スポーツ法の新潮流 東京オリパラ組織委員会談合事件 ──独占禁止法

スポーツ法の新潮流 東京オリパラ組織委員会談合事件 ──独占禁止法
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士(スポーツ科学)/弁護士

東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京オリパラ」といいます)の運営業務をめぐる談合事件で、2023年2月28日、東京地検特捜部は、独占禁止法違反の罪で起訴に至りました。東京オリパラ組織委員会元理事の受託収賄事件に続き、東京オリパラにとっては、大きな不祥事報道となりました。
独占禁止法という法律はお聞きになられたことはあると思いますが、一方で具体的にどのような行為が問題になるのか、なかなかなじみのない法律かもしれません。しかしながら、スポーツビジネスにおいて、独占禁止法などの競争法分野は必須の分野だったりします。
そこで、今回は、独占禁止法とはどのような法律なのか、スポーツ界においてどのような行為が問題となるのか、独占禁止法の適用について日本特有の悩ましい点などについて解説を行いたいと思います。

独占禁止法とは

日本の独占禁止法は、正式には「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」といいます。 公正取引委員会の説明では、自由経済社会において、企業が守らなければいけないルールを定め、公正かつ自由な競争を妨げる行為を規制しているとされています。このような公正かつ自由な競争を促進するため、「私的独占の禁止」「不当な取引制限(カルテル、入札談合など)の禁止」「不公正な取引方法の禁止」「下請法に基づく規制」などが規制されています。

意外と多いスポーツ界の独占禁止法の論点

具体的にどのような行為が問題になるのか、なじみがないのは、日本では、スポーツ界において、独占禁止法が適用され、大きな事件になることが少ないからかもしれません。ただ、スポーツビジネスが大きく成熟した欧米では、これまで独占禁止法のような競争法の論点が数多く検討されてきており、スポーツビジネスにおいては、必ず検討を経なければならない極めて重要な法律になっています。
具体的な例としては、下表にあげる項目などがあります。

表│スポーツビジネスにおける独占禁止法に関する具体例

①から④については、スポーツリーグの業界内ルールによって、他の事業者の事業活動を排除することが行われますので、独占禁止法における「私的独占の禁止」「不公正な取引方法の禁止」(優越的地位の濫用など)などが問題になります。⑤については、スポーツリーグが業界内ルールによって一括された放映権、ライセンスが販売されるため、独占禁止法における「不当な取引制限(カルテルなど)の禁止」などが問題になります。また、⑥⑦については、スポーツリーグの業界内ルールによって選手の経済活動が制限されるため、独占禁止法における「不当な取引制限(カルテルなど)の禁止」「不公正な取引方法の禁止」などが問題になります。⑧は近年国際スケート連盟(ISU)やドイツオリンピック委員会(DOSB)など欧州で発生した事件もありましたが、国際団体や国内団体が管轄したい大会への出場が禁止されることで選手の事業活動が制限されるため、独占禁止法における「私的独占の禁止」「不公正な取引方法の禁止」(優越的地位の濫用など)などが問題になります。
このような独占禁止法の論点がスポーツ界において発生しやすい背景としては、中央競技団体やリーグなどのスポーツ組織が、同一国内において1つしかなく、自然と市場(マーケット)を独占し、スポーツビジネスの業界内ルールを決める地位にあることや、自らの経済的利益の追求のために排他的に他の事業者(他の団体、リーグ、球団、選手など)の経済活動を抑制しがちであることがあげられます。

日本のスポーツ界における独占禁止法関連事案

日本における具体的に発生した事案としては、日本のプロ野球が多かったりします。1994年に、公正取引委員会が、プロスポーツ選手の契約金に上限を設けた場合、独占禁止法に違反するおそれがあることが指摘されたこともありました。2003年には、公正取引委員会がコナミに対しプロ野球選手を実名で登場させるゲームの商品化許諾権を独占し,他社の参入を不当に妨害した疑いがあるとして警告を行いました。この独占が打破されたことにより、日本のプロ野球のゲームソフトライセンス料は年間100億円を超えるビッグビジネスとなっています。2004年には、当時60億円と定められていた日本のプロ野球の新規加盟料についても、独占禁止法違反のおそれから、加盟手数料1億円、野球振興協力金4億円と預かり保証金25億円(10年後返還)という制度変更も行われています。最近の事案では、日本のプロ野球12球団が特定の選手との選手契約を拒絶させている疑いがあったとして、公正取引委員会の審査が行われ、2020年9月に、日本のプロ野球がいわゆる田澤ルールを廃止したことなどもありました(本連載⑯でも取り上げています)。
公正取引委員会も、近年スポーツ界の独占禁止法の論点にも注視しており、2018年2月15日に出された「人材と競争政策に関する検討会 報告書」では、スポーツリーグがスポーツ選手の移籍を制限する行為や、選手肖像の使用を禁止する行為などが例と挙げられています。したがって、このような公正取引委員会の検討内容からすれば、これからも日本のスポーツ界で独占禁止法の問題が取り上げられることになるでしょう。

東京オリパラ談合事件

スポーツビジネスにおいて、独占禁止法のような競争法の論点がたくさんありますが、東京オリパラにおける談合事件も、ある意味典型的な独占禁止法の事案といえます。もちろん事実はこれから裁判で明らかにされますので、実態はどうかわかりませんが、競争入札における受注調整が事実とすれば、それは独占禁止法における「不当な取引制限(入札談合など)の禁止」が問題になります。
入札談合については、日本では公共事業における事件が有名です。公共事業における事案は典型的な事案として様々な場面で問題となっていますが、従前は限られた事業者間の競争であったものが、違った地域、分野からの新規参入者が入ってくることで、入札談合は次々と問題視されてきました。東京オリパラにおける談合事件については、報道が事実とすれば、とても旧来型の典型的な事案が起こったと感じますし、これまで競争にさらされていなかった業界のため、なかなか問題視されなかったということなのかもしれません。

日本特有の悩ましい問題

このような独占禁止法において、日本が特に難しいのは、欧米の独占禁止法などの競争法が想定している、資本主義経済の競争が、日本のスポーツ界では真正面から是認されているわけではない点です。
というのも、まず、日本の中央競技団体やスポーツリーグの中でも、競技活動という観点から脱却できておらず、自ら行っている事業が経済活動である、という意識が乏しいことが挙げられます。経済活動という意識が乏しいことになると、他者の経済活動を妨げていたとしても、なかなかその意識になりにくいことがあります。役員がボランティアでやっていたり、なかなか経済観念が生まれにくい点も否めません。また、将来のため、全体のためという考えのもとに組織が運営されており、事業を独占していることがさも当たり前に感じられているところもあります。
今回の談合事件における受注調整も、行っていた当事者からすれば、国のため、オリンピック・パラリンピックの成功のためという大義名分があったでしょうし、その中で、事業を独占したり、他者の経済活動が妨げられている感覚はなかなか生まれなかったかもしれません。あるいは個々人のレベルでは有能な方々な集まりであったと思われ、独占禁止法の論点に気づいていたとしても、国のため、オリンピック・パラリンピックの成功のためという目的が大きなプレッシャーになっていたかもしれません。
今回の東京オリパラにおける談合事件は、日本のスポーツ界で独占禁止法が大きな問題になることを明確に示したといえるでしょう。今後、メガスポーツイベントだけでなく、様々な競技で独占禁止法の問題が出てくると思いますので、また注目していきたいと思います。

▶Andre M. Louw, “Ambush Marketing & the Mega-Event Monopoly – How laws are abused to protect commercial rights to major sporting events –“, T.M.C. Asser Press,  2014
▶Lloyd Freeburn, “Regulating International Sport: Power, Authority and Legitimacy”, Brill | Nijhoff, 2018
▶川井圭司「スポーツビジネスの法と文化 アメリカと日本」、成文堂、2012年
▶中島菜子「スポーツ産業に対する独占禁止法の適用」、道垣内正人・早川吉尚編著「スポーツ法への招待」、ミネルヴァ書房、2011年
▶石岡克俊「日本におけるプロスポーツ法の現状と問題点〜米欧比較と競争法的視点〜」、日本スポーツ法学会年報14号「プロスポーツの法的環境」、2007年

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