2022年度日本スポーツ産業学会・奨励賞受賞論文 スポーツ指導スキルシェアリングの潜在的利用者数の推計およびその特徴
2022年度日本スポーツ産業学会・奨励賞受賞論文
スポーツ指導スキルシェアリングの潜在的利用者数の推計およびその特徴
藤岡成美│追手門学院大学社会学部社会学科
この度は,日本スポーツ産業学会 学会賞奨励賞という大変名誉な賞をいただき誠にありがとうございました.本論文を解説できる貴重な場をいただき,大変ありがたく存じます.なお,本論文は亜細亜大学の石黒えみ先生,中京大学の舟橋弘晃先生,早稲田大学の間野義之先生との共著となります.また,本研究はJSPS科研費JP17K13145の助成を受けました.この場をお借りして,改めて御礼申し上げます.本研究はスポーツにテクノロジーを利用した新たなサービス,特に「スポーツ指導スキルのシェアリングエコノミー(Sport Coaching Skill Sharing,以降「SCSS」と表記)」に着目して,「どのぐらいの人々がSCSSの利用経験があり,今後のターゲットとなりうる潜在的利用者の規模やその特徴は何か」を明らかにしました.以下,本研究の簡単な解説を行います.
■「シェアリングエコノミー」とは
皆さんは「シェアリングエコノミー(Sharing Economy,以降「SE」と表記)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか.近年,日本でもUber EatsやAirbnbといったサービスが浸透したため,ご存じの方も多いかもしれません.
SEは「インターネット上のプラットフォームを介して個人間でシェア(賃借や売買
や提供)をしていく新しい経済の動き」を指します.これまで,モノ・サービスが提供される場合は企業→個人という図式が一般的でした.これに対し,SEは個人→個人という図式で,インターネットを通じて遊休化しているモノ・サービスが提供される点が特徴です.先述のシェアリングサービスを例に説明すると,これまでは出前を依頼した場合,レストランなどのお店(企業)が料理し,それを配達するのもお店でした.しかし,Uber Eatsでは個人の(遊休化した)空き時間を使って料理を配達してもらいます.また,Airbnbでは個人が所有する使われていない部屋の一部などを他者へ貸し出します.こうしたやりとりはすべてインターネット上のプラットフォームで行われます.
シェアされる対象物は非常に多様で,スポーツに関連するシェアリングエコノミーも存在します.その一つが冒頭に述べた「スポーツ指導スキルのシェアリングエコノミー(SCSS)」です.SCSSは,スポーツ指導者が持つスキルをオンラインプラットフォームにて取引します.スポーツを教えたい指導者はそのスキルに関する情報を登録し,教えてもらいたい者はその情報を検索できます.そして,予約確定した後に指導を受けられる仕組みとなっています(図1).
本研究では,このSCSSの潜在的利用者数やその特徴を明らかにすべく研究を進めました.しかし,SCSSに関しては学術的定義がないため,その定義からスタートすることにしました.先行研究を検討したところ,実はSEという名称ではなくても,類似した現象を扱う文献はさまざま存在していました.それらの共通点は「一時的なアクセス」「経済的価値の移転」「プラットフォームの仲介」「消費者の役割の拡大」「クラウドソースによる供給」という特徴です.
この特徴を,Airbnbの文脈にあてはめてもう少し詳しく説明したいと思います.Airbnbでは,家や部屋の提供者である「ホスト」は利用者に対し,永続的な所有権ではなく一時的な利用を認めます(一時的なアクセス).この一時的な利用に関する予約等のやりとりは,ホストと利用者を効率的にマッチングできるプラットフォーム上で行われます(プラットフォームの仲介).予約が成立した場合,ホストは利用者に対して家や部屋を提供し,利用者はその対価として支払いを行います(経済的価値の移転).
従来の経済システムでは,利用者はホテル等(企業)での宿泊が一般的で,消費者はサービスの生産者であるホテルから資源を受け取るだけでした.しかしSEでは,一般消費者が保有する余った家や部屋(遊休資源)を活用・提供するため,消費者自身が生産者ともなりえます(消費者の役割の拡大).そして,余った家や部屋は不特定多数の人々から提供されます(クラウドソースによる供給).
以上の特徴を元に,本研究ではスポーツ指導スキルシェアリング(SCSS)を「指導者の職業やその雇用形態にかかわらず,指導者が持つ指導スキルに対して利用者が一時的にアクセスできるオンラインプラットフォームを通じた,従量課金制による経済的取引を伴うスポーツレッスン・指導の提供と利用およびそのサービス」と定義しました.この定義に基づくと,例えばSCSSにおける資源(指導スキル)の提供者には,フィットネスクラブ事業者から雇用された指導者や個人事業主の指導者など,スポーツ指導を主な収入源としている者に加え,本業とは別に副業として指導する者も含まれます.また,定額制スポーツクラブのように会費を継続的に支払うのではなく,1回または複数回の指導につき都度支払うサービスが該当し,ボランティア指導のように無償または実費程度を支払う指導は含まれません.さらに,SCSSを通じて提供される指導にはオンラインのフィットネスプログラムは含めず,指導者と利用者が直接対面する指導のみを対象としました.
この定義を用いてインターネット調査を実施し,調査対象者に対してSCSSの利用経験,利用意図などを質問しました.詳細については論文をご参照ください.
■スポーツ指導スキルのシェアリングエコノミー潜在的利用者は推計1269.2万人,その特徴とは
調査から得られた2,953サンプルのうち,SCSSを利用したことがある者は1.5%,推計人口にして90.6万人となりました.また,SCSSを利用したことがないが利用意図がある潜在的利用者は1269.2万人と推計されました.
また,潜在的利用者の特徴を検討したところ,20~30歳代,大学・大学院卒,自営業・家族従業者や勤め人(管理職,専門・技術職),世帯年収500万~1,000万円未満,運動・スポーツを週1日以上行う者という結果が得られました(表1).これらの特徴は,他のシェアリングサービスを対象とした先行研究等でも挙げられていた特徴とある程度一致しています.以上の結果から,SCSSを推進する際のターゲットの規模と特徴を知ることができました.
2020年以降,新型コロナウイルス感染症の拡大により,テクノロジーを活用した新たなスポーツサービスが出現しました.
また,2022年3月に策定された第3期スポーツ基本計画では,今後5年間に総合的かつ計画的に取り組む施策として「スポーツ界におけるDXの推進」が新たに明記されました.今後,SCSSに限らずテクノロジーによる新たなサービスの出現が期待されるとともに,関連研究の蓄積が求められます.