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日本スポーツ産業学会 第26回学会大会シンポジウム② 大学スポーツ産業の振興

日本スポーツ産業学会 第26回学会大会シンポジウム②
大学スポーツ産業の振興
小林至│江戸川大学教授 伊坂忠夫│立命館大学教授
モデレーター 高橋義雄│筑波大学教授

高橋 スポーツ庁より、大学スポーツ・アドミニストレーターの配置等、「大学スポーツ振興の推進事業」についての提案が募集(2017年9月に選定)されましたが、大学が、少子高齢化、グローバル化という急激な社会の変化にさらされるなか、スポーツをどのような資源と認識して、活用していくのか。学、産、官が新たなイノベーションを生む、大学スポーツ産業の可能性について、お二人の先生とともにディスカッションします。

日本版NCAAの創設に向けて

小林 大学スポーツ振興に関する検討会議のもとに、日本版NCAAの在り方について検討するためのタスクフォースが設置され、その座長を務めました関係から、そこでの議論をご紹介したいと思います。
会議は今年の3月まで6回行われ、最終的には2019年の3月までにこの日本版NCAA、つまり大学横断的かつ競技横断的な中央統括組織をつくろうという方向になっております。では固まりになって何ができるかというと、今できていないことが実はいろいろあるのです。アメリカのNCAAには、学業との両立、安全・健康・公正という3つの理念がありますが、これらについて、日本の大学スポーツでは基本的に善意に基づいて行われてきました。
例えば安全と健康について、現在多くの大学の部活動では、何か起きたときに保険でカバーされていない。けがをしたとき、提携の病院があると答えた大学は4分の1もない。対応マニュアルもないケースが多い。
コンプライアンスの問題に対しても支援ができると思います。たとえば、部費の管理はほとんどの場合、マネジャーや部長の個人名で口座がつくられています。任意団体ゆえ、組織としての口座を作れないというのがその理由ですが、これもマネジャー、部長がいい人であるという性善説を前提にしたもので、コンプライアンス的には、これはよくない。こうしたことへの対応策を講じる必要がありますが、個々の大学で取り組むよりも、中央統括機構というかたまりができることで、廉価でより効果的な運用ができると思います。ルール作りの支援機能、あるいは共同で法人化をするといったサポートができるかもしれない。
いずれにしても、中央統括機構ができ、運動部、大学、それから学連、競技連盟に御用聞きをすることによって、さまざまなものが見えてきて、規模の経済を生かしたプロモートできるであろうと。大学スポーツの可能性を引き出し、より良い形で社会に、そして各大学に認めてもらえる組織として、日本版NCAAはやはりあったほうが良いという結論です。

立命館大学の挑戦と関西の動向

伊坂 立命館大学では、他大学と同様、スポーツ強化を1980年頃から始めました。その後、1998年4月、課外スポーツの拠点を目指した「スポーツ強化センター」の設置、2010 年のびわこ・くさつキャンパスへのスポーツ健康科学部新設などを経て、2014年に、スポーツを学園づくりのための重要な要素として位置付ける「立命館スポーツ宣言」「立命館アスリートの誓い」を明文化いたしました。そして、スポーツ宣言の“立命館はスポーツを通じて、老若男女を超えた地域コミュニティーの形成と発展に携わり、地域社会の健康で豊かなコミュニティーづくりに貢献することを社会的役割の 1つとする”という定めに基づいて、いよいよ、びわこ・くさつキャンパスの正門横のフロントゾーンに「スポーツ健康コモンズ」をつくることになり、2016年に完成しました。バスケットが2面できるアリーナと多目的室、フィットネスができる部屋、さらに、リラックスコモンズという、学生はコーヒー無料といったことをやっている「知るカフェ」、クインスタジアムという記録会ができる公認トラック、そういった施設がございます。まさにコモンズですから、誰もが集える場所にということで、学生、教職員は自由に使えますし、地域の方にはプログラムサービスを展開しております。ヨガやピラティス、夏には子供の水泳などもやっています。
大学の資源であるCOIの研究成果も投入しています。例えば、アリーナに研究開発した超音波スピーカーを設置しましたが、そういったメリットもございます。また、来年4 月に開設する食マネジメント学部と協力しながら、ヘルシーカフェやママモビリティー、といったことも考えています。 コモンズ事業の推進にあたっては、大学をどのような形で拠点化するのかといったイメージを描いています。真ん中に市民があって、大学がいわばキープレイヤーとなり、地域の資源も活用しながら、人とハード、さまざまなライフサイエンスをどう巻き込んで、スポーツ健康コミュニティーを創造していくのか。ここが一番、知恵の出しどころだと思って
います。
次に、大学と大学をどう結びながら、それぞれの知恵を出していくかということで、関西の動きの1つを紹介いたします。2012年頃から関西5大学で、体育、スポーツに関わる勉強会をずっとやっておりますが、日本版NCAAの話が出てきたときに、我々もこれまでの議論の蓄積、それぞれの資源を使いながら、もう一度、関西で集まりましょうということで、2017年1月に、第1回大学スポーツ振興関西地区検討会を開きました。7月30日で6回目を迎えるのですが、いま集まっている大学を中心にしながら「大学スポーツ推進コンソーシアムin Kansai」を立ち上げようと考えています。これは何も関西版NCAAをつくろうとかではなくて、大学のスポーツ、学生を大事にしながらできるような、そしてお互いの良い知恵を共通資源として活用できるコンソーシアムをつくろうということで進めております。
我々としてはいろいろな大学を巻き込みながら、コミュニティーづくりにかかわる者として、多くの産、学、官、地が連帯したエコシステムをやりたい。1つの大学、1つの地域だけがひとり勝ちするということではだめで、それぞれのメリットを考え、うまくマッチングさせながら、時代とともに進んでいくシステム。そしてそれを日本版NCAAとうまく循環させていく仕掛け、そういったことを常日ごろから考えております。ぜひ各大学の先生方もご支援いただければと思っています。

学内での仕組みづくりの秘訣

高橋 長い歴史の中で、大学は競技力の向上や教育としての体育を教えることがメインで、体育に特化して動いているという現実がある中で、立命館大学ではどのように仕組み化したのでしょうか。
伊坂 大学の機能は何か、ということだと思います。私立大学にとっては、メインである研究においても、地域との連携は外せない問題なんですね。我々のびわこ・くさつキャンパスは特に、滋賀県と草津市の協力なくしてはできなかった面があり、協力協定や学術研究交流協定も結んでいます。新しく入ってくる先生にも、そこを丁寧に説明しながらやっている。とにかくコミュニケーションが大事だということ、そして、負担だ、ではなくて、やはり日常の充実にどうつなげていくかという工夫が要ると思います。

大学、NCAAの資金調達モデル

高橋 さまざま取り組みをボランティアでない形で推進していくためには、資金の調達、管理が重要になってきます。
小林 まずは大学が、資金調達力を高め、管理統括する部局を持つ必要があると思います。スポーツ局そしてその責任者であるスポーツ・アドミニストレーターということになります。スポーツ局の設置は、NCAAの設立と並行して、大学スポーツの振興のための柱です。
お金を稼ぐ方法はスポンサーシップ等々いくつかあり、アメリカでもNCAAは大儲けしているイメージがあるかもしれませんが、1,100校あるNCAA加盟校のうち、大学にスポーツで儲けたお金を還元しているところは20校程度で、ではどうしているかというと、大学がお金を出しているんですね。その原資はスチューデント・フィーという形で学生から徴収しています。教職員、親、OBのアイデンティティー醸成のためということですね。ディビジョンⅢになると、収入のほとんどはスチューデントフィーです。特に新興の大学にとっては、ブランディングと学生確保のために、大学スポーツはとても貴重な存在です。日本でも、大学のブランディング、あるいはアイデンティティの醸成のために、スポーツの役割は大きいと思います。そこを大学当局にきちんと認識してもらうことは大学スポーツ振興にとって、とても重要だと思います。 日本版NCAAの原資をどうやって作るか、色々と議論はありますが、ひとつの可能性として、会員ビジネスを展開できるのではないかと思っています。プロ野球球団で経営に携わってきた直感でいえば、運動部員20万人という会員組織となれば、そのプラットフォームはかなりの金額を生むのではないかと思います。
稼ぐだけでなく、コスト削減にも貢献できるかもしれません。例えば、共同事務局なんていう考え方があります。パラリンピックスポーツの多くが日本財団にバックオフィスを持っていて、すごく助かっている。こういった機能を支援する、あるいは日本版NCAAが運営代行をすることにより、各大学あるいは学連のコストダウン、あるべきコンプライアンスの充実もできるので、こうした機能をもって大学スポーツ振興に貢献できることもあると思います。
あとは各大学の先進的な取り組みを横展開するためのプラットフォームになれる可能性もあると思います。
伊坂 立命館大学では、大学の施設を使って、学生が健康になれるような仕組みに価値を見出して、対価を払ってもらうことが、寄附をする練習になるだろうと思っています。学問的なインストラクションを受ける権利が発生する形でできないかと考えています。
学連との関係構築、学業との両立といった課題について高橋 NCAAをつくる際に、既存構造としての学連と、日本版NCAAといった統括部局を中心とした大学の集まりが、どのような関係を結ぶべきでしょうか。
小林 日本版NCAAでは、加盟するのは大学で、学連と連携していくというのが、タスクフォースでみえてきたイメージですね。
伊坂 例えば、学連の試合を1つ、大学のキャンパスだけでできることで、学連の負荷を下げることができる。学連にとってメリットがあることをいかに提供して協力関係を築いていくか、そのことが非常に大事だと思っています。
高橋 学業との両立について、スポーツに集中的に取り組むがゆえに学ぶべき学問的なことができず、最悪の場合は単位を取れずに退学というようなことが、これまであったと思います。今後は、管理統括する部局が確実に学力的なサポートをすることを政府から求められます。
伊坂 立命館大学ではもともと98年に強化センターをつくったときに、一定の単位を取れない場合は公式戦を欠場しなさいという自主規制をしています。なので、入ってくる学生もそういう覚悟で来るという風土があります。とはいえ、中には難しい学生もいますので、各クラブに副部長制度で職員、部長は教員がついてサポートし、それで足りない場合は、大学院生のTAをやとって対応しているクラブもあります。
それではいかんということで、今年からアカデミックサポートの体制をつくりました。学部やクラブごとではなく、全学的な対応にしようと進めています。
高橋 これは恐らく入試制度改革とも結びついてきて、将来、高校、中学のスポーツも変わらなければいけない、となっていくと思うのですが。
小林 やはりオリンピアンの3分の2を生んできた大学が率先して取り組むことの影響力は大きいですよ。そして、それは一大学でやるよりも、大きなムーブメントにできればより効果的ですよね。日本版NCAAは、そのためのプラットフォームという風に考えてもいいかもしれません。実際、個々の大学単位では、既に素晴らしい取り組みをしている大学がたくさんありますからね。
伊坂 その統括する窓口から、学連に要望していくようになれば。これもやはり一大学だけでは難しいので、そのあたりの連携も深まればと思っています。

関心の高さを示す、会場からの質疑応答

会場1 私は実業の世界から来ましたので危惧しているのですが、日本版NCAAをつくるにあたって、顧客をどのように考えていて巻き込んでいくのでしょうか。
小林 私もプロ野球球団で経営者をやってきましたので、その考えはよくわかります。顧客は、大学当局、あるいはOB、地域、民間企業かもしれない。さまざまなステークホルダーを巻き込んでいく。いろんな可能性があると思います。会場2 運動部が大学の下に必ずしもないというか、独立採算でやっているケースでは、大学を連携したところで運動部との連携が成り立つかが疑問なのですが、どう進めていくのでしょうか。
小林 タスクフォースでもこの話は相当出ました。まさに学外にあったように見えたものを、きちっと学内に取り込む。これまで見ていたOB組織などに協力をしつつ、例えば監督の人事権をOB会から取り上げるということではなく、ただし、最終責任を負うはいずれにしても大学ですから、認証するというかたちは取りましょうね、というようなルールは必要かもしれません。会計については、大学当局の管轄にしたほうがいいだろうという議論でした。
会場2 もう1点、再来年3月の設立を目指していると思いますが、例えば東京六大学リーグのような伝統ある組織も、一気に全部入れるのか、それともマイナースポーツやそれほど連盟が強くないスポーツから入れていくのでしょうか。
小林 これも議論しました。学連とは連携関係で、今後も各学連の権利をNCAAに移しかえるという議論は多分ないと思う。ただし、任意団体ではなく法人化をお願いしますとか、時代が求めるガバナンスに適合するためのガイドラインを示すとか、そのための支援はやりますとか、緩やかな形での支援活動、管理になるのかなと。
ただ、質問の件については、結論は出ていない。まさにこれから協議していくことになると思います。
会場3 競技団体から見たときに、この日本版NCAAがどういうふうに映るのかというところなのですが、逆に面倒になると思われてしまうこともあるのかなと。その対応策についてお聞きしたいです。
小林 そういうところも出てくるでしょうね。でも、私が創設に携わったパシフィックリーグマーケティング(PLM)でもそうだったのですが、かたまりになることで得られるメリットは必ずあると思います。会計機能の代行・支援をやることで、各大学や学連にとっては、ガバナンスが向上しつつ、コストダウンも図れる。当初は、面倒に感じることもあるでしょうが、中央統括機構が出来て、各大学を御用聞きに回っているうちに、ある程度の最適解が見つかってくるのではないでしょうか。
指導者の問題や、先ほどの保険といったリスク管理の部
分も含めて、やらなければいけないけれども、個別の大学でも、学連でも、なかなか成し遂げられないことを、中央で検討する組織をつくることでルール作りをして、そのルールを守っていくことで、大学スポーツの振興に寄与できると思います。
会場3 もう1点、僭越ながら私からの要望なのですが、先ほどのメリット、デメリットのところでも、大学や地域ばかりで、実際にやる運動部の存在が全く出てこない。これは必ず入れておかないと、なかなか前に進まないのかなという気がいたしました。
会場4 NCAAの一丁目一番地が、学業とスポーツの両立を掲げているというお話ですが、実際に今、統一的にアスリート学生の学習面のサポートをする計画やお考えはあるのでしょうか。
小林 論点としては当然出ていますが、計画はこれからです。高橋 これはムーブメントをつくらなければいけなくて、例えば文部科学省の高等教育局予算で、大学の施設、サービス改善といったことを、社会から盛り上げていかないと。大学教育とは一体何なんだというところまで入らなければならないと思います。
伊坂 我々関西は、例えば教養教育を担う教員も共同で雇
う、あるいはプログラムを共有化するといったアイデアも出していきたいと考えています。

大学スポーツ産業振興の仕組みとJSSIの役割

小林 20万人いるといわれる大学の運動部員を会員組織化することによって、1つ売り物になる。その会員にアプローチしたい企業がものすごくあると思うんですよ。
それから先ほどPLMの話をしましたけれども、何をもってスタートしたかというと、システムを統一してコストダウンを図ることでした。大学スポーツにおいても、中央に御用聞きをする事務局機能が出来て、ここにビジネスマン、マーケターが入ってくることによって、ビジネスチャンスが生じるのではないでしょうか。
伊坂 やはり、新しくシステムが変わるということだと思います。日本版NCAAが、なんらかの抑制をかけるようなものになれば、一方で促進を図るようなところが回っていく、その全体像の中で、どういう形で人と物、お金が動いていくのかといったエコシステムに注目しながら、また我々も一部その中に入りながら、産業化、あるいは雇用創出に貢献したいと思っております。
高橋 何もない荒野、無法地帯の中では取引ができないので、まずは基本的な制度をつくることによって、マーケットが生まれ、産業が育つ。逆に言うと、産業が育つような規制、制度にしなくてはなりません。近々、最初のスポーツ・アドミニストレーターを受け入れる大学が発表され、いろいろな議論が始まります。スポーツ産業学会でも、多くの方々とディスカッションする機会を今後も設けることによって、大学スポーツの産業化をこの学会としてもサポートしていける、もしくは研究分野に据えることができると考えております。

▶本稿は、2017年7月16日(日)立教大学池袋キャンパスで開催された第26回学会大会シンポジウムの講演内容をまとめたものである。

 

 

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