スポーツ産業学研究第33巻第4号

【原著論文】

慶良間諸島国立公園における若年スクーバダイビング邦人客の国立公園に関する認識調査
大下和茂,小泉和史
JSTAGE


自身の価値が明確な大学生アスリートは幸せか?
荒井弘和,榎本恭介,栗林千聡,金澤潤一郎,深町花子,宅香菜子
JSTAGE


国際的なスポーツイベントにおける個人情報のマネジメント
-法的要件への対応:東京2020大会の事例研究-
石田智春
JSTAGE


【レイサマリー】

慶良間諸島国立公園における若年スクーバダイビング邦人客の国立公園に関する認識調査
大下和茂(岡山県立大学情報工学部人間情報工学科)
小泉和史(日本体育大学スポーツマネジメント学部スポーツライフマネジメント学科)

今後の観光需要回復には,日本人の国内旅行参加が期待されており,以前,国内旅行に興味を持っていた若年者の旅行再喚起に繋がるような方策が重要視されている.観光資源の一つして国立公園が挙げられているが,国立公園の認識の低さが報告されおり,観光喚起の重要な要因となりうるかは分からない.一方,国内の自然を利用したアウトドアスポーツも観光資源の一つとして挙げられている.国立公園でのスポーツ体験に伴い,国立公園制度を認識し,制度に肯定的になれば,国立公園指定地が旅行先選定の付加価値となり,他の国立公園への訪問の可能性に繋がるかも知れない.そこで,本研究は,慶良間諸島国立公園において,若年スクーバダイビング邦人客を対象に,国立公園に対する肯定感や他の公園訪問の可能性,その際のアウトドアスポーツ参加に対する意欲などを調査した.慶良間諸島国立公園内において,ダイビングへの参加が主目的であり,これまでに国立公園指定地への訪問認識がない若年旅行客(18歳~29歳)36名を対象に質問調査した.調査の結果,対象者は国立公園制度を肯定的に捉え,ほとんどの者が他の国立公園へも訪れたいと思い,その際に,他のスポーツ活動にも参加したいと考えていることが明らかとなった.以上の結果は,国立公園指定地でのアウトドアスポーツのアピールが,若年者における国内旅行喚起に繋がる可能性を示し,実際にアウトドアスポーツに参加することで,他の国立公園や他のスポーツ活動への興味に繋がることを示唆している.これは,単なる旅行喚起の方策に繋がるだけではなく,関連するスポーツ産業の活性化やスポーツ活動を通した健康増進にも繋がると言える.環境省の国立公園満喫プロジェクトでは,2021年以降の取組方針として,これまでの基本的な視点である自然環境保全の推進や自然の魅力を活かした利用推進などは,引き続き重視・発展させるとともに,当面(~2025年)の一目標として,感染症による旅行需要低下前の国内利用者の復活を目指す国内誘客強化を掲げている.本研究結果は,国立公園で実施可能なスポーツ活動をアピールし,その地が国立公園であることを示しながらスポーツ活動に参加することで,公園への再訪,その際のスポーツ活動への興味に繋がる可能性を示している.

 

自身の価値が明確な大学生アスリートは幸せか?
荒井弘和(法政大学文学部)
榎本恭介(清和大学法学部)
栗林千聡(東京女子体育大学体育学部)
金澤潤一郎(北海道医療大学心理科学部)
深町花子(公益財団法人日本スポーツ協会)
宅 香菜子(オークランド大学心理学部)

ポイント
1.男子大学生アスリートの方が,女子大学生アスリートよりも,自らの価値に沿った行動を取っていると認識している.
2.女子大学生アスリートと比較すると,男子大学生アスリートにおいて,自らが持つ価値と主観的幸福度が強く関連している.
3.大学生アスリートの主観的幸福度には,自分にとって何が重要か認識している程度や,その価値に向かって行動することの恩恵の実感が影響している.

概要
スポーツの価値と呼ばれるものはいくつかの種類に分けられます.1つは,感動の共有など,スポーツが人々に与える影響です.もう1つは,スポーツに取り組むアスリート自身が認識している価値です (こちらは一般的に「価値観」と呼ばれます).本研究では,後者の価値に注目して研究を行いました.
本研究の対象者は,4年制大学の大学生で,運動部 (いわゆるサークルは除く) に所属している競技者325名です.主な結果は以下のとおりでした.
・大学生アスリートは「他者から高く評価される人になりたい」,「チームから必要とされる人になりたい」など,多様な90の価値を認識していることがわかりました.
・男子大学生アスリートの方が,価値に沿った行動を自分は取っていると認識しており,かつ自分の人生で大事にしていることに向き合い,前進しているという実感が高いと明らかになりました.女子大学生アスリートは,自らの価値に沿った行動を行いにくいと認識しており,また,実際に価値に沿った行動を阻害されている可能性があります.
・男子大学生アスリートの方が,価値と主観的幸福度は強く関連しており,女子大学生アスリートの主観的幸福度は,価値以外の何か別の要因により強く影響を受けている可能性がうかがえます.特に女子大学生アスリートの幸福を支援する際には,本人が何を重要だと感じているかという価値以外の側面にも目を向ける必要があるかもしれません.
・大学生アスリートの主観的幸福度には,自分にとって何が重要か認識している程度や,その価値に向かって行動することの恩恵の実感が影響していると明らかにされました.したがって,自分が本来持っている価値が明確になることで,価値にコミットした行動を増やせるよう支援することの重要性が示されたといえます.一方,日々の生活の中で本当にやりたいことができていない,自分はあきらめが早い方だといった実感が,協調的な幸福感 (対人関係の調和に関連する幸福感) にマイナスの影響を及ぼしていたことも興味深いと考えられました.
本研究の成果を社会に向けて発信することで,アスリートが認識している価値の多様性,そして価値への向き合い方,捉え方の重要性を広く伝えてゆきたいと考えています.価値に焦点を置くことの重要性を強調することが,スポーツ科学者が行うべきアスリートセンタードへの貢献ではないでしょうか.

国際的なスポーツイベントにおける個人情報のマネジメント
-法的要件への対応:東京2020大会の事例研究-
石田智春(早稲田大学)

この論文の目的は、東京2020大会における個人情報保護に関して、GDPRを中心とした海外の個人情報保護に関連する法律に東京2020組織委員会がどのように対応したのかを明らかにすることである。
東京2020大会は、新型コロナウイルスの影響で1年延期され2021年の夏に開催された。2013年開催決定後、約8年の間に、個人情報保護に関する規制は整備され強化された。820万人以上がチケット購入に必要なTOKYO2020IDに登録した。東京2020組織委員会は、ID取得に必要な個人情報の取扱いについて、多くの対応が必要だったことが想定される。
この研究では、東京2020組織委員会が個人情報の取扱いに関する規約や方針、及びその他WEBサイトやメールでどのようにGDPR等の海外法の要件に対応しているかを調査した。その結果、東京2020組織委員会は、GDPRと米国の法律や規制に対応したことが明らかになった。また、各国・地域の法令の中で最も厳格なEUのGDPRに依拠することとしたと考えられる。東京2020大会は、無観客での開催となったが、観客の個人情報保護には、重要な成果を残した。

 

 

関連記事一覧