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スポーツ法の新潮流  アンブッシュマーケティングをめぐる法的課題[前編] オリンピックパラリンピック壮行会は公開できないのか?

スポーツ法の新潮流 
アンブッシュマーケティングをめぐる法的課題[前編]
オリンピックパラリンピック壮行会は公開できないのか?
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院准教授・弁護士

2018年2月に開催された平昌オリンピックパラリンピック冬季競技大会は、フィギュアスケート男子の羽生結弦選手やスピードスケート女子の小平奈緒選手の金メダルなど、日本国内でも大きな盛り上がりを見せました。
羽生選手が試合後に見せた、銅メダルに輝いたスペインのハビエル・フェルナンデス選手やアメリカのネイサン・チェン選手とのやりとり、小平選手が試合後、銀メダルに輝いた韓国のイ・サンファ選手とのやりとりは、この連載でも触れさせていただいたスポーツの現代的価値(インテグリティ)が、単なる勝ち負け、メダルにあるのではなく、アスリート同士の卓越性の相互追求やアスリート間の平等・公正・公平(フェアネス)にあることを改めて感じさせてくれるものでした。
さて、今回は平昌オリンピックパラリンピック冬季競技大会の前に日本でも大きな話題となりましたアスリートの所属企業や学校による壮行会の公開禁止について解説させていただきたいと思います。この問題はオリンピックパラリンピック、ワールドカップ等のメガスポーツイベントでよく話題となるアンブッシュマーケティングの問題と関連しますので、その法的課題とともにご説明いたします。

オリンピックパラリンピック壮行会の公開禁止

2018年1月、翌月に控えた平昌オリンピックパラリンピック冬季競技大会に出場するアスリートが所属する企業や学校において実施された壮行会が公開されないというケースが相次ぎました。これは日本オリンピック委員会( JOC)が2 020年東京オリンピックパラリンピック競技大会開催を見据え、その公式スポンサーに配慮し、オリンピックの知的財産保護の観点から公開を禁止する指針を通達したことが背景になっていると報道されています。結果、所属企業や学校においては壮行会を実施するものの、メディア公開はしないという対応がとられました。私が所属する早稲田大学でも、平昌オリンピックパラリンピック冬季競技大会に参加するアスリートがいますが、壮行会などのイベントをメディアに公開することはありませんでした。

日本オリンピック委員会(JOC)指針の考え方

オリンピックパラリンピックに関する主な知的財産としては、オリンピックシンボル(いわゆる五輪マーク)、パラリンピックシンボル(いわゆるスリーアギトス)、エンブレム、マスコット、ピクトグラム、大会名称などがありますが、これらは日本国内では著作権法、商標法、不正競争防止法等により保護されています。したがって、これらの法律上保護される場合は、知的財産の利用に関し権利者の承諾を得る必要があります。
また、オリンピックでは、その公式スポンサーに対して、スポンサー契約に基づきこれらの知的財産の利用を許諾し、スポンサーのマーケティング活動に利用することを認めています。オリンピックではそのスポンサー料も莫大なものになりますので、オリンピックの主催者として、国際オリンピック委員会(IOC)、組織委員会、各国オリンピック委員会(NOC)は、その知的財産の利用を適切に管理し、無断利用等がないように措置を講じる必要があります。
そこで、日本オリンピック委員会( JOC)は、平昌オリンピックパラリンピック冬季競技大会に関連して、オリンピックに関連する知的財産の適切な管理を促すため、上記の指針を通達したものと思われます。

日本の知的財産法の概要

では、この知的財産の適切な利用とはどういうものをいうのでしょうか。
まず、日本には知的財産法という名前の法律はありません。著作権法、商標法、特許法、実用新案法、意匠法、不正競争防止法などの法律や、判例上認められる肖像権、パブリシティ権等の法的保護を総称して知的財産法という分野が存在しています。オリンピックパラリンピックに関連する知的財産法としては、主に著作権法、商標法、不正競争防止法、パブリシティ権等が問題になります。

①著作権法
著作権法は著作物(思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範疇に属するもの。著作権法第2条第1項第1号)を保護し、コンテンツの自由利用とのバランスを定める法律です。スポーツであれば、録画されたスポーツ映像やマスコットキャラクターなどが典型的な著作物になります。
一方で、マークやロゴに関しては、著作物に該当するかしないかは内容によります。オリンピックマークの著作物性は、比較的簡単な模様であることから、古い判例で否定されています。また、スケートなどのスポーツそれ自体は、原則として著作物には該当しないとされています。したがって、あるコンテンツが著作権法に定める著作 物に該当しない場合は、特に権利者に許諾を得ることなく利用が認められます。

②商標法
商標法は商品やサービスにおける目印として利用される文字やマークなどを保護し、文字やマークなどのコンテンツの自由利用とのバランスを定める法律です。スポーツであれば、オリンピックやパラリンピック、ワールドカップなどのメガスポーツイベントのシンボルマークや、プロスポーツクラブのチーム名、マスコットキャラクターなどが商標登録されているので、商標法として保護されます。一方で、商標法は登録商標のみを保護しますので、登 録されていなければ保護されません。また、商標法は商品やサービスの目印として他の商品やサービスと区別する機能(自他識別機能)を保護しますので、たとえ商標として登録されていたとしても、その商標が記述的に使用されたり、デザインとして使用されている場合は商標法の保護の対象にならない場合もあります。
したがって、このような利用の場合は、特に権利者に許諾を得ることなくコンテンツの利用が認められます。

③不正競争防止法
不正競争防止法は他の知的財産に関する法律と異なり、保護の対象となるコンテンツを前提にしたものではなく、事業者による不正競争行為を禁止することによって知的財産の保護を図る法律です。スポーツであれば、オリンピックやパラリンピック、ワールドカップなどのメガスポーツイベントのシンボルマークなどを何ら許諾なく商用利用する行為のほか、商標登録をしていないスポーツイベントやチーム名のロゴマークなどを無断商用利用している場合に、その行為を禁止することができます(不正競争防止法に定められた周知な商品等表示の混同惹起 行為、著名な商品等表示の冒用行為、国際約束に基づく禁止行為などに該当します)。
一方で、このような商品等表示や標章が利用されていることが前提になりますので、利用されていない場合は不正競争防止法の対象外となります。

④パブリシティ権
日本においてはパブリシティ権を定めた法律はなく、判例上認められる権利です。裁判所は著名人の名前や写真などの保護と自由利用のバランスを考え、現在においては、わかりやすく言えば、著名人の名前や写真などを商品やサービス、広告に利用する場合にのみパブリシティ権が発生すると判断しています。
逆に、これ以外の、例えば、雑誌や書籍などで報道する場合やスポーツ映像として放送、配信する場合にはパブリシティ権は発生しないとされています。
したがって、このような利用の場合は、特に権利者に許諾を得ることなく著名人の名前や写真などの利用が認められます。

知的財産の保護とコンテンツの自由利用のバランス

以上、整理してきたように知的財産法は知的財産の保護として排他的権利を認め、侵害行為を禁止する一方で、これに該当しない場合はコンテンツの自由な利用を認めることによって、表現活動や経済活動などを活発化させるバランスをとっています。
したがって、オリンピックやパラリンピックに関するコンテンツを利用する場合にも、知的財産として保護される場合と表現活動や経済活動として自由な利用が認められる場合があります。前述した平昌オリンピックパラリンピック冬季競技大会をめぐる壮行会の公開禁止についても、実際行われる壮行会においてオリンピックパラリンピックの知的財産が利用されているのかそうではないのかをそれぞれ見極めながら、その公開の是非を検討する必要があります。オリンピックやパラリンピックのシンボルマークを企業名や学校名と一緒に利用せず、またメディア報道がアスリートの壮行会を実施したという事実にとどまるのであれば、知的財産法上の問題は発生しないでしょう。

今回は日本の知的財産法から見た、オリンピックパラリンピックをめぐるコンテンツ利用の可否を解説してきました。次回はさらに、このようなオリンピックパラリンピックのコンテンツ利用を禁止するアンブッシュマーケティングルールの法的課題について、さらに詳しくご説明したいと思います。

▶なお、日本オリンピック委員会(JOC)は、2018年2月23日、アスリートなどの所属学校については、報告会や祝賀会を一般公開できる旨の新たな指針を示しましたが、所属企業については従前の指針のままです。

 

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