• HOME
  • ブログ
  • SERIALIZATION
  • チケキャンはなぜメルカリになれなかったか? チケット二次流通をめぐる法的課題《後編》

チケキャンはなぜメルカリになれなかったか? チケット二次流通をめぐる法的課題《後編》

スポーツ法の新潮流
チケキャンはなぜメルカリになれなかったか? チケット二次流通をめぐる法的課題《後編》
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院准教授 弁護士

前々回からは、スポーツビジネスにおけるチケッティングを舞台に、インターネット上におけるチケット二次流通(いわゆるチケット転売行為)をめぐる法的課題の解説として、日本の法的状況について整理してきました。チケット不正転売禁止法の概要を解説した上で、特に前回はチケットという商材の法的性質から、実態として、興行主が商材の内容のみならず、流通もコントロールできる特性を指摘しました。
今回は、このような特性を実際に可能にする電子チケットの誕生により、チケッティングというビジネスがどのように変化し、チケット不正転売問題への対策だけでなく、チケット二次流通に影響を与えているのかを解説したいと思います。

1 電子チケットとは

近年、EMTG電子チケット、LINEチケット、スマチケなど、電子チケットと呼ばれるチケットが登場しています。
従来、チケットは、その内容が表章された紙(IDやQRコードが印刷された紙も含みます)が発行されることで、チケットの販売や流通、行使がなされてきました。ただ、紙を発行することに伴う煩わしさ(ユーザーが購入場所に赴く必要や、印刷する手間、購入したチケットをユーザーに送付する必要など)や、IDやQRコードを読み込む機器の導入コストなどの課題から、ユーザーが既に保有しているスマートフォンで購入、行使が可能な電子チケットが登場しています。日本では、まだまだ従前のチケットエージェンシーを通じた紙のチケットの販売が主流ではありますが、このような電子チケットを販売するスポーツイベントも徐々に増えてきています。 電子チケットの主な特徴としては、スマートフォンにおいて、購入者、購入端末が特定された上で、特定のアプリケーション上でのみ、チケットの購入、転売、行使を可能にする点です。

2 電子チケット誕生に伴うチケッティングビジネスの変容

これまでのチケットの取引は、チケットの内容が表章された紙にて、その購入、転売、行使がなされていたため、その紙自体を取引対象にすれば転売が容易であり、かつ転売されたチケットの購入者を特定することが困難でした。前回解説しましたとおり、チケットという商材の法的性質は契約上の権利(無体物)であり、実態としては、興行主がこの権利の内容を決定することができ、加えて転売禁止という流通までもほぼ完全にコントロールすることができる商材ではあるものの、これまではチケットが紙という誰にでも譲渡できてしまう媒体で取引されていたことから、転売禁止という条件は事実上無力化されてしまっていました。しかしながら、電子チケットであれば、購入者、購入端末が特定された上で、特定のアプリケーション上でのみでしか、転売、行使ができませんので、いわゆる公式リセールでのみ転売を許容するなど、興行主がチケット流通をコントロールすることができるようになりました。これにより、興行主は、チケッティングビジネスにおいて、自ら有する流通マーケットや承諾する二次流通マーケットでのみこのような電子チケットの流通を認め、チケットの発行、流通に伴う利益を独占することが可能になっています。
そして、チケットという商材の内容は実態として興行主が決定できることから、昨今の興行主は、規約などで、転売禁止が条件とされたチケットが実際転売されたことが発覚した場合、そのチケットに表章された権利自体を無効化しています(当然無効化されたチケットを持って、イベント会場に行ったとしても入場することはできません)。さらに、電子チケットであれば、元々購入者、購入端末を特定しているため、特定された購入者、購入端末と異なるチケットを無効化することもできます。また興行主が自ら有する流通マーケットや承諾する二次流通マーケットでのみこのような電子チケットの流通を認め、興行主が承諾しない流通を経過したチケットを無効化することも可能なため、転売禁止を補強することにつながっています。

3 チケット二次流通仲介業への影響

これまで解説してきましたとおり、二次流通仲介業で取扱うチケットは、契約上の権利という当事者が自由に設計できる法的性質を有しており、興行主のバーゲニングパワーから、興行主は、チケットという商材の内容を決定することができ、転売禁止により合法的に流通をコントロールすることができます。
紙のチケットが取引されていた場合は、事実上流通をコントロールすることが困難だったため、二次流通仲介業が介在する可能性もあり、実際大きな収益を上げるビジネスとなっていました。ただ、電子チケットはチケットの販売、行使のみならず、流通についても興行主によるコントロールを実際上可能にするものです。興行主は、自らの利益、都合に合致するのであれば二次流通仲介業と取引するものの、そうでないのであれば、合法的にチケットの内容、流通をコントロールすることで、二次流通仲介業での取引を極小化することが法的に可能です。二次流通仲介業というビジネスは、このような興行主のコントロールに大きく左右されることになります。

4 チケキャンはなぜメルカリになれなかったか

一時期、多額の収益を上げたチケット二次流通仲介業ですが、上記のとおり、取扱う商材の法的性質から、興行主が行うチケットの内容設定、流通コントロールによって極めて大きな影響を受けるビジネスです。
近年、メルカリやラクマなど、商材の流通仲介業がプラットフォームビジネスとして非常に大きなビジネスとなっています。チケット二次流通仲介業を営んでいたチケットキャンプなどの企業も、このような商材の流通仲介業として事業発展を考えていたようです。
ただ、このような流通コントロールが可能な無体物であるチケットを取扱うチケット二次流通仲介業は、流通コントロールのない有体物を取扱う流通仲介業であるメルカリ、ラクマなどのビジネスとは本質的に取扱う商材が異なります。取扱う商材の流通自体がそもそもコントロールされる可能性がある以上、このようなプラットフォームビジネスを同様に展開しようとすることはそもそも法的に限界があることを留意する必要がありました。
また、このようなチケットの商材特性として、特定の日時、場所で開催される1回切りのイベントに参加するチケットは、役務提供を受けることができる人間が特定の1人であり、この1人が1回に限って消費する商材です。これは、例えば、メルカリやラクマが取扱っている商材である中古品のような、複数の人間が使用収益できる商材とは全く異なります。また、ゴルフ会員権のような無体物であったとしても転々流通し、役務提供を受けることができる人間が複数人想定される商材とも異なります。したがって、チケットは、1回消費されてしまうと、それ以上転々流通することを前提にした商材ではなく、このような流通マーケットをそもそも想起しにくい特性があります。

5 まとめ

今回、スポーツビジネスのチケッティングを取り上げましたが、このビジネスを考える上で、商材の法的性質を正確に捉えていくことが極めて重要であったことを解説してきました。これは、チケッティングに限らず、スポーツビジネスのスポンサーシップや放映権、マーチャンダイジングにおいても非常に大切な視点です。
電子チケットの普及はまだまだ始まったばかりです。記念として紙のチケットを望むユーザーがいることや、特定のアプリケーションをダウンロードしなければならない手間があること、既存の電子チケットサービスにおける公式リセールにおいて、転売ができない場合があるなど利便性が完全ではないことから、まだまだ紙のチケットが主流ではあります。このような紙のチケットを前提として、二次流通仲介業を営む事業者も存続しています。
しかしながら、興行主のチケッティングビジネスを考えた場合、チケットという商材の法的性質から、その内容を決定することができ、転売禁止により合法的に流通をコントロールできる電子チケットは遅かれ早かれが主流になるでしょう。二次流通仲介業はこのようなチケッティングビジネスの変容を踏まえて、今後の事業継続を検討していく必要があります。

▶ Andre M. Louw、 Ambush Marketing & the Mega-Event Monopoly – How laws are abused to protect commercial rights to major sporting events -、 Springer、 2012
▶ Stephen Weatherill、 Principles and Practice in EU Sports Law、 OXFORD EU LAW LIBRARY、 2017

▶ T.M.C. Asser Instituut / Asser International Sports Law Centre& Institute for Information Law – University of Amsterdam、 Study on sports organisersʼ rights in the European Union、 February 2014

▶ 石岡克俊「著作権法に基づく権利の行使と競争秩序–頒布権・消尽・独占禁止法」『法学研究』76巻1号、慶應義塾大学法学研究会、2003年
▶ 加藤君人・片岡朋之・大川原紀之「エンターテイメントビジネスの法律実務」、日本経済新聞出版社、2007年
▶ 金井重彦・龍村全「エンターテイメント法」、学陽書房、2011年

関連記事一覧