日本スポーツ産業学会第30回大会 一般研究発表-B

日本スポーツ産業学会第30回大会
「スポーツとファイナンス~地方からの発信」
一般研究発表

eスポーツの実施が高齢者の認知機能及び幸福感に及ぼす影響*
発表者: 斉藤嘉子 (九州工業大学大学院生命体工学研究科)**
共同研究者: 夏目季代久 (九州工業大学)***
神崎保孝 (福岡県教育委員会 東京大学大学院医学系研究科)****
堤喜彬(九州工業大学大学院生命体工学研究科)*****
磯貝浩久 (九州産業大学)******
キーワード: e スポーツ 高齢者 認知機能 幸福感
* Effects of e-sports on cognitive function and sense of well-being in the elderly
** SAITO Yoshiko: Kyushu Institute of Technology Graduate School of Life Science and Systems Engineering
*** NATSUME Kiyohisa: Kyushu Institute of Technology
**** KANZAKI Yasutaka: Fukuoka board of education, The University of Tokyo Graduate School of Medicine
***** TSUTSUMI Yoshiaki: Kyushu Institute of Technology Graduate School of Life Science and Systems Engineering
****** ISOGAI Hirohisa : Kyushu Sangyo University
Key word : e-Sports The elderly Cognitive function Sense of well-being

【緒言】
eスポーツはビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉えたもので、近年若者を中心に急速に発展している。2022年のアジア競技大会では正式種目として決定し、また今年の4月には、IOC はe スポーツイベントOlympic Virtual Series を発表した。そのような中、トップ選手を輩出する若い世代以外の、障がい者や高齢者への普及も期待されている。世界で最も超高齢化の進む日本において、eスポーツを行うことで、脳の活性化などによる認知機能の向上・認知症予防・いきがいの増進といった効果を もたらすことが明らかになれば、高齢者の医療費抑制や健康長寿、QOLの向上に寄与できるのではないかと考える。
【研究目的】
本研究では、eスポーツの実施が高齢者の認知機能と幸福感にどのような影響を及ぼ すかを明らかにすることを目的とした。
【研究方法】
1. 対象 高齢者 29 名(男性 13 名,女性 16 名),平均 77 歳(69~97 歳)
全体の被検者を e スポーツ実施群 16 名と、対照群 13 名に分けた。e スポーツ実施群は、グランツーリスモ(以下 GT)(9 名)、ぷよぷよ 7 名に分かれ、1 日 20 分程度、週 2 回(約 1 ヶ月間)、計 10 回プレーしてもらい 10 段階評価で記録してもらった。対照群は通常の生活を送ってもらった。
2. 認知機能試験 1)Trail Making Test A・B(以下 TMT-A・B)(認知機能の様々な側面を評価できる指標)、 2)1 バックタスク(脳のワーキングメモリの評価指標)、
3. 幸福度の評価 改訂版 PGC モラール・スケール
4. 測定時期 2,3.を e スポーツ実施(約 1 ヶ月間)前後に測定した。
【結果と考察】
Trail Making Test A・B
統計的には非有意であったが、所要時間の Pre-Post 実測値において、TMT- A では e スポーツ実施群は平均 3.04 秒短縮したが、統制群は平均 3.15 秒遅延した。また、TMT-B では e スポーツ実施群は平均 6.26 秒の遅延に留まったが、 統制群は平均
12.05 秒遅延した。これらの結果から、高齢者においては、e スポーツへの取り組みと、TMT-A にて要求される実行/遂行機能や注意機能の改善、 および TMT-B にて要求される、ワーキングメモリ、配分性注意、認知的柔軟性などの低下抑制との間に関連性が示唆された。また、TMT が近年の自動車運転の適性評価法として活用があることに鑑み、高齢者ではe スポーツが自動車運転に係る認知機能の改善および低下抑制と関わる可能性が窺われた。
1バックタスク
eスポーツ実施群の、pre-post の自己評価差と 1 バックタスクの 解答時間差(post-pre)、正答率差(post-pre)をとの関係を調べた。自己評価差と解答時間差には、有意な負の相関があった。解答時間が pre より post で短くなった人は解答時間差が負になる。e スポーツでうまくなったと考える人は解答時間も短くなっていた。相関係数は-0.52 程であった(p<.05)。自己評価で差 がある人(e スポーツでうまくなったと思った人)ほど、post の 1 バックタスクの解答時 間は短くなっていた。次に自己評価差と正答率差の関係を調べると有意な正の相関があった(p<.01)。正答率差 が大きいほど、post で正答率が上昇した事を示している。
eスポーツ実施により自己評価が高くなった人は正答率の pre-post 変化も大きかった。
eスポーツ経験はワーキングメモリに正の効果をもたらす可能性が示唆される。改訂版 PGC モラール・スケール
対象群では、「不安感」「老いに対する態度」「孤独感」に有意差はみられなかった。一方、eスポーツ群では、「不安感」「孤独感」には有意差はみられなかったが、「老いに対する態度」の減少に有意傾向がみられた(p<.10)。すなわち、eスポーツを実施することによって、役に立たなくなってきたなどの否定的な気持ちが減り、昔と同じよ うに元気であるといった肯定的な気持ちが高まったと考えられる。また e スポーツ群の「不安感」「孤独感」の値が対照群よりも低下していることを考慮すると、eスポーツ実施により、幸福感が高まったものと考えられる。
【結論】
eスポーツ実施により、幸福感が高められる可能性、実行/遂行機能や注意機能の改善、 および、配分性注意、 認知的柔軟性の低下抑制の可能性、ワーキングメモリ処理改善の可能性が示唆された。今後は、被験者数を多くし、eスポーツ実施期間の延長、eスポーツ実施の動機づけ維持などの仕掛けを導入する必要がある。

 

ニューノーマル時代の地方でのスポーツ観戦*
―レノファ山口 FC での調査から―
発表者: 西尾建 (山口大学)**
柴田勇樹 (レノファ山口 FC)***
キーワード: ニューノーマル、サッカーファン、ウィズコロナ
*Sports spectatorship in local cities amidst the New Normal A survey at RENOFA Yamaguchi FC
**Tatsuru Nishio:Yamaguchi University
***Yuki Shibata: Renofa Yamaguchi FC Keyword:Sports Fan, SDGS, New Normal

【緒言と研究の目的】
新型コロナウイルス感染拡大の影響で 2020 年シーズンは、様々な観戦スポーツにも大きな影響をおよぼし、チーム運営サイドもファンも多くの制約のもとでシーズンを終えた。本発表では、2020 年J2 リーグ最終戦で実施した観戦者調査とチームスタッフへのヒアリングをもとに
「SDGsの視点からニューノーマル時代のスポーツ観戦」について考える。
【研究の方法】
本研究の目的は、コロナ禍でのファンの観戦行動とニューノーマル時代でのスポーツ観戦をSDGsの観点から考えることである。調査は、アンケートとレノファ山口 FC マネジメントスタッフへのヒアリングを実施した。アンケート調査は、²0²0 年 1² 月 ²0 日日曜日山口維新みらいふスタジアムでのレノファ山口対モンテディオ山形戦でQRコードの入った案内用紙を準備し 入場口で取ってもらい回答してもらった。質問内容は、基本属性、シーズン中の観戦試合数、シーズンパスの有無、観戦に影響を与える要因(チームや選手のパフォーマンス、チケット 価格、コロナ対策、天候など)新型コロナ対策、ファン増加への取り組についての自由回答である。
【アンケート結果】
調査の結果 ²²1 名(男性 140 名、女性 81 名)からアンケートを回収した。コロナ禍でもあり、居住地は山口県内が多く 199 名(90%)で県外からは少なく 22 名(10%)であった。図は、シーズンパス保有者(91 名:41.2%)とチケット購入での入場者(130 名:58.8%)の 2019 年、2020 年と2021 年の観戦予定試合数を表したグラフである。コロナの影響のなかった2019
年に比べコロナでむかえたシーズンは大きく落ち込む(パスなし 2.6 試合、あり 5.3 試合)ことになったが、2021 年シーズンで観戦に関しては、コロナ前を上回る結果(パスなし 1.1 試合、あり 0.76 試合)となった。


表は、観戦要因 10 項目に関して、5 段階(5 強くそう思うー1まったくそう思わない)のリッカート尺度で質問した結果である。項目別のスコア比較では、⑩コロナウイルス対策要因(M= 4.00;SD=1.14)が最も強く、新シーズンに向けて、ファンはコロナ対策での安全性を最重要視していることがわかる。男女比較では、チーム戦績しか有意差がでなかったが、シーズンパス保有の有無の比較では、シーズンパス非購入者はよりチーム戦績やスター選手の存在と天候や交通機関の整備で有意差があることが明らかになった。自由回答での「ファン増加への取り組み」への提言に関してのテキストマイニングによる共起分析においては、「試合内容」「選手」「スタジアム」「試合以外のイベント」の 4 つのおもなクラスターに加えて、「施設」「スタジアムグルメ」などが要望の中心になるという結果になった。
【今後の取り組みとSDGs】
調査結果から、まずはしっかりとスタジアムでの感染対策を行い、それを広報していくことが重要と考えており、シャトルバスの整備など交通機関の整備も行っていく予定である。また、レノファ山口FCが開発した「レノファ健康・元気体操」の普及や、地域の「こども食堂」との連携による地域の健康・福祉の向上も、推進していくことが重要である。対策におけるSDGs項目では、「③すべての人に健康と福祉を」「④質の高い教育をみんなに」「⑪住み続けられるまちづくりを」の項目達成が求められるだろう。
【参考資料】
朝日新聞(2021)J リーグ社会連携活動版「全 57 クラブの取り組み」社会連携活動版

 

世界を目指すアスリートやコーチのための英語力向上プログラム開発*
発表者: 西条 正樹(神戸大学大学院・びわこ成蹊スポーツ大学)**
キーワード: スポーツ留学支援,目的別英語教育,タスクベース,社会文化理論
* Creating a pedagogical model for enhancing student-athletes’ language development
** NISHIJO Masaki:Graduate School of Intercultural Studies, KOBE University, Faculty of Sports, Biwako Seikei Sports College
Key word:English for Specific Purposes, Task-Based Approach, Socio-Cultural Theory

1. はじめに
海外に渡る日本人の目的はアカデミックなものだけではなく,スポーツの分野にも及ぶ。そのような中で,一部のスポーツ留学生が長期滞在であるにも関わらず十分に活躍できない要因として,語学力不足が指摘されている(辻, 2013)。
現在はスポーツ分野に特化した語学サービスや教材が民間を中心に増えてきてはいるが, 各々の団体がそれぞれの手法で教授法や教材を考案している状況であり,その教育効果につ いては十分な検証が行われていない。
発表者は,海外でサッカー選手や指導者を目指す学生や社会人たちを対象に,外国語コミ ュニケーション能力育成を目的とした「世界を目指すサッカー選手・コーチのための英語力向上プログラム」を開発・実践した。本発表では,その実践報告を行う。
2. 目的
本研究の目的は,「タスク」(Ellis, 2003)と「ジャンル」(Martin, 1997; Hyon, 2018)の理論を取り入れた「ジャンル準拠タスク」を一定期間,将来海外にスポーツ留学を目指す学習者を対象とした事前学習プログラムの中に取り入れることによって,参加者がどのような学びをしたかを縦断的に調査することである。
3. 方法
3.1 研究参加者
本研究の参加者は将来海外でサッカー選手もしくはプレーヤーを目指す社会人と学生 6 名
で,平均年齢は 22.83 歳(SD=0.98)である。実施場所は関西圏にある私立大学のスポーツ教育重視の一学部である。本プログラムの教員は,筆者本人と,実際に海外でプロサッカー選手としての経験があり,現在は英語で日本の子どもたちにサッカーを指導している 2 名のモデルコーチの合計 3 名である。本研究への参加は自由意志であること,本研究で得られた個人情報は研究目的のみで使用することを説明し,同意書に署名を得た。
3.2 ジャンル準拠タスクに基づく指導手順
15 週間にわたって実施されるジャンル準拠タスクの最終的なアウトカムは,「サッカーのトレーニングを理解すること」と,「サッカーのトレーニングの指導ができるようになること」とした。参加者は,Target Tasks(第 9 週と第 13・14 週)までに,サッカー指導者はどのようなコーチング手順や指導言語を用いるかを学習していく。2 回のTarget Tasks では,今まで学習した項目を使って,参加者は実際に英語でタスクパフォーマンス・テストを行った。
3.3 データ収集と分析手順
毎回の授業後に,参加者にその日に学んだことを学習ログに自由に記述してもらった。参加者全体の学習傾向を調べるために,収集した質的データを用いて,セグメントごとにラベルを指定していく帰納法的コーディング分析をし,テーマ毎にまとめた。
参加者の 2 回のタスクパフォーマンスで使用した語彙・文法を言語使用域の観点から比較した。プロンプトは 2 回とも「自身がコーチングを行ってみたいサッカーのトレーニングシーンについて,8 名を対象とした 15 分間の内容を考え,実践してください」とした。
さらに,参加者のタスクパフォーマンス・テストの様子をビデオで録画し,後日すべての発話を書き起こした。書き起こされたテクストデータに基づき,各々の参加者のタスクパフォーマンス中の言語使用が,1回目と2回目ではどのような変化があったのかを分析した。
学習ログやタスクパフォーマンス・テストを補完するために,15週間のプログラム終了後にインタビュー調査が行われた。2回のタスクパフォーマンス・テスト間で,参加者たちの言語使用がどのように変化したかを事前に分析した上で,インタビューではそれらの変化に関 する質問を中心に,参加者たちに個別に質問をした。
4. 結果と考察
全15週間に渡る学習を通じて,参加者たちは「語彙・文法」と「ジャンル構造」の観点から,サッカーのトレーニング指導における言語使用パターンへの理解を深め,自身のタスクパフォーマンスへも応用させることができていた。また,自分たちが目指すコンテクストで すでに実績のある人材をモデルコーチとして参画してもらうことで,「コーチング」や「海外スポーツ事情」などの言語以外の面においても多くの学びを得ていることがわかった。
5. 結論
本研究結果から,社会文化理論に基づくタスクベースの外国語教授法は,学習者に言語面のみならず,コーチングやサッカーの技術などのスキル,さらには,海外のサッカー事情な どの背景知識なども提供することが可能となり,今後は,海外に渡航する前の事前学習プログラムとして,大学などのグローバル学習プログラムの一部に組み込まれていくことが期待できる。
参考文献
Ellis, R. (2003) Task-based language learning and teaching. Oxford University Press, Oxford, England
Hyon, S. (2018) Introducing genre and English for specific purposes. Routledge, New York Martin, J. R. (1997) Analysing genre: Functional parameters. In F. Christie & J. R. Martin (Eds.),
Genre and institutions: Social processes in the workplace and school. Continuum, London,
England,pp. 3-39
辻研一. (2013). 『もうひとつの海外組』ワニブックス.

 

Jクラブの経営とファイナンス戦略に関する考察
-クラブの公共財としての価値算定-*
発表者:菅文彦(大阪成蹊大学)**
キーワード:プロスポーツクラブ、無形価値、公共財
* Consideration on J-Club management and finance strategy : Examination of public good value calculation of the clubs
** KAN Fumihiko:Osaka Seikei University

1. 緒言
本研究は「プロスポーツクラブの公共財としての価値」に着目し、クラブのファイナンス戦略として行使される第三者割当増資を通じた外部企業による経営権取得(買収)時に表出される「クラブの無形価値(のれん代)」の金額をもとに、クラブの公共財としての価値を算定する方法の妥当性を検討する。
「価値」とは、社会学の価値意識論に基づくと「主体の欲求をみたす、客体の性能」(見田,1966)とされ、「主体」に応じた相対的な概念といえる。プロスポーツクラブに何らかの価値を見出す主体には、顧客(観戦者・視聴者等)、地元自治体、スポンサー企業、株主など一連のステークホルダーが挙げられる。従来、顧客や自治体、スポンサーが見定めるクラブの価値に関する分析や論考は存在する一方、「株主」の視点に拠るものは少ない。クラブの株主には、親会社、オーナー個人、関連企業、自治体、持株会等であるが、近年注目されるのが、「新興企業によるクラブ買収(過半数の株式取得)」の事例である。
例えば、株式会社サイバーエージェント(以下 SA 社)は、株式会社ゼルビア(FC 町田ゼルビア運営会社)が第三者割当増資にて発行する株式(22,960 株)を 11.48 億円で引受ける形で、全株式の 80%を有する筆頭株主となった(2018 年 10 月)。当時の株式会社ゼルビアの純資産額は 4,600 万円であり(2017 年期末決算)、買収額と純資産額の間には差額が生じている。企業会計上、買収額と純資産額の差額は「のれん代」として計上され、それは買収先企業が有する無形価値に対する評価の表れとみなされる。 ここで考えるべきは「SA 社が見定めた株式会社ゼルビアの無形価値とは何か?」であろう。SA 社の代表取締役社長(藤田晋氏)の発言録(学会発表資料に詳細)によれば、買収動機として、サッカービジネスによる収益拡大、同社のインターネットサービスの認知度や利用者数の拡大など「ビジネス的価値」とともに、クラブ理念への共感、学生時代を過ごした町田への愛着といった「非ビジネス的価値」も見出される。
一般的な企業買収において、買収先企業の無形価値は商標やブランドなど「新たな収益を生み出す源泉」としての「ビジネス的価値」のみが評価対象であるのに対して、クラブ買収においては「非ビジネス的価値」も含まれる可能性があることは、企業ファイナンスの常識からすると異質であろう。この異質性の探究は、スポーツ産業の独自性やプロスポーツクラブの「財」としての価値の本質の一端を明らかにするものとして、学術的意義があるといえる。
そこで本研究では、クラブ買収を通じて算定される無形価値、なかでも「非ビジネス的価値」に着目し、その算定方法の妥当性について検討する。
2. 仮説としての算定方法
クラブの無形価値は、「ビジネス・非ビジネス価値」から構成される。前者に関して、買収元企業はクラブが有するファン・エンゲージメント規模(観戦者数、視聴者数、SNS フォロワー数など)に応じて自社名や自社商品・サービスの露出が得られる。また、選手は移籍により所属元クラブに移籍金収入をもたらしうる潜在的市場価値を有 する考えられる。本研究ではこの 2 項目に注目し、「ビジネス的価値」は「認知・露出価値」と「選手の移籍市場価値」から構成されるとした。
「非ビジネス的価値」は、理念の共感、競技界への関心、地域への貢献など公共財 的な価値の反映と考え、「公共財的価値」とみなすこととした。プロスポーツクラブの公共財としての価値の可視化手法には、CVM(菅ら,2020)や社会的インパクト評価があるが、本研究はファイナンス分野からのアプローチの試みともいえる。
上記から、クラブの公共財としての価値は、「無形価値-(認知・露出価値+選手の移籍市場価値)」から算出されるとした(図 1)。なお、無形価値の算定に際して、買収額は 100%株式取得に換算したうえで純資産額を減ずることで金額を算出することとした。検討事例は、鹿島アントラーズ(買収元:株式会社メルカリ)、FC 町田ゼルビア(同:株式会社サイバーエージェント)、V・ファーレン長崎(同:株式会社ジャパネットホールディングス)を選定した。
クラブの総価値(買収額 ※100%株式取得換算)

3. 結果および考察
無形価値は鹿島アントラーズ:約 18 億円、FC 町田ゼルビア:約 14 億円、V・ファーレン長崎:約 9.3 億円と算出された。そのなかで公共財としての価値の割合は、鹿島アントラーズでは低く、他 2 クラブでは高い結果を得た(金額詳細:学会発表資料)。その要因として、町田、長崎ともに純資産額(買収時)が 1 億円未満と少額であるとともに、ビジネス的価値の面ではファン数や選手の移籍市場価値において買収額の過半を占める規模に達していない点が挙げられる。両クラブの買収はともに「経営支援」の意味合いが強く、公共財としての価値が買収動機の多くを占めていることが当算定方式からも示唆される。
本研究では「選手の移籍市場価値」を構成要素に含めたが、当算出方式では、この価値の多寡と公共財としての価値がトレードオフの関係下とされる問題点が浮き彫りになった。今後、他事例も検証しながら、ファイナンス分野からクラブの価値の可視化する試みは継続されることが望ましい。
(文献)
見田宗介,価値意識の理論 – 欲望と道徳の社会学,弘文堂,1966.
菅文彦,舟橋弘晃,間野義之;プロスポーツチームの総経済価値と価値構造:仮想的市場評価法(CVM)による実証 分析,スポーツ産業学研究,Vol.30,No.3,2020.

 

中国におけるスポーツタウンのガバナンスの現状と課題
−中山市ベースボールタウンを事例として− *
発表者: 杜一諾(ト イチダク)(立命館大学大学院スポーツ健康科学研究科)**
共同研究者: 種子田穣(立命館大学)***
宮内拓智(立命館大学 BKC 社系研究機構)****
キーワード: 中国 スポーツタウン パブリックサービス ガバナンス
*Current Situation and Problems of sports town governance in China-a case study of the Zhongshan Baseball Town-
** DU Yinuo RITSUMEIKAN University Graduate School
*** TANEDA Joe : RITSUMEIKAN University
****MIYAUCHI Takuji: RITSUMEIKAN University, BKC Research Organization of Social Sciences Key words : China, sports town, public service, governance

【研究背景】
1990 年代以後、中国政府はスポーツ事業の中心を競技スポーツの強化からスポーツ産業の推進へと方針転換を示し始め、スポーツビジネスの側面が強化されるようになって いる。それに伴い、スポーツによる地域活性化や地域密着型スポーツがもたらす経済効果が政府から重要視されるようになり、パブリックサービス理論に基づいて、行政アク ターと民間アクターによるスポーツ地域活性化事業が進められるようになってきている。
また、「体育発展第十三回五年計画」により、国家体育総局は、国民のスポーツへの多様なニーズに対して、「スポーツ+」という発想を提言し、いわゆるスポーツと文化、ツーリズム、IT などの様々な領域と結び付けて発展させる方向性を示した。さらに、2017年 8 月 10 日に政府はスポーツタウンの建設の方針を明らかにし、全国 96 ヵ所のスポーツタウンの建設計画を公開した。しかしながら、このような政策背景と社会からの要請に対して国家が十分に対応できなくなり、集合的利益・目標の達成という機能を果たせなくなりつつあると考えられるようになった。政治学や行政学においてガバナンス論が 展開されるようになった背景として共通に挙げられるのは、「国家の空洞化」という認識である。すなわち、Rhodes(1997)によれば、「国家の空洞化」とは各国民国家の権限が上方分権化されていく現れを意味する。
【研究目的】
パブリックサービスの集合利益の形としてのスポーツタウンにおける行政アクター(地方政府組織)と社会アクター(企業、学校など)の連携において、パブリックサービスのパフォーマンスとガバナンスの現状を明らかにし、今後の課題を示すことである。
【研究方法】
本報告では、中山市ベースボールタウン設立の背景から、実際の試合運営までに関連 する文献調査に基づき、中山市ベースボールタウンのガバナンスをめぐる諸要素を把握 して、スポーツタウンの政策形成過程を解明する。そして、今後、中山市ベースボールタウンの創立と運営にかかわりのある人物にインタビューを実施し、行政アクターと社会アクターの連携によるガバナンスの現状と課題を実証していくこととする。
【調査結果及び考察】
庄司(2000)によると、ガバナンスは組織や地域あるいは世界に合意された明確な統 治制度がない状態で、諸アクターがお互いを牽制、調整しながら望ましい方向に秩序を維持していくこととされている。プリンシパルまたはステイクホルダーとエージェント の関係が流動的に入れ替わる今日において、ガバナンスの機能的な側面が「ステイクホ ルダーのためのエージェントの規律付け」(河野,2006)と定義される根底にはこうした考え方が存在している。スポーツタウンにおけるガバナンスの形も日々変化していく中 で、アクター間の境界が曖昧になり、複雑性の増大に対応できる複合的システムが求め られている。原田(2013)は、地方政府は当地域資源を社会アクターへと権限移譲して、国家、社会間でリソースを共用し、本来政府のみが担う機能を共同で発揮することで、地域の活性化を達成することを志向しており、そのためのガバナンスに注目が集まることになったとした。
中山市ベースボールタウンの運営の現状は、社会アクター(パンダ社)と行政アクター(中山市野球協会)が担い手になって、政府からの助成金も得てスポーツタウンを運営している。競技種目が野球のみであるという特性により、パンダ記念野球場を中心に、試合の開催と野球場の運営をビジネス領域としている。一方で、パブリックサービスとして、当地域の旅行観光業、不動産業と連携することで、幅広い年齢層の消費者にスポーツをパブリックサービスとして提供している。
【結論】
いま中国においては、分権化によって、「国家の空洞化」が進行しており、「ガバメントからガバナンスへ」(山本,2008)の移行が進行し、特に地方分権の進展という動きが見られる。このように、中国では、スポーツをパブリックサービスとして、国民に提供する一方、社会アクターの意思決定が行政アクターと同等の位置づけに置かれるという変化が生じていることが明らかになった。
【主な参考文献】
・Rhodes,R.A.W(2000)Governance and Public Administration J.Pierre(Ed.) Debating Governance:Authority, Streering,and Democracy, Oxford University Press,pp.54-90
・Rhodes,R.A.W(1997)Understanding Governance,PolicyNetworks,Governance,Re-flexivity and Accountability,Buckingham,Philadelphia
・坂本 信雄 ローカル・ガバナンスの構造的分析の試み 京都学園大学経営学部論集 .17-3-P1-20.2008
・庄司興吉(2000)ガバナンス.地域学会編 ハーベスト社:東京, pp .222 _223 .
・山本 啓「ローカル・ガバメントとローカル・ガバナンス」東京 : 法政大学出版局 ,2008.2

 

宇都宮ブレックスの理念の具体化施策にみるステークホルダー・マネジメント*
発表者: ⼭下理⼦(⽴命館⼤学⼤学院スポーツ健康科学研究科)**
共同研究者: 種⼦⽥穣(⽴命館⼤学)***
宮内拓智(⽴命館⼤学 BKC 社系研究機構)****
キーワード: 企業理念 ステークホルダー・マネジメント コミュニティ⽣成
* Stakeholder Management in Utsunomiya Brexʼs Measures to Embody the Corporate Philosophy
** YAMASHITA Riko:RITSUMEIKAN Graduate School
*** TANEDA Joe:RITSUMEIK♙N University
**** MIYAUCHI Takuji:RITSUMEIKAN University, BKC Research Organization of Social Sciences
Keyword:Corporate Philosophy, Stakeholder Management, Community Forming

【諸⾔】
⽇本のプロスポーツビジネスは,地域密着型経営が主流であり,チームの発展にはチームが抱えるステークホルダー(利害関係者)に対して存在意義を⽰し,⽀援してもらうことが不可⽋である.永⽥(2008)は,スポーツビジネスにおけるステークホルダーは多種多様であり,複雑であるとしている.しかし,プロスポーツビジネスにおいて,多種多様で複雑なステークホルダーを管理し,それぞれの利害を⼀致させることは容易ではない.Makower(1994)によると,ステークホルダー・マネジメントには企業理念(経営理念を含む)が⽤いられているとされている.しかし,プロスポーツチームにおいて実際にどのように理念がステークホルダー・マネジメントに⽤いられているかは不明である.
【⽬的】
本研究の⽬的は,宇都宮ブレックスのチームの成⻑プロセスや,その成⻑に伴って変化する,チームの理念の具体化施策を半構造化インタビューによって調査し,ステークホルダー同⼠のコミュニティ⽣成過程を明らかにすることであった.
【⽅法】
▶ 宇都宮ブレックスに対する半構造化インタビュー
(1)対象:宇都宮ブレックス設⽴時社⻑,宇都宮ブレックス現社⻑
宇都宮ブレックススポンサーセールスマネージャー,計 3 名.
(2)調査項⽬:
① チームの成⻑プロセス
② 理念の内部浸透施策および浸透度
③ チームの理念の具体化施策
【結果および考察】
宇都宮ブレックスはチーム発⾜時に,「強く愛されるモチベーションあふれるチーム」を理念に設定し,「強い」を具体的に「5 年以内に⽇本⼀」と変換し⽬標に掲げ,⽇々スポンサーセールスを⾏なった.当時チームは,資⾦や⼈的資源,実績などがない中でのスタートであったため,「夢を語れ」の精神で理念を全⾯に押し出し営業活動を⾏なっていた.また,「愛される」チームになるべく,年間 300 回を超える地域貢献活動を⾏っていた.さらに,発⾜期は実績のない⼀からのチームづくりであるため,チームのマネジメント業務を担うフロントとチームの選⼿との情報交換(会社の財務状況など)が密に⾏われており,チーム内部でのコミュニケーションが活発に⾏われ,チーム内部でのフロント,チーム間の関係構築が積極的に⾏われていたことが明らかとなった.
初代社⻑から次の社⻑に変わった 2012 年には,理念をもとに⾏われていた⾏動をチーム内外に明⽰するために,3つのビジョンが策定された.これによって,チーム内外のステークホルダーに対して,チームの存在意義を明確にすること,また,これまでチーム成員が⾏ってきた活動に対する正当化がなされた.これによって,スポンサーや⾏政,メディアなどのステークホルダーに対して,理念に沿ったチームの活動を⾔語化することが容易になったことが明らかとなった.
その後,公益社団法⼈ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(B.LE♙GUE) の開幕により,リーグの体制が⼤きく変化し,チームはリーグ開幕前と⽐較して営業利益が2倍になる成⻑を⾒せた.組織としての規模も⼤きくなったチームでは,改めて経営者とチーム成員との間で3つのビジョンやスローガンである「BRE♙K THROUGH」を共有し,チーム成員がそれに基づいた⾏動を実施しているかどうかを 1 ヶ⽉に 1 度再確認するといった活動を⾏った.
【結論】
このように,チームの成⻑とともに理念に沿ったビジョンの策定や取り組みがなされ,⾏政やメディア,スポンサー,ファン,チーム成員を取り巻くステークホルダーとの関係が構築され,そのネットワークが広がり,チームを中⼼とするコミュニティが⽣成された可能性が⽰唆された.
宇都宮ブレックスは,チームの発⾜から現在に⾄るまで,チームの成⻑プロセスに伴った, チームのステークホルダーとの関係を構築する上で,理念を基本としたビジョンやスローガンを通した理念の具体化施策を⽤いることが明らかとなった.
【参考⽂献】
Makower,J・& Business for Social Responsibility (1994)Organization ♙nd Environme nt,Harvard University Press(吉⽥博訳『組織の状況適応理論』産能⼤学出版版,1997 年) 永⽥靖(2008)企業価値創出のためのスポーツアカウンティングの必要性,広島経済⼤学経済研究論集,31(2), 37

 

小学生を対象とした非認知能力測定尺度の開発
発表者: 河津慶太(九州大学人間環境学研究院)*
共同研究者: 阪田俊輔(横浜商科大学)**
堀尾恵一(九州工業大学)***
宮本大輔(リーフラス株式会社)****
市川雄大(リーフラス株式会社)*****
磯貝浩久(九州産業大学)******
キーワード: ライフスキル 社会的スキル 生きる力
*KAWAZU keita : Kyushu University, Graduate School of HumanEnvironment studies
** SAKATA shunsuke : Yokohama College of Commerce
*** HORIO keiichi : Kyushu Institute of Technology
**** MIYAMOTO daisuke : LEIFRAS. Co., Ltd.
***** ICHIKAWA yudai : LEIFRAS. Co., Ltd.
****** ISOGAI hirohisa : Kyushu Sangyo University Key word : Life Skill, Social Skill, zest for life

1.緒 言
近年、経済学の分野では個人の成功,ひいては社会の経済的発展に有効な個人の能 力として「非認知能力」と呼ばれる能力の重要性が示唆されている 1)。しかしながら、その実態は何か実体的な能力それ自体として生じた概念ではなく,「認知能力(いわゆ る学力)ではないもの」として,とても広くとらえられていた。そこで本研究では、非認知能力を「自己実現・自己高揚・自己保全等の欲求の充足を効果的に可能にする個人的な性質と他者との関係性の構築や維持に必然的に深くかかわる社会的な性質を含む, 測定可能で,介入によって成長が見込めて, その成長がポジティブなアウトカムにつながることが見込める,思考,感情,行動のパターンである」と定義づける事とした。2.目 的
本研究では、上記の非認知能力の定義に沿って、その具体的内容,操作的定義(心理的変数)を明確にし,測定尺度を作成することを目的とした。
3.方 法
1171 名(男性 1025 名、女性 146 名、平均年齢 8.77±1.73)を対象に WEB フォームにて調査を行った。調査項目は、スポーツ指導者に対する自由記述式アンケート、社会的スキル等を主題とする先行研究などを参考に、「主体性」「思いやり」「礼儀」「自己管理力」「課題解決力」の 5 因子を想定した 67 項目を準備した。
4. 結果
調査の回答について検証的因子分析(最尤法・プロマックス回転)を実施したところ、5 因子 50 項目が抽出された(表 1)。それぞれの因子は自己管理力、課題解決力、協調性、リーダーシップ、挨拶・礼儀と命名された。尺度全体の構造的妥当性について共分散構造分析を用いて検討したところ、適合度指標は概ね満足できる値を示し、各因子の信頼性について cronbach’s α を算出したところ、概ね満足できる値を示した。
5. 考察
これらの結果から、児童を対象とした非認知能力を測定する指標として、5 因子 50 項目からなる尺度が完成された。この尺度の各因子は、本研究で定義づけされた非認知能力の、操作的な定義と考えることができる。今後は、継続した調査を用いた尺度全体の安定性の向上が望まれる。
6. 結論
本研究で作成された小学生を対象とした非認知能力尺度は、今後スポーツ指導場面でのフィードバックに活用されるだけでなく、スポーツ指導によって向上した非認知能力が学校や家庭場面へどの程度般化するかの測定など、幅広い活用が期待される。

参考文献
1)遠藤利彦,他;非認知的(社会情緒的)能力の発達と科学的検討手法についての研究に関する報告書,国立教育政策研究所, 2017.

 

子どもを対象とした地域スポーツにおけるささえるスポーツの楽しさ
―地域スポーツの指導・運営経験の有無による比較検討―*
発表者:元嶋菜美香(九州産業大学)**
共同研究者:萩原悟一(九州産業大学)***
杉山佳生(九州大学)****
キーワード:地域スポーツ ささえるスポーツ 楽しさ
* The fun of supporting sports in community sports for children.
-Comparison study based on experience in teaching and managing community sports-
**MOTOSHIMA Namika: Kyushu Sangyo University
***HAGIWARA Goichi: Kyushu Sangyo University
****SUGIYAMA Yoshio: Kyushu University
Key word: community sports, supportive sports, enjoyment

1.背景
運動・スポーツ人口の拡大のために、「楽しさ」は重要なキーワードである。これまで、運動・スポーツの実施形態や実施者の属性によって独自の楽しさがあること(徳永・橋 本,1980)、楽しさが継続意志につながることが明らかとなっている(Scanlan et al.,1993)。また、スポーツの継続意志と楽しさを測定する尺度として、スポーツコミットメント尺度2(Scanlan et al.,2016:以下、SCQ-2)が作成され、大学生を対象として日本語版 SCQ-2 の継続意志に関する 2 因子 11 項目(Hagiwara et al.,2016)および楽しさに関する 1 因子 5 項目(元嶋他,2020)の妥当性および信頼性が確認されている。
しかし、これらは主に運動部活動などの「するスポーツ」におけるモデルの検証にとどまり、指導・運営といった「ささえるスポーツ」については検討されていない。地域スポーツを始めとした子どものスポーツ環境は指導者や運営者なしには成立せず、「ささえるスポーツ」の衰退は子どものスポーツ環境の維持に大きな打撃となるにもかかわらず、地域スポーツをささえる楽しさは尺度の開発ならびに調査が進んでいない。
2.目的
本研究は、子どもを対象とした地域スポーツをささえる楽しさを測定する際の日本語版SCQ-2 の楽しさ因子の妥当性を確認し、地域スポーツの指導・運営経験の有無による地域スポーツをささえる楽しさの差異を比較することを目的とする。
3.方法
1)対象
九州の 3 大学に所属する運動・スポーツの継続経験のある大学生を対象とした。大学名および学籍番号を用いて重複データの確認を行い、回答に不備がなく、研究の同意を得られた 247 名を対象とした。対象者の属性は、男性 158 名・女性 89 名、平均年齢は 19.84 歳であった。
2)調査内容
フェイスシートとして、学籍番号、大学名、性別、年齢、地域スポーツの参加・指導経験
(内容・頻度)について回答を求めた。また、日本語版 SCQ-2 の楽しさに関する 1 因子 5項目(元嶋他,2020)および地域スポーツにおける指導・運営の楽しさとして挙げられた20 項目(元嶋他,2020)を援用し、5 件法で回答を求めた。
3)手続き
Google Form を使用し、Web アンケートを実施した。調査内容およびデータの使用方法等を口頭もしくは書面で説明し、同意をもって本調査への参加承諾を得た。
4)分析の手順
日本語版 SCQ-2 の楽しさ因子に対して、①探索的因子分析、②検証的因子分析、③判別的妥当性の検証を行った。また、地域スポーツのささえる楽しさ項目に対して、子どもを対象とした地域スポーツの指導経験の有無による対応のない t 検定を行った。統計分析には統計処理ソフト SPSS Statistics 25 および ♙mos 24 を使用した。
4.結果
1)地域スポーツの参加・指導経験
子どものスポーツ指導・運営内容について複数回答での回答を求めた結果、民間の競技スポーツクラブ 29 名、スポーツ少年団 25 名、総合型地域スポーツクラブ 7 名、大学や地
域が主催するイベント 45 名、小学校・中学校・高校の部活動・課外活動 45 名、小学校・中学校・高校の授業補助 26 名、分類はわからないが指導・運営経験がある 26 名、子どものスポーツ指導・運営経験がない 97 名という回答が得られた。子どもを対象とした地域スポーツの指導経験および指導頻度から、指導・運営経験無群(N=82)と指導・運営経験有群(N=123)に群分けを行った。
2)日本語版 SCQ-2 の楽しさ妥当性・信頼性の検討
(1)探索的因子分析(最尤法、プロマックス回転):1 因子構造が確認され、すべての項目で十分な因子負荷量の値が確認された。Cronbach の α 係数においても良好な値を示した。(2)検証的因子分析:原版の 5 項目 1 因子構造に比べ、第 4 項目「子どもを対象とした地域
スポーツの指導・運営をすることでとても喜びを感じる」を除いた 4 項目モデルの適合度が高いことが確認された(GFI=.983、AGFI=.915、CFI=.989、RMSEA=.103)。
(3)判別的妥当性:指導・運営経験無群と指導・運営経験有群の得点に対して対応のない t検定を行った結果、4 項目全てにおいて有意差が認められた。
3)子どもを対象とした地域スポーツのささえる楽しさ
指導・運営経験無群と指導・運営経験有群の得点に対して対応のない t 検定を行った結果、「小さい子どもやできない子どもに応じて教えることが楽しい」など 17 項目に有意差が認められた。
4.考察
子どもを対象とした地域スポーツをささえる楽しさを測定する際の日本語版 SCQ-2 の適合度がやや低かった背景には、地域スポーツの参加動機として「依頼」が挙げられ、コミットメントと負の関係を有する(松本他,2004)ことが関係すると考えられる。本研究で対象とした大学生は、主体的に参加している部活動などのするスポーツに比べささえるスポーツに対して「喜びを感じる」といった強い感情を有していないと推測される。
一方で、地域スポーツの楽しさに指導・運営経験の有無による差異がみられ、指導経験を有することで楽しさを認知する可能性が示唆された。今後、継続行動につながる「ささえるスポーツ」の楽しさを明らかにすることができると考えられる。

 

covid19 拡大時の活動自粛による大学生の健康・スポーツ活動に及ぼす影響
-セルフ・エフィカシーと刺激の関連性に着目して-*
発表者: 藤田 美幸 (新潟国際情報大学経営情報学部経営学科)**
キーワード: COVID19、健康・スポーツ活動、セルフ・エフィカシー、行動刺激、大学生***
* The Effect of self-restraint when COVID-19 on health and sports activities of university students : Focusing on the relevance of self-efficacy and stimulation
** Miyuki Fujita : Faculty of Business and Informatics,Department of Business Administration,Niigata University of International and Information Studies
*** Key word: covid19,excise,self-efficacy,stimulation, university-student

【背景】
2020 年より全世界的に新型コロナウイルス感染症が拡大し、社会活動や経済活動などに多大な影響を及ぼしている。日本でも、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が発令され、不要不急の外出や活動を自粛せざるを得ない状況である。このような状況が続くと身体活動の機会も減少し、そのことによって健康状態が低下する可能性も考えられる。近年、若者の健康・スポーツ活動習慣は男女とも減少傾向にあり(木村他 2008,2017)、昨今の社会情勢では、ますます減少に転じると推察される。そのため、健康スポーツ活動習慣を推進する方策を講じる必要がある。
ところで、スポーツや健康分野における行動変容に関し Prochaska&Diclemente(1983)は、変化ステージモデルを提唱している。変化ステージモデルは、行動変容過程を「無関心期」から「維持期」までの5 段階に分類したものであり、スポーツ活動などを増進する行動変容のプロセスに関しても応用研究がされている。一方で、Bandura(1977)は行動変容を促進するためにはセルフ・エフィカシー(以下、SE という)が重要であると述べている。SE は、変化ステージモデルの構成要素の一つとして取り入れられ、ステージの移行に伴い増加し、外部からの多様な刺激によって影響を受ける(Provhaska,1997)。これに関し、社会人や高齢者など多様なセグメントを対象にした行動変容に基づく健康・スポーツ活動について研究は蓄積されているが、一般大学生を対象にしたものは少ない(岡,2000)。また、健康・スポーツ活動における行動変容のステージ別の SE の関連性において、活動自粛時の影響を議論したものは十分ではない。
【目的】
本研究では一般大学生を対象にスポーツ・健康分野における行動変容の各ステージにおいて、健康スポーツ活動に及ぼす活動自粛による影響について実態を把握した上で、SE の関連性を検討することを目的とする。それにより、一般大学生の健康スポーツ活動を推進するための方策について検討するための資料のひとつとなることを目指す。
【方法】
大学生の健康・スポーツ行動に関する調査として、N 県N 市の大学生2,3,4 年生を対象に2020年 5 月に 166 名、2021 年 5 月に 86 名、計 252 名に実施した。調査は、年齢、性別の基本属性の他、現在の健康・スポーツ活動における Transtheoretical Model の確認(Prochaska らのステージ分類基準を参考に独自に作成した定義)、健康・スポーツ活動の情報入手方法、一般性SE 尺度16 項目(坂野&東城,1986)で構成した。16 項目に対し、「はい」または「いいえ」の2 件法で回答し、「はい」を 1 点、「いいえ」を 0 点として高得点を得たものほど SE が高いと判断される。なお、得点の範囲は 0-16 点である。続いて、行動要因の刺激を確認するため健康・スポーツに関する情報入手方法について、「家族・親しい友人」、「学校(小中高大)」、「部活動(小中高大)」、
「インターネット上での動画」、「インターネット上での写真・イラスト」、「実際の写真・イラスト」、「その他」から構成した。回答は複数回答とした。
【結果】
分析対象のサンプルは 252 であり、内訳は男性 161(63.9%)、女性 91(36.1%)、平均年齢
19.6 歳、標準偏差 0.84 であった。2020 年、2021 年において各ステージの分布と一般性 SE の関係性が明らかになった。ステージについて 2020 年は「実行期」が多く、2021 年は「無関心期」が最も多かった。また、SE については各年度とも「関心期」が最も高い結果となった(表 1)。当日は、調査結果の詳細と考察について発表を行いたい。

【主要参考文献】
・Bandura, A. (1997) “Self-efficacy: toward a unifying theory of behavioral change”, Psychological review.vol.84. No.2, pp.191-215.
・Prochaska J.O, C.Dicemente (1983) “Stages and Processes of Self-Change of Smoking – Toward An Integrative Model of Change” Journal of Consulting and Clinical Psychology 51(3), pp.390-395.
・坂野雄二,東條光彦(1986)「一般性セルフ・エフィカシー尺度作成の試み」,『行動療法研究』
12(1), pp.73-82.
・岡浩一朗 (2000)「行動変容のトランスセオレティカル・モデルに基づく運動アドヒレンス研究の動向」,『体育学研究』,45(4),pp.543-561.
・木村瑞生,菅田圭次,山本正彦(2008)「東京工芸大学新入生の 10 年間の体格と体力の推移」,
『東京工芸大学工学部紀要』31,pp.1-9.
・木村瑞生,山本正彦(2017)「男子学生のロコモ度テストの現状とその有用性-立ち上がりテストと 2 ステップテストの結果より-」,『日本体育学会第 68 回大会予稿集』,pp.108.
【謝辞】
調査にご協力いただきました学生の皆さまには感謝いたします。なお、本研究の一部は JSPS科研費 20K19653 の助成を受けたものです。

 

アスリートの啓発活動が持つ社会的影響力*
-社会課題への心理的・行動的関与に着目して-
発表者 :小木曽 湧(早稲田大学大学院スポーツ科学研究科)**
共同研究者 :舟橋弘晃(中京大学)***
間野 義之(早稲田大学)****
キーワード :アスリート、啓発活動、社会的影響、コミュニケーション
* Social Influence of Athlete Advocacy on Public Perception and Behavior
** OGISO Waku: Graduate School of Sport Sciences, WASEDA University
*** FUNAHASHI Hiroaki: Department of Sport Management, CHUKYO University
**** MANO Yoshiyuki: Faculty of Sport Sciences, WASEDA University
Key word: Elite athlete, Advocacy, Social influence, Communication

1. はじめに
近年、社会的な知名度や影響力を有する「エリートアスリート」が社会課題に関わることへ、注目が集まっている。2020 年には、女子テニスの大坂なおみ選手が人種差別問題について啓発し、日本だけでなく、世界中の人々を議論の渦に巻き込んだ(朝日新聞, 2020)。社会のロールモデルと認識されるアスリートの社会課題に関する発信は、多くの人を巻き込み、人々の意識や行動に変化を喚起する影響力を持つと考えられている(e.g., Babiak et al., 2012; Kaufman and Wolff, 2010; Roy and Graeff, 2003)。一方で、この認識は成功事例に基づいた経験的な知見のみにとどまっており、十分な検証がなされていない。また、アスリートによる社会課題の発信がもたらすものに関する議論は、マーケティングにおける功罪が中心であり(e.g., Park et al., 2020; Watanabe et al., 2019)、限定的な側面しか効果を検証することができていない。では、アスリートによる啓発活動は、どの程度人々の社会課題に対する意識や行動に寄与するのであろうか。本研究は、人種差別問題に対するアスリートの啓発活動を事例として、啓発活動に対する認知度と、意識や行動といった社会課題への関与との関係性を明らかにすることを目的とした。
2. 方法
2.1. 調査対象、手続き、調査項目
調査は、18 歳~74 歳の男女 2,834 名を対象に、インターネット調査会社を通じて実施した。回収された 2,834 サンプルのうち、特定の項目に矛盾回答がみられた 134 件を除き、2,700 サンプルを最終的な分析対象とした。調査では、アスリートによる啓発活動の認知、社会課題に対する心理的・行動的関与に加えて、個人的属性(年齢、性等)や行動特性(メディア利用頻度、課題との関連等)に関する質問を行った。啓発活動の認知を測定するために、本研究では新聞記事などの二次データをもとに5 名の日本人アスリートによる活動を選定し、それぞれ認知を尋ねた。社会課題に対する心理的・行動的関与は、先行研究(e.g., Austin et al., 2008; Becker, 2013; Kim and Walker, 2013)をもとに社会課題に対する問題意識、関心、知識、情報収集、情報発信の 5 つの側面から測定した。
2.2. 解析
分析は、2 つのステップで行った。1 つ目のステップとして、アスリートによる啓発活動の認知度を把握するために単純集計を行った。これらの活動の認知量をもとに、「活動認知量 index」を作成した(平均値 = .85、標準偏差 = 1.04)。この指標は、0(どの活動も知らない)から5(すべての活動を知っている)の値をとる。55.0%(n = 1,484)のものが少なくとも1 つの活動を認知しており、5 つの活動すべてを知っているものは全体の 1.1%(n = 29)であった。2 つ目のステップとして、アスリートによる啓発活動の認知と社会課題に対する心理的・行動的関与との関係を検証するために、階層的重回帰分析を実施した。モ デル1 には個人的属性などの統制変数を投入し、モデル2 にはアスリートによる啓発活動の認知量を独立変数として加えた。モデルの決定係数の変化量(ΔR2)をもとに、社会課題に対する関与との関係を検証した。分析には、SPSS 26.0 を用いた。
3. 結果と考察
統制変数の影響を操作した階層的重回帰分析の結果は表 1 の通りである。活動認知量は課題に対する問題意識(β = .194, p < .001; ΔR2 = .033, p < .001)、課題への関心(β = .214, p< .001; ΔR2 = .040, p < .001)、課題の知識(β = .078, p < .001; ΔR2 = .005, p < .001)と有意に関連することが確認された。一方で、情報収集(β = .027, p > .05; ΔR2 = .001, p > .05)や情報の発信(β = -.010, p > .05; ΔR2 = .000, p > .05)といった行動的な側面には直接的な関係がないことが示された。アスリートによる啓発活動を多く認知している人ほど、人種差別問題を社会的に重要な課題だと認識しており、課題に対して強い関心を有し、多くの知識を有している傾向にあることがうかがえる。本研究の結果から、アスリートによる社会課題に関する発信は、人々の社会課題に対する問題意識を喚起する媒体として、一定の貢献を果たすものであることが示された。

 

学生アスリートへのサポート・プロバイダーの育成に関する萌芽的研究*
発表者: 江原謙介(追手門学院大学)**
共同研究者:上田滋夢(追手門学院大学)***
石川勝彦(山梨学院大学)****
キーワード: 学生アスリート デュアル・キャリア サポート・プロバイダー
* Development of Support Providers for Student-Athletes Budding Researchers
** EHARA Kensuke(OTEMON GAKUIN University)
*** UEDA Jim(OTEMON GAKUIN University)
**** ISIKAWA Katsuhiko(YAMANASHI GAKUIN University) Key word:Student Athlete, Dual Career,Support Provider

<緒言>
旧来、大学の運動部は、学生主体の課外活動という位置づけから正課カリキュラムとは一線を画され大学が主体的に関わることがなかった。しかし、1980 年代頃より大学の経営戦略としてスポーツが活用されるようになり、現在では多くの大学が推薦入試等で競技力の高い学生を入学させる入試を実施している。今日の運動部の活動は、大学の「正課教育の補完ではなく同等の教育的意義がある」と認識がされる傾向にある。
一方で、学生アスリートのキャリア形成、学修支援については課題が山積している。 スポーツ庁が 2017 年に実施した「大学スポーツの振興に関するアンケート調査」(回答 617 校)では、「大学スポーツが抱える課題」として 52%(297 校)の大学が「学業 との両立」を挙げていながら、実際に「学修支援を行っている」大学はわずか 12%の70 校のみであることが示されている。「監督・コーチの雇用をしている」(188 校、33%) など、他の支援の割合と比較し「学修支援」「キャリア形成支援」の実施状況は非常に低い状況にあることから、日本の大学における学生アスリートへの学修・キャリア形成支援の制度的環境整備が急務といえる。このような状況は、学生アスリートと直接かかわる指導者やアスリート支援担当者の競技現場以外での意識を醸成する環境が整って いないことも起因しているのではないだろうか。
<研究の目的>
本研究の目的は、学生アスリートの支援担当者(競技指導者を含む:以下、サポート・プロバイダー)の育成に関する環境について問題提起をおこなうことである。
<研究の方法>
大学スポーツにおいて先進的な取り組みを行っているアメリカやヨーロッパのサポート・プロバイダーの育成に関する制度や先行研究を概観する。また、日本におけるサポート・プロバイダー育成の現状整理を行う。
<結果・考察>
北米の大学スポーツを統括する全米大学体育協会(NCAA)においては、1960 年代から学業不振者の競技資格を制限する規則を設置し、1983 年には質保証に向け学生アスリートの取得単位数や卒業率の報告を義務づけている。各大学に学生アスリート対象 のアカデミックアドバイザーの配置を義務づけるとともに、指導者やアスリート支援担当者を対象に、デュアル・キャリアに関する研修、支援能力の向上に向けた研修を実施している。その結果、一般の学生より学生アスリートの卒業率が高いなど「学業とスポーツ」の両立の環境が整備されている。
ヨーロッパにおいては、学生アスリートのデュアル・キャリア・コンピテンシーの指標、デュアル・キャリア支援が目指すべき目標、デュアル・キャリア支援を担当するサポート・プロバイダーが獲得すべきスキルセットやコンピテンシー、多様な分野にわたり研究がなされている。しかし、これら海外の研究は国内には紹介されていない。
国内の先行研究については、一般学生向け学修支援の仕組みや組織づくり、具体的なプログラム開発等は多くの研究はあるものの、学生アスリート支援に特化した研究はあまり見られない。さらに、もっとも深刻な現状として、学生アスリートのデュアル・キャリア支援を担当するサポート・プロバイダー(支援担当者)の育成に関して、国内の事例やサンプルを対象にした研究はほとんど皆無である。
サポート・プロバイダー育成について、内的な環境としてサポート・プロバイダーの属性が多様であること、学内の意識醸成や組織体制が整っていないことなどが挙げられる。外的な環境として、学生アスリートへのキャリア支援や学修支援のプログラムや組織体制の整備、これらプログラムのサポート・プロバイダーに対する研修、支援能力の体制が構築されていないこと、サポート・プロバイダー間の情報や意見を交換できるネットワークの確立がされていないことなどが挙げられる。
<引用・参考文献>
Brandt,D.K, et al.;Exploring the factor structure of the Dual Career Competency Questionnaire for Athletes in European pupil- and student-athletes, International Journal of Sport and Exercise Psychology, 2018 https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/1612197X.2018.1511619?scroll=top&n eedAccess=true(2021 年 5 月 6 日閲覧)
長倉富貴;アスリート学生支援についての一考察,経営情報学論集,第 22 号,pp.19-41,2016
Shropshire,K.L, et al.; “Colorblind Propositions: Race, the SAT, & the NCAA”,
Stanford Law & Policy Review, Vol 8, Issue1, 1997
その他、引用・参考文献は発表時に提示する。

 

日本語版Academic Athletic Identity Scale の再検討*
発表者: 萩原悟一 (九州産業大学, 東京大学大学院)**
共同研究者: 栗田佳代子(東京大学)***
キーワード: 学生アスリート 大学スポーツ 教育開発 奨学金
* Reexamination of the Japanese version of Academic Athletic Identity Scale
** HAGIWARA Goichi: Kyushu Sangyo University, Grad School of the University of Tokyo
*** KURITA Kayoko:The University of Tokyo, Center for Research and Development of Higher Education

【緒言】
AAIS(学生アスリートアイデンティティ尺度)は米国 NCAA 所属アスリートを対象にYukhymenko-Lescroart(2014)により作成された学生アスリートの学業と競技に対するアイデンティティの 2 側面を測定できる尺度である.わが国でも,日米学生アスリートの比較研究を実施するための基礎的研究として,全国大会出場者を対象に調査が実施され,原版尺度と同様の因子構造を有する日本語版 AAIS 尺度の作成および構成概念妥当性および因子的妥当性が確認されている(萩原他,2020).
ところで,わが国においては 2019 年に UNIVAS(〔一社〕大学スポーツ協会)が創設され,ウェブ調査を活用した学生アスリートに関する大規模調査研究が行われている(UNIVAS, 2021).この種の大規模調査においては,ウェブ調査が最も効率的かつ正確に必要な調査サンプル数を確保することができる(日本学術会議,2020)とされる一方で,ウェブを活用した大規模調査では,回答者の負担軽減等の理由から項目数の制約が大きい場合がある(小塩他, 2012).そのため,一定の信頼性と妥当性が担保された短縮版尺度が必要になることが多いとされている(Gosling et al., 2003).また,短縮版尺度の作成は,尺度の利便性を高め社会的ニーズに関する研究の増加を促すこと(石盛他,2013)が示されており,スポーツ科学領域における社会的関心の高いわが国における学生アスリートの在り方に関する基礎的研究のさらなる推進のためには日本語版 AAIS 短縮版尺度の作成は必要であると考えられる.
【研究の目的】
本研究の目的は日本語版 AAIS 短縮版尺度を作成し,信頼性・妥当性を確認することである.
【研究の方法】
(1)調査対象者
調査対象者は関東,関西,北陸,九州,四国地区にある大学 20 校の大学運動部に所属する者2,000 名とした.ウェブ調査の結果,1,340 名の有効回答(有効回答率 67%)を得た.また, 回答に不備のある者を除き 1,276 名(女性:409 名,男性:861 名,その他:6 名,平均年齢M=20.10±1.45 歳)を分析対象とした.
(2)調査内容
評価尺度は日本語版 AAIS(萩原他,2020)を使用した.日本語版 AAIS は「学生生活を送るうえで,あなたにとって以下の意識はどのくらい重要ですか」という冒頭文に続き,「GPA(学 業成績)が高いこと」などの質問項目で構成される学業アイデンティティ因子(以下,学業因子)と「競技成績が良いこと」などで構成される競技アイデンティティ因子(以下,競技因子)の 2 因子 11 項目の尺度である.
(3)分析手順
分析対象の 1,276 名のデータを基に尺度の因子構造を確認するため,最尤法,プロマックス回転による探索的因子分析を実施した.その後,因子負荷量を確認するとともに,尺度項目のワーディングを再度確認するため,教育学の専門家 1 名,スポーツ心理学およびスポーツマネジメントの専門家 2 名,そして,学生アスリート 10 名(女性 5 名,男性 5 名)によるワーディングの再検討を行った.ワーディングについて出された意見を基に 2 因子 6 項目の短縮版尺度とし,再度, 最尤法,プロマックス回転による探索的因子分析を行った.その後,各因子における内的整合性および短縮版尺度の因子モデル適合度を確認するため,Cronbach α係数を算出し検証的因子分析を実施した.さらに,原版と 6 項目短縮版の相関関係を検討した.
【結果・考察】
原版の尺度項目を対象に探索的因子分析を実施した結果,2 因子が抽出されたが,「能力のある学生であること」という項目については,原版では学業因子の項目として採用されていたが,学業因子での負荷量よりも競技因子での負荷量が高い結果となった.萩原他(2020) では,専門ゼミナール講義,および部活動の練習時間の一部を利用して調査を実施し,調査 実施前に研究者が直接,研究意図を説明していたことから,尺度項目の理解についてはウェブ調査よりも高い傾向にあったと推察される.Heerwegh and Loosveldt(2008)は,同一内容の調査をウェブ,および対面調査にて実施した結果,ウェブ回答者は対面調査の回答者に比 べて「わからない」という回答率が高いことを示しており,ウェブ調査を実施した本研究で は質問の意図が正確に理解されていなかった可能性も推察される.以上のことから,ウェブ 調査用の短縮版尺度では,「能力のある学生~」という項目を削除することとした.
また,UNIVAS のウェブ調査のような大規模な社会調査では,調査全体の項目量に制限があり,回答者の負担を少なくして回収率を一定以上に保つためには,より項目数の少ない尺度が必要になる(箕浦・成田,2013).そこで,さらに項目数を減らすために,再度,専門家および現役の学生アスリートによる尺度項目のワーディングの確認を実施した結果,「大学生活をうまくやること」「良いアスリートであること」という表現はウェブ調査では質問の意図が分かりづらく,また,「試合で結果を出すこと」「アスリートとしての競技成績に満足するこ と」は「競技成績が良いこと」にまとめても問題がないと判断し,上記の項目を削除した 6 項目の短縮版尺度の案を作成した.探索的因子分析を行った結果,短縮版尺度においても 2 因子が抽出され,各項目十分な因子負荷量を示していた.また,Cronbachα係数もそれぞれの 因子で十分な値を示し(基準:α>0.70),検証的因子分析の結果も十分な適合度を示していた.さらに,原版尺度との相関も各因子,大きな効果量(Field,2005)を示していたことか ら,2 因子 6 項目の日本語版 AAIS 短縮版尺度でも十分な信頼性および妥当性を有していることが示された.より簡易に学生アスリートにおける学業および競技に対する自己の役割に対 する認識の程度を測定することが可能となることから,学生アスリートに関する調査において幅広い応用が可能になったと考える.
参考文献
萩原悟一他;日本語版学生競技者アイデンティティ尺度 (AAIS-J) の作成,スポーツ産業学研究,Vol.30.No.2, pp.183-193, 2020.

 

運動部活動顧問教員アイデンティティに関する検討*
発表者: 八尋風太(九州大学大学院)**
共同研究者: 杉山佳生(九州大学)***
生田航介(九州大学大学院)****
萩原悟一(九州産業大学)*****
キーワード 運動部活動 教員 指導者
* A Study on Teacher’s Identity for Extracurricular Sports Activities
** Yahiro Futa: Graduate School of Kyushu University
*** Yoshio Sugiyama: Kyushu University
**** Kousuke Ikuta: Graduate School of Kyushu University
***** Hagiwara Goichi : Kyushu Sangyo University

【緒言】
教員を対象とした研究において,職業的アイデンティティはメンタルヘルス(川 原,2003)などとの関連性が明らかにされていることから,教員の職業的アイデンティティについて着目されつつある.これまで,正課教育内における教育活動のみに着目し,検討が行われてきたが,今日のわが国における中学校教員の約 8 割は運動部活動を担当していることから(文部科学省,2016),運動部活動の指導者としてのアイデンティティにも着目して検討する必要性が考えられる.以上のことから,運動部活動顧問教員としてのアイデンティティを測定することができる尺度を八尋ほか(2021)が作成したものの,研究の蓄積はされていない.したがって,顧問教員の過去の競技経験や担当科目などの属性によって,アイデンティティに認知の程度に違いが生じることが考えられるため,運動部活動顧問教員アイデンティティ尺度を用い て,属性によるアイデンティティの程度の違いを明らかにすることで,運動部活動顧問教員アイデンティティの特徴を捉えることができると示唆される.
【研究の目的】
本研究では,基本的属性による運動部活動顧問教員アイデンティティの程度の違いを明らかにすることを目的とした.
【研究方法】
調査対象者は九州地区に所在する公立中学(30 校)において運動部活動を担当する教員 328 名(男性:225 名,女性:103 名,平均年齢 38.08±11.62 歳)である.なお,副顧問は調査対象とし,外部指導員は正課教育内での教育を行っていないため含まないこととした.
【結果】
基本的属性を独立変数,運動部活動顧問教員アイデンティティ(教員および指導者アイデンティティ因子)を従属変数として,t 検定(表 1),および一元配置分散分析(表 2)を実施した結果,性別,担当科目,過去の競技経験,教員歴,現在指導しているスポーツの指導歴,雇用形態,指導している部活動の競技成績において,有意な差がみられた.
【考察】
顧問教員の担当科目などの状況や,過去の競技経験などによって顧問教員としてのアイデンティティに違いがあることが明らかになった.今後は,運動部活動顧問教員アイデンティティが影響を与える要因について検討する必要があるだろう
【結論】
様々な基本的属性間で運動部活動顧問アイデンティティの程度の違いを明らかにすることができた.

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