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スポーツ法の新潮流 スポーツ界のルールメイキングの法的限界 ──彭帥問題から見えるもの

スポーツ法の新潮流
スポーツ界のルールメイキングの法的限界 ──彭帥問題から見えるもの
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院准教授・博士(スポーツ科学) 弁護士

前回は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催都市契約締結をめぐる課題から、スポーツ界のルールメイキングの重要性について解説させていただきました。
スポーツ界のルールメイキングは、スポーツ団体がその団体自治にもとづいて行っていきますが、団体自治だからといって、完全に自由な裁量によって策定できるわけではありません。とくにスポーツ団体や、また主催する競技大会が唯一無二の存在であるため、これまでは、スポーツ団体への加盟、主催する競技大会への参加を条件に、加盟団体や選手・指導者・審判などにその策定したルールを一括して合意させてきました(契約アプローチ。Contractual Approach)。

しかしながら、近年、このようなスポーツ団体の半強制的なルールメイキングに対しては、多様な法的限界が指摘されています。スポーツ団体は、団体自治とこのような法的限界のバランスを見きわめながら、法的正統性をもったルールメイキングが求められる時代になっています(法的正統性アプローチ。Legitimacy Approach)。
そこで、今回は、スポーツ界のルールメイキングの法的限界について整理させていただきます。

1. 契約という法的性質からの限界

スポーツ界のルールメイキングは、団体自治にもとづき、スポーツ団体などが策定するルールを加盟団体や選手、指導者、審判などに合意してもらうことで形成されています。法的にはあくまで契約によるルールメイキングであって、国家の法律によるルールメイキングではありません。
したがって、スポーツ団体が加盟団体や選手らと合意が得られない場合、意図するルールメイキングはできません。また、加盟団体や選手らとの合意は、法的にはあくまで債権関係にすぎないため、債権関係に入らない第三者に対して主張することはできません。これは契約があくまで当事者の合意された範囲でのみ法的効力を発生するに過ぎないもので、第三者に対して何らの法的効力を発生するものではない(債権的効力)という契約の法的性質からの限界です。

2. 法令上の限界

スポーツ界のルールメイキングは、スポーツ団体と、加盟団体や選手、指導者、審判などの合意によって形成されていきますが、もちろんスポーツ界といっても治外法権ではなく、適用される法律を遵守しなければなりません。スポーツ界の特殊性が主張されることも多々ありますが、裁判例やスポーツ仲裁例ではそのようなスポーツ界の特殊性が認められることはまれであり、スポーツ界としては適用される法律やその趣旨を十分にふまえたルールメイキングを実施する必要があります。
スポーツ界として遵守すべき日本の法律としては、契約に一般的に適用される民法、商法、コンテンツビジネスとして著作権法、商標法、不正競争防止法など知的財産法のほか、独占禁止法、労働法(労働基準法、労働組合法など)、税法などがあります。スポーツ団体としての組織運営に関しては、一般法人法や公益法人法、NPO法、株式会社法などの法人法のほか、個人情報保護法、その他の業法などもあります。また、刑罰法規(賭博関連法も含む)などももちろん適用対象になります。

3. スポーツ仲裁判断からの限界

スポーツ界のルールメイキングの法令上の限界は、欧米の裁判例も含め、国家裁判所の判決によって明確にされてきていますが、それに加えて近年きわめて大きな重要性をもってきているのが、国際スポーツ仲裁裁判所(CAS)や日本スポーツ仲裁機構(JSAA)など、スポーツ仲裁の仲裁判断です。
スポーツ仲裁は、国際スポーツ団体、スポーツ団体が加盟団体や選手、指導者などと合意しているスポーツ界の紛争解決方法です。スポーツ界の紛争は国家裁判所で取り扱うことができないものも多く、むしろスポーツ界に関するルールはスポーツ仲裁で判断されることも多かったりします。そのような場合、スポーツ仲裁は少なくとも当事者間は法的に拘束するため、スポーツ団体としてはスポーツ仲裁判断の内容にしたがわなければなりません。

4. ステークホルダーとの協議(民主制)からの限界

スポーツ界のルールメイキングは、スポーツ団体にとっては、多くの加盟団体、選手、指導者、審判など構成員との集団的な取り扱いが必要になります。そこで、スポーツ界の意思決定は、スポーツ団体でルールメイキングを行い、構成員にその合意を求める契約アプローチで進められてきた経緯があります。
もっとも、スポーツ界の意思決定に多様なステークホルダーの関与が求められる時代になってきている中で、法的正統性アプローチとして、スポーツ界のルールメイキングでも、対象者である加盟団体や選手・指導者・審判・ファンを十分に関与させる必要が出てきています(ステークホルダーエンゲージメント)。プロ野球球界再編問題(2004年)や、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長後継指名問題(2021年)、欧州サッカースーパーリーグ問題(2021年)においても、スポーツ団体のファン不在の意思決定が大きな反発を生んでいます。
具体的には、スポーツ団体の意思決定として、加盟団体が集まる会議体や、選手、指導者、審判、ファンの集まりである民主的な組織とのあいだで十分な協議・議論を行うことが必要でしょう。

5. グッドガバナンス(インテグリティ、サステナビリティ)などの要請からの限界

スポーツ界のルールメイキングにおいて、法令上の限界ではないものの、近年重視されるようになっているのが、グッドガバナンスあるいはインテグリティ、サステナビリティの要請です。法令上遵守が義務づけられる事項ではありませんが、現代のビジネスに対する要請として、スポーツ界にも求められています。
このようなグッドガバナンス、インテグリティやサステナビリティの要請は、すでにスポーツ界のルールメイキングの多様な場面で尊重され、ルール化されつつあります。むしろこのような要請を積極的に反映するルールメイキングを実施しなければ、スポーツ団体の価値を十分に社会に示すことが難しくなってきています。もはや法令だけを遵守していれば足りるというバランス感では間に合わない意識が重要でしょう。
中国人プロテニスプレイヤーの彭帥(ポン・シュアイ)の問題に関しては、国際オリンピック委員会(IOC)、国際テニス連盟(ITF)、女子プロテニス協会(WTA)などのスポーツ団体がこの問題はどのように積極的に対応するのかが求められています。

6. 上部団体の規則などによる限界

昨今、スポーツ界のグッドガバナンスの実現に向けて、国際スポーツ団体や上部団体がさまざまなメンバーシップレギュレーションや加盟団体規定を定めています。スポーツ団体は、加盟団体としてこのような規定の遵守を求められた場合、これに反するルールメイキングはできません。
たとえば、日本サッカー協会(JFA)は、国際サッカー連盟(FIFA)のメンバー団体であり、FIFA憲章その他の規則を遵守することが求められています。これによりJFAは、基本規定から諸規則まで大きな変更をともなうことになっています。また、日本の中央競技団体は、スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>について、日本オリンピック委員会(JOC)、日本スポーツ協会(JSPO)、日本パラスポーツ協会(JPSA)の加盟団体として遵守が求められています。
ただし、上部団体の規則などによる限界は、形式的にはスポーツ団体のルールメイキングの限界ではありますが、上部団体の規則自体にこれまで述べてきたような法的限界があった場合は、そもそも法的正統性を維持しがたい場合もあります。

7. まとめ

以上のように、スポーツ界のルールメイキングを理解する上では、ルールメイキングの法的限界についても把握しておくがことが重要です。スポーツ団体のルールメイキングはますます難しい時代を迎えていますが、このような法的限界を踏まえつつ、スポーツ界として、ルールメイキングを行い、スポーツの社会的価値を発信していくことが求められています。

▶川井圭司「スポーツ界におけるこれからの意思決定 : 国際的動向にみる「民主的」決定とグッドガバナンスの本質」(同志社政策科学研究第22巻第2号、2021年)27頁参照。
▶Andre M. Louw, Ambush Marketing & the Mega-Event Monopoly – How laws are abused to protect commercial rights to major sporting events -, Springer, 2012
▶Stephen Weatherill, Principles and Practice in EU Sports Law, OXFORD EU LAW LIBRARY, 2017
▶Lloyd Freeburn、Regulating International Sport -Power, Authority and Legitimacy, Brill | Nijhof, 2018

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