スポーツ産業学研究第31巻第4号

【原著論文】


「大学生のスポーツボランティアに対するイメージが参加意欲に与える影響」
清宮 孝文(静岡産業大学) 他1名共著
JSTAGE


「競技スポーツにおける誇り感情体験の分類-大学生アスリートの感情エピソードに着目した探索的検討-」
近藤 みどり(大阪体育大学大学院スポーツ科学科) 他2名共著
JSTAGE


「参加動機によるテニススクール会員の類型化 : 福岡の民間テニスクラブを事例として」
霜島 広樹(福岡大学スポーツ科学部) 他2名共著
JSTAGE


「東京都杉並区公立中学校の部活動活性化事業に関する研究」
千葉 直樹(中京大学スポーツ科学部)
JSTAGE


【研究ノート】


「オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に伴って認知されたスポーツおよびソーシャル・レガシーの構成要素」
額賀 將(東京都練馬区立開進第四中学校) 他3名共著
JSTAGE


「eスポーツプレイヤーの専門志向化要因とスポーツ歴およびテレビゲーム歴の関連性」
伊藤 央二(中京大学スポーツ科学部) 他1名共著
JSTAGE


【レイ・サマリー】


「大学生のスポーツボランティアに対するイメージが参加意欲に与える影響」
清宮孝文

大学生はスポーツボランティアをどのようにイメージしているのでしょうか。そして、そのイメージはスポーツボランティア活動に参加することに影響を及ぼすのでしょうか。
昨今、ボランティアなどの人的資源を集めることに苦慮するスポーツイベントやスポーツクラブが少なくありません。実際に、全国的な調査ではスポーツボランティア活動を実施したことがある者は15%以下という報告があります。では、スポーツボランティアをどのように捉えれば、活動者が増えるのでしょうか。
本研究では、大学生になるとボランティアを行う者が減少するという報告があることから、全国の大学生に着目しました。調査対象者は、社会調査会社の登録モニタである大学生828名です。調査内容は、「あなたはスポーツボランティアをどのように思っていますか」という質問を設定し、スポーツボランティアへのイメージに関する53項目で伺いました。次にスポーツボランティア活動への参加意欲に関する質問として、「あなたは以下のスポーツボランティア活動にどの程度参加したいと思いますか」という質問を設定し、国際規模、全国規模、地域規模、日常生活場面の4つの規模で伺いました。
その結果、スポーツボランティアに対するイメージとして6つの因子、「社会貢献」、「自己への恩恵」、「スポーツ技能の活用」、「スポーツ選手」、「所属先参加」、「仕事技能の習得」が抽出されました。また、これらのスポーツボランティアに対するイメージとスポーツボランティア活動への参加意欲との関連では、「社会貢献」、「自己への恩恵」、「仕事技能の習得」というイメージが参加意欲を向上させることが明らかになりました。
これらの結果から、地域社会の役に立つなどの利他的なイメージもスポーツボランティア活動への参加に重要ではありますが、自分に何らかのメリットがある、あるいは仕事で活かせる技能を習得できるなどの利己的なイメージも参加に関連していることが示されました。したがって、大学生のスポーツボランティアが増加するには、就職活動や将来のためになる活動経験が重要な要素になると考えます。
本研究で得られた結果が、スポーツボランティア活動に参加する大学生とボランティア組織側の軋轢解消に役立てば幸甚に存じます。


競技スポーツにおける誇り感情体験の分類
―大学生アスリートの感情エピソードに着目した探索的検討―
近藤みどり(大阪体育大学大学院)菅生貴之(大阪体育大学)土屋裕睦(大阪体育大学)

アスリートが大会に臨んで抱負を語るとき、「誇りを胸に戦う」といった言葉を耳に(目に)したことはありませんか。いったい、アスリートが胸に抱く誇りとは、どのような感情なのでしょうか。
特定の感情体験は特定の行動傾向を動機づける機能があります。これまでの研究で、誇りは社会的地位を向上させるための達成行動や、良好な人間関係を維持するための利他行動を促進することが明らかにされています。しかし、誇りと一言で言っても、その感情体験は様々なはずです。多岐にわたるアスリートの誇りの感情体験を分類整理して理解することができれば、誇りの中でもその感情体験の違いによって、異なる行動傾向を予測できるのではないかと考えました。本研究は、その命題を解明するための萌芽的研究です。
大学生アスリート195名に記述してもらった誇りの感情体験エピソードを、1)状況要素:どのようなとき誇りを感じるのか、2)人物要素:誰に誇りを感じるのか、そして3)事柄要素:どのようなことに誇りを感じているのか、の3つの観点から整理し、類似する記述をカテゴリーに分類しました。さらに、回答を数値化し、各要素のカテゴリー間の関係を検討しました。
得られた結果の中でも特筆すべき事項は、チームスポーツのアスリートにおける事柄要素と人物要素の関係性です。スポーツを通じて得た人間性や競技を遂行する上で経験した忍耐・努力については、自分に誇りを感じる一方で、輝かしい実績や活躍、アスリートとしての能力といった、他者と比較して有能であることに関わる事柄については、チームメイトに誇りを感じる傾向にありました。
この結果についての解釈は2通り考えられます。第一に、チームメイトへの誇りは、有能な他者への代理体験であり、 同じ集団に所属する自己の社会的地位を引き上げているのではないかという点です。第二に、他者への誇りは、他者の能力を高く評価する一方で、 自分の能力や価値を低く評価する謙虚さや謙遜の表れであり、所属集団の良好な人間関係の維持に機能しているのではないかという点です。両者は、今後、個人の力より集団の力が試されるチームスポーツや、ビジネスを中心としたパフォーマンス集団における実力発揮を考察する上で、重要な視点であると言えるでしょう。


「参加動機によるテニススクール会員の類型化 : 福岡の民間テニスクラブを事例として」
霜島広樹

日本において、テニスは多くの実施者を有する人気のあるスポーツ種目ですが、このテニス実施者に対する受け皿として、民間テニスクラブは重要な役割を果たしていると考えられます。特に、会員へレッスンプログラムの提供を行う「テニススクール」はテニスクラブにおける中心的なコンテンツとなっていますが、日本テニス協会による報告書から、会員の年齢層の高齢化や収益の減少傾向が示唆されており、今後の効果的なマーケティング・マネジメント戦略の検討が喫緊の課題であることが覗えます。
さて、このテニススクールですが、全国にある様々なテニスクラブのWEBサイトを閲覧してみると、「上級クラス、中級クラス、初級クラス」といった形で、技術レベルの違いによってプログラム設定(クラス分け)がなされているケースが非常に多くみられます。しかしながら、テニス実施者がレッスンプログラムを受講する理由として、健康の維持増進、技術の向上、あるいは他者との交流など多種多様な動機が存在していることから、レベルによる違いでのみプログラム設定を行うことは、会員のニーズに応えることを困難にしてしまうリスクを孕んでいると考えられます。
このような問題意識から、本研究では、テニスへの参加動機といった切り口からレッスンプログラムを構築していくための知見を得るため、テニススクールの会員を対象に、テニスへの参加動機を測定できる尺度を作成した上で、会員を参加動機の観点からいくつかのクラスター(集団)に分類し、各々における会員の特性を明らかにすることを目的としました。
研究の結果、テニスへの参加動機として「承認」、「人間的成長」、「交流」、「技術向上」、「競争」、「健康・体力作り」、「ストレス解消」といった要因の存在が確認され、各々を測定するための尺度には高い信頼性と妥当性があることが示されました。さらに、この尺度を基に、テニススクールの会員を参加動機の観点から類型化したところ、会員は6つのクラスターに分類される結果となり、また、各クラスターの特性についても把握することができました(詳細については論文をご参照ください)。
本研究を通して得られた知見が今後の民間テニスクラブにおけるレッスンプログラムの展開へ活用されることによって、多くのテニス実施者がテニススクールの受講を通して、より効率的に欲求充足を図ることが可能になると予想されます。また、レッスンプログラムを担当するコーチに関する人的資源マネジメントといった点に対しても、本研究で得られた成果は有益な示唆をもたらすものであると考えられます。


東京都杉並区公立中学校の部活動活性化事業に関する研究
千葉直樹

本研究では,東京都杉並区の「部活動活性化事業」に焦点を絞り,部活動の外部指導者の問題について調べた.杉並区は,東京23区の西側に位置し,2003年4月から,東京都初の民間校長を採用するなど,先進的な教育改革を行う地区である.杉並区公立中学校の部活動では,「部活動活性化事業」という民間企業による外部指導者派遣が行われてきた.企業連携型の事例は全国的に見ても珍しく,行政が積極的に介入した先駆的な例として,民間企業による外部指導者派遣の問題点を明らかにし,他の地域の参考にする価値はあるだろう.本研究の目的は,東京都杉並区公立中学校の「部活動活性化事業」の目的と問題点を明らかにすることである.この事業は,運動部活動における企業による指導者派遣を行っている.本研究では2019年に教育委員会の事務職員と民間企業(C社)の担当者に対して,専門家インタビューを行った.
インタビュー調査の結果,以下の内容が明らかになった.1)杉並区の部活動活性化事業は,和田中学校の取り組みを発展させ,2013年からモデル事業として始まった.区の予算で,競技経験のない教員の部活動を中心に,民間企業からスポーツ指導者を受け入れた.2)部活動活性化事業は,第一に生徒に楽しい部活動を体験させ,第二に教員の負担軽減を目的に行われていた.ただ,この事業の目的は,事務職員,C社の社員,校長によって認識の違いがあることが示唆された.この事業の問題点は,ソフトテニスなどの個人競技の指導者を確保することであった. 3)部活動改革を実現するためには,保健体育教員や日本中学校体育連盟も納得する取り組みをする必要性が指摘された.4)文部科学省が推奨する「部活動指導員」制度は,職務内容,待遇,人材確保の面で問題があり,規制緩和する必要があることが示唆された.5)部活動活性化事業は,部活動が成り立たない不公正な状況を是正するために,民間の指導者を派遣した取り組みであることが確認された.


「オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に伴って認知されたスポーツおよびソーシャル・レガシーの構成要素」
額賀 將

オリンピック・パラリンピック競技大会は国民にどのような影響を及ぼすのか?
近年,オリンピック・パラリンピック競技大会開催に伴って「レガシー」という概念が注目されています.オリンピック・パラリンピック競技大会開催予定都市では大会に向けて様々なものが整備されます.例えば2004年のアテネ大会では多くの競技場が新たに建築されました.しかし,一時的に経済効果は出たものの,アテネ大会以降ほとんどの競技場は利用されることなく設備費用だけかさむ「負の遺産」として残ってしまいました.このような事態を受け,大会後も開催都市に生活の利便性が高まるなど持続的な効果を目指して提唱されてきたのがオリンピック・パラリンピック競技大会のレガシーです.
レガシーは「スポーツ」や「ソーシャル」など5つの分野から成り立ち,開催候補都市は必ずこれら5分野のレガシーに関する政策や計画をしなければなりません.
一般的にレガシーはインフラ整備などハード面が注目されがちですが,人々の行動や記憶,感情などのソフト面も含みます.ソフト面のレガシーはより長期的なレガシーを生み出す原動力とされており重要視されています.
しかし,実際にソフト面のレガシーはどのような要素から成り立っているのか,具体的な構成要素は明らかにはされていません.構成要素を具体的に明らかにすることで,開催都市や国が作成しているレガシー政策の発展にさらに寄与したり,より効果的にレガシーを広めることができます.効果的にレガシーを生み出すことができれば,オリンピック・パラリンピック競技大会開催の価値が高まり,開催国にとってはより国民の記憶に残る素晴らしい大会になることでしょう。
そこで私たちの研究では,特にスポーツ分野とソーシャル分野に着目して,市民が感じたオリンピック・パラリンピック競技大会のレガシーを明らかにすることを目的としました
本研究の対象者は,過去に,様々な立場で,自分が住んでいる国においてオリンピック・パラリンピック競技大会(東京,東京島しょ部,長野,札幌,リオデジャネイロ)を経験した20―80代の男女39名を対象にインタビュー調査を行い,データを整理・集約しました.
分析の結果,スポーツ分野のレガシーとして【スポーツの話題が出るようになった】【スポーツをするようになった】など28個の要素に分類されることが明らかになりました.
ソーシャル分野のレガシーとしては【連帯感が高まった】【他人を思いやる気持ちが高まった】など24個の要素に分類されることがわかりました.
一方で【変わらなかった】や【自国の欠点を認識した】などネガティブなレガシーも存在することが明らかとなりました.開催都市から離れて住んでいる者,国民の経済面や開催都市以外の地方との熱意の違いがレガシーの有無に影響する傾向が見られました.
本研究でオリンピック・パラリンピック競技大会のレガシーの要素を明らかにしたことによって,ポジティブなレガシーを市民が継続して感じていくためには,ネガティブなレガシーについてもさらに検討し,レガシーの格差を埋める対策を立てる必要性が示唆されました.
本研究の結果が,より効果的に国民にレガシーを体感させるための一つの資料となり,今後のオリンピック・パラリンピック競技大会の開催価値がさらに高まる,より素晴らしい祭典になることを期待しています.

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