スポーツ産業を測る─㉙ 能登半島地震

スポーツ産業を測る─㉙ 能登半島地震
庄子博人│同志社大学スポーツ健康科学部准教授

2024年1月1日、石川県で最大震度7の揺れを観測する能登半島地震が発生しました。3月現在、死者は241人とされ、1万人超が避難所生活を余儀なくされています。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された全ての方々にお見舞い申し上げます。
スポーツ関連の被害も多く報道されています。七尾市の民間スポーツクラブは、液状化で建物の再開見通しが立たず、営業が休止されています。また、富山の民間スポーツクラブも閉鎖するという報道があります。日本サッカー協会によると、北信越地域の10ヶ所以上のサッカー施設が大きな被害を受け、営業再開の見通しが立たない状況が続いていること、被災した6つの市町(七尾市、輪島市、珠洲市、志賀町、穴水町、能登町)の24チーム・672人の登録チーム・選手たちは、通常のサッカー活動が困難な状況にあるそうです注)。プロスポーツにも影響が及び、富山を本拠地とするVリーグのKUROBEアクアフェアリーズとPFUブルーキャッツの北陸ダービーは、当初の氷見市での開催が叶わず、会場を変更しました。
また、悲しむべきことに、この連載で書いてきたスポーツサテライトアカウントのプロジェクトの中心人物だった日本政策投資銀行の桂田隆行さんが、1月1日に輪島で被災され、お亡くなりになりました。桂田さんは、2012年に日本政策投資銀行にスマート・ベニュー®︎研究会を立ち上げ、スタジアム・アリーナ改革の考え方を広めた第一人者でした。この事に関しては、「能登地震が奪った異才バンカー「スポーツ分野に10〜15年の損失」」という記事で朝日新聞にも取り上げられています。そして、スマート・ベニュー®︎研究会の派生のような形でスポーツ産業の経済規模を測るプロジェクトをはじめたのが、現在のスポーツサテライトアカウントやスポーツGDPにつながっています。政策的な要請もあり、シェフィールド・ハラム大学のテミス氏の元に、桂田さんと私でインタビューに行ったことがプロジェクトのはじまりとなりました。そこでテミス氏は、国民経済計算とは何か、実際にスポーツGDPという指標をどうやって作るのか、という今思えば基本的なことをお話しいただいたと思うのですが、国民経済計算の素養のなかった桂田さんと私にはかなり難解で、帰りにシェフィールド駅のバーガーキングで反省会をしていたところ、ロンドン行きの特急に乗り遅れ、チケットを買い直したのが思い出されます。桂田さんは、スポーツGDPを国の経済統計としてオーソライズされた指標になるようにいつも腐心されていました。経済学の専門家として、伊藤元重先生に委員会の顧問になっていただいたこと、具体的な推計モデルの確立と推計作業のために、専門家の日本経済研究所の川島先生(現:釧路公立大学)に繋いでいただいたこと、スポーツ庁・経済産業省に委員会や報告書でご協力いただいたこと、これら全て桂田さんのご尽力で成立したつながりでした。また、国内のみならず、日本のスポーツGDPがヨーロッパでも認知されるように、シェフィールド・ハラム大学との関係の構築に加え、英国のスポーツ庁であるDCMS等の国際機関との関係性も構築していただきました(写真)。

▶英国にてDCMSと日本版スポーツサテライトアカウントのメンバーで記念撮影。左から5番目が桂田さん。

桂田さんは、わが国を代表する金融機関である日本政策投資銀行において、まだファイナンス手法が確立していないスポーツに興味を示して仕事にしたという意味において、多様な価値を信じる人だったと思います。例えば、生前、私が桂田さんと行った最後の海外出張になってしまった2023年9月には、フランスのラグビーワールドカップにて南アフリカvsルーマニアの試合を見に行った時に、ルーマニアのユニフォームを嬉しそうに購入し着用して、大差がついても熱心に応援されていました。試合前から南アフリカ優勢であることは明らかで、スタジアムの中も南アフリカの応援が多く占める中、ルーマニアのユニフォームを着た桂田さんは、ルーマニアサポーターから相次いで写真撮影の要望を受け、ご満悦で応えておりました。多様な価値観を重んじていた桂田さんは、生前、国で1つのスポーツGDPを地域別で算出し、地域の発展につながるような統計になることを願っていました。これがスポーツサテライトアカウントのプロジェクトメンバーに課せられた桂田さんからの宿題かと思っています。
ルーマニアサポーターからも好かれたことからわかるように、桂田さんは、人と人を繋ぐことに長け、人に好かれる天才であったと思います。そのような桂田さんのいつまでも続く人脈の増殖を人はこう呼びました、「カツラダファミリア」と。私の知る限り、スポーツ庁の若手担当者が言い出したと認識していますが、桂田さんの人柄を的確に表す良い言葉だったと思います。カツラダファミリアの末席にいさせてもらえた私は、感謝の念で一杯です。本当に残念でなりません。桂田さん、ありがとうございました。
▶注)公益財団法人日本サッカー協会のクラウドファンディング「被災地に力を|能登半島地震サッカーファミリー復興支援金#JFAクラファン」の掲載文章より

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