スポーツ産業学研究第32巻第2号

【原著論文】


スポーツホスピタリティ観戦者の研究−ラグビーワールドカップ2019日本大会から−
西尾 建, 倉田 知己
JSTAGE


地方公共団体の競技スポーツ施策の政策革新−Z県の国民体育大会に向けた施策の事例研究−
髙橋 義雄
JSTAGE


フィギュアスケート初級者を対象にしたオンライン指導のためのオフアイストレーニングプログラムの設計と評価
伊藤 瑳良, 山口 翔大, 神武 直彦
JSTAGE


体育会学生の人気企業への内定と学業および競技のパフォーマンスの関連
石川 勝彦, 束原 文郎, 舟橋 弘晃, 横田 匡俊, 澤井 和彦, 長倉 富貴, 中村 祐介, 岡本 円香
JSTAGE


運動に対する基本的心理欲求と運動経験との関連
堀井 大輔, 杉山 佳生, 金田 啓稔
JSTAGE


【研究ノート】


高体連組織に内在するコンフリクトの検証と一考察−陸上競技組織の特性に着目して−
久保 賢志, 津吉 哲士
JSTAGE


【レイサマリー】


スポーツホスピタリティ観戦者の研究
-ラグビーワールドカップ2019日本大会から-
西尾建 倉田知己

ラグビーワールドカップ2019大会では、日本ではじめて本格的なホスピタリティシートチケットが一般販売された。このホスピタリティシートは、上級カテゴリー観戦チケットに加え高品質な食事や飲み物、エンターテインメントなどの付加価値サービス含めたパッケージチケットであり、北米4大プロスポーツや欧州のサッカーやラグビーでは、30年以上も前から一般向けに販売されておりスポーツホスピタリティとしてビジネスが確立している。日本では、相撲の升席やBtoBとしてプロ野球観戦のごく一部で招待用のVIPルームなどの類似例はあるものの、一般販売のケースはほとんどなかった。同大会で販売されたシート数は63,000席で全体のわずか3.6%であったが、売り上げ全体では25%をしめた。
本研究では、過去に調査対象として取り上げていなかったホスピタリティシートの購入者(N=371)の特徴を明らかにした。ホスピタリティシート購入者は、年齢層が高く、男性の比率が高く、大会関連の消費額の比較では、チケット購入総額だけでなく、交通費、宿泊費、グッズ購入、観戦前後の観光への消費も、非購入を大きく上回る結果となった。また購入者の動機4要因「世界規模のイベント」「話題」「広告」「一流のプレイ」「ラグビー好き」と満足度3要因「ラグビー観戦」「飲食及びチケット」「近隣観光」に分類しホスピタリティシート購入者の特徴を分析した結果、広告などの情報提供やプロモーションの重要性など今後のマーケティングに向けても示唆があった。
アフターコロナでは、スポーツファンの行動変容と革新的なビジネスモデルの導入などが予想される。今回の調査研究がスポーツ観戦市場の新たな市場創出において一助となれば幸いである。


地方公共団体の競技スポーツ施策の政策革新
-Z県の国民体育大会に向けた施策の事例研究-
高橋義雄

21世紀は地方分権の時代と言われ、地方公共団体はスポーツ政策においても政策の独自性が求められています。そして、2007年に地方教育行政の組織及び運営に関する法律が改正されたことで、スポーツ政策主管部局を教育委員会から首長部局に移管する動きも始まりました。このことは、教育としてのスポーツ政策以外の、健康や都市の活性化を目的としたスポーツ政策が打てるようになったことを示しています。
いっぽうで、これまで地方公共団体の競技スポーツ政策は、国のメダル獲得をめざす政策を参酌して政策決定され、実際には国民体育大会で成績を残すための施策が策定・実施されています。本研究では、国民体育大会開催前後にスポーツ主管部局が首長部局に移管されたZ県の競技スポーツ政策の政策過程を、政策学で用いられる動的相互依存モデルと政策ネットワーク論を用いて、政策に立案・実施に関係する利害関係者(アクター)の関係性を分析しました。
結果としては、アクター間には互いの資源に依存しあうことで、アクター同士がWin-Winとなるポジティブ・サムの関係を構築するようにネットワークが調整されていることが明らかになりました。特に、Z県では地域の財界関係者が体育協会幹部として、競技スポーツ政策の立案・実施に関わりを持っており、スポーツ産業の視点でみれば、国体強化ための競技スポーツ政策は、単に地方公共団体のなかだけで完結するものではないことが明らかにされています。さらに、スポーツ主管部局が首長部局に移管された後は、アクターが増加することもあり、アクター間の関係を再調整する必要性があることもわかりました。
今後、スポーツ産業の発展が望まれるなかで、地方公共団体のスポーツ政策が民間企業を巻き込んで立案・実施されることもあると考えられます。その際に、スポーツ産業の実践者は、地方公共団体のスポーツ政策の政策過程を理解しておくことは重要になると考えられます。


フィギュアスケート初級者を対象にしたオンライン指導のための オフアイストレーニングプログラムの設計と評価
伊藤瑳良 山口翔大 神武直彦

スケートリンクが身近にない場合, そのアクセスの悪さがフィギュアスケートの敷居をあげる要因に なり, 結果として継続率の低下を招くと私たちは考えます. そこでオフアイストレーニングの指導に オンラインを活用することで, 上述した課題を解決することができ, どこにいても質の高 い指導を受けることが可能になると考えました. 本研究の目的は,成人フィギュアスケート初級者を対象に,フィギュアスケートの基本動作 への導入やモチベーションの維持・向上を目的とした同時双方向型のオンラインオフアイ ストレーニングプログラム(OOTP)を設計し,その効果を検証することでした.さらに,OOTP に画像を用いた外在的フィードバックの効果についても検討しました.
22 名の成人フィギュアスケート初級者をフィードバック無し群とフィードバック有り群の 2 群に分け,1 群は OOTP のみに参加し,もう 1 群は OOTP 参加に加え外在的フィードバック も受けました.OOTP は主にスキルトレーニングから構成されており,基礎的模倣動作(ス クワット模倣動作,スパイラル模倣動作,スケーティング模倣動作)が,週 1 回,4 週間に わたりフィギュアスケート熟練者によって指導されました.基礎的模倣動作の動画データ は,OOTP の前後で取得されました.スクワット模倣動作では角度α(大腿部と水平線のな す角度),スパイラル模倣動作では角度β(大腿部と水平線のなす角度),角度γ(大腿部と 下腿部のなす角度の補角),スケーティングでは角度δ(下腿部と垂線のなす角度)を計測 しました.また,OOTP 後に両群についてアンケート調査を実施しました.
その結果,OOTP 後の角度αは,OOTP 前のそれと比べて改善傾向がみられました.OOTP 後の 角度βおよびγは,OOTP 前におけるそれに比較して,各々,有意に改善が確認されました. 角度δは OOTP によって改善する傾向がみられました.しかし,基礎的模倣動作の各角度に ついて,二元配置分散分析を行ったところ,時間と被験者群の交互作用は認められませんで した.また,角度α,角度β,角度γについて,初期スキルレベルが低い人ほど高いトレー ニング効果が得られることもわかりました.これらの結果により,OOTP が基礎的模倣動作 のスキルの改善に有効であること,また本研究で用いた外在的フィードバックでは付加的 効果が認められなかったことが示唆されました.一方,アンケート調査の結果は,外在的フ ィードバックがスキル改善やモチベーションの維持・向上という観点において高い評価を 示していました.
以上のことから,OOTP はフィギュアスケート初級者のスキル向上に有用な指導手段のひと つとなる可能性が示されました.このようなスキル学習方法の多様化は,フィギュアスケー トに触れる機会の増加をもたらし,その結果としてフィギュアスケート普及の一助となる と考えます.本研究の成果は新たなスポーツ市場の創出につながる有益な知見となる可能 性があると考えます.


体育会学生の人気企業への内定と学業および競技のパフォーマンスの関連
石川勝彦, 束原文郎, 舟橋弘晃, 横田匡俊, 澤井和彦
長倉富貴, 中村祐介, 岡本円香

日本の大学では,多くの学生アスリートが日々それぞれの競技に身を投じ,研鑽を積んでいます。他方,アスリートが競技に従事する時間は長く,学業やキャリア形成において不利になってしまうのではないかとも懸念されています。競技に従事することが将来にどのようにつながっているかについては,入職後の昇進への影響については一定の議論がありますが,学卒時の内定獲得への影響について大規模な調査分析は意外にもあまり行われてきませんでした。そこで,特に競技と学業の両方において優秀であることが人気企業からの内定獲得につながるか,という視点から調査分析を行いました。
2018年卒の体育会学生を対象に調査を行いました。5,534件の回答を得,そのうち分析に必要な項目を全て満たした有効回答1,739件(有効回答率31.4%)を分析の対象としました。その結果,人気企業からの内定獲得に最も強い影響を示したのは所属大学の入学困難度,以下,順に学業成績,競技成績,国公立/私立の別,入試区分と続きました。では,競技と学業の両方において優秀であることで人気企業への就職につながる,といったことはあるのでしょうか。所属大学の入学困難度別に,そうした分析を行ったところ,難関大学においては競技に卓越することで人気企業への内定獲得が促進される傾向が垣間見られましたが,中堅以下の特定の入学困難度の出身者においては,せっかく学業成績が良くても競技成績が高いことが人気企業からの内定獲得にネガティブに作用することがある,という結果になりました。
調査が行われた2018年度の新卒採用市場の状況を振り返ってみると,中小企業の求人数は年々増えていたが,従業員1,000人以上の大きな企業では求人数が減少傾向にあり,人気企業への就職は厳しい局面だったと考えられます。こうした状況が影響をしている可能性があるため,別の卒業年度のサンプルを分析する必要があります。
ではアスリートに大学はどのような支援を提供すれば良いでしょうか。今後は,企業の採用活動において,エントリー者の背景情報(在学中の学業成績や活動状況)を重視する傾向が強まるとの議論も一部にあります。そうだとすると,競技に卓越することをキャリア形成に接続する取り組みが重要になると言えるかもしれません。例えばアメリカの学生アスリートはNCAA(アメリカ大学スポーツ協会)の規程により,一定時間のアウトリーチ活動(地域社会への貢献活動など)に従事します。これには,地域の子どもたちに競技を教える,などが含まれます。こうしたしくみを整備し,学生アスリートの社会経験を充実させることで,学生アスリートの競技経験をキャリア形成にを結びつけていくことが期待されています。


運動に対する基本的心理欲求と運動経験との関連
堀井大輔 杉山佳生 金田啓稔

ライフステージに応じた健康づくりでは,栄養・食生活や休養・睡眠などの分野とともに運動や生活活動を含む身体活動が重要な役割を担っています.WHOでも各世代別に頻度・時間・強度などを示して運動の実施を推奨していますし,地域や職場における環境・社会支援の改善なども行われています.しかし運動の重要性は理解しているが行動に移せない人々も多く,同じような状況下でも行動の生起には個人差があることも事実です.この個人差の要因のひとつとして心理的な側面が考えられますが,その中でもとくに動機づけは身体活動と高い相関関係があり,動機づけの高低が身体活動の潜在的な決定因子とみなされています.
本研究では,動機づけに関する自己決定理論に基づき,運動に対する三つの基本的心理欲求(有能感,関係性,自律性)を測定する尺度を作成し,各基本的心理欲求がどのような運動経験と関連をもつのかを明らかにしました.
結果として,これまでのように対象者を限定することなく,運動行動に関連する心理的要因を測定する一定の信頼性と妥当性を有する尺度を作成することができ,より的確なアセスメントが可能になることから,健康と密接に関連した運動行動の生起・継続を目指すプログラムの提供に繋がると考えています.
また性差と年齢差の検討から,運動行動に関連する心理的要因としての有能感・関係性・自律性は,女性よりも男性の方が高く,総じて30歳代~60歳代の人よりも18~29歳の人の方が高いことが認められました.
さらに運動経験との関連や他者との関りについての検討から,父母やきょうだいからの影響は限定的であり,相対的に友人や部活動の影響の方が大きい傾向がみられました.つまり,運動に対する心理的欲求は,友人との交遊等でポジティブな経験をすることや,学校やスポーツクラブでの自律的な支援を受けたことで充足感が高まることが示唆されました.
したがって,このような他者や活動領域の重要性を特定できたことによって,支援方略や介入行動の提言にも寄与することが期待できると考えています.


高体連組織に内在するコンフリクトの検証と一考察
―陸上競技組織の特性に着目して―
久保賢志(至学館大学)津吉哲士(関西福祉科学大学)

一口に高校スポーツといっても、競技によって統括する組織が異なり、統括組織によって方針や取り組み、運営が異なります。
本研究では、高校スポーツの中でも高体連組織について検討しました。注目したのは、高体連に関係する陸上競技の組織で、中央競技団体の日本陸上競技連盟(以下、日本陸連)、高校スポーツ組織の統括団体である全国高等学校体育連盟(以下、全国高体連)、全国高体連の傘下で高校カテゴリーの陸上競技を管理・実質的な大会運営を担う全国高等学校体育連盟陸上競技専門部(以下、全国高体連陸上専門部)の3つです。
近年、高体連組織により運営されるスポーツイベントの現場では、競技会の開催可否やルールの設定、スポンサーへの対応などの意思決定において、全国高体連と中央競技団体の両者への調整、あるいは合意の取り付けが必要となっています。
この問題により、現場ではどちらの組織の命令や指示を重視すればよいかという判断に迷いが生じ、そこには組織間のコンフリクトが存在するのではないかと考えました。
以上のことから、本研究では全国高体連と全国高体連陸上専門部の間に生じていると仮定するコンフリクトについて検証することを目的としました。
研究方法の第一段階では、全国高体連と日本陸連、全国高体連陸上専門部の実質的な組織の機能面(役割)について文献等を用い調査しました。第2段階では、新型コロナウイルスの影響を受け開催したインターハイの代替大会において各団体がどのような支援レベルにあったかを分析しました。第3段階では、各団体の定款や規約を基に、3つの組織運営における目的や事業内容、意思決定に関して、どのように規定されているかを整理し、コンフリクトを観察しました。
その結果、全国高体連と全国高体連陸上専門部の間には、「担当業務の曖昧さ」、「タスクの相互性依存」、「共通の資源」、「社会的評価の不一致」の4つのコンフリクトの局地的条件が明らかになりました。
本研究で得られた結果が、高体連組織の活性化に役立てば幸甚に存じます。

 

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