スポーツ産業のイノベーション 人を幸せにする産業が成長する

スポーツ産業のイノベーション
人を幸せにする産業が成長する
植田真司│大阪成蹊大学経営学部教授

毎年3月20日の「国際幸福デー」に世界幸福度ランキングが公表される。2021年の日本の順位は56位と昨年の62位から少し上昇したが、先進国の中では、低迷を続けている。今回は、スポーツ産業が成長するために、人がスポーツで幸せになる方法を考えてみた。

価値ある幸福とは

注目する産業としてウエルネス産業がある。ウエルネス産業とは、健康にとどまらず、幸福感、生きがい、人間の成長など豊かな人生を提供してくれる産業であるが、スポーツ産業も、健康にとどまらず、人を幸せにする産業だといえる。そして、多くの人を幸せにするためには、1番を目指す競争のスポーツから、互いを尊重する共存のスポーツに変わらなければならないと考える。
経済学者のロバート・フランクは、他者との比較によって満足が得られる財を「地位財」、他者との比較とは関係なく満足が得られる財を「非地位財」と定義した。「地位財」とは、住宅、年収、資産、役職などの社会的名誉で、手に入れるとその時は幸福感を得られるのだが持続せず、さらに上を望むようになるもの。自分が手に入れることで誰かが手に入れる機会を失い、誰もが手に入れられものではない。「非地位財」とは、健康、自主性、愛情、自由などで、幸福感が持続し、誰もが手に入れられるものである。
前4世紀の哲学者アリストテレスは幸福論で、失われる可能性のある幸福は、価値ある幸福ではない。価値ある幸福(エウダイモニア)とは、人間としての徳(アレテー)の追求であり、使命感や利他性による他者への貢献であるとした。ちなみにアレテ—とは、貧乏になっても、災難にあっても、そこから這い上がる力である。
心理学者のアブラハム・ハロルド・マズローは、生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求の5段階の上に、他者のために何かしたいという「自己超越欲求」があるとした。
以上のことから、価値ある幸福とは、誰もが手に入れられるもので、自己の成長であり、他者への貢献であり、幸福が持続するものだと言えるだろう。

競争のスポーツでは、多くの人を幸福にできない。

スポーツで1番になることや勝利することで得る幸福は、他者と奪い合って手にするものであり、いつ失うか分からない幸福であり、すべての人が手に入れることができないものである。
イチロー選手は、「試合での順位や勝ち負けはあくまでもモチベーションを高めるための手段であり、乗り越えていくべきものは自分自身である」といっている。他者に勝つことでなく、良き仲間とスポーツすることの喜びや、スポーツによって手に入れた自己成長が、「価値ある幸福」と言えるのではないだろうか。
日本の柔道も、東京オリンピックで多くのメダルを獲得し、多くの感動を与えたが、我々の幸福感は長く続かなかった。メダル獲得より、嘉納治五郎先生の「精力善用」「自他共栄」に基づいた人を育てる柔道の方が、多くの人を幸福にできるのではないだろうか。少なくとも、オランダやフランス、ブラジルでは、メダル獲得より子どもの人間的成長を重視しており、日本よりはるかに多くの子どもたちが、自他共栄の柔道を学んでいる。
見るスポーツも、勝敗に一喜一憂するより、敵も見方も一緒に応援するスポーツの方が幸福を感じるのではないだろうか。ある学生がBリーグを観戦し、「ホームチームだけ偏った応援をするのは違和感がある。なぜ、ビジターチームも公平に応援しないのか不思議だ」と言っていたことを思い出す。

スポーツから得る真の幸福とは

我々は真の幸福とは何か気づいていないようだ。
幸福ランキングの1位常連のフィンランドでは、モノの消費に幸福感を抱く意識が薄く、モノを入手するよりも、家族や友人たちと一緒に、自由な時間を過ごすことに幸福を感じるそうである。
ハーバード大学のマイケル・ノートンらの実験によると、5ドルまたは20ドルを被検者に与えて、一つのグループは自分のために、もう一つのグループは他の人のために使うように指示した。結果、自分より他の人のために使ったほうが、幸福度が上昇したのである。金額による差はなかった。注目したいのは、実験前には自分のためにお金を使うほうが幸福になると予想していたことである。
他の人のために時間や金銭を使うことで、自らの人生を豊かにし、幸福感を感じることができるのである。しかし、物質的な満足や地位などを求める現代人は、他者のための行動から得られる幸福感を感じたことがなく、お互いを尊重する共存のスポーツから得られる真の幸福にも気づいていないのだろう。
するスポーツは、勝ち負けより、プレーそのものや自己の成長を楽しむことである。みるスポーツでは、使命感と利他性をもってチームを支えることである。
まずは、勝っても奢らず、負けてもくさらず、お互いを尊重し、お互いの成長を喜びあうスポーツマンシップを身につけることである。そうすれば、おのずとスポーツは人を幸せにし、スポーツ産業は成長するだろう。 

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