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薬王院に最近設置されたばかりのポストにも、投函される郵便物は多い/

東京・高尾山。ミシュランガイドで3つ星を獲得したことが手伝って年間300万人という世界一の登山者数を達成したこの山は、国内外から多様な観光客が訪れるトレッキングの名所だ。日々の健康づくりや気分転換、高山へ挑戦するための足慣らし、山中にある寺院・薬王院への参拝など、それぞれの目的を持って人々は山道を登っていく。
お盆を過ぎ幾分か暑さが和らぎ、鮮やかな緑が霧にかすんだ8月末のある日、そんな登山者たちの間を黙々と歩く郵便配達員の姿があった。高尾山の山中には薬王院のほか登山者を迎える茶屋なども古くから存在し、そこには人の生活もある。彼らに郵便物を届けることは、この山の営みを支える重要な仕事だ。
配達員は山麓からケーブルカーを使い中腹まで行くと、そこから徒歩での配達を始める。途中にある2軒の茶屋に寄り郵便物を届けながら、最終地点の薬王院までの往復約40分の道を一人歩く。この日配達を担当した奈良久夫さんは薬王院へ続く108段の急階段も難なく登ってみせ、一気に登った方が楽なのだと笑顔を浮かべた。生まれも育ちも八王子で山には慣れている彼としてはまったく苦にならない道のりだというが、少し歩けば汗が滴り落ちるこの時期、決して楽な仕事ではない。真夏の炎天下でも雪の降る日でも、ケーブルカーが運休しない限りは配達を行う。そのため日々の体調管理を欠かさず、睡眠と食事をしっかりとる規則正しい生活を心がけているという彼の姿勢はアスリートさながらだ。他に数名いる高尾山での配達を担当する社員もみな健康管理に対する意識が高く、猛暑が続いた今年の夏も熱中症になった者はなかったという。
配達員が自らの脚を頼りに郵便物を届ける様子は、交通網が発達した現代の東京ではまず見られなくなった。だからこそ、「そこに人々の暮らしがある限り届ける」という郵便本来の使命を高尾山では感じられる。この仕事ならではのやりがいを大切にしたいと、彼は今日も歩を進める。配達員一人ひとりの健脚が、世界に誇るこの山を支え続けていく。

伊勢采萌子│早稲田大学法学部4年

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