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スポーツ法の新潮流 マラソン競歩会場移転問題からの教訓 eスポーツの法律実務《その2》

スポーツ法の新潮流
マラソン競歩会場移転問題からの教訓 eスポーツの法律実務《その2》
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院准教授 弁護士

前回からはeスポーツの法律実務をテーマにこの連載を行っています。前回は、eスポーツの法律実務について、従来のスポーツビジネスの法律実務と比較しながら検討することをお勧めしました。また、従来のスポーツビジネスの法律実務の理解として、業界内ルールやその決定権者の理解が極めて重要であることを解説しました。
その後、日本でもこの理解が非常に重要な事案が発生しました。2020年オリンピック東京大会におけるマラソン競歩会場移転問題です。今回は、この事案の解説を行いたいと思います。この問題にはeスポーツの法律実務を検討する場合の大きな教訓が含まれています。

1.2020年オリンピック東京大会マラソン競歩会場移転問題

国際オリンピック委員会(IOC)のプレスリリース によれば、IOCは、2019年10月16日、2020年オリンピック東京大会マラソン競歩会場を東京から札幌に移転する計画を発表しました。報道によれば、翌日IOCのトーマス・バッハ会長は、会場移転をIOC理事会にて決定したことであると回答したようです。オリンピックにおいて最も注目を集めるマラソン競技について、開催都市である東京都は、招致の段階から東京で開催することを前提に、道路の舗装や開始時間を早朝に設定する等、酷暑対策を講じてきていました。報道によれば、IOCの突然の発表に、東京都は、IOCの発表を決定ではないとし、引き続き東京開催の維持を求めているとされていました。
このような問題がスポーツビジネスで発生した場合、まず前提にしなければならないことは何でしょうか。これこそ、前回ご説明したスポーツビジネスにおける業界内ルールです。オリンピック競技会場の決定をめぐる業界内ルールはどのようなルールになっているのでしょうか。

2.オリンピック競技会場をめぐる業界内ルール

オリンピックが開催される場合、主催者であるIOCと開催都市の行政機関は、開催都市契約を締結します。2020年オリンピック東京大会に向けても、IOCと東京都は、2013年9月7日、開催都市契約2020 を締結していました(この契約には、日本オリンピック委員会(JOC)も契約当事者として入っているほか、2014年8月6日、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(東京2020組織委員会)の設立に伴い、契約当事者に加わっています)。公表されている開催都市契約2020を確認すると、この開催都市契約2020には、契約当事者である東京都が、IOCが定めるオリンピック憲章 を遵守することを前提とする条項もあります。(序文G、H)したがって、オリンピックにおいて開催都市と主催者の間の業界内ルールとしては、オリンピック憲章や開催都市契約2020が存在します(これ以外にも、開催都市と主催者においては様々な契約を行っていることが考えられますが、これらは公表されていません。そこで、本稿では、オリンピック憲章や開催都市契約2020を前提に、解説します。)。
オリンピック憲章や開催都市契約2020においては、主催者であるIOCにオリンピックに関する決定権が包括的に帰属するよう明確に定められています(オリンピック憲章オリンピズムの根本原則第7項、第1条第4項、第7条第1項第1文第2文、第2項、付属細則1.1、第37条付属細則2、第58条や、開催都市契約2020序文B、第6条第1文ないし第3文、第13条最終文、第26条第3文、第41条第a項第1文など)。そして、競技会場変更に関する IOC 及び開催都市の法的権限については、国際競技連盟(International Federation)の権限に関する言及はあるものの、開催都市の権限に関する言及はありません(オリンピック憲章第46条第1項、付属細則1.1や開催都市契約2020第34条第1文など)。むしろ、開催都市契約2020の規定をみると、競技会場は、IF が提案し、IOC が承認し、開催都市は、競技会場を含む競技のテクニカルスタンダードを尊重し、かつ遵守することが定められていました。一方で、これ以外に、競技会場変更に関する IOC 及び開催都市の法的権限について、東京都の決定権、関与権、拒否権などを明示する規定はありませんでした。
したがって、競技会場変更に関する IOC 及び開催都市の法的権限について、オリンピック憲章や開催都市契約2020を前提とすると、東京都にその権限はなく、IOCに決定権があると考えられます。

3.スポーツビジネスにおけるOrganisersʼ Rightsの基本設計

このようなオリンピックの会場変更をめぐる業界内ルールについては、あまりにもIOCの権限が強すぎるのではないか、という意見も見られました。
ただ、オリンピックなどのメガスポーツイベントは、国際競技連盟(IOCや国際サッカー連盟(FIFA)、ワールドラグビー(WR)などのスポーツ組織を指します)が主催しますが、主催するスポーツ組織への権限集中、収益集中のため、主催者自体にスポーツイベントに関する様々な権利が集中する形で設計がなされます。例えば、主催するスポーツイベントの興行収益を得る興行権や、放映に関する収入を得る放映権、その他スポーツイベントの様々な事項に関する決定権などが、主催者に帰属するように設計されます。
このようなスポーツイベントに関する様々な決定権はOrganisers’ Rightsなどと呼ばれます。国によっては、この全部または一部が法律で主催者に帰属することが定められることもありますが、上記のメガスポーツイベントにおいては、契約によってステークホルダー(開催都市も含みます)との間の合意事項となることによって明確になります。したがって、このようなスポーツイベントの決定権についてステークホルダーが関与、あるいは拒否することができるようにするためには、契約締結以前の段階で、主催者と折衝の上、このOrganisers’ Rightsの行使に関する関与権や拒否権を定める必要があります。
ただ、オリンピックやW杯のようなメガスポーツイベントの場合、主催するIOCやFIFAなどの国際競技連盟が極めて大きなバーゲニングパワーを有することから、このような主催者との折衝は難航を極め、結果として、スポーツイベントの決定権が主催者に集中することがよく見られます。今回、東京都が開催都市契約2020の締結以前にどれくらいIOCと折衝したかは明らかになっていませんが、ほとんど折衝はできなかったものと想定されますので、上記のような業界内ルールになることはやむを得なかったとも思われます。

4.マラソン競歩会場移転問題からeスポーツが学ぶべき教訓は何か

東京都知事記者会見(令和元年11月1日)資料より

報道によれば、マラソン競歩会場移転問題は、オリンピック競技大会調整委員会において協議が行われ、2019年11月1日、上記表の4つの項目が確認されたとされます。
この内容からすると、東京都も最終的にオリンピックに関する業界内ルールであるオリンピック憲章や開催都市契約2020の内容を前提に上記事項の確認を行ったものと考えられます。東京都民としては、マラソン競歩会場が東京で維持されることが望まれましたが、結果として、スポーツビジネスにおける業界内ルールの重要性を痛感する事例となりました。それでは、eスポーツの法律実務を検討する際に、今回の問題から得られる教訓は何でしょうか。
1つ目は、前回も解説しましたとおり、eスポーツの法律実務を検討する際も、従来のスポーツビジネスの法律実務という世界で他に類を見ない競技大会に関する業界内ルールでしたので、極めて特徴的な内容でした。eスポーツの法律実務においても、現在、このような業界内ルールがどんどん構築されている状況です。業界内ルールはeスポーツビジネスの主催者とステークホルダーの間の契約として明確になっていきますが、今回のマラソン競歩会場移転問題のように、契約締結後に契約当事者が業界内ルールを変えることは至難の業です。したがって、eスポーツの法律実務においても、業界内ルールは極めて重要でしょう。
2つ目は、eスポーツの業界内ルール形成へ関与することの重要性です。前述のオリンピックにおける業界内ルールについては、既にこれまでIOCが決定権者として形成してきたオリンピック憲章や開催都市契約といった内容に関して、ステークホルダーである開催都市にほぼ交渉の余地がありませんでした(今後、立候補する開催都市がなくなり、 IOCの依頼によって開催が行われるなどの事態が発生すれば、業界内ルール形成に関するバーゲニングパワーは変わりますので、交渉の余地が生じるとは思います)。一方で、eスポーツにおいては、IOCのような絶対的なバーゲニングパワーを有するコンテンツホルダーは未だ存在しません。前回解説しましたとおり、eスポーツにおいては、ゲームソフトごとに業界内ルールが形成され、ゲームメーカーにも著作権等のコンテンツホルダーが存在しますので、eスポーツ大会の主催者だけが絶対的なバーゲニングパワーを有するわけではありません。したがって、このような大会主催者やゲームメーカーなどと事前に協議を行い、締結する契約において、合理的な業界内ルール形成を目指すことが重要でしょう。

▶ 国際オリンピック委員会(IOC)ウェブサイトhttps://www.olympic. org/news/international-olympic-committee-announces-plans-to-move-olympic-marathon-and-race-walking-to-sapporo
▶ 東京都ウェブサイトhttps://www.2020games.metro.tokyo.lg.jp/taikaijyunbi/taikai/hcc/index.html
▶ 国際オリンピック委員会(IOC)ウェブサイトhttps://www.olympic. org/documents/olympic-charter

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