スポーツ産業を測る スポーツの経済効果の測定と課題

スポーツ産業を測る─㉕ スポーツの経済効果の測定と課題
庄子博人│同志社大学スポーツ健康科学部准教授

経済価値を測定する代表的な方法として、産業連関分析による経済波及効果の算出があります。オリンピックの経済効果、プロ野球の経済効果、など、メディアで経済効果の報道がなされるのをよく見ますが、多くが金額のみに注目が集まり、経済効果とは何か、どのような意味を持つのか、といったことがあまり語られないと思います。そこで今回は、産業連関分析の実際を紹介し、その課題について考えてみたいと思います。
ある地域に新しくスタジアムが建設された場合の経済効果を考えてみましょう。経済波及効果は、「直接効果」と「波及効果」があります。直接効果とは、この場合、スタジアム建設によって増える需要額のことです。この直接効果を正確に推定するためには、建設整備に係る経費の全てを綿密に調査し、その経費がどのような産業分類に当てはまるのかを調査する必要があります。スタジアム建設だから全ての経費が「建設業」に当てはまるというわけではありません。例えば、設計料であれば設計事務所による「対事業所サービス」、電気設備であれば「電気機械」、人件費であれば「雇用者所得(付加価値部門)」など、できる限り正確に、特に原材料と人件費については正確に分類する必要があり、スタジアム建設であれば、一次請くらいまで調査するのが良いと思います(ただし本当に調査し回答してもらえるかどうかは難しいとは思います)。そして、購入者価格で表示されている金額を、商業や流通に係る部分を調整して、産業連関表の基本の表記である生産者価格に修正します。さらに、ある地域における経済効果としては、その域内で生産される分(自給率)だけを取り出し、ある域内に発生した新規の需要額(=生産額)を算出します。このように域内で純粋に生産の増加に貢献した部分の金額のことを「直接効果」と言います。
次に、経済波及効果には、「直接効果」だけではなく、直接効果が各産業に投入されたことによる連鎖的な効果もあります。それを「波及効果」もしくは間接効果といいます。これは産業連関表を使って計算しますが、1次波及は直接効果の金額によってもたらされる連鎖的な生産額の増加のことを言い、2次波及は、直接効果と1次波及によってもたらされる生産額の増加の分の雇用者所得の増加がもたらす消費の増加による生産額の増加のことです。3次以降も計算できますが、3次以降は十分に小さい値になっていることが多く、一般的に2次効果までが普通です。直接効果と1次と2次を合わせて、経済波及効果と言い、この内、付加価値額だけを取り出したものを付加価値誘発額と言います。
以上のように求められる経済波及効果ですが、いくつか問題があります。まず1つ目は未来予測の問題です。未来のプロジェクトに使う場合、経費の積み上げとその産業分類の当てはめにどうしても恣意的な数値が入ってしまいます。プロジェクトや政策を進める上で、未来の経済効果を知りたいと思うのは当然であるとは思いますが、数値が一人歩きしないためにも直接効果の積み上げをできる限りエビデンスに基づいて行う必要があると思います。
また、2つ目は、イノベーションに対応できないという産業連関表の問題です。産業連関表の作成は、総務省が主導して各省庁の協力のもと5年に1回作成されますが、その間は延長表などがあるものの、基本的にはその間には大きな産業構造の変化がなかったと扱うしかありません。したがって、波及効果の大きさは、同じ産業連関表を使う限り、直接効果の大きさと、その直接効果がどの産業に投入されるか、という点のみで決まってしまい、産業のイノベーションには対応が難しくなります。
また、3つ目は、経済「波及」効果とは財・サービスと金額の取引の連鎖の結果であり、社会的な効果は測れないという点です。産業連関表は、「購入-生産-販売」という需要と供給の全ての取引を記録したものであり、サプライチェーンのつながりを示しています。「波及」効果は、産業構造に応じた取引の連鎖を計算したものであり、当然ながら産業連関表で書かれたサプライチェーンをはみ出すことはありません。このため、例えば、スタジアム建設によってスポーツする人が増えた、地域のコミュニティができた、治安が良くなった、など、スポーツの社会的価値として考えるべきものは考慮できません。なぜなら、例えばスポーツ実施が増えたことによる「医療費削減」など、金額的に表現できたとしても、産業連関分析の考え方としては、スタジアム建設において投入された金額がサプライチェーンの経路として「医療・介護」の産業に影響を与えたわけではないからです。そのため、社会的価値、というのは、産業連関分析からの見方としては、サプライチェーンをワープして与える影響という言い方ができるのではないだろうかと思います。
このような社会的価値を計測する手法として、近年、SROI(社会的投資収益率)という手法が注目されています。SROIでは、例えば、スタジアムが建設されたことによって、ステイクホルダーに社会的に良い効果があるかどうかを調査・実証し、それを金額として評価するという手法をとります。スポーツGDPを開発した英国のスポーツ産業リサーチセンターは、このSROIの研究にも力を入れており、スポーツの経済価値と社会価値のどちらも重要視しているようです。今のところ経済価値と社会価値の両方を統合するような理論はないようですが、スポーツのような産業は、どちらの効果も計測すべきかと思います。

▶川島啓,地域産業連関分析実践研究講座,一般社団法人全国地方銀行協会,2020.

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