アスリートの教育とキャリア形成⑧ NCAA D-Ⅰ大学の学業サポートシステム① ―学生アスリートに学業を「おろそかにさせない」しくみ:制度的基盤と4事例の概要―
アスリートの教育とキャリア形成⑧
NCAA D-Ⅰ大学の学業サポートシステム①
―学生アスリートに学業を「おろそかにさせない」しくみ:制度的基盤と4事例の概要―
帝京大学医療技術学部 教授
束原文郎
連載「アスリートの教育とキャリア形成」,今回からは,全米大学体育協会(NCAA)ディビジョンⅠ(D-Ⅰ)の大学が学生アスリートに学業をおろそかにさせないために備えている学業サポートのしくみを取り上げる.前回は,チームの学業成績を競技出場資格と連動させる指標,学業進捗率(APR)を紹介した.しかし,警告システムの側面もあるAPRが機能するためには,学生を実際に卒業までたどり着かせる実質的な伴走支援システムが不可欠である.そこで今回は,筆者が2025年10月24日から11月2日にかけて実施した米国現地調査(UCLA,インディアナ大学ブルーミントン校,フロリダ大学,NCAA本部)およびカリフォルニア州立大学フラトン校(CSUF)へのオンライン調査の結果に基づき,2026年8月31日の日本体育・スポーツ・健康学会第76回大会シンポジウム「学生アスリートの成長を最大化する大学スポーツのしくみ 〜日米比較研究からみえてきたもの〜」で報告した内容を再構成して紹介する1.まず本稿では,学業支援を義務づける制度的基盤と4大学の全体像を確認する.次稿以降,CSUFとUCLA,インディアナ大学とフロリダ大学を取り上げ,4校に共通する構造と日本への示唆を論じる.
学業支援を義務づける制度的基盤
はじめに確認しておきたいのは,D-Ⅰ大学の学業支援が各大学の善意や競争の産物であるにとどまらず,NCAAの規程によって義務づけられているという事実である.D-Ⅰマニュアルの規程16.3.1.1「学業カウンセリング/支援サービス」は,加盟大学が全学生アスリートに対して一般的な学業カウンセリングおよびチュータリング・サービスを利用可能にしなければならないと定め,その提供主体はアスレティック・デパートメント(体育局)でも,大学の一般学生支援部門でもよいとしている2.しかも加盟大学は,この規程に沿った支援を提供していることを,毎年NCAAに証明(attest)する義務も負う3.
次に,学業以外の人間形成に関しては,NCAAが1994年に加盟校へ導入したCHAMPS/ライフスキル・プログラムが原型となっている.同プログラムは,学業,競技,人格形成,キャリア開発,社会貢献という5領域へのコミットメントを掲げ,2015年以降は後述する専門職団体N4Aとの連携のもとで運営されている4.次回詳述するCSUFの5領域プログラムは,この枠組みを踏襲したものである.
注
1.束原文郎・幸野邦男(2026)学生アスリートの成長を最大化する大学スポーツ組織の日米比較調査研究(2025年度調査報告書).笹川スポーツ財団.本稿の記述は,特記のない限り同報告書第2章第2節に依拠する.同報告書は,笹川スポーツ財団と帝京大学による2025年度共同研究事業(研究代表者:束原文郎)の成果である.
2.National Collegiate Athletic Association (2025) 2025-26 NCAA Division I Manual, Bylaw 16.3.1.1 (Academic Counseling/Support Services).
NCAA Publications, https://www.ncaapublications.com/ .条文は “Member institutions shall make general academic counseling and tutoring services available to all student-athletes.” と定める(NCAA Legislative Services Database, https://web3.ncaa.org/lsdbi/ ,参照日2026-09-06).
3.National Collegiate Athletic Association (online) NCAA Membership Attestation Requirements(Bylaw 20.2.4.26), https://www.ncaa.org/sports/2022/9/13/ncaa-membership-attestation-requirements.aspx (参照日2026-09-06).学業支援(16.3.1.1)とキャリア・カウンセリングおよびライフスキル(16.3.1.2)の提供について,学長とアスレティック・ディレクターが署名した証明書を毎年提出する.
4.National Collegiate Athletic Association (1999) NCAA CHAMPS/Life Skills Program. ERIC ED435366, https://eric.ed.gov/?id=ED435366 ;National Collegiate Athletic Association (2015) NCAA, N4A to partner on life skills professional development, https://www.ncaa.org/news/2015/10/16/ncaa-n4a-to-partner-on-life-skills-professional-development.aspx (いずれも参照日2026-09-06).CHAMPSはChallenging Athletes’ Minds for Personal Successの略.
さらに,学業支援は一つの専門職領域として確立している.1975年に設立された全米学業・学生アスリート育成専門職協会(N4A)は,全米大学アスレティック・ディレクター協会(NACDA)傘下の最大の職能団体として2,000名超の会員を擁し,年次大会の開催や,2022年の学生アスリート育成に関する白書の発行などを通じて,職能の標準化を担っている5.
そのうえ近年,学業達成は金銭とも結びつくようになった.2021年の連邦最高裁NCAA対アルストン判決は,教育関連給付を制限するNCAA規則を反トラスト法違反と判断し,その結果,学業達成に連動する現金給付が年間5,980ドルを上限に認められるようになった6 .要するに,D-Ⅰの学業支援は,出場資格と連動するAPR,規程上の義務,そして学業達成への伴走支援体制が重なり合う制度環境のうえに成り立っているのである.
4大学の規模と支援体制
それでは,こうした制度環境のもとで,各大学は何を備えているのか.調査対象の4校は,所属カンファレンスも財政規模も大きく異なる(表1).すなわち,アスレティック・デパートメントの年間支出は,フットボール部を持たないCSUFの約2,400万ドルに対し,UCLA,インディアナ大,フロリダ大はいずれも1億6,000万〜1億8,000万ドル台と,7倍前後の開きがある.ちなみに,こうした数値を誰でも入手できるのは,米国教育省がスポーツ機会均等開示法(EADA,1994年制定)に基づき,連邦学資援助を受ける全大学に男女別・チーム別の参加者数と収支の年次報告を義務づけ,データベースで公開しているからである7.日本には,これに相当する開示制度がない.
ところが,学業支援のメニュー自体は,4校でほとんど変わらない.種目別に担当を固定した専任アドバイザー,学習障害などに対応するラーニング・スペシャリスト,義務的スタディ・ホール,学生チューターによる科目指導(ピア・ラーニング/ピア・チュートリアル),学期途中の成績モニタリング,ライフスキルとキャリア開発,そして基準未達時の段階的措置である.したがって,差が出るのは専従スタッフの人数,専用スペースの面積,予算といった厚みや規模の方である.専従スタッフはCSUFの9名からフロリダ大の約30名まで,スタッフ1人あたりの学生アスリート数は42名から19名まで開きがあり,しかも専従スタッフとは別枠で,インディアナ大は約200名,フロリダ大は150名超の学生チューターを配置している.
注
5.National Association of Collegiate Directors of Athletics (2022) N4A announces white paper on student-athlete development, https://nacda.com/news/2022/6/14/nfoura-n4a-announces-white-paper-on-student-athlete-development.aspx ;会員規模はUniversity of Missouri-Kansas City Athletics (2019) Ursula Gurney elected as first vice president for N4A, https://kcroos.com/news/2019/6/11/211805188 (いずれも参照日2026-09-06).N4Aは2017年に旧称National Association of Academic Advisors for Athleticsから現名称に改称した.
6.National Collegiate Athletic Association v. Alston, 594 U.S. ___ (2021), https://www.supremecourt.gov/opinions/20pdf/20-512_gfbh.pdf (参照日2026-09-06).判決文は,学業達成への現金給付の上限を,競技達成に対して認められている給付額(当時年5,980ドル)を下回らない水準とすることを求めている.
7.U.S. Department of Education, Office of Postsecondary Education (online) Equity in Athletics Data Analysis Cutting Tool, https://ope.ed.gov/athletics/ (参照日2026-09-06).EADAは高等教育法第485条(g)(20 U.S.C. §1092(g))として1994年に追加され,2008年の高等教育機会法により財務報告要件が強化された.

表1:調査対象4大学の規模と学業支援体制注:上段(学部生数〜年間支出)は米国教育省EADAデータベース(2023年7月1日〜2024年6月30日報告年)より作成.学生アスリート数は重複なしの参加者実数(延べ参加者数はCSUF 497,UCLA 775,インディアナ大850,フロリダ大715).EADAでは総収入=総支出として報告される.下段は各大学のスタッフ・ディレクトリ等に基づく筆者の集計(束原・幸野,2026)で,フロリダ大の専従スタッフ数は集計時点・範囲により幅がある(次稿注参照).
次回,規模の異なるCSUFとUCLAの2校が,罰の前に伴走するという共通の設計思想を持ちながら,資源の厚みに応じて異なる現実解を採っていることを確認する.次々回は,卒業から逆算した設計を持つインディアナ大学と,アスレティック・デパートメント(スポーツ局)を独立法人とし,その主要事業の一つとしてアスリート支援プログラムを展開するフロリダ大学を取り上げ,4校に共通する構造と日本への示唆を論じる.

