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スポーツ法の新潮流──㉙ 日本代表の法務 ──選手に日本代表招集応諾義務はあるのか

スポーツ法の新潮流──㉙ 日本代表の法務 ──選手に日本代表招集応諾義務はあるのか
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士(スポーツ科学)/弁護士

前回から日本代表の法務を解説しています。前回は日本代表事業の商業化について整理しました。本年もパリオリンピックパラリンピックを控えており、またいろいろ話題になると思われます。最近では控えメンバーでの日本代表参加を辞退する意思表明も話題になりました。そこで、今回は、近年いくつかの中央競技団体で課題となっている、選手の日本代表招集辞退について解説したいと思います。
そもそも日本代表に招集された場合に、日本代表はとても名誉なもので、選ばれる機会もめったにないものですから、それを辞退するなんてあり得ないし、そもそも日本代表招集に応諾する義務があるかという論点自体がよくわからない、という読者もおられるかもしれません。
確かに、以前の感覚であれば、日本代表のみが大きな価値を持っていたため、このような論点はなかなか発生しなかったのかもしれません。ただ、前回も整理しましたように、現代では、スポーツの商業化が進む中で、日本代表、国際試合以外にも様々な価値をもったスポーツが生まれています。リーグ戦が生活の糧になっている場合はそちらの活動の方が重要な選手もいます。日本代表活動期間はリーグ戦はオフの場合も多く、休養を重視する選手もいます。日本代表活動での試合は必然的にインテンシティが高く、過密なスケジュールで試合を行いますので、怪我のリスクも考えなければなりません。また、日本代表のスポンサー活動や商品化活動などでは、選手に商業的な義務がたくさん発生します。選手個人の商業的活動とバッティングすることも少なくありません。このような中で、選手に日本代表招集に応諾する義務があるか否かは大きな論点になっており、各中央競技団体も対応を取ろうとしています。

日本代表招集に関する中央競技団体の規定

日本代表の招集に関しては、中央競技団体において、いくつか規定が定められています。例えば、日本サッカー協会(JFA)基本規則には、「次の団体及び個人は、定款、本規則、その他本協会が定める諸規程並びにFIFA、AFC及びEAFFの諸規程並びにスポーツ仲裁裁判所(Court of Arbitration for Sport)の仲裁関連のほか、本協会、FIFA、AFC及びEAFF並びにCASの指示、指令、命令、決定及び裁定等を遵守する義務を負う。」(同第2条)と定められ、この個人には、「選手」も含まれます。また、Jリーグに所属する選手は、日本サッカー協会選手契約書を締結しており、選手の遵守義務として、「協会から、各カテゴリーの日本代表選手に選出された場合のトレーニング、合宿および試合への参加」(第2条第7号)が定められています。
また、日本バスケットボール協会(JBA)の基本規程は、日本代表の「招集」ではなく、「招聘」という表現を用いています。そして、「選手は、本協会により日本代表チームまたは選抜チーム等の一員として招聘された場合、当該チームの公式活動へ参加する義務を負う。ただし、傷害または疾病のために、本協会の招聘に応ずることができない場合は、本協会の選定した医師の健康診断を受けなければならない。」(第95条第1項)と定められています(その他、選手の所属チームについても、「加盟チームは、所属選手が本協会により日本代表チームまたは選抜チーム等の一員として招聘された場合、当該選手を参加させる義務を負う」(第69条)と定められています)。
このような中央競技団体の規定をみていくと、選手は日本代表に招集された場合、それに応諾する義務はありそうです。

中央競技団体の規定の課題

近年、中央競技団体の日本代表招集をめぐる規定についていくつか課題が生まれています。
1つ目は、日本代表選手に、外国のチームでプレーする選手が増えたことです。彼らは、日本のプロチームや実業団でプレーしていないので、中央競技団体の選手登録を経ておらず、上記中央競技団体に定める規定に毎年同意をしているわけではありません。となると、上記のような規定があったとしても、そもそも日本代表の招集に対して応諾する法的義務を負っているわけではありません。中央競技団体が日本代表に招集したとしても、選手が日本代表活動に参加するか否かは任意になります。むしろ外国のチームでプレーする選手は、そのチームとの間で様々な契約内容を合意しており、その契約内容にしたがう必要があるため、日本代表活動であったとしても自由に参加できるわけではありません。
2つ目は、中央競技団体が定める規定による同意の有効性です。前回でも整理しましたとおり、昨今の中央競技団体が行っている日本代表事業は、単なる日本代表の選出のための競技会の実施や国際大会への派遣だけでなく、統轄する競技の普及・振興に必要となる費用を稼ぐための収益事業となっています。このために、中央競技団体は、日本代表というコンテンツを利用して入場料収入やスポンサー収入などの獲得を目指しています。このような日本代表事業は収益事業となっており、収益事業に選手が稼働を求められるのであれば、それは「労働」であるため、前提として、雇用契約や委託契約などの合意、すなわち選手の同意が必要になるでしょう。
上記のような規定は中央競技団体の理事会や評議員会などで決議されていますが、その内容について事前に選手と協議が行われたりすることはまだまだ少ないでしょう。選手自身もこのような規定の存在すら知らない中で、選手登録の際に簡単な誓約書を取得したからといって、同意が完全に有効かは悩ましいところです。また、近年、欧州で出されている裁判例などを見ますと、独占的な権限を有する競技団体が一方的に定める規定やルールに対する法的疑義が指摘されています。そこで、中央競技団体が定める規定による同意の有効性を担保するためには、事前に選手に対する丁寧な説明と真摯な同意を確保する必要があります。
3つ目は、そもそも上記のような規定を定めていない中央競技団体も数多く存在する、ということです。規定がなければ、そもそも選手が日本代表の招集に応諾する義務はそもそもない、ということになりますので、選手が、日本代表活動に参加するか否かは任意になります。

アマチュアスポーツの場合

このような議論の中で出てくるのは、日本代表事業といってもアマチュアスポーツで収益を得ているわけではなく、商業化されていない場合はどうなるのか、という疑問です。
アマチュアスポーツといえども、中央競技団体が日本代表活動の費用などを補てんするためにスポンサー獲得などを行っている場合は、たとえそれが利益を生んでいないとしても商業化されているといえるので、前述の同様の議論になります。
一方、例えば、日本代表活動の費用全てを選手自らが負担するなど、中央競技団体が何ら収益活動を行っていない場合は、日本代表活動を行うか否かは選手の自主的な意思に委ねられていますので、そもそも日本代表招集への応諾義務はないと言えるでしょう。

選手は日本代表招集応諾義務があるのか

当たり前かもしれませんが、選手が日本代表に招集される場合、選手が日本代表への招集に応諾しなければならない法律上の義務はありません。前述のような招集応諾義務を定める規定があったとしても、それは選手の真摯な同意か、あるいは労働組合など選手側との誠実交渉を経た労使協約に基づく必要があるでしょう。このような規定もない場合、選手に日本代表招集応諾を法的に義務付けるのは難しいでしょう。仮に選手に日本代表招集応諾を法的に義務付けたとしても、選手に怪我の治療を表明されると招集を強制することも困難です(選手は大なり小なり怪我は抱えているものです)。
このような中で、競技団体によっては、既に日本代表事業への参加を選手の任意に委ねている組織もあります。選手も日本代表活動におけるケガのリスクや、オフにおける休養や他の活動とのバランス、選手の出場条件など、様々な考慮をしながら、日本代表事業への参加を検討しています。日本代表事業をより大規模な事業にして、今後の普及・振興事業を行っていくためには、選手が日本代表事業に可能な限り参加できるよう、選手の様々なメリットを踏まえ選手の出場条件などを検討していく必要があるでしょう。日本代表事業の見直しが求められています。

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