スポーツ法の新潮流 インテグリティの実現のために何をすべきか」

スポーツ法の新潮流
「インテグリティの実現のために何をすべきか」
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

2017年5月16 日、テニスの国際的な不正監視団体(Tennis Integrity Unit)は、日本人選手である三橋淳が、2015年11月に南アフリカで行われた国際テニス連盟
(ITF)のツアー下部大会で、自身がコーチを務めた選手を通じて、シングルスの対戦選手に金2000ドル、あるいはダブルスの対戦選手に金600ドルにて八百長を持ちかけた行為、同年12月にナイジェリアで行われたITFのツアー下部大会で、自ら対戦相手に八百長を持ちかけた行為、同年10月から11月に、禁止されているスポーツ賭博に計76回参加した行為を理由に、永久追放及び5万USドルの罰金処分に処すると発表しました。報道によれば、三橋選手は、2005年16歳以下男子国別対抗戦ジュニアデビス杯で、著名なプロテニスプレイヤーである錦織圭選手とともに代表だった、との報道もあり、日本でも大きく報道されています。
テニスというスポーツは、1ポイント、1ゲーム、1セット、 1試合、1大会など様々なスタッツがある中で、3セット、5 セットと長時間行われる、という特徴があり、インターネットを通じてリアルタイムでスタッツが発信される中で、長時間の中で刻々とオッズが変えることも可能というオンライン賭博との親和性もあり、合法違法を問わず多様なスポーツ賭博の対象となっています。また、参加している選手が個人の独立採算制であり、世界中から集まる国際的なスポーツのため、非常に収入の少ない選手も参加する実情もあり、国際テニス界全体として八百長、禁止されているスポーツ賭博が横行している、とされてきました。このような実態から、国際テニス連盟(ITF)、男子プロテニス協会(ATP)、女子テニス協会(WTP)、グランドスラム主催4団体が八百長、禁止されているスポーツ賭博対策として2008年に設立したのがTIUです。2 017年5月31日現在、TIUのウェブサイトには、これまでTIUからSporting Sanctionを受けた約30名の選手の実名が、その内容とともに公開されています。

スポーツ団体の判断基準
~スポーツの本質的価値との関連性、侵害の程度という視点

このようにインテグリティをめぐる問題に関するスポーツ団体のDecision Making、Rule Making、Dispute Resolutionは、特に資格停止や出場停止というSporting Sanctionの場面に表れますが、どの程度のS porting Sanctionを科すかという具体的問題に直結します。
しかしながら、インテグリティという言葉自体の意味としては、「品格や高潔性、真摯さや正直さといった人間の人格や行動の根幹を成す重要な資質を意味する言葉であり、また、(システムやプログラムの構造を含む)組織の機能やあり方が健全に保たれている状態を意味する言葉と捉えられる」(勝田、2015)などとされるところ、このような品位や精神状態といった用語は極めてあいまいであり、現代のスポーツにおいて多方面に大きな影響を及ぼすDecision Making、Rule Making、Dispute Resolution する上では、とかく道徳的、政治的、不公平になりがちです。これでは具体的なDecision Making、Rule Making、Dispute Resolutionにおいて、スポーツ団体は、前回述べましたインテグリティで実現すべきスポーツの平等、公平や公正も十分に体現することができません。
友添(2015)は、「スポーツにおける非倫理的行為が発生する「場」と行為関係者、さらに具体的な非倫理的行為の関係構造」を示していますが、特に法学の立場で検討
する場合、インテグリティで実現すべき価値が具体的に何か、この具体的価値が侵害されるのか、どの程度侵害されるか、そして関係する他の利益との衡量を検討した上で、Decision Making、Rule Making、Dispute Resolution を行う必要があります。とすれば、主体、主な活動内容による整理のほかに、前回述べました「スポーツにおける平等、公平や公正」という価値とどの程度関連しているのかが重要になります。このような視点で分類してみると、以下の表1のような分類は可能でしょう。そして、特に、このようなインテグリティで達成すべきスポーツの平等、公平や公正との関連性、侵害の程度の違いを示せば、表1のグラデーションのような整理もできます。
すなわち、ドーピングや八百長などの問題は、スポーツの参加者自体の公平性や競争の平等を損ない、結果の予測不可能性という公正など、スポーツの本質的価値を著しく侵害するため、最も重大な問題と位置付けられるでしょう。特に八百長はスポーツの結果を直接的にコントロールする行為であり、1回の行為で永久追放処分を定めているスポーツ団体も多いですが、ドーピング行為よりも侵害程度が高いことは明らかです。スパイ行為やチート行為も確かにスポーツの参加者の公平性やスポーツの結果への影響がありますが、ドーピングや八百長に比べるとプレーや試合結果への関連性が高くはないことから次順位になるでしょう。
続いて、スポーツに関連する暴力、ハラスメント、差別などの問題は、スポーツの平等という本質的価値を侵害する以上、重大な問題と位置付けられるでしょう。特に差別は、スポーツに参加できないという形で表面化しますが、参加機会そのものを奪うことは最も重大な問題と位置付けられるでしょう( Jリーグは「JA PANESE ON LY」問題で浦和レッズに対する無観客試合という重大な処分をスポーツ組織の運営をめぐる問題についても、スポーツのプレーや試合結果を生むゲーム、大会を運営しているという、スポーツの体現者としての強い関連性があるものの、スポーツのプレーそのものではないことから、次順位と位置付けることができるでしょう。
一方で、その他反社会的行為や非行、違法行為などは、人間社会の社会規範に反したという意味では重大な問題ですが、スポーツのプレーでもなければ、スポーツの組織運営とも異なる中で、スポーツそのものの平等、公平や公正にインテグリティの本質的価値を求めた場合、これ自体を毀損したかという観点では関連性が弱く、侵害の程度が劣後すると考えざるを得ないでしょう(このようなコンプライアンス違反事例については、スポーツの本質的価値から考えるインテグリティの問題とは別の検討が必要でしょう)。
このようにインテグリティをめぐる事象に関するDecision Making、Rule Making、Dispute Resolutionを検討するにあたっては、インテグリティで達成すべきスポーツの平等、公平や公正との関連性、侵害の程度の違いを踏まえなければならないのです。
スポーツ組織の運営をめぐる問題についても、スポーツのプレーや試合結果を生むゲーム、大会を運営しているという、スポーツの体現者としての強い関連性があるものの、スポーツのプレーそのものではないことから、次順位と位置付けることができるでしょう。
一方で、その他反社会的行為や非行、違法行為などは、人間社会の社会規範に反したという意味では重大な問題ですが、スポーツのプレーでもなければ、スポーツの組織運営とも異なる中で、スポーツそのものの平等、公平や公正にインテグリティの本質的価値を求めた場合、これ自体を毀損したかという観点では関連性が弱く、侵害の程度が劣後すると考えざるを得ないでしょう(このようなコンプライアンス違反事例については、スポーツの本質的価値から考えるインテグリティの問題とは別の検討が必要でしょう)。
このようにインテグリティをめぐる事象に関するDecision Making、Rule Making、Dispute Resolutionを検討するにあたっては、インテグリティで達成すべきスポーツの平等、公平や公正との関連性、侵害の程度の違いを踏まえなければならないのです。

インテグリティ実現のための真の取組みとは何か

このようなインテグリティに関する不祥事が発生した場合、スポーツ団体は、当該事案に対する事実調査や処分を行うことのほか、再発防止策としての倫理規程や行動規範の見直し、選手や公認指導者など登録者に対する研修の実施などを行うことになるのが一般的です。
しかしながら、このようなインテグリティ実現に関する取組に関する議論の中に1点欠落している点が、スポーツ界は何を実現するために独自にインテグリティの問題に取り組む必要があるのか、ということです。多くの議論にから、メガスポーツイベントやそれを実施するスポーツ団体の社会への影響力の大きさから社会的責任がある、などと説明されていますが、であれば、問題が発生しなければ、あるいは社会への影響力が小さければ取り組まなくてもいい問題なのか(そのような消極的な取組みで足りるのか)、という問いに答えられません。
この問題は、そもそもスポーツが現代社会の中でどのような価値を持っているかから考えるべきでしょう。前回から述べておりますが、スポーツはそもそも平等、公平、公正なものであり、不平等、不公平、不公正がまだまだ残る現代社会においては、このようなフェアネスの実現にスポーツの現代的価値があります。とすれば、このような価値を真に実現するためには、スポーツのプレーの場面や組織運営の場面においてもフェアネスの一要素である、インテグリティの問題を積極的に取り組み、現代社会におけるスポーツの価値を示し続ける必要があるのです。
2019年日本においてW杯を開催するラグビーの国際統括団体であるワールドラグビー(WR)のPlaying Charter(ラグビー憲章)には、ラグビーが実現すべき価値として一番初めにインテグリティが登場します。現代のスポーツ団体はこのような積極性が問われています。

▶勝田隆 2015 「スポーツ・インテグリティ」とは何か-インテグリティをめぐるスポーツ界の現状から-」創文企画「現代スポーツ評論」第32号
▶勝田隆・友添秀則・竹村瑞穂・佐々木康 2016「スポーツ・インテグリティ保護・強化への教育的取り組みに関する研究 スポーツ関係組織・機関の取り組みに着目して」日本スポーツ教育学会「スポーツ教育学研究」、Vol.36(2016)、No.2

▶菊幸一 2013「競技スポーツにおけるIntegrityとは何か-八百長、無気力試合とフェアネス-」日本スポーツ法学会年報第20号(2013)「法的観点から見た競技スポーツのIntegrity-八百長、無気力試合とその対策を中心に-」
▶友添秀則 2015「スポーツの正義を保つために-スポーツのインテグリティーを求めて-」創文企画「現代スポーツ評論」第32号

 

 

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