジャパン)だ。その理事を務める前田雅尚氏にeスポーツとの出会いと現在そして、これからのビジョンを語ってもらった。

ゲーム業界で30年以上勤務し2020年にeスポーツと出会う

私は株式会社サードウェーブ取締役最高eスポーツ責任者常務執行役員、株式会社E5esports Works代表取締役社長、そしてNASEF JAPAN(特定非営利活動法人北米教育eスポーツ連盟日本本部)の理事を務めております。ですが、eスポーツとのそもそもの関わりはまるで遠いところから始まりました。
もう30年前になりますが、1991年にゲーム制作の株式会社セガに入社しゲーム業界に触れ、2013年からは子会社のマーザ・アニメーションプラネット株式会社で映像制作に携わりました。そうして定年退職が近づくにつれ、福祉介護のボランティアや塾講師の準備を進めているなか、2020年に㈱セガ時代の恩師にあたる方から連絡をいただきます。
それが、サードウェーブによる映画制作の話であり、そこで代表取締役社長である尾崎健介と出会います。なぜ映画なのか? と私も疑問を抱いたわけですが、聞くに「eスポーツを文化にしたい」のだと。具体的には、若者たちが触れているゲームに対する、親の受け止め方や視点を変えることに取り組みたいということでした。
映画は、ストーリーがあり、音と映像によって仕立てられ、そこから発せられるメッセージは見る人によりいっそうダイレクトに訴える力が備わっています。そうして制作されたのが、「日本初のeスポーツ劇映画」と銘打たれた『PLAY! 〜勝つとか負けるとかは、どーでもよくて〜』(2024年3月8日公開)です。これは徳島県の阿南工業高等専門学校の生徒が「第1回全国高校eスポーツ選手権」に出場し、勝ち上がったという実話を元にした青春ストーリーです。
そうしたきっかけもあり、eスポーツの現場に触れることになったわけですが、3ヵ月ほどが経った頃、新しい業務に携わることになりました。海外のeスポーツ関連の団体とライセンス等のやり取りをする必要があり、その手続きです。その団体というのが、NASEF(ナセフ)です。

eスポーツを教育に結びつけ全世界で展開されるNASEFの活動

NASEFとはNorth America Scholastic Esports Federationの頭文字で、「貧困層の中高生に福祉と医療と教育を与える」を理念に、ヘンリー・サミュエル氏が創設したサミュエル財団から派生、設立された機関です。

図1│NASEF Career technical Education

そもそもサミュエル財団は特にSTEM教育(ステム教育/S=Science〔科学〕、T=Technology〔技術〕、E=Engineering〔工学〕、M=Mathematics〔数学〕を示し、幼少期から科学技術やIT技術に秀でた人材育成を図るもの)を柱に活動しており、実際にアメリカ国務省とともに13年間で5億ドルを捻出しました。ただし、実際にSTEM教育を施す対象となったのはどちらかといえば中級から富裕層の家庭の若者たちであり、これは財団が本来リーチしたい階層とは異なる点が大きな悩みとして存在したわけです。そこで出た結論が、「STEM教育という【大人が作ったプログラムに若者たちを呼び込む】のは厳しい」でした。
やがて財団を運営するジェラルド・ソロモン氏が発想を転換させ、【若者たちが集っているところに大人たちがプログラムを持っていこう】とゲームに目をつけます。同時に、2009年にアメリカでPCゲーム「リーグ・オブ・レジェンド」が発表され、実際にそのゲーム性がSTEM教育とかなり親和性があることが明確になりました。そうして、NASEFはよりeスポーツを活用して、活動を進めていくことになります。
現在、NASEFの活動は全世界で70ヵ国に及び、アメリカだけでも4200以上のクラブや学校、コミュニティに携わり、若者たちの数は4万人以上を数えます。アメリカにおいてNASEFの活動が広く展開された背景には、教育現場の実態が関与しています。例えば、不登校は大きな問題の一つです。その解決策の一つが、eスポーツでした。
アメリカは高校までが義務教育の対象になっており、主要科目のほかに選択科目が設けられています。その選択科目が実に自由で、例えばロサンゼルスならば映画関連の教科といった具合に、地域によって様々です。そのなかで、eスポーツが導入されます。
実際にカリフォルニア州教育省が認定するeスポーツによる職業技術カリキュラムには【ストラテジスト】【コンテンツ作成】【起業家】【運営】という4つの項目が設定されています。つまり、職業としてeスポーツを捉えた際にどのようなビジネスが存在し、それを実行するためには何を学ぶ必要があるか、を踏まえたうえで、若者たちに選択させ教育するというかたちです。例えば「リーグ・オブ・レジェンド」のような人気ゲームタイトルが教材になるわけですから、若者たちも積極的に取り組む。そうして教育現場でeスポーツがどんどん受け入れられました。
またアメリカは部活動の運営も学生たちが主体となって、主とする活動のほかに経費管理を行いますので、その勉強が必要になります。それをNASEFが、企業経営を模したかたちで支援する取り組みも行ってきました。

図2│8 Steps

NASEF JAPANの活動は【教育】と【競技】の二本軸

そのNASEFの支部というかたちで「NASEF JAPAN (北米教育eスポーツ連盟 日本本部)」を設立し、日本国内の高校を対象に活動しています。現在の加盟数は513校。調べたところ、部活動としてeスポーツを取り入れている学校の総数は620ほどで、その約80%が加盟しているのが現状です。

図3│NASEF JAPAN 活動の二本軸

ここからはNASEF JAPANが、幅広い層にプレーされているゲーム「マインクラフト」を用いて実際に展開している4つの教育プログラムを紹介しましょう。
Clubcraft(クラブクラフト)…まずは課題やテーマを見つけ、それをチームごとに調査・分析し、マインクラフトで発表を行うプログラム。
Classcraft(クラスクラフト)…実際の授業で使用可能なプログラム。現在制作中。
Farmcraft(ファームクラフト)…ゲームを通じて農業や気候変動、SDGsを学ぶプログラム。アメリカではNASEFが国務省と共催するコンテストが年に1回開催される。
PBL研修(Project Based Learning)…NASEF JAPANの加盟校のうち、よりeスポーツに積極的な教員を対象に、アメリカから講師を招き、日本の教育指導要綱に沿った内容の研修を行う。
特にFarmcraftにおいては、アメリカで開催されるコンテストに、日本から50〜60のチームが参加し、計1000チームある中で日本の2校が上位5位の成績に、うち1校はベスト2に入る快挙もありました。いずれは日本国内で全国規模の大会を催し、そこからアメリカの大会に臨むという計画も描いているところです。
上記のプログラムやそうした背景からお分かりのとおり、NASEF JAPANとしてはeスポーツを【教育】と【競技】の2つの観点からとらえて活動しています。
教育に関しては、前述したアメリカの例のように、eスポーツを学習に取り込むことを推進しています。今、日本の教育現場では「総合的な学習(探求)の時間」が導入されつつありますが、これはNASEFが実践する教育プログラムとまさに合致します。
そして競技に関しては、高校生たちが活躍する場をできるだけ与えたい。ゲームそのものへの興味に始まり、ルールのもとで対戦を行うだけで試合になる。それがeスポーツのメリットであることは様々なデータから明らかでしたので、「全国高校eスポーツ選手権」をNASEF JAPANの下で行ったのはそのためです。
この「全国高校eスポーツ選手権」は、2018年に第1回大会が㈱サードウェーブと毎日新聞社の協力によりスタートし、第5回大会まで開催されました。その大会を継承するかたちで、「NASEF JAPAN全日本高校eスポーツ選手権」として現在はNASEF JAPANが主催しています。
㈱サードウェーブは、社長である尾崎が「eスポーツを文化にする」と掲げ、eスポーツ事業にこれまで注力してきました。それを実現するには、やはり野球と同程度の認知が求められます。となれば、この「NASEF JAPAN全日本高校eスポーツ選手権」も将来的に参加校を1000にしたいところです。
参加校は毎回増え、2024年2月に決勝を迎えた今大会は270を超える学校が参加、チーム数も800(同一校から複数のチームが参加する)に近づく数字になっております。現状はいいかたちで推移していると言えるでしょう。
なお人気Vtuberの方とコラボするなどマーケティングにも力を入れているほか、NASEFの冠大会である以上、いずれは海外との正式な交流機会を設け、対戦や大会を実現したいところ。さらには、大会で採用しているゲームタイトルの増加や、予選に位置づけられる大会を各地域で開催し、その地域の企業のサポートを受けるかたちで展開させていく、といった考えであります。

表1│NASEF JAPAN さらなる深化を目指して

さらなる深化を目指して“石を投げ続ける”

私自身、NASEF JAPANが教育現場における様々なプログラムに関しては、非常に大きな可能性を感じています。例えば、ご紹介したClubcraftは少しテーマや内容を変えるだけで高校生から小学生まで取り組めます。それに、従来は机上で勉強していた内容が、マインクラフトでもまったく同じように実現できるわけです。いわばコンピュータやゲーム上での実験や実証と言えるものですし、日本や世界の歴史を再現して社会を学ぶことや、国語や英語といった語学学習のサブ教材として活用することもできます。
そうした取り組みをさらに深化させるために、先に紹介しましたPBL研修に関しても講師の方には年間の約3分の1を日本で行っていただくことで合意しました。また今後はアジア圏においてNASEFの活動を広めていくうえで、大型大会やセミナー、ワークショップを日本で開くことによって、日本がハブ=中心的な役割を担う。そうなれるように励んでいきたいと考えています。
私自身、様々なかたちでeスポーツに携わっていますが、それはまるで「広い湖に向かって、とにかく遠くに石を投げている」、そんな感覚です。その石が水面に落ちて、波を待っている状態。その波が大きいか、小さいかは、足元に返ってくるまでわかりません。ひょっとしたら一生返ってこないかもしれない。ですが、返ってきたときには、きっと大きな波になっている。そう信じて、祈りながら石を投げ続けています

Q&A

Q. アメリカの教育現場でeスポーツが広がった事例として、「リーグ・オブ・レジェンド」のタイトルが挙がりました。
A. アメリカではマネジメントの分野で、データ分析が非常に活用されていると伺っています。実際に話を聞く中で、【「リーグ・オブ・レジェンド」を分析する】という言葉もありました。それが、具体的にどのような分析なのかは定かではありません。
ですが、このゲームは複数のプレーヤーが多彩なスキルを持ったキャラクターをそれぞれ使用し戦略性を持って対戦するものです。その点で、キャラクターの特性などeスポーツの中でも最もデータ分析に適したタイトルなのではないかという印象です。

Q. 例えば、データ分析に関しては統計ソフトなどがすでに存在するわけですが、そこにeスポーツという分野を介することで、分析スキルの向上につながったり、ソフトウェアそのものになりうる、という理解でよろしいですか?
A. 私自身は分析ソフトについて具体的な知識がありませんので、お答えできないのが正直なところです。
ですが、NASEFのジェラルド・ソロモン氏が掲げた【若者たちが集っているところに大人たちがプログラムを持っていこう】という観点が、最大のポイントになると感じています。といいますのも、データ分析のほかにも例えば世界地理だったり、勉強の科目はときに無味乾燥なものになりがちなわけです。ただ、実際のゲームを通して触れる、eスポーツを通して取り組むとなれば、当然、面白くなるわけです。「リーグ・オブ・レジェンドでデータ分析をしてみよう」となれば、そこへの興味は尽きないのではないかと思います。

Q. お話の中で登場したClubcraftですが、これはNASEF JAPANの加盟校が使用できるものでしょうか?
A. そうです。ただ、実際に取り組んでいるのは、10〜15校ほどなので、まだまだこれから発展させていく必要があります。
ここでClubと名前をつけているのは、クラブ活動の中で取り組む、という意味合いがあるからです。アメリカでは選択科目でゲームが採用され、習得する単位に盛り込む例がありますが、日本ではなかなか難しく、一方で、部活動が中心になるのではないかと感じています。

Q. 現在制作中のClasscraftは、話せるかぎりでどのようなものになりますか?
A. 現在、構想はほぼできあがっています。いわゆる補助教材になるのですが、主要5科目に音楽や体育も含めた7科目を中心に作っている段階です。

Q. 日本でもゲームやeスポーツが不登校児を救ってきたという事例が多くあります。NASEF JAPANの理念も含めて、eスポーツが持つ教育現場におけるポテンシャルについて前田さん自身の見解はいかがでしょうか。
A.. eスポーツが果たすことができる役割は、学校の中だけでなく、外にもあると感じています。と言いますのも、島根県出雲市の実例を挙げましょう。
私が出雲市に出向き、県庁の方やeスポーツ連合のご担当者、出雲市内の学校の方々とお話する機会があったのですが、そこで知ったのは、まず出雲市だけで小中学校の不登校児を400人も抱えているという現実でした。
それを救っているのが、学校外でのeスポーツだったわけです。島根にはeスポーツの学校をボランティアでされている方がいらっしゃいまして、その方の強い気持ちが大きかったのだと聞きました。もちろん、そこには若者たちがゲームやeスポーツに求めていたものがあったのでしょう。
NASEF JAPANとしても、それを楽しみながら教えたい、という思いがあります。若者たちが楽しく遊んでいる空間のすぐ隣に、【教育】や【競技】がある。それがいずれは、力を生むのではないかと。

Q. 約2年前にeスポーツの講演があったときは、加盟校が120校ほどだったと記憶しています。四国は徳島の1校だけ、だったかと。当時は「0の県を減らす」ことから着手していく段階でもあったと思いますが、この2年間の推移はどのような背景があるのでしょうか。
A. まず一つは、私どもが本当に片っ端から調べたことは大きかったと思います。5、6000ある学校から、一つ一つ調べて、ときには直接連絡をとったり、訪問してお聞きすることもありました。
また各地域に存在するパートナーさんの力を借りて、その方々がドライビングフォースとなって大きくしていった、というケースもあります。例えば、島根県には島根eスポーツ連合が、茨城県には株式会社アプリシエイトという、eスポーツにとても注力しているIT機器の会社があります。そうした存在がもたらした効果もあります。

▶本稿は2023年11月14日に開催されたスポーツ産業アカデミー(ウエビナー)の講演内容をまとめたものである。

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