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スポーツから情報的健康を、実装へ⑤ アテンションは「貨幣」ではない― 「スポーツ文化の変容」というリスク―

スポーツから情報的健康を、実装へ⑤
アテンションは「貨幣」ではない― 「スポーツ文化の変容」というリスク―
福山平成大学福祉健康学部教授
河野洋

スポーツはさまざまな価値基準によって評価されます。これまでにも、スポーツ固有の基準より資本主義の価値基準が優先され、スポーツ文化は変容を迫られることがありました。今回は、アテンション・エコノミーの下で生じる変容のリスクを、ふたつの可能性から検討します。

アテンションは何を数えているか

例えば、同じ内容を扱った動画がふたつ並び、一方は再生数が10,000回、もう一方は1,000回だったとします。どちらかを選ぶなら、多くの人は前者を選ぶでしょう。この判断の背景には、社会心理学において「社会的証明(social proof)」と呼ばれる働きがあります。知識や情報がなければ、多くの人が選んだものを選ぶのは省力的で、たいていうまくいきます。
ただし、それを価値基準とするなら、アテンションの特性をもう少し理解する必要があります。まず「再生数」は、ただ眺めた一回と積極的な視聴とを区別しません。さらに、その集計は賛否も区別しません。例えば、有名人の謝罪動画が普段の投稿より多く再生されることがあります。そこに示される数は称賛でしょうか、非難でしょうか。
また、年俸をパフォーマンスの指標とすることには異論もあるでしょう。それでも、多く稼ぐ選手はパフォーマンスの面でもおおむね優れており、評価として方向は揃っています。しかし、アテンションにその保証はありません。貨幣に似た顔をしていながら、同じ額面でも質が保証されず、符号もない。これがアテンションの性質です。

アテンションはどう受け取られるか

こうしたアテンションは、スポーツ文化に何をもたらすのでしょうか。第一に、選手への評価が歪められるリスクがあります。
選手が集めるアテンションは、パフォーマンスだけで生じるのではありません。容姿や日常生活といった競技外の要素も要因となります。ところがインプレッション数やフォロワー数はその内訳を示しません。私たちには何に対する評価なのかが分からないまま、「アテンションを集める価値ある選手」として提示されます。
一方で、アテンションが集まらないことにも問題があります。女性スポーツやマイナースポーツ、パラスポーツには、アテンション獲得における構造的な不平等があります。Cookyら(2021)は、アメリカのテレビ報道において、女性アスリートに関する報道が2019年の時点でも全放送時間の5.4パーセントにとどまり、三十年間ほとんど改善していないことを示しましたが、放送枠の制約がないソーシャルメディアでも、その割合は一割程度でした。不平等そのものも問題ですが、その解釈が見る人に委ねられる状況においては、アテンションの少なさが競技の価値として読み取られることを防ぐ手立てはありません。
競技者としての評価が競技以外の要素に左右されること——これが第一のリスクです。

「本質的な価値に触れない」事態

第二のリスクは、スポーツの本質的な価値との接触が失われることであり、これは私たち自身の行動に関わります。
最近、飲食店で料理の写真を撮り、一口も食べずに帰る行動が度々問題になっているそうです。行動の是非はさておき、その目的が料理の味や食事の経験といった「本質的な価値」ではなく、バズった料理が持つ「アテンションを集める価値」にあることは明白です。
ソーシャルメディアには、アテンションが入口となり実際のスポーツ経験につながるというポジティブな面があることも確かです。しかし入口が出口を兼ねれば、本質的な価値に触れる機会はかえって失われます。ある選手のファンを名乗りながら、試合を観たことはない。そうした関わり方も珍しくありません。
このように、情報を得ること自体が目的となり、体験へ向かわなくなる事態が広がれば、スポーツの本質的な価値に触れる人が失われていきます。Baraschら(2018)は、自分のために写真を撮る場合と比べ、共有する意図で撮る場合には体験そのものの楽しさが下がることを実験で示しています。
アテンションが質を保証しないことは、先に述べたとおりです。それでもこの指標だけを頼りにすれば、目に触れる情報は多く集まったものに偏ります。これはある種の「情報の偏食」です。この偏食が続けば、スポーツ本来の感動を味わう機会を失っていくかもしれません。

参考文献
Cooky, C., Council, L. D., Mears, M. A., & Messner, M. A. (2021). One and done: The long eclipse of women’s televised sports, 1989–2019. Communication & Sport, 9(3), 347–371.
Barasch, A., Zauberman, G., & Diehl, K. (2018). How the intention to share can undermine enjoyment: Photo-taking goals and evaluation of experiences. Journal of Consumer Research, 44(6), 1220–1237.

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