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防具姿で組み合う様子は息を吞む迫力だ

戊辰戦争終結から今年で150年。武士の時代の終焉とともに刀にも縁がなくなって久しいこの時代にあって、なおひたむきに稽古を続ける「天然理心流」という剣術流派がある。
天然理心流は新選組の近藤勇・土方歳三・沖田総司ら主要メンバーが修めた剣術として知られ、成立は寛政年間に遡る。最大の特徴は実戦で勝てる術の体得を目標とする点だ。何が起きても勝てる身体を作るために、剣術だけでなく柔術・棒術・気合術などあらゆる武術を総合して学ぶ必要がある。つまり、厳密にいえば剣術というよりは総合武術の流派だ。それだけに、竹刀を使った激しい稽古では相手に剣を払い落とされたとしてもそこでゲームオーバーとはならない。剣を持たずとも柔術で抑え込みにかかり、何としてでも勝利の糸口を見つけ出す粘り強さが求められるのだ。このトレーニングの効果は、幕末の動乱期における新選組の活躍で実証されている。
江戸期までに存在した武術流派の多くが明治維新以降失われていったが、天然理心流は現代までその教えが受け継がれてきた。武士だけでなく農民などの一般市民にも広く門戸を開き東京・多摩地区を中心に多種多様な人々が学んでいたことで、消滅を免れたのだという。多様に発展した天然理心流の系統の一つである心武館道場で塾頭を務め、その後独立した高鳥天真氏が主宰する試衛館でも、多くの門人が稽古を続けている。剣道とは異なり公式試合は存在せず、当然表彰を得られるわけでもない。ましてや「相手を倒せる武術」を身に着ける必要性も現代ではほぼなくなったと言ってよいだろう。それでも、熱心に稽古に参加する門弟は約100名に上る。「鍛錬を通し自分の心身のポテンシャルを最大限に引き出し、どんな状況でも動じない強い心を養えることが魅力の一つではないか」と、師範代の伊藤寛純氏は語る。いつの時代も社会の荒波を乗り越えるために求められるのは強靭なメンタルだ。その意味で言えば、鍛錬が「実戦」で役立っていることに変わりはない。200年以上にわたり多くの門人たちが汗を流し追い求めてきた、独立自信の心。精神と身体の両面で高みを目指そうという思いは、流し追い求めてきた、独立自信の心。精神と身体の両面で高みを目指そうという思いは、平成の門人たちの中にも確かに息付いている。
文・写真│伊勢采萌子

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