スポーツ法の新潮流 ステークホルダー間の契約関係 eスポーツの法律実務《その4》

スポーツ法の新潮流
ステークホルダー間の契約関係 eスポーツの法律実務《その4》
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院准教授 弁護士

1.前回のおさらい~
eスポーツビジネスのステークホルダー

前回は、eスポーツビジネスの法律実務の全体像を検討する上で、eスポーツビジネスのステークホルダーの整理を行いました。eスポーツビジネスにおいては、従来からのスポーツビジネスに存在する主催者、ファン、チームや選手その他取引事業者(スポンサー、放映権者、マーチャン事業者)だけでなく、パブリッシャー、プラットフォーマーというeスポーツビジネス特有のステークホルダーが存在することをご説明しました。そして、このようなeスポーツビジネスに大きな影響がある業界内ルールを取り決める国内統括団体や国際統括団体の形成がまだ発展途上であることも、現状のeスポーツビジネスの特徴とご説明しました。
そこで、今回は、前回のeスポーツビジネスのステークホルダーの整理に引き続き、これらのステークホルダー間の契約関係の概要をご説明していきたいと思います。

2.eスポーツビジネスの法律実務の全体像
その2~ステークホルダー間の契約関係

ステークホルダー間の契約関係も、前回の図を使ってご説明します。この図には、eスポーツビジネスのステークホルダーが説明されているだけでなく、ステークホルダー間の金銭関係が明示されているため、契約関係の概要を説明するに適しています。

図1 eスポーツビジネスのステークホルダー
▶出典 : Catalyst Sports + Media, Meta Repor

①主催者とパブリッシャー
eスポーツビジネスの最も重要な契約関係は、主催者とパブリッシャーの契約関係になります。理由はシンプルで、eスポーツビジネスは、対象となるゲームの存在なくして成立しえず、対象となるゲームの著作権、ゲーム名称、ロゴなどの商標権をはじめとする知的財産権のライセンスなくして成立しえないからです。したがって、主催者がパブリッシャーからこのような知的財産権のライセンスを取得し、パブリッシャーに対して、そのライセンスの対価を支払うことが主な契約関係になります。
そして、この契約関係は、単純に対象となるゲームの知的財産権に関するライセンス条件ではなく、eスポーツビジネスをどのように展開するか、すなわち、オンラインやオフラインでどのような大会を実施するか、プラットフォーマーや放映権者を使ってどのような映像事業を展開するか、スポンサーにゲーム映像等をどこまで利用させるかなど、eスポーツビジネスに関する業界内ルールの根本が定められることになります。パブリッシャーによっては、このようなeスポーツビジネスの運営ルールをガイドラインなどを事前に策定、公表しているケースもあります。この主催者とパブリッシャー間で定められた業界内ルールに従って、当該ゲームに関するeスポーツビジネスが展開されることになります。
一見、知的財産権の権利者であるパブリッシャーの方が主催者より強い立場にあるのではないかとも思われます。しかしながら、eスポーツビジネスでは、ゲームそれぞれの栄枯盛衰が激しく、主催者も常に人気のゲームを求めているため、別のゲームにスイッチする可能性があります。また、パブリッシャーも、できる限り多くの主催者にゲームとして採用してもらう必要があります。ですので、知的財産権の権利者であるからといってパブリッシャーが常に強いわけではなく、ゲームそれぞれの人気を踏まえたバーゲニングパワーに基づき契約関係が形成されます。
なお、前回述べたように、eスポーツビジネスの主催者がパブリッシャーであることもあります。この場合は、パブリッシャーが知的財産権の保有者として、また、主催者として、このような知的財産権をどのようにライセンスするか、上記業界内ルールを決定することになります。

②主催者とチーム、選手
続いて、重要な関係は、主催者とチーム、選手の契約関係です。これは、eスポーツビジネスに限らず、従来からのスポーツビジネスでもそうですが、やはりチーム、選手の賞金、参加料など報酬に関する条件は重要です。著名なゲームを対象にしたeスポーツビジネスであれば、このような条件を含めた統一契約書が用意されており、主催者と選手の出場条件が明確になっています。
もっとも、従来からのスポーツビジネスとやや異なる点としては、チームや選手のスイッチングが発生しやすい点です。従来からのスポーツであれば、例えば、プロ野球からプロサッカーに転向することはなかなか難しいので、主催者とチーム、選手であれば、基本的には主催者優位になります。一方、eスポーツビジネスの場合、チームや選手が、主催者が対象にしているゲーム以外のゲームのプレイヤーに転向する、ということも十分に可能になります。チームや選手も、やはり人気のあるゲーム、自分たちにアドバンテージのあるゲームに転向する可能性がありますので、主催者が人気のあるチームや選手を確保したい場合は、それ相応の条件を提示する必要があります。
そこで、単なる賞金、参加料だけでなく、主催者がチーム、選手に対して、レベニューシェアする契約になっている場合もあります。前回お話したとおり、選手が副業としてYouTuberやインフルエンサーとしての活動を基本的に許容されている点も、通常選手の副業を禁止している従来からのスポーツビジネスと大きく異なる点です。

③主催者とプラットフォーマー
また、eスポーツビジネスとして特徴的な契約関係は、主催者とプラットフォーマーの契約関係になります。前回ご説明したように、プラットフォーマーは、eスポーツビジネスの配信事業者であり、主催者に対して放映権料を支払うことになります。もっとも、プラットフォーマーは、単なる映像配信事業者ではなく、そこにゲームのオンラインコミュニティを有することが特徴です。このようなオンラインコミュニティがeスポーツの興行を視聴したり、ファンとして様々な購買活動を行いますので、主催者としては、どのプラットフォーマーを組むかで、eスポーツビジネスを大きく発展させることができます。その意味では、単純な主催者と映像配信事業者の契約関係ではありません。
また、このようなプラットフォーム上のオンラインコミュニティは、直接チームや選手とも繋がることが可能になっており、単にチーム、選手を応援するだけでなく、投げ銭、広告収入等の資金獲得プラットフォームとしても機能しています。プラットフォーマーは、従来からのスポーツビジネスでいえば、映像事業者というより、様々なステークホルダーを結びつけるスタジアムやアリーナのような機能も有するのかもしれません。主催者とプラットフォーマーがお互いのビジネスをしやすい契約関係を結ぶことが、eスポーツビジネスを単なる一つの興行以上の存在にするかの鍵を握っています。

④主催者と取引事業者(スポンサー、放映権者、マーチャン事業者)
主催者と取引事業者の契約関係は、従来からのスポーツビジネスとかなり類似しています。まず、前述のプラットフォーマーとの契約関係も含め、eスポーツビジネスの主催権(興行権。放映権やスポンサーシップ権、商品化権など)の帰属がこの契約関係の前提となりますが、基本的には主催者帰属が定められます。これに加えて、従来からのスポーツビジネスの中心が、スタジアムやアリーナなどの会場で行われるのに対し、eスポーツビジネスは、興行が行われる物理的な競技場だけでなく、映像プラットフォーム上でも展開されます。ですので、取引事業者は、このようなeスポーツビジネスが展開されるオフラインまたはオンラインの場所によって、様々な条件が課せられることになります。
スポンサーであれば、単なる物理的な会場看板広告より、eスポーツビジネス配信時の広告配信や、プラットフォーム上のオンラインコミュニティへの遡及が重要なスポンサーメリットになります。テレビなどの放映権者は、あくまで映像プラットフォームの配信が主になるので、映像事業としては従にならざるを得ません。マーチャン事業者にとっても、グッズの製造というより、グッズの販売場所、販売時間が重要な条件になります。
したがって、主催者とこのような取引事業者の契約関係も、eスポーツビジネスの特徴を踏まえ、主催者が形成する業界内ルールに従った契約関係になっています。

⑤主催者とファン、その他のステークホルダー
また、最後になってしまいましたが、主催者とファン、その他のステークホルダーの契約関係も非常に特徴的です。従来からのスポーツビジネスでは、ファンは、チケッティングの対象として主催者と試合観戦契約を締結することが主ですが、eスポーツビジネスでは、ファンとの関係がこれにとどまりません。
パブリッシャーとの関係では、ファンは、eスポーツビジネスの対象となっているゲーム自体のユーザーであることも多くなります。パブリッシャーとしては、自ら販売するゲーム自体の人気向上のために、ゲーム自体のファンとeスポーツビジネスのファンをオンライン上で連動させていく必要もありますし、これ自体がファンのメリットになります。ゲーム自体がオンラインの場合は、オンラインゲームの利用規約によって、パブリッシャーとファンとの契約関係が形成されます。
また、ファンは、前述のとおり、eスポーツビジネスのプラットフォームを通じて、オンライン上でチームや選手と直接繋がることが可能ですが、当然一定の条件には従ってもらう必要があります。ですので、プラットフォーム上の利用規約によって、プラットフォーマーとの契約関係が形成されることになります。

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