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東京2020大会の閉幕からはや数ヶ月が経ち、五輪ムードが去った東京・国立競技場。今年3月末までは引き続き大会組織委員会による原状回復工事が行われているものの、外構の一部は一般市民も自由に通行できるようになっている。
以前筆者は、1964年の東京五輪に際して暗渠化された渋谷川1)について、「新国立競技場の脇に、かつてその敷地内を流れていた穏田川2)の流れを再現した景観を作る計画も持ち上がっている」と記した3)。あれから3年以上が経ったが、この構想は実現に至ったのだろうか。

渋谷川の再現とされるエリアは、競技場の中央門と千駄ヶ谷門の間のペデストリアンデッキ上に作られていた。全長140mほどの小さなせせらぎがデッキから外苑西通り(かつての渋谷川の流路)の方向へ流れ下っている。木々が植樹され端正に整備された水辺は、緑と調和したスタジアムの一角を飾るものとしては十分完成しているように思えた。一方で本当の渋谷川の面影を伝えるものになっているか、と問われればYESとは言い難い。水辺の傍らに渋谷川について説明された案内板などは見当たらず、代わりに「水に入らないでください」との注意書きが複数並んでいる。生き物が棲んでいる様子も見られない。このせせらぎに、往時ここにあった「自然」を感じることは難しかった。

国立競技場外構に作られた小さなせせらぎ。

本当の渋谷川が作った谷(現・外苑西通り)方面に流れ下る。

せせらぎの脇の立ち入り禁止の表示が、親水の場としての活用を難しくしている。

紆余曲折あった国立競技場建設。時間もなかった中で、自然との調和をできるだけ目指したということには大きな意義がある。しかしながら、目指すべき最終地点は「『自然』風の人工物に満ちた環境」ではないはずだ。渋谷川の完全復活はできずとも、せめて適切な再現だけは行う。そうすることで、「臭いものに蓋をしてきた過去から目を背けず、未来に問題を先送りしない」という姿勢を示したいものである。

1964年の東京五輪の直前、新宿の西側を流れていた玉川上水4)では鮎が釣れたと私の祖父が言っていた。かつての清流をこれからの時代の子供たちのために取り戻すことができたなら、何と素晴らしいことだろう。今回の東京五輪のレガシーとして未来に残したいものは何なのか。私たちは、己自身に問い続けなくてはならない。

▶1)上流は穏田川とも呼ばれる
▶2)渋谷川上流部の呼称
▶3)本誌第6号、2018年4月発行
▶4)渋谷川の水源の一つ
▶文・写真│伊勢采萌子

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