日本におけるeスポーツの未来

日本におけるeスポーツの未来
中村伊知哉│慶應義塾大学大学院教授

eスポーツはゲームの対戦です。これが新しい産業であり、新しい文化であり、新しいスポーツであると見なされるようになってきました。先週(2018年7月19日)、日本野球機構NPBとゲーム会社のコナミがeスポーツの「パワプロプロリーグ」を共同開催することを明らかにしました。プレイヤー36人が11月からそれぞれプロ野球チームを使ってペナントレースを戦う。1月には日本シリーズをメインでチャンピオンを決めるということだそうです。あわせて1200万円の報酬を用意しているということです。サッカーのJリーグも今年3月からサッカーのゲームを使ったeスポーツの大会を開催しておりまして、優勝したプレイヤーはFIFAが主催するeスポーツの大会「eワールドカップ」の予選の出場権を獲得できるといっています。
今年に入ってそのようにeスポーツなるものがにわかに脚光を浴びるようになってきました。KADOKAWA主催のニコニコ超会議というところでプロライセンスを発行する大会を開きまして、お笑いの吉本興業が本格的にeスポーツに参入することを発表しました。ゲーム会社のセガは「ぷよぷよ」のeスポーツ化を発表しましたし、mixiも「モンスターストライク」で賞金総額6千万円の大会を開催する。
私が座長を務めております政府知財本部の会議でも先月「知財計画2018」というのを政府として決めたのですが、その中にeスポーツを振興することを明記いたしました。国、政府もこのゲームの対戦、eスポーツを国家戦略として位置づけることに今年初めてなったわけです。  eスポーツは産業によって非常に期待されています。昨年2017年で世界のeスポーツの市場が15億ドル、5年で1.5倍の成長率を見せています。視聴者、オーディエンスは今世界に2.6億人が、5年後には5.6億人になるという予想もあります。ゴールドマンサックスの調査によりますと、eスポーツの世界視聴者は2022年までに2億7600万人に達するであろうと。これはアメリカのNFLと同じ規模みたいです。そして、それがスポーツとして認知されるようになってきました。2022年の中国の広州で開催されますスポーツのアジア大会の正式種目に採択されることになり、オリンピックの正式種目に採択されることも期待されております。先日(2018年7月21日)、スイスのローザンヌでIOC主催のeスポーツのフォーラムが開催されまして、IOCのバッハ会長が出席されて前向きな発言をされています。早ければ2024年のパリ、おそくとも2028年のロスには正式種目になるのではないかといわれています。そうなりますと、 2020年の東京では何らかのプレ大会が開催されるといわれています。
しかしながら、問題は日本が途上国であるということです。日本のeスポーツ、世界市場の15分の1程度、プレイヤーの数も世界の20分の1程度だといわれています。プロゲーマーの数は10分の1程度、賞金獲得額でいうと29位です。これはゲーム大国と呼ばれる日本としては非常に低いところに沈んでいるといえると思いますが、なぜこうなったか。私はこの大きな原因は逆に日本がゲーム大国だったからだと思っています。任天堂、ソニーというゲーム機の巨人が1980年代、1990年代に世界市場を制したのですが、任天堂、ソニーのゲームは家庭用のテレビ向けのゲームでした。世界はどちらかというとパソコンやインターネット向けのゲームに傾いていったわけですね。日本は成功体験が強すぎまして、パソコンやネットの対戦ゲームへの取り組みにおくれたということでしょう。
世界的にはこの15年、20年ほどの間にアメリカや韓国が本場になってeスポーツが成長してきたのですけれども、日本でもここ数年その気運は高まりが見られるようになってきました。ただ、大きな課題が2つありました。1つは規制です。アマチュアの大会では景品表示法、景表法や刑法の縛りがございまして、特に消費者庁による景表法の大会の賞金、これは上限10万円と定められていまして、そういう規制をクリアすることが課題です。お金が動かなかったのです。
もう1つの課題は、プロ化です。eスポーツの関連団体が3つありまして、それを統一して国際スポーツ大会に出場することが求められていたのです。かつてバスケットボールの団体が分裂していて、JOCやIOCの加盟国の問題がありましたけれども、同じような問題をeスポーツは抱えていたのです。それが解決した。今年の2月にその3つの団体がまず解散して統合しまして、日本eスポーツ連合(JeSU)が発足したのです。私はそれまで3つの団体のうちの1つ、日本eスポーツ協会(JeSPA)の理事を務めていましたが、その団体を解散しまして合流しましょうという働きかけをしまして3つが1つになりました。その団体に日本のゲームをつくっている団体であるCESAとかJOGAも協力をしてオールジャパンの構図ができたのです。ここがプロのライセンスを出すといった整理をすることで、消費者庁の規制問題もクリアすることができるようになりました。つまり消費者庁もプロだったらいいよということになり、日本でも大型の大会を開くことができるようになって、産業界も安心してお金を投入できることになったのが今年できたことでありまして、また団体も統一しましたので、IOCに、JOCに加盟する展望も見られるようになりました。そうなると、日本代表をオリンピックの正式な選手として送ることができるようになった。産業としても発展する環境が整った。そこで政府(知財本部)でも正式認知をしたことになりまして、産業界のさまざまなジャンルからのこの分野への参入が毎日のようにニュースとして起きるようになってきた。
ですから、2018年は日本のeスポーツの元年として歴史に刻まれることになるだろうと私は思っております。来年2019年9月の茨城国体では都道府県対抗のeスポーツの大会を開催するといいます。元マイクロソフト、元ドワンゴの大井川さんが茨城県知事に当選なさったので意気込んでおられます。
今後の課題です。私は3つくらいあると思います。1つは環境整備、2つ目が人材の育成、3つ目がスターを生むということです。
まず1つ目の環境整備です。産業の基盤となる環境を整備することが求められていきます。eスポーツをビジネスで見ますと、映像のエンタテイメントビジネスなんですよ。その収益の4割はメディアや広告からあがっているというビジネスでありまして、そのビジネスの環境を整えなければいけません。
私の本業として、日本のデジタル環境、IT環境を整備することをやっておりまして、例えば4Kとか、8Kの超高精細のパブリックビューイングの会場を全国に整備するプロジェクトを進めています。これは政府の後押しもありまして2020年には全国100カ所の超大型・超高精細なパブリックビューイングを整備をしていく。これは自治体が今持っている施設と合わせると500~600カ所くらいになると思いますけれど、2020年の東京オリンピックはみんなで集まってライブで大画面に参加して騒ぐ。そういう楽しみ方、家でテレビを見ているだけではない。昔の街頭テレビを超進化させたライブ型というのを定着させよう。そこにeスポーツを持っていく。そういうことができないかなと思っています。
2つ目、人材育成です。プロを育成しようというのは先ほど申し上げた統一団体eスポーツ連合も、あるいはJリーグも、プロ野球の機構も、吉本興業もみんな乗り出してきています。ただ、それ以上にプロだけではない、もっと広い裾野をそろえていかなければいけません。例えば大学です。リアルなスポーツのように学校や地域のクラブ、クラブ活動化していくことが大事でありまして、聞くところによると早稲田大学には150人規模のeスポーツクラブがあるといいます。私ども慶應大学にも数十人のクラブ、サークルがありますが、高校を初め全国に広めていきたいと思っています。「ゲームなんて」という具合に親御さんが見下す風潮が強い中で、eスポーツが健全なスポーツだという認知を得るためには、まず第一にオリンピック種目になることだと思っています。ゲーマーが、ゲームばかりやっている子が国旗を背負ってメダリストになれる、国のヒーローになれる。そのためにも業界としてはJOCに加盟して、IOCへの働きかけを強めることをやらなければいけないと思っています。
それから、アメリカでは専用競技場が大学の中でどんどん今できております。全米eスポーツ連盟によりますと、 eスポーツに奨学金を出す大学が60校を超え、例えばUniversity of California Irvineは公立校ですがeスポーツの奨励プログラムを始めていまして、優秀な学生に奨学金を出しています。そのUniversity of California Irvineの中に300㎡のeスポーツ専用のアリーナを設けている。そのお金は産学連携、ゲーム業界やゲーム開発会社が出している、寄附しているということです。実は本題から外れますけれども、私は今新しい大学をつくるプロジェクトを進めておりまして、i-University、i大というのですけれども、ITビジネス専門の大学をつくろうと思っています。 2020年に東京にオープンをさせて、それはITの大学なので最初からeスポーツに力を入れたいと思っています。eスポーツの推薦枠を最初から設けて、その子はもう学費免除、奨学金をつける、プロとオリンピアンを育てる。そんなことをやっていきたいなと思っています。
3つ目はスターを生むこと。藤井聡太さんのような、そういうスターを生んでわかりやすいアイコンを得るのがeスポーツ業界としては非常に大事かなと思っています。  私はこうしたeスポーツの立ち上げという活動をこれまで何年かやってきたのですけれど、そのように政府も業界もいろいろ動き始めましたので、あとは業界を中心に進めていく。産業界が立ち上がれば自然に動いていくのではないかなと期待しています。

▶︎本稿は、2018年7月23日(月)に、早稲田大学で開催された第46回スポーツ産業学セミナー「テレビゲームからスポーツへ!日本におけるeスポーツの未来とは~無限の可能性を秘めるeスポーツのこれから~」の中村伊知哉氏の講演内容をまとめたものである

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