スポーツ産業のイノベーション 五感に訴えるマーケティング

スポーツ産業のイノベーション
五感に訴えるマーケティング
植田真司│大阪成蹊大学マネジメント学部教授

感性マーケティングとシズル効果

スポーツを楽しくし、参加人口を増加する。その一つの方法が、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)に訴えるマーケティングである。感性マーケティングともいわれる。例えば、ディズニーランドは「夢と魔法の国」「光と音のマジック」といわれているが、五感に訴えるさまざまな工夫がなされている。一流のレストランでも、食事を楽しんでもらうために、味覚だけでなく、盛り付けや食器の見た目はもちろん、店内に流れる音楽、料理の香り・食感、店内の照明、椅子の座り心地、店員の服装や言葉使いまで、いろいろと工夫されている。この様に、音や香りなどで消費者の五感を刺激し、購買意欲を生じさせる効果をシズル効果という。(シズルとは、肉のジュージュー焼ける音のこと)
スポーツも、この五感を刺激することで、面白いサービス、商品、施設開発、演出により、新しいスポーツライフが提案できるのではないだろうか。

五感を活用したスポーツの事例  

スポーツの歴史を見ると、視覚や聴覚による取り組みが行われている。
卓球は、1988年のソウルオリンピックから正式種目になっているが、当時は白いボールを使用。観客が見やすいようにとカラーボールを検討し、1989年からオレンジ色のボールが使用されている。これをきっかけに、禁止されていた白いウェアーも着用が可能となり、明るい色のウェアーを着用する選手が増えた。その後も、2006年頃、四元奈生美選手が、「卓球の地味なイメージを華やかにして、メジャーな競技にしたい」と、自らがデザインしたカラフルなユニフォームを着用して試合に出場している。
他にも、柔道は、1998年から白と青の柔道着で対戦するようになり。バレーボールも、1998年頃から100年以上続いた白のボールから青・黄・白3色のボールが使われ始め、 2000年のシドニーオリンピックからカラーボールが公式球となった。

競技を盛り上げるのに音楽も使われている。プロスポーツのみならず、さまざまな競技でテーマソングや応援ソングを取り入れている。例えば2016年のリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックのNHKの公式テーマソング「Hero安室奈美恵)」は、大会開催前からムードを盛り上げ、大会終了後もその曲を聴くと頭の中に大会のワクワク感が蘇ってくる。
商品にとっても音は重要である。電気掃除機は、ただ静かなだけでは売れないそうだ。モーターの音は静かでよいが、ごみを吸引する音はあった方がよいという。
ゴルフクラブも、ヘッドの素材が木のパーシモンから金属に変わるとき、木の低い「バシッ」の打球音でなく、金属特有の「キーン」と高い打球音となり、顧客の反応がよくなかった。そのために、ヘッド素材に音や振動を抑える制振合金を使ったり、ヘッドの空洞部に振動を吸収する素材を充填したり、さまざまな実験を行ったことを思い出す。

香りの活用

これからは、嗅覚に訴えかけるのが面白い。五感の中でも、嗅覚は特別な感覚である。人間の遺伝子の中で、視覚の遺伝子が4個、味覚の遺伝子が約30個あるのに対し、嗅覚の遺伝子は約400個もあると言う。1)それほど嗅覚は、人間にとって重要な感覚なのである。また、嗅覚の情報は、直接感情に訴え、記憶を呼び覚ます効果が高いという特徴を持っている。
カジノでは、柑橘系の特定の香りを流すとスロットをする客の滞座時間が長くなり、売り上げが53.4%上がったという報告もある。2)また、Monell Chemical Senses Centerが、博物館で展示物を見学中にさまざまな香りを嗅いだ人たちの心理的影響を調べた実験では、風船ガムの香りを嗅いだ人は、「より明るい気持ちになった」、お香の香りを嗅いだ人は、「多くのことを学んだ」と回答している。スポーツも、香りを利用することで楽しくプレーや応援をすることが出来るかもしれない。

競技スポーツからスポーツライフへ

日本のスポーツは、勝ち負けを重視しすぎる傾向にあるように思える。勝つことは大切なことであるが、勝ち負けに拘るとスポーツの持つ他の楽しみに気づかなくなる。 ドイツなどヨーロッパのスポーツクラブでは、勝ち負けより、試合の後に敵味方が一緒になって交流することを楽しみにしている。
我々もそろそろ、勝ち負けにこだわるスポーツから、勝っても負けてもみんなが楽しめるスポーツライフを大切にしてはどうだろうか?スポーツの後の飲み会など、五感で楽しめる工夫をしてもいいのではないだろうか。

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