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スポーツ法の新潮流 チケキャンはなぜメルカリになれなかったか? チケット二次流通をめぐる法的課題《前編》

スポーツ法の新潮流
チケキャンはなぜメルカリになれなかったか? チケット二次流通をめぐる法的課題《前編》
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院准教授・弁護士

本年のこれまでの連載では、スポーツビジネスにおけるスポンサーシップを舞台に、アンブッシュマーケティングをめぐる法的課題について解説をしてきました。ここでは、単なるアンブッシュマーケティング対策ではなく、デジタルマーケティングが主流となる現代のスポーツビジネスの変容に対して、既存のコンテンツホルダーがどのような方向性を目指すべきかを整理しました。
そして、今回からは、今国会においてチケット不正転売禁止法の成立が間近に迫る中で、チケッティングを舞台に、インターネット上におけるチケット二次流通(いわゆるチケット転売行為)をめぐる法的課題を解説していきたいと思います。チケット不正転売問題をめぐっては、人気の音楽ライブやスポーツイベントのチケットが高額で転売されることにより不当な収益を得る者やそれらをインターネット上で仲介するチケットキャンプ社などの業者に対して強い批判も寄せられています。
このようなチケット不正転売問題対策については、チケット不正転売禁止法の議論に注目が集まりがちですが、そもそもチケッティングがどのような法的性質を有するビジネスなのか、という本質的な点から考える必要があります。初回の今回は、その前提として、インターネット上のチケット二次流通を取り巻く日本の法的状況について整理してみたいと思います。

1)チケット二次流通そのものを規制する法律  

例えば、アメリカでは、ボット(ソフトウェア)の使用によるチケット買占め行為を規制する連邦法であるBetter Online Ticket Sales Act of 2016(通称BOTS Act)や、チケット二次流通業者のライセンス制を定めるニューヨーク州法であるArts and Cultural Affairs Lawなどが存在します。また、イギリスでは、チケット二次流通におけるチケットの詳細情報の開示義務を定めるConsumer Rights Act 2015やボットの使用を規制するDigital Economy Act 2017などが存在します。フランスでは、興行主等の許諾を得ないチケットの常習販売行為を刑法によって禁じています。
メガスポーツイベントに関するチケット二次流通については、例えば、London Olympic Games and Paralympic Games Act 2006において、大会組織委員会の許諾なく、公共の場所やインターネット上におけるチケット販売が禁止されていました。
このように海外では、チケット二次流通業に対する規制や、ボットの使用規制などチケット二次流通をめぐる行為に対する規制が存在しますが、本稿執筆時現在において、日本においては、インターネット上のチケット二次流通そのものを規制する法律はないのが現状です。

2)迷惑行為防止条例(いわゆるダフ屋行為の禁止)

日本において、チケット二次流通行為に対する規制として大きな役割を果たしてきたのが、各都道府県が定めるいわゆる迷惑行為防止条例です。これらの条例では、「公共の場所」において、転売目的でチケットを買う行為や転売目的で取得したチケットを不特定の者に転売する行為(いわゆるダフ屋行為)が禁止されてきました。  ただ、インターネット上のチケット二次流通業は、基本的には、現状の迷惑行為防止条例においてダフ屋行為が禁止される「公共の場所」に該当しないと考えられています。そのため、インターネット上において転売目的でチケット等を購入すること、及び転売目的で得たチケットを販売することはいずれも迷惑行為防止条例違反にならないと考えられています。

3)古物営業法

迷惑行為防止条例の適用が困難な中、チケット不当転売対策として考えられた方法の一つが古物営業法の適用です。古物営業法は古物営業を行うことに許可を求めるもので、二次流通されるチケットは「古物」に該当することから、営業行為として行われる古物売買や、インターネットオークションサイト運営などが無許可の場合、違法とされます。
報道によれば、インターネット上でコンサートチケットの転売を無許可で繰り返した者が古物営業法違反として検挙され、罰金刑が下された事案があります。
ただ、古物営業法は、営業許可を得られてしまうとチケット二次流通行為自体を規制することができなくなるため、有効な対策にはなっていません。

4)刑法上の詐欺罪

このように、日本ではインターネット上のチケット不当転売行為になかなか有効な手立てがない中、神戸地方裁判所平成29年9月22日判決においては、転売目的での一次流通に係るチケット購入行為を、一次流通事業者との関係で転売目的を隠してチケット等を取得したとして詐欺罪と判断しています。また、報道によれば、韓国の人気ユニット「東方神起」の公演チケットを転売目的で購入したという詐欺容疑で、福岡県在住の2名が逮捕されています。今後、悪質な転売者については、転売目的購入を詐欺とする摘発が行われることが予測されています。
さらに、平成30年1月11日には、チケット二次流通を仲介する事業を行っていた会社の元代表取締役が詐欺の共犯の被疑事実にて書類送検された、とも報道されています。チケット転売を行っていたものだけでなく、それを仲介する事業を行っている者も共犯となった、ということです。詐欺罪については法律上法人処罰規定がありませんので、チケット二次流通仲介業を営む会社が処罰されることはなく、主導的な立場を取っていた役員や従業員の処罰が検討されることになります。
したがって、これまでチケット二次流通仲介業において数多く取扱われていた転売禁止チケットについては、転売目的を秘して一次流通に係るチケットを購入する時点で詐欺罪に該当するため、これを避けるために転売目的の購入自体が減少し、そもそも転売禁止チケットが二次流通マーケットに出てくることが制限されることになると思われます。
もっとも、ここでの刑法上の詐欺に該当する行為は、あくまで転売目的を秘して一次流通に係るチケットを購入する行為ですので、元々は自ら行くつもりで購入したチケットを事後的な予定変更により行けなくなったため転売しようとする行為までは適用がありません。

5)チケット不正転売禁止法の整備状況

以上のとおり、チケット不正転売行為に対する規制については多くの困難があった中で、今国会での成立が検討されているのが、いわゆるチケット不正転売禁止法です。  本稿執筆時現在、法律が成立していませんが、例えば、ライブ・エンタテインメント議員連盟に所属する自民党衆議院議員の平将明氏が解説した議員立法の内容によれば、概要、表1にある禁止される行為を行った場合に刑事処分が課される法律になる模様です。
この点、表1の法案の内容はあくまで検討段階での情報提供に過ぎず、未だ法律は成立していないことから、今後法律内容が変更になる可能性があるものの、仮に表1の内容にて法律が成立した場合は、以下のことが想定されています。
まず、表1の法案が対象とする特定興行入場券について、現在の興行主等はチケット等の販売において、基本的に表1の要件①から③を行っていますので、興行主等自体が判断すれば、著名なアーティストのライブや俳優の舞台、プロスポーツの興行のチケット等はほぼ全て該当することが想定されます。
続いて、表1の法案が直接的に禁止しているのは、特定興行入場券の不正転売行為の禁止であるため、チケット二次流通仲介業自体の実施自体が禁止されているわけではありません。表1の不正転売行為にならない行為、例えば、業とならない個人間の転売や、販売価格を超えない金額を対価とする転売は禁止されませんので、このような転売を仲介するチケット二次流通仲介業は禁止されません。  ただ、前述のとおりほとんどのチケット等が特定興行入場券に該当し、興行主等の事前の同意がなければ、これまで多額の利益を生み出してきたチケットの高額転売を実施することはできませんので、日本のチケット二次流通マーケットには、これらのチケット等は流通しない可能性が高いでしょう。
一方で、表1の不正転売行為を仲介するチケット二次流通仲介業を実施した場合は、同業の行為態様にもよりますが、禁止される不正転売行為を助長したものとして、チケット不正転売禁止法違反の幇助などが成立する可能性は否定できないと思われます。

今回は、インターネット上のチケット二次流通を取り巻く日本の法的状況について整理してみました。本稿をお読みいただいているときには、既にチケット不正転売禁止法が成立しているかもしれませんが、この法律により、チケット二次流通を取巻く状況は大きな変化を迎えることになります。
一方で、このような状況の変化以前から、既に科学技術の進展により、チケット不正転売対策が可能になってきています。次回は、なぜチケット不正転売対策が可能になってきているのかを、チケッティングがどのような法的性質を有するビジネスなのかという本質からご説明したいと思います。

▶ Andre M. Louw、 Ambush Marketing & the Mega-Event Monopoly – How laws are abused to protect commercial rights to major sporting events -、 Springer、 2012
▶ Stephen Weatherill、 Principles and Practice in EU Sports Law、 OXFORD EU LAW LIBRARY、 2017
▶ T.M.C. Asser Instituut / Asser International Sports Law Centre & Institute for Information Law – University of Amsterdam、 Study on sports organisersʼ rights in the European Union、 February 2014
▶ 山口真紀子「インターネット上の興行チケット転売 -日本の状況と諸外国の法規制-」『調査と情報―ISSUE BRIEF―』 No.1006、2018

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