世界の野球事情② 野球不毛の地に新設された「ドバイ野球」にかける 日系スポンサー企業の戦略①
世界の野球事情② 野球不毛の地に新設された「ドバイ野球」にかける 日系スポンサー企業の戦略①
鹿屋体育大学准教授
石原豊一
今や1試合当たりの観客動員において世界最高のプロ野球リーグに成長した日本のNPBは国内屈指のレジャー産業となったが、その一方で、NPBから海を渡り、世界最高峰リーグ・MLBで大活躍する大谷翔平をはじめとする日本人選手の活躍もあり、野球ファンの目は世界各地のリーグにも向き始めている。今や世界はベースボール産業の拡大期にあると言っていいだろう。2025年11月に中東・ドバイで開始された新リーグ、「ベースボール・ユナイテッド(BU)」もその潮流に位置づけることができる。
インド系米国人起業家が元メジャーリーガーらから資金を募り、自己のルーツの地・南アジア、そしてオイルマネーによって潤う中東などの「野球不毛の地」に野球文化を根付かせ、ビジネスにつなげるべく立ち上げたこの新興プロ野球リーグは、早くから米国に次ぐパワーハウスである日本にビジネス上の可能性を見出していた。
スカウティングにおいては、元メジャーリーガーを含むNPBの往年の名選手を集め、また、NPB球団とも提携し、若手選手にプレーの場を提供した。そして、日本のテレビ局とタイアップし、無名の選手をスカウティングする過程を番組化することで、日本の野球ファンに「ドバイ野球」としてその存在を知らしめた。その結果、約1か月のリーグ戦期間中には、熱心なファンが日本からドバイに足を運んだ。
知名度の向上は、スポンサー獲得につながる。スポンサーシップはプロスポーツにとって、入場料、放映権料、飲食・物販に並ぶ収入の柱である。BUは、この部分についても、日本に多くを求めた。
ドバイには5000人規模とも言われる中東最大の日本人コミュニティが存在する。そのほぼ全員が富裕層である。世界有数のグローバルシティ・ドバイを歩けば、日本食レストランはどこででも目にする。それに、日本食やアニメなど、日本文化は今や世界中に知れ渡っている。このような状況の下、日本人になじみのある野球をてこに、ドバイでの事業のきっかけを作ろう、あるいは拡大しようという企業も多い。
BUはその豊富な資金を活かして、ドバイ郊外に野球場を新設した。このスタジアムのスタンド下と周辺には、スポンサー企業運営のフードスタンドやグッズショップが10軒ほど設置されていた。そのうち数軒は日系企業による出店だった。それぞれの企業は、急成長を遂げているドバイでのビジネス展開の拡大を目論み、「ドバイ野球」をその足掛かりの場としようとしていた。
WAGYUは今や世界的な高級牛肉ブランドとなっている。グローバル富裕層の集まるドバイは、世界有数のWAGYU消費地と言っても過言ではない。当然のごとくそのマーケットには、日本企業がビジネス展開するのだが、日本産和牛だけでなく食文化もドバイに輸出しようと飲食業も展開している企業が、「ドバイ野球」に出店していた。
しかし、企業側の期待とはうらはらに、この店には連日閑古鳥が鳴いていた。和牛を使った丼が数千円という日本の感覚では驚くような価格が原因ではない。この程度の価格帯はドバイでは「通常運転」である。実際、セットで買えば邦貨で2000〜3000円のフライドチキンやハンバーガーは、アメリカ人ファンを中心にそれなりに売れていた。しかし、フードスタンド全体としては賑わっているとは言い難かった。
BUは記念すべきリーグ開幕戦に満員の3000人の観客を動員した。その後の数試合も数百人を動員したが、そのほとんどはプロモーションのために招待された現地在住の南アジア出身者だった。まずは野球というスポーツの認知度をドバイから南アジアに広げていこうという戦略なのだろうが、彼らは軽食付きで招待されていた。試合半ばには、追加のドリンクも振る舞われる中、彼らがフードスタンドに足を運んで身銭を切ることはない。
体感ではあるが、フィールドワークで観た開幕直後の数試合において、チケットを買って入場した者は毎試合数十人規模だったと思われる。つまり、この球場に出店したキッチンカーは、この100人に満たない小さなパイを食い合うことになってしまっていた。和牛丼店を取り仕切る日本人スタッフに聞いたところによれば、試合ごとの損益分岐点は200食ほどだという。無論、運営会社の主目的はドバイでのビジネス規模の拡大であり、そのためのプロモーションといった性格の強い野球場での出店なのだが、すでにドバイで数店舗を展開しているこの企業にとっては、この出店は、いいビジネス展開とは言えないようだった。
この原稿執筆にあたっては日本学術振興会科学研究費助成(課題番号24K23782)を受けている。

