スポーツ産業学研究第32巻第3号

【フォーラム】


東京2020大会の開催直後における大会開催に対する東京都民の認知
荒井弘和
JSTAGE


移住促進にJリーグを使おう-経営資源としてのファン・サポーター-
伊藤かさね 高井ろみた 大嶋鴻太 中原亜莉沙 布施佑馬 森田修司 澤井和彦
JSTAGE


【原著論文】


女性チャリティランナーと寄付先団体のコミュニケーションに関する研究
醍醐笑部,遠藤華英
JSTAGE


持続可能性の高い総合型地域スポーツクラブの発展プロセス
-2015年前後の変化に着目をして-
田島良輝 西村貴之 神野賢治 櫻井貴志 佐川哲也
JSTAGE


プロスポーツクラブにおける持続可能な環境への取り組み:消費者の知覚と意図的ロイヤルティの関係性
林悠太 舟橋弘晃 間野義之
JSTAGE


プロスポーツ成熟市場におけるスポーツ観戦者の特性把握:アルビレックス新潟の事例を手掛かりとして
山本悦史 本間崇教 中西純司
JSTAGE


国際車いすバスケットボール大会観戦者の観戦動機と観戦意図における関係性に関する研究:スポーツへの心理的関与の違いに着目して
棟田雅也 山下玲
JSTAGE


【研究ノート】


持ち上げ時における動作指示および重量の違いが股・膝関節、体幹前傾角度に与える影響
古市将也  大下和茂
JSTAGE


東京2020大会の開催直後における大会開催に対する東京都民の認知
荒井弘和

東京2020大会については、開催前からさまざまな議論があり、賛否両論がある中での開催でした。その開催直後において、開催都市に住む東京都民は、大会をどのように考えていたのでしょうか。本研究では、大会の開催都市である東京都に住む一般市民を対象に、東京2020大会の開催直後における、大会の開催に対する認知について検討しました。
調査は東京2020大会の終了直後である2021年9月12~14日に、1,080名を対象に行われました。調査参加者には、東京2020大会について、以下の6つの選択肢のうちから1つを選んでもらいました。
(1)「予定通りの体制で、そのままの日程で実施すべきだった」(実施群)
(2)「無観客など感染を防ぐ体制を整えたうえで、そのままの日程で実施すべきだった」(無観客実施群)
(3)「予定通りの体制で、延期して実施すべきだった」(延期群)
(4)「無観客など感染を防ぐ体制を整えたうえで、延期して実施すべきだった」(無観客延期群)
(5)「中止すべきだった」(中止群)
(6)「その他」(※この選択肢を選んだ15名は分析から除外)
回答を分析したところ、中止群は415名 (39.0%) と最も多く、無観客実施群が254名 (23.8%) と次に多い結果になりました。そして無観客延期群は236名 (22.2%)、延期群は92名 (8.6%)、実施群は68名 (6.4%) という順に回答が多かったです。
大会開催前に行った私たちの調査結果(スポーツ産業学研究31巻3号に掲載)と比較したところ、延期群の割合がおよそ3分の1に減少 (28.4%から8.6%へ)、無観客実施群の割合がおよそ10倍に増加 (2.5%から23.8%へ)、実施群が4倍に増加 (1.5%から6.4%へ) していました。
そして、中止群と無観客延期群は微減していました (それぞれ、42.4%から39.0%へ、25.2%から22.2%へ)。日本選手団の好成績・選手村や競技会場において大規模な感染拡大が発生しなかったにもかかわらず、開催前とさほど変わらない40%弱の対象者が、開催後においても中止を望んでいたことになります。つまり、大会が成功に終わったとしても、大会の中止を望む層が一定数存在し続けていたわけです。これは、将来のオリンピック・パラリンピック競技大会の招致活動への警鐘と考えられます。
今後は、新型コロナウイルスの感染拡大のような、開催自体を左右する事象が生じるリスクがあることを認識したうえで、札幌市が招致を検討している2030年に開催される冬季オリンピック・パラリンピック競技大会に立候補するかどうか検討すべきでしょう。


移住促進にJリーグを使おう-経営資源としてのファン・サポーター-
伊藤かさね 高井ろみた 大嶋鴻太 中原亜莉沙 布施佑馬 森田修司 澤井和彦

近年、日本では東京一極集中の是正、地方活性化などの観点から地方移住が重要な政策的テーマとなっている。先行研究によれば、移住促進および移住者支援のためには公的な政策や制度だけではなく、移住先の地域や移住者の「ソーシャル・キャピタル」が重要であると考えられている。一方で、地域密着のプロスポーツクラブのファン・サポーターが高いソーシャル・キャピタルを持ち、社会の公共財として新しい公共を担う可能性が示唆されている。そこで本研究では、Jリーグクラブを活用した移住促進および移住者支援について検討することを目的とした。
地方移住経験者やJクラブ関係者などへのインタビューから、移住促進と移住支援のためには、移住者を地域のインフォーマルなネットワークに繋げる「コミュニティ」と「人材」、その機会を広げる「交流の場」や「コンテンツ」といった要素が重要であると考えられた。特に、移住者と地域住民を繋げる「橋渡し型のソーシャル・キャピタル」を持つコミュニティや人材を、どのように調達するかが課題である。一方で、Jリーグクラブのサポーターとそのコミュニティが橋渡し型のソーシャル・キャピタルを持つことが示唆され、移住支援の仕組みづくりのための経営資源となる可能性があると考えられた。
以上のような調査結果と分析を踏まえ、著者らは2020年11月に開催された大学生によるスポーツ政策のカンファレンスである「SportsPolicy for Japan2020」において、地方移住促進・移住者支援を目的にJクラブとサポーター、自治体が連携して運営する「Jクラブ公認ウェルカムカフェ」を提言した。カフェはサッカーファンだけでなく地域住民や移住希望者など「誰もが気軽に立ち寄れる場所」とする。Jクラブサポーターのソーシャル・キャピタルが「橋渡し」として機能すれば、そうしたカフェは多くの人々に訴求し、移住希望者や移住者のソーシャルキャピタル形成を支援する可能性を持つと期待される。
本研究で得た重要な知見の一つは、ソーシャル・キャピタルの観点からみたとき、Jクラブのファン・サポーターが地域の経営資源となる可能性である。これらは移住促進に限らず、さまざまな地域の課題解決に応用可能かもしれない。


女性チャリティランナーと寄付先団体のコミュニケーションに関する研究
醍醐笑部,遠藤華英

近年,女性の所得水準が上昇し消費への自由度が拡大していることから,今後はさまざまな市場が女性の消費への意識や行動の影響を受けると報告されており,本稿が対象としたスポーツイベントの市場も例外ではありません.そうした背景を受け,本稿では,女性の参加を積極的に取り込んでいくことのできるスポーツイベントのひとつとして「チャリティスポーツイベント」を取り上げ,寄付を受け取る団体とランナーとのコミュニケーションと,女性チャリティランナーの寄付態度・行動の関連性を明らかにすることを目的としています.
研究枠組みとして用いられたSIPSは,AIDMAモデルの次世代版として提唱されS(Sympathize:共感)→I(Interest・ Identify:興味・確認)→ P(Participation:参加)→S(Spread・Share:拡散・共有)と,共感を軸にして生活者との長期的な関係構築が始まるという点において特徴的なモデルです.
分析の結果,イベント後に寄付先団体が実施したコミュニケーションを受け取った女性チャリティランナーほど寄付への態度が高いこと,寄付先団体への態度はイベント前の練習会への招待やイベント後の継続支援の依頼を受け取ったことと関連していることが明らかとなりました.また女性チャリティランナーのSIPSモデルの検証では,共感(S)と興味(I)が同時に獲得され,確認(I)から大会後の参加(P),大会後の参加(P)から拡散・共有(S)に直接的な影響があることが確認されています.
筆者のチャリティスポーツイベントに関する一連の研究において,こうしたイベントでの寄付者はそもそも過去や日常に寄付習慣のある人であり,スポーツイベントを寄付の手段として選択しているに過ぎないのではないかとの指摘がなされてきました.こうした側面があることも事実ですが,本稿の結果は,チャリティランでのコミュニケーションをきっかけに寄付などの利他的行動へとつながるモデルを示した点で,チャリティスポーツ研究にとって重要な知見であると考えています.


持続可能性の高い総合型地域スポーツクラブの発展プロセス
-2015年前後の変化に着目をして-
田島 良輝 西村 貴之 神野 賢治 櫻井 貴志 佐川 哲也

1995年に総合型地域スポーツクラブの普及政策がはじまり、20年以上の月日が経過しました。その成果については厳しい評価も多く、改善すべき課題が長期間にわたり改善できていない状況が続いていると、筆者も認識をしています。一方で、総合型地域スポーツクラブの設立と継続した経営の実現によって、当該地域のスポーツ活動の選択肢が広がったケースや地域課題の解決を志向するスポーツプロダクトの展開といった、これまでになかったイノベーティブな成果が生まれているという事実もあります。本研究では、後者のプラスの成果に着目し、持続可能性が高く、地域に根づいた活動を行っているクラブが、どのような経営実践を通して、良いクラブ(=持続可能性が高く、地域に根づいた活動を行っている)に成長をしていったのか、クラブ経営の発展プロセスを解明することを目指しました。
研究の方法は、 持続可能性の高いクラブの要件を充たすAクラブとBクラブの事業責任者と経験豊富な元クラブアドバイザーの合計4名を対象にインタビュー調査を行い、木下のM-GTA(修正版 グラウンデッド・セオリー・アプローチ)の手法を用いて分析を行いました。
その結果、総合型地域スポーツクラブ特有のスポーツプロダクトの生成プロセスや、クラブの規模や発展段階に応じたクラブと地域のかかわり方、および、地域課題を解決するプロダクトづくりのプロセスをモデル図として示すことができました。持続可能性の高いクラブは、スポーツクラブによって親交的なコミュニティを形成するという観点だけではなく、ソーシャル・キャピタルの高いクラブ会員のコミュニティを活用することでクラブの資源制約的な環境を乗り越えていることが示されました。また、クラブが単に運動・スポーツの推進を目的にするのではなく、地域の生活課題に目を向け、その課題をスポーツを通して解決していこうとする視点の転換によって、新たなマーケットを開拓できることも示すことができました。以上の知見は、総合型地域スポーツクラブにおいて、地域課題解決(=社会性)と収益性(=事業性)の両立を可能にするマネジメント知見(=革新性)のひとつになると考えています。
今後、運動部活動の地域移行、スポーツコミッションの推進など、地域のスポーツ環境は大きく変わっていくことが予想されます。環境の変化に応じて、制度や仕組みも変わっていくことになるでしょう。そういった変化の過程において、これまで行ってきた施策の成果と課題を検証し、次の施策に活かすことは、スポーツ産業やスポーツ政策の継続的な発展のために重要な視点だと考えています。


プロスポーツクラブにおける持続可能な環境への取り組み:消費者の知覚と意図的ロイヤルティの関係性
林 悠太 舟橋 弘晃 間野 義之

プロスポーツクラブは収入(チケット、放映権料など)を得ること、CSR活動に代表される公共性を有する事業を行うことが一般的な目的となっています。近年では地球温暖化対策として、多くのプロスポーツクラブが環境活動に取り組んでいます。一方で、短期的にはプロスポーツクラブに金銭的な負担がかかることが指摘されています。
学術分野ではプロスポーツクラブが実施する環境活動は一般的に消費者のロイヤリティと関連していると考えられています。しかし、マーケティングの視点から消費者がクラブの環境活動をどの程度認識し、その後の消費意欲がどの程度かという検証は多くありません。また、クラブの環境活動がファンではない人を惹きつけるのかは未解明のままです。そこで本研究では、プロスポーツクラブの環境活動と消費者のクラブ支援意図および観戦意図との関連を明らかにすることを目的としました。
対象のプロスポーツクラブは2000年代から継続的に環境活動を実施しているヴァンフォーレ甲府(Jリーグ)としました。山梨県在住の18歳以上の男女を対象にインターネット調査を2021年4月27日~2021年4月30日にかけて実施し、分析のサンプルを取得しました。
既存の消費者だけでなく潜在的な消費者を含めたサンプルを定量的に解析した結果、クラブの環境活動がクラブ支援意図および観戦意図に影響を与えていることが明らかとなりました。また、観戦経験を有していない潜在的な消費者においても同様の関係性が見出されました。つまり、消費者がクラブの環境活動を好意的に捉えると、クラブを応援する気持ちや試合観戦への意欲が高まる可能性を示唆しました。
本研究の結果は、プロスポーツクラブのマーケティング担当者が環境活動の成果を理解することを支援し、マーケティング戦略や計画を策定する一助となることが期待されます。


プロスポーツ成熟市場におけるスポーツ観戦者の特性把握:アルビレックス新潟の事例を手掛かりとして
山本悦史 本間崇教 中西純司

プロスポーツクラブは,遅かれ早かれ,時間の経過とともに売上や成長率が鈍化していくといった「市場の成熟化」という現象に直面することになると言っても過言ではありません.しかしながら,スポーツ観戦者のセグメンテーション(市場細分化)分析を行った先行研究は多数存在しているにもかかわらず,プロスポーツ市場の成熟化を前提とした考察や議論を行っている研究は皆無に等しい状況にありました.このような背景から,本研究では,市場成熟化を迎えたアルビレックス新潟の事例を手掛かりとして,プロスポーツ成熟市場を構成するスポーツ観戦者の諸特性について明確にすることを目的としました.具体的には,「何を求めて試合観戦に行くのか」といったスポーツ観戦動機の観点から,アルビレックス新潟ホームゲーム観戦者の類型化とその特性把握を試みました.
なお,本研究の独自性・新規性は,プロスポーツ成熟市場(年平均成長率が「10%以下」となる市場)における調査・分析を行った点に加えて,アルビレックス新潟による協力のもと,JリーグID(Jリーグが発行する会員ID)を活用したデータ収集を展開することによって,「同一シーズンにおける複数試合の縦断的調査」と「各試合の観戦前後におけるデータ収集」を可能にした点にも見出すことができます.
本研究の分析には,2021年5月に開催されたアルビレックス新潟のホームゲーム4試合を1度以上,観戦した3,312のサンプルから得られたデータを活用しました.統計的な手続き(探索的因子分析と信頼性分析)によって導き出された,パフォーマンス・社交・代理達成・逃避・ドラマの5因子(14項目)からなる「スポーツ観戦動機尺度」を用いて,似たような観戦動機の構造をもつ複数のクラスター(スポーツ観戦者セグメント)への類型化を試みたところ,アルビレックス新潟のホームゲーム観戦者は,以下に示すような4つのスポーツ観戦者セグメントに分類することが望ましいという結果が得られました.これら4つのスポーツ観戦者セグメントについては,さらなる統計分析(一元配置分散分析と多重比較,カイ二乗検定と残差分析)を通じた特性把握を行ったうえで,それぞれ命名を行いました.
第1クラスターは,スポーツ観戦動機尺度の得点(標準化得点)が,全体的に他のセグメントよりも低い傾向を示していたほか,スポーツ観戦の本質的価値(パフォーマンス・代理達成・ドラマ)よりも,手段的価値(社交・逃避)を重要視する人々によって構成されていました.また,応援歴1年目のファンが多く,クラブへの愛着やコミットメントが低い傾向も確認されたことから,我々はこうしたスポーツ観戦者セグメントを「浮動型観戦者層」と命名しました.
第2クラスターには,他のセグメントよりも「社交(他者との交流に対する欲求)」の得点が低い人々が分類されていました.また,2-4年の応援歴をもつファンが多いほか,平均年齢が最も低いという傾向も確認されました.自らの内面に存在する思考や感情を重要視するといった特性(内向性)を有している人々であると考えられたことから,このセグメントを「内向型観戦者層」と呼ぶことにしました.
第3クラスターは,「逃避(非日常性に対する欲求)」や「ドラマ(スポーツの予測不可能性に対する欲求)」の得点が低い人々によって構成されていました.また,応援歴10年以上のファン,60歳以上の高齢者が多く含まれていました.これらの点から,アルビレックス新潟のホームゲーム観戦が日常的な生活習慣や行動パターンの延長線上に組み込まれている可能性が推察されました.我々は,こうしたユニークなスポーツ観戦者セグメントを「習慣型観戦者層」と名付けることにしました.
第4クラスターでは,スポーツ観戦動機尺度に関わる全項目の得点が他のセグメントを上回っていたほか,シーズンパス保有者が半数以上を占め,クラブへの愛着やコミットメントが高いという傾向が確認されたことから,このセグメントを「熱狂型観戦者層」と命名しました.ここでは,熱狂型観戦者層が,他のセグメントよりも多くのサンプルによって構成されていることに加えて,「社交」を特に重要視しているといった傾向を有していることなどが明らかになりました.
本研究の貢献は,市場成熟化に直面したプロスポーツクラブにおける新規サービスの考案,既存サービスに関わるプロモーション戦略の立案などに科学的根拠をもたらすような新たな知見を獲得・提供した点にあります.今後は,他クラブにおける調査・分析や調査項目の精緻化,さらにはスタジアム観戦を行っていないような潜在的観戦者の特性把握などを試みることによって,プロスポーツ成熟市場の実態をより詳細に明らかにすることが可能になっていくものと期待されます.


国際車いすバスケットボール大会観戦者の観戦動機と観戦意図における関係性に関する研究:スポーツへの心理的関与の違いに着目して
棟田雅也 山下 玲

2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催を契機として,パラスポーツの観戦にも着目がされ始めています.しかしながら,パラスポーツ観戦者を対象とした研究は限られており,要因間の関係性の検討,および調整変数の検討について,一考の余地があると考えられます.したがって,将来の観戦行動を予測することができる観戦動機を明らかにすることは重要であると考えられます.そこで本研究では,①観戦動機の因子構造を明らかにし,妥当性や信頼性の高いパラスポーツの観戦動機尺度の開発に向けた基礎的なデータを提供すること,②観戦動機と観戦意図との関係性を明らかにすること,そして③観戦者のスポーツへの心理的関与の違いによって,観戦動機要因と観戦意図との関係性がどのように異なるのかについて比較検証すること,の3点を研究目的といたしました.国際車いすバスケットボールの観戦者を対象に調査を行なった結果(n = 993),6因子19項目からなるパラスポーツ観戦動機尺度の構成概念を明らかにすることができました(逃避,美的・技術的スキル,知識,交流,攻撃,超越).さらに,各変数との要因間の検討につきましては,有意な関係性のある要因を特定することができました.また,調整変数であるパラスポーツ観戦者のスポーツへの心理的関与の違いによって,観戦動機と観戦意図の関連性が異なることも明らかにできました.これは,パラスポーツイベントの主催者がその独自性を打ち出し,観戦行動を活発化させるための基礎的資料として活用されることが期待されます.


持ち上げ時における動作指示および重量の違いが股・膝関節、体幹前傾角度に与える影響
古市将也  大下和茂

腰痛発症に繋がる一因として持ち上げ動作が挙げられる.これまでの持ち上げ動作に関する研究から,膝関節の屈曲が小さく股関節を大きく屈曲させ体幹部を前傾させるような姿勢で持ち上げるよりも,膝関節と股関節を屈曲させながら体幹部を前傾させ腰を下ろした姿勢で持ち上げる方が,腰痛予防に理想的とされる.このような,股関節だけでなく膝関節の屈曲・伸展も伴う動作へ導くには,対象者へ具体的な動作指示を与えることが必要である.しかし,意味(意図する動作)が同じでも,対象者へ与える指示表現の仕方によって,実際に遂行される動作に違いが生じる.実際に,腰痛予防に理想的とされる動作を指示する際に「重心を低くするような姿勢をとる」,「膝を曲げ,腰を十分に降ろす」,「背中を伸ばしたまま,膝を曲げる」など,様々な表現が見られる.そこで本研究は,持ち上げ時における動作指示および重量の違いが股・膝関節,体幹前傾角度に与える影響について,様々な重量で検討した.その結果,上半身の姿勢に着目する動作指示よりも,「腰を落とす」といった腰部の位置に着目する指示を与えることで,腰痛予防に理想的とされる動作に繋がることが示唆された.また,このような動作の指示は,より重い物を持ち上げる際に重要となる可能性も示した.今後は,実際の腰部の負担(筋活動,関節モーメント,椎間圧力など)を詳細に調べることで,腰痛予防における適切な指導法に繋げていきたい.

関連記事一覧