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スポーツ法の新潮流 日本のユーザーオリエンテッドなスポーツベッティングとは ──現実的な収益化に向けて今できること

スポーツ法の新潮流
日本のユーザーオリエンテッドなスポーツベッティングとは
──現実的な収益化に向けて今できること
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士(スポーツ科学)/弁護士

最近、日本でもスポーツベッティング(スポーツを対象にした賭博)解禁に向けた活動がいくつか行われているようです。筆者も、以前からスポーツベッティング事業の相談を受けてきましたが、ここまで議論が大きくなってきているのは初めてです。2018年に、一部の例外を除き、スポーツベッティングを禁止していたアメリカ連邦法が違憲と判断されたことから、各州で合法化する法律がどんどん成立し、市場が広がっているためでしょうか。日本でも、2021年に、自民党スポーツ立国調査会スポーツビジネス小委員会での議論が報道されたり、また、2022年には、民間企業約30社が集まり、スポーツエコシステム推進協議会が設立されています。アメリカのDraftKings社のスポーツベッティング成功事例などが紹介され、具体的な事業展開に向けた議論が行われているようにも思えます。
しかしながら、日本企業がスポーツベッティング事業を行い、その中で収益化を現実的に狙っていく上で、まだまだ議論、検討が荒いことは否めません。日本から海外のスポーツベッティング事業者に対して5、6兆円もの資金が流出しているとして、禁止するより、合法化して管理すべきである、国庫に少なくとも5000億入るので財務省が了解するなど、かなり大雑把な主張も少なくありません。現実的なスポーツベッティング事業の実施のために、企業はこのような複数社による全体的な議論より、もはや企業それぞれが具体的な事業検討、実施を行うべきではないでしょうか。
そこで、今回は、日本のユーザーオリエンテッドなスポーツベッティングを実施し、具体的な収益化を検討するにあたって、類似事業を含め、今できることを整理していきます。

1. 欧米の強大なスポーツベッティング事業者
アメリカでスポーツベッティングが合法化された後、オンラインはさておき、リアル店舗でのスポーツベッティング事業に関して強さを発揮したのは、CAESARSやMGM、Wynnのような老舗事業者でした。また、日本で既に解禁され、事業開始に向けて準備が進んでいるIR(総合型リゾート)事業についても、ヨーロッパの国営事業者やアメリカの老舗事業者とのコンソーシアムが組まれるなど、日本企業のみの事業体はありません。IR事業の相談を受けていても、やはり欧米の事業者はカジノ運営を長年行ってきた蓄積があり、日本企業と雲泥の差があります。日本でのIR事業を行うにあたっても欧米の事業者と提携する以外の道はありませんでした。
スポーツベッティングについても、日本では長らく公営ギャンブルしか認められてこなかったため、圧倒的に海外事業者にアドバンテージがあるのが現状です。このようなアドバンテージを埋めるためには、賭博が違法であることに限界を感じるのではなく、むしろスポーツベッティング類似事業を早急にスタートさせることが求められるでしょう。また、スポーツビジネス一般でもそうですが、日本のユーザーは、欧米のユーザーとは大きく異なる特性を持っています。ですので、日本のユーザーオリエンテッドなスポーツベッティングを目指すために、少なくともスポーツベッティング類似事業のスタートが必要ではないでしょうか。
弊職がこれまで応じてきた相談を集約すると、主に2つの方向性が考えられます。

2. 偶然性を排除することによる合法事業
日本でスポーツベッティング事業を行う場合に具体的に検討しなければならないのが、刑法第23章に規定された「賭博及び富くじに関する罪」です。日本では他国のようなオンライン賭博やスポーツベッティングに特化した賭博法制はなく、一律この刑法上の賭博罪が問題となります。「賭博」とは、昔の判例で「偶然の勝敗に関し、財物をもって博戯または賭事をすること」と判示されています。そこで、日本でスポーツベッティング事業の違法性を否定するためには、まず、この「偶然」であることを排除する必要があります。
米国でのスポーツベッティングの合法化に向けて大きく話題となったのが、デイリーファンタジースポーツ(DFS)を巡る問題です。ファンタジースポーツは通年のゲームだったため、技能の問題として「賭博」に該当しないとされていましたが、特に1試合だけを対象にするDFSの場合は、その日その日の運の部分が大きく、これが「賭博」に当たるかどうかが問題になりました。当初、ネバダ州やニューヨーク州、イリノイ州などで相次いでDFSが「賭博」であることが決定されましたが、2015年11月にDFS事業者がニューヨーク州の決定を争いました。その後、同州では2016年8月に州政府管理のDFS事業の継続を認める法案が成立し、ライセンスを得たDFS事業者が事業を継続しています。つまり、「賭博」ではないものの、州政府管理のスポーツベッティング類似事業が展開されているのです。
日本では、古い判例で、囲碁やマージャンの勝敗について、技能や経験の要素を認めるものの、偶然の要素を認めてしまっているため、なかなかこのような「偶然」性の排除が困難なのが現実です。また、日本でのスポーツベッティング事業で見逃してはならないことは、2000年前後に日本でも行われていたファンタジースポーツ事業が拡大しなかったことや、既に実施されているtoto事業において、最も収益が上がっているのは非予想系の「BIG」という商品であることです。その他の公営ギャンブルでも射幸性の低い商品設計がされているのは、日本のユーザーは、どこか自らの「技能」より、「運」に委ねているのかもしれません。

3. 賭ける財物をなくすことによる合法事業
このように日本で「偶然」性を排除することは困難なため、日本でスポーツベッティング事業の違法性を否定するために次に検討されるのが、上記「賭博」の定義の、「財物をもって」の部分です。わかりやすくいえば、ユーザーから事業者への財産の移転をなくす、ということです。
それは賭博ではないと言われそうですが、既にこのような類似事業は多く行われています。1つは、試合の結果などの予想を行うスポーツ予想ゲームです。最近では、Bリーグ2021-2022シーズンプレイオフと連動したソニー・ミュージックエンタテインメント社の「B.LEAGUE CHAMPIONSHIP GAME x GAME」や、プロ野球2022年シーズンと連動したマイネット社の「プロ野球#LIVE2022」といった予想ゲームが展開されています。前者は賞品なども用意するなど、少し射幸性を高めようとしていますが、そもそも参加するユーザーが何らの財物も賭けませんので、「賭博」には該当しないと考えられます。
また、eスポーツ大会をめぐる議論の中で、大会参加者が支払った参加料を賞金原資に利用した場合は「賭博」に該当するものの、第三者のスポンサーが賞金を出す場合は「賭博」に該当しないものとして、既に多くの大会で賞金が付与されています。プロゴルフトーナメントなどもこの理由から「賭博」に該当しません。
スポーツベッティングは、従前からのスポーツビジネスにおけるファンエンゲージメントを向上する、などと言われます。ただ、日本において、これが本当かどうかは、少なくともこのようなスポーツ予想ゲーム、スポーツ大会のユーザー分析を行うことからでも始めないと検証のしようがありません。スポーツベッティング事業の現実化に向けて既に企業間の競争が始まっています。

4. さいごに
アメリカのオンラインスポーツベッティング市場をリードするDraftKings社の戦略がもっとも優れていたのは、DFSというスポーツベッティング類似事業を、スポーツベッティングが合法化される以前から開始していたことです。この先行者の利益は、スポーツベッティングが合法化された以降も大きなアドバンテージとなりましたし、またオンラインにおける圧倒的優位を生むことになりました。日本のスポーツベッティング事業の収益化についても、既にどの企業が大きなアドバンテージを得るかが焦点になっています。
▶大谷實「刑法各論(第4版)」(成文堂、2014年)
▶スポーツエコシステム推進協議会ウェブサイト
▶拙稿「スポーツベッティングと法」(日経BP社『スポーツビジネスの未来 2021-2030』、2021年)
▶谷岡一郎編著「スポーツベッティング ブッキー・ビジネスと賭け方の研究」(大阪商業大学アミューズメント産業研究所、2017年)
▶谷岡一郎・宮塚利雄編「日本のギャンブル 公営・合法編」(大阪商業大学アミューズメント産業研究所、2002年)
▶津田岳宏「賭けマージャンはいくらから捕まるのか 賭博罪から見えてくる法の考え方と問題点」(遊タイム出版、2010年)
▶ロバート・D・フェイス「ネバダ州のゲーミング規制とゲーミング法」(幻冬舎、2012年)
▶Paul M. Anderson, Ian S. Blackshaw, Robert C.R. Siekmann, Janwillem Soek, “Sports Betting: Law and Policy”, T.M.C. Asser Press, 2011
▶Stacey Steele, Hayden Opie, “Match-Fixing in Sport: Comparative Studies from Australia, Japan, Korea and Beyond”, Routledge, 2020

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