幸せを遠ざける社会の常識と矛盾
幸せを遠ざける社会の常識と矛盾
植田真司 株式会社ニーズ創造研究所代表取締役 (元大阪成蹊大学経営学部教授)
創刊0号から33回、8年間続きました連載も今回で最終回となりました。今回のテーマは、幸せになりたいのになれない原因はどこにあるのか。私が普段考えている社会の常識と矛盾について考察しました。
有限の地球と無限の経済
地球は有限であり、その資源も限られているにもかかわらず、現代の経済システムは無限の成長を追求し続けている。この二つの概念は、根本的に矛盾している。地球の資源には限りがあるため、無限の経済成長は持続不可能であり、本来は成長の抑制が必要である。
しかし、企業の利益追求や、金が金を生む金利システムの影響で、成長を止めることが難しくなっている。さらに、科学技術の進歩も、自然界の原理を無視していることが多く、その結果、環境への負荷が増大し続けている。
この状況を引き起こしている根本原因は、人間の欲望にある。名誉や権力、物質的な豊かさを追い求めることが、経済成長の原動力となり、一方で環境破壊を引き起こしているからである。今では、国と国の有限資源の奪い合いである経済的競争が、一部の地域では戦争に発展している。
便利な社会とストレスや病人の増加
現代社会はスマートフォンやインターネット、交通機関の普及により、生活が便利になり、日常の効率化や時間の節約が可能となった。しかし、その便利さには、物理的な活動の減少という弊害がある。例えば、オンラインショッピングが普及することで歩いて買い物に行く機会が減り、リモートワークにより通勤の歩行や立ち仕事が減少。結果として、運動不足が進み、肥満や心血管疾患などの生活習慣病のリスクが高まっている。また、医学の進歩により、投薬などでこれらの病気が改善される可能性があるがゆえに、自ら運動などで予防する必要性を感じなくなり、社会全体の健康が損なわれる恐れもある。
さらに、便利な社会環境がもたらす快適さは、一見ストレス軽減に役立つように見えるが、実際にはストレスの種類が変わるだけで、新たな問題を引き起こしている。デジタルデバイスの普及により、精神的な疲労や睡眠障害、孤独感や社会的孤立が増加する懸念も高まっている。
記憶の重視と創造性の抑制
教育は、若い世代に知識と技能を伝え、社会に送り出すための基盤を提供している。しかし、現在の教育システムは、試験の成績や知識の詰め込みに重点を置きすぎることで、学生の創造性や批判的思考を抑制してしまうことがある。特に大学受験では、試験の点数が学生の能力を測る主な尺度となり、学生は良い点数を取るためのテクニックに集中しがちである。その結果、実際の理解や深い学びが疎かになり、知識を単に記憶することに終始している。このような教育では、学んだ知識を応用する能力や新しいアイデアを生み出す創造性が育ちにくいという問題がある。
例えば、「空気を入れる穴がないテニスボールにどうやって空気を入れるか」という質問に答えられる学生はほとんどいない。この問題の答えは中学校の理科で学ぶ原理に基づいており、知識としては持っているはずである。しかし、実際にそれを応用する力が不足しているので答えられないのである。
他にも、「経済的繁栄と社会的不平等」「グローバル化と地域格差の拡大」「豊かさの追求と心の貧しさ」「技術の進歩と人間関係の希薄化」など、現在社会には数えきれないくらいの矛盾が存在している。
平和な社会をつくるために
私たちの多くは、間違いなく平和で安心な社会を望んでいる。それは、争いがなく、誰もが安全で幸せに暮らせる理想的な状態である。しかし、現実はしばしば私たちに競争を強いるものである。学校、職場、さらには日常生活の中で、私たちは他者と比較され、競争に参加することを余儀なくされている。この矛盾は、私たちの内面に深く根ざしており、私たちの行動や決断に影響を与えている。
平和で安心な社会を実現するためには、競争を超えた共創や共感が必要である。私たちは、他者との関係を大切にし、共通の目標に向かって協力することで、より良い社会を築くことができるのである。
このような日常において矛盾する常識は、どうすることも出来ないのだろうか。多様性を受け入れ、異なる意見や価値観を尊重することで、平和な社会を形成することはできないのだろうか。スポーツが、平和な社会をつくる役割を担ってくれることを願っている。
最後に「ハチドリのひとしずく」の物語をご紹介したい。森が大火事に見舞われたとき、すべての動物たちは逃げ出した。しかし、ハチドリだけは、小さなくちばしで水を運び、火にひとしずくずつかけ続けた。他の動物たちが「そんなことをして何になるのか」と問いかけると、ハチドリは「私は自分にできることをしているの」と答えた。
8年間ありがとうございました。今後も、社会が直面する矛盾について、共に深く考え、解決のために対話していけることを願っております。
ueda-s@needs-souzou.com