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2022年度日本スポーツ産業学会・学会賞受賞論文 東京都杉並区公立中学校の 部活動活性化事業に関する研究

2022年度日本スポーツ産業学会・学会賞受賞論文
東京都杉並区公立中学校の部活動活性化事業に関する研究
千葉直樹│中京大学スポーツ科学部

この度は、2022年度日本スポーツ産業学会学会賞を授与して頂き、誠にありがとうございます。この論文が多くの方に読まれ、部活動改革の一助となれば幸いです。以下に受賞対象となった論文の内容を簡単に解説します。この調査にご協力を賜りました杉並区教育委員会とC社の関係者に、この場を借りてお礼申し上げます。なお、この研究は、JSPS科研費18K10892の助成を受けた研究成果の一部です。

1.問題の所在と研究目的
スポーツ庁は2020年9月に、「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革について」という方針を発表し、令和5年度以降、週末の部活動を学校から切り離し、段階的に地域で行う方針を示しました。この方針を出した理由は、教員の働き方改革の議論のなかで、顧問が週末に部活動のために超過勤務することになり、授業準備などの本来の仕事にも支障がでてきたことにあります。
運動部活動に関する先行研究を検討すると、主に二つの問題点について指摘することができます。一つは、部活動の法的な位置づけが曖昧であることです。もう一つは、教員の部活動指導による超過勤務の問題です。部活動は中学校学習指導要領において、学校教育の一環でありながら課外活動として位置づけられ、生徒は「自主的、自発的に」参加することになっています。教員にとって部活動は正式な業務ではなく顧問になる義務はありませんが、ボランティアで取り組む校務になっています。部活動の週末地域移行という政策は、後者の問題を解決するための施策と考えられます。スポーツ庁も文部科学省(以下、文科省)も、部活動の目的や理念は何かという本質的な問題を棚上げにしたまま改革を進めようとしており、今後の行方が懸念されます。
私は、顧問の超過勤務の問題を解消するためには、専門的な教育を受けたスポーツ指導者が顧問を希望しない教員の代わりに、外部指導者として有償で指導する仕組みが必要だと考えています。もちろん、顧問が部活動の指導を希望する場合にはこれまで通り任せ、指導に対する謝金を支払うべきだと思います。こうした問題意識から、この研究では、東京都杉並区の「部活動活性化事業」に焦点を絞り、部活動の外部指導者の問題について調べました。杉並区は、東京23区の西側に位置し、2003年4月から、東京都初の民間校長を採用するなど、先進的な教育改革を行う地区です。杉並区公立中学校の部活動では、「部活動活性化事業」という民間企業による外部指導者派遣が行われてきました。企業連携型の事例は全国的に見ても珍しく、行政が積極的に介入した先駆的な例として、民間企業による外部指導者派遣の問題点を明らかにし、他の地域の参考にする価値はあると考えます。
本研究の目的は、東京都杉並区公立中学校の「部活動活性化事業」の目的と問題点を明らかにすることです。私は、2019年に杉並区教育委員会の事務職員D氏と、民間企業(C社)の担当者A氏とB氏に対して、専門家インタビューを行いました。 

2.部活動活性化事業創設の経緯
部活動活性化事業は、杉並区和田中学校での取り組みから始まりました。2009年当時のサッカー部顧問は、介護の問題を抱え休日の部活動指導をできなかったそうです。当時の校長の働きかけもあり、生徒と保護者の要望を受けて、1回1名500円の謝金を徴収し、民間企業から休日に指導者の派遣を受けることになりました。その後、野球部など他の部活動にもこの仕組みが広がっていきました。A氏によると、C社は、この時に野球部と剣道部に指導者を派遣し、それから運動部活動支援を全国に拡大させたそうです。和田中の取り組みが注目され、教育委員会から杉並区の他の校長にも、民間企業による外部指導者派遣が提案され、2013年度から3年間モデル事業として、「部活動活性化事業」が始まりました。この事業は、杉並区の予算で運営されており、和田中で当初行われていた保護者による謝金の徴収は、現在行われていません。

3.「部活動活性化事業」の目的と問題点
杉並区教育委員会のD氏は、部活動の顧問を、Aタイプ、Bタイプ、Cタイプと大まかに分けました。Aタイプとは、部活動の指導が専門教科の内容と関連する保健体育教員を、Cタイプは「競技経験・指導経験のない管理顧問」を、Bタイプは両者の中間に位置し、部活動の指導はできるがそれほど得意ではない顧問を想定しました。教育委員会では、主にBタイプとCタイプ顧問の部活動に対する支援を行いました。
部活動活性化事業は、スポーツ関連企業等から専門のスポーツ指導者を時給5000円で雇い、週1日か2日程度、主にCタイプの顧問の部活動に派遣する制度です。D氏はこの事業が大会で好成績を上げるためではなく、Cタイプ顧問の部活動で生徒が専門的な技術を学び、スポーツの楽しさを味わうために始まったと認識していました。一方で、Bタイプ顧問の部活には、以前から行われていた「外部指導員事業」を活用して、交通費の支給のみの待遇で、ボランティアの地域指導者に指導をお願いしていました。
部活動活性化事業の抱える問題点は、ソフトテニスやバドミントンなど個人競技の指導者を確保することでした。こうした競技を専門とする中学校の保健体育教員が相対的に少なく、専門の指導者を探しても見つからないという問題がありました。 

4.部活動改革の問題点
スポーツ庁は2018年に部活動の活動時間を制限するガイドラインを発表しました。このガイドラインに対して、D氏は、校長が部活動に熱心なAタイプ顧問を管理できないと指摘しました。つまり、週2の休養日と1回の活動時間2〜3時間という基準を示しても、これは罰則のない目安であり、顧問は必ずしもガイドライン通りに活動するとは限らないということです。したがって、D氏は、部活動改革が、日本中学校体育連盟(以下、中体連)、顧問、指導主事の三者で連携して進める必要があると認識していました。
また、インタビューの中で、文科省が推奨する「部活動指導員」の問題点について、回答者に尋ねました。部活動指導員の時給は1,600円とされ、文科省からこの制度の受け入れを承認された場合に、国と都道府県と市の三者で、この人件費を三等分して負担します。また部活動指導員を受け入れるためには、市教委や県教委が管轄する全ての学校の部活動で、スポーツ庁のガイドラインで示された週2日の休養日を確保するなどの条件があります。さらに、部活動指導員の職務は、部活動の指導・引率のみならず、いじめの生徒指導も含まれており、時給に対して責任が重いという指摘もありました。D氏は、部活動指導員のなり手が限られ、実質的に定年退職した元教員を配置することになると指摘していました。またC社のA氏は、部活動指導員は学校職員となるという規定があり、民間企業の社員がこの指導員になることができないために、C社では地域の指導員の募集や研修を行うコーディネート業という形で、この事業に参入することを検討していました。
以上のことから、部活動改革を進めるためには、部活動指導員の勤務条件や時給などを改善し、民間企業も参入できるように規制緩和する必要性が示されました。 

5.まとめ
インタビュー調査の結果、以下の内容が明らかになりました。
1)杉並区の部活動活性化事業は、和田中学校の取り組みを発展させ、2013年からモデル事業として始まりました。区の予算で、競技経験のない教員の部活動を中心に、民間企業からスポーツ指導者を受け入れました。
2)部活動活性化事業は、第一に生徒に楽しい部活動を体験させ、第二に教員の負担軽減を目的に行われました。ただ、この事業の目的は、事務職員、C社の社員、校長によって認識の違いがあることが示唆されました。この事業の問題点は、ソフトテニスなどの個人競技の指導者を確保することでした。
3)部活動改革を実現するためには、保健体育教員や中体連も納得する取り組みをする必要性が指摘されました。
4)文科省が推奨する「部活動指導員」制度は、職務内容、待遇、人材確保の面で問題があり、規制緩和する必要があることが示唆されました。
5)部活動活性化事業は、部活動が成り立たない不公正な状況を是正するために、民間の指導者を派遣した取り組みであることが確認されました。

この論文では、杉並区の部活動活性化事業の目的や問題点を中心に扱いました。この事業は、行政が民間のスポーツ指導者を雇用するために税金を活用した全国的にも珍しい事例です。この事例は、部活動の完全民営化ではなく、公設民営といえます。つまり、中学校の体育館等の施設や用具などを活用しながら、民間のスポーツ指導者を公費で派遣しています。名古屋市や大阪市など相対的に財源がある都市部では、このような事業がすでに行われており、他の市でも行う可能性はあります。しかし、地方都市の市町村では、民間のスポーツ指導者を雇うだけの財政的な余裕がなく、受益者負担型の仕組みや、国からの補助を活用した別の施策が必要になると考えます。その際に、部活動の週末地域移行の話とも関わりますが、部活動の目的を学習指導要領に規定した上で改革が進められるか懸念されます。
▶千葉直樹;東京都杉並区公立中学校の部活動活性化事業に関する研究, スポーツ産業学研究Vol.31,No.4, pp.431-444,2021.

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