シンポジウム 大学スポーツの産業化を考える
シンポジウム 大学スポーツの産業化を考える
尾山 基│株式会社アシックス代表取締役社長 CEO
由良英雄│文部科学省スポーツ庁参事官鎌田 薫│早稲田大学総長
司会・コーディネーター 平田竹男・中村好男│早稲田大学教授
早稲田大学は昨年3月にアシックス株式会社との間で包括的連携協定を締結した。また、スポーツ庁では大学スポーツの振興に関する検討会議を開催し、昨年8月に中間とりまとめを行った。本稿では、早稲田大学とアシックス株式会社との連携を踏まえて、大学スポーツの抱えるさまざまな問題解決への道筋を共有するために、早稲田大学で開催されたシンポジウムの内容を報告する。 (構成:中村好男)
大学スポーツへの眼差し
尾山:我が社は1949年の設立以来、高校・大学を中心とした教育機関と連携し、スポーツ用品を研究・開発・販売してきました。早稲田大学とも、教授・各部活動の監督の協力を得て強固な関係を築いてきております。
現在、我が社は早稲田大学のスポーツにおけるブランド力に注目しております。特に野球、ラグビー、サッカー、競走、水泳では有能な選手を多数輩出しており、オリンピック・パラリンピックアスリートや教育者も豊富です。そうした中、我が社は原点に帰り、教育機関で真摯にスポーツに取り組んでいる方々をサポートしていきたいとの思いから、今回の提携に至りました。
従来のように、ただ単にメーカーとして資金や商品の提供をするだけでなく、大学スポーツビジネスとして包括的な提携をできないかと模索しております。大学スポーツは、学校・保護者・校友の負担だけに頼ることなく、新たなビジネススキームを創出していくことが重要です。
サプライヤーの立場から現在は研究開発、人材交流・育成、地域社会貢献活動、メディアへの情報発信、スポーツ用品を通じたチームビジネス・ライセンスビジネスに取り組んでいますが、今後は我が社がスポンサーを務める慶応義塾大学のラグビー部などとも連携した早慶戦ビジネスの展開や、アメリカからのトレーナー招致などを考えております。これら包括的な提携により、双方が長期的なビジネスを構築できるような効果を見出していきたいと思っています。
由良:2015 年10月にスポーツ庁が設置され、スポーツの成長産業化の実現を図るべく、官民の連携推進に取り組んでおります。政府全体でも、スポーツを経済活性化の重要な柱として掲げ、日本再興戦略の中に取り入れました。かねてから経済産業省にもスポーツ活性化の議論はありましたが、スポーツ庁で当議論が始まったことにより、アスリート、教育機関との連携がより強化されるようになったため、今後さらなる取り組みに向けて動いております。
中でも大学スポーツ振興は、大きな柱です。2016 年8月の大学スポーツ振興に関する検討会議では、大学内でのスポーツマネジメント部局の創設、アメリカの全米大学体育協会(NCA A)にならった大学横断的かつ競技横断的統括組織(日本版NCAA)の創設を打ち出しました。日本版NCA Aのあり方については、昨年年末より大学スポーツ関係者の方々と議論を進めています。また、平成29 年度予算の対象として、産学官連携協議会を設置し、調査検討からアクション開始までを進めていく予定です。
我々は二つの意味で、日本のスポーツ産業化における大学スポーツの持つ意味は非常に大きいと考えております。一つ目は、大学スポーツが発展すれば、スポーツに仕事として携わる人の数が増えるということ。売上そのものよりも雇用に貢献できないかという考えです。もう一つは、より大きな意味で、大学スポーツはスポーツ全体を活性化する効果があるということ。教育、研究、ビジネス、地域社会貢献など、スポーツが持つ『人と人をつなぐ力』を目に見える形にしていく上で、大学はコアな拠点の一つになるでしょう。
鎌田:本学創始者である大隈重信は“まず体育を根本として人の人たる形体を完全にし、而して後道徳訓ふべく、知識導くべきのみ”という言葉を残しています。教育は、知育・徳育・体育という柱からなりますが、体育がベースにきて、その上に徳育・知育が成り立つ。大学生としてスポーツに取り組むことは、精神力、判断力、ルールの重要性、挑戦心などを学ぶこともできるので極めて重要だということを繰り返し述べています。
早稲田大学では創立翌年から運動会を開催し、1897年に体育部を設立。今年はその120周年を迎えます。現在では、毎年10以上の部が大学日本一の座を獲得。オリンピック・パラリンピックでも実績を残しており、リオ大会では現役・校友合わせ2 4名が出場し、メダルを5つ獲得。歴史的にも、夏季・冬季オリンピックで金16、銀22、銅21、パラリンピックでは金6 、銀7、銅9を獲得してきましたし、指導者や協会運営者として活躍する校友も多くいます。このように、日本のスポーツ全体を盛り上げる上でも、本学は大きな貢献してきました。
また、本学ではトップアスリートのデュアルキャリア支援を進めています。トップアスリートたちの引退後の人生設計まで考慮しなければ、大学のスポーツ振興策としては十分ではありません。スポーツ科学部での継続教育はもちろん、eスクールでも、現役選手・OB 問わず多くの方々が入学し、スポーツのよき指導者となっていきます。オリンピックに出場すると一年の半分は国際試合を転戦しなければならず、学校に通うことが困難です。金メダリストが学位をとって次世代に尊敬される指導者になっていくことを意識的に目指している中国では、教授が学生の遠征先に赴いて指導しています。我が校ではそこまで至っていませんが、eスクールが、フィギュアの羽生結弦やJリーガーをはじめ、大きく役立っているといえるでしょう。
一方で、競技スポーツセンターのもとで各部・団体の強化に取り組む本学を含め、大学全体に多くの課題が残されています。監督、コーチ、トレーナーとの関係構築が不十分で、支援をボランティアに頼っている部分も大きい。こうした基盤を整理するために、人事面での創意工夫が必要になります。また、スポーツは市民スポーツ・健康科学というところまで広げると、興行収入にとどまらない非常に広い価値があります。スポーツ産業全体を盛んにしていくことは日本経済に対する意味も大きい。それぞれのスキームを体系化していくために、健康、医療、スポーツ、社会科学の総合科学としてのスポーツ科学の実践が必要となります。
大学スポーツ産業化の課題
平田:私は2013 年より内閣官房参与として、内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局長を務めております。この内閣で感じたのは、『一生懸命やれば実現できる』のではないかということです。例えば、観光では2 012 年に80 0万人だった外国人観光客を2 0 0 0万人にしようと、ビザの解禁や免税店なども含めて様々なことをやってきたのですが、昨年2400万人と3倍になりました。
スポーツの産業化についていえば、1990年ごろに通商産業省(現経済産業省)で「スポーツ産業ビジョン」を出した時には「スポーツを産業などに扱うのか」ということをまずクリアしなければならなかったのですが、25年たった今では、経済産業省ご出身の由良さんが、文部科学省のスポーツ庁のスポーツビジネスのご担当になっておられるということで、その間の政府の進展を感じます。2011年には、スポーツ基本法が策定、2013年にオリンピック・パラリンピックの東京開催が決定。2015年にはスポーツ庁ができ、パラリンピック事業が文部科学省に移管。スポーツに対する政府の取り組みが進展しています。
こうした中、日本では学連がNCAA化するという議論もありますが、例えば早稲田大学がスポーツ界のリーダーとして自ら大学のビジネス化の率先垂範をすることが重要です。NCAAでは、各大学が8万人以上の大きなスタジアムを持ってビジネスを展開しています。また、例えばケンタッキー大学のバスケットボールクラブの監督が5億円以上もらっていますが、高い年収でトップの指導者を得ることができるというのが、大学のビジネス化の中心的なテーマになると思うのです。
また、競技団体のビジネス化も重要です。競技団体というのは、会費制とか社団的なものが多く、高い会費を取ったり、試合があるたびに上納金を払わせるという構造で成り立っています。私がサッカー協会の専務理事を務めていたころには、政府からもらうお金はゼロで、毎年10 億円以上の税金を納めていましたが、このような競技団体は日本では稀です。大学スポーツがビジネス化しても競技団体や学連がそれを応援する構造になっていないとうまくいきません。アメリカの競技団体は個別大学のビジネス化に寄り添って応援していますが、日本でも競技団体や文部科学省が大学スポーツのビジネス化に寄り添えるのかというところが重要になるのかと思います。
加えて言えば、大学が産業化するにあたり、全競技で同時にスタートさせるのは難しい。陸上・ラグビーなど花形競技が先陣を切り実績を残し、ノウハウを蓄積して競
技人口の少ない競技に移行するべきです。そうした意味で、具体例をどれだけ培えられるかが、本学の課題だと思います。
尾山:少子高齢化や家計縮小の影響で、我が社も学生向けスポーツウェアの売上が近年減少しています。平田さんがおっしゃるように、早稲田大学のようなネームバリューの強い大学が自立することは、学校・家庭の負担軽減という意味でも効果は大きいといえます。また、例えば、栄養学、医学などの教授をコーチとするなど、学内横断的にスポーツに応用することも効果的でしょう。さらにリーグや対抗戦の興行化で収入をあげられれば、部の運営も良くなるし、家計負担を軽減できます。
広い意味では、箱根駅伝、サッカー・ラグビー大会などは、出場校や開催地を関東だけに狭めるのではなく、全国規模にするべきです。西日本の有能な選手が地元の大学で活躍すれば、地方創生にもつながり、地方学生の上京の際の負担を減らすこともできます。
由良:箱根駅伝の関東学連や、高校野球の高野連については、収入の分配に関して当事者に決定権がないことが問題です。一般的なビジネスでは収益があがれば投資をするが、そういった発想が競技団体には少ない。近年競技団体の財務の仕組みは改善されており、自由度は高まっている部分もあるのですが、収益拡大に対する保守的な意見も残っています。大学にも「儲けてはいけない」という考えを持つ方は多いようです。今は文部科学省も大分変わり始めて、国立大学でも稼ぐということをちゃんと考えなさいということを言い始めていますので、そういう部分をスポーツがリードしていくことが大事なのではないかと思っています。
また、スポーツ界にはそもそも、『スポーツは産業化できない』という思い込みがあるのではないでしょうか。スポーツの産業化で重要なのは、まずはスタジアム・アリーナの改革だと考えています。まず観戦が盛り上がっていないとその先が進みません。日本は大学スポーツでも甲子園・神宮球場など、聖地型と呼ばれているスタイルでセントラル型の開催をしておりますけれども、できればホーム&アウエーの形で各大学の施設を使って見ていただけるような環境づくり、学生の皆さんやら地域の方を含めて見ていただけるような環境が充実していけばより盛り上がりやすい環境がつくれるのではないか、そういう意味ではハード面でもやるべきことがあると感じております。
3点目は団体の改革です。内側からの改革ももちろん重要ですが、やはり人材が必要で、ビジネスの経験が豊富な方に団体に入ってきてもらうという窓を開いていきたいと思っております。その際、スポーツ科学分野の大学の人材育成機能には大いに期待しています。
尾山:東京ドームは3 65日中3 0 0日以上稼働していますが、アーティストのライブなどのイベントではショッピング収入も上がります。これまで日本ではスタジアムが運動公園として郊外に造られていましたが、アメリカでは都市の中にあり大変盛り上がっています。もし、早稲田でスタジアムをつくれば必ず収益を上げられるのではないでしょうか。神宮などは、特区にしてマンションやショッピングモールと連動しないと今後成り立たないのではという意見もあります。地方においても、稼働率がよいスタジアムは中心部に位置しています。
鎌田:現実には、選手たちは毎年部費・合宿費などを負担しており、学位取得のために授業にも出席しなければがなければ、国民との距離ができ、一過性の大会になっ
てしまうのではないかと懸念しています。私たちとしては、社会全体でスポーツを楽しめるように、少しでも尽力したいと思っております。
「特区」への期待
平田:今うかがっていて、制度の限界もいろいろありますが、由良参事官と一緒になって早稲田がやれることは「特区」だと思うのです。税制とか、競技団体との連携とか、リーグ構造を変えようという話があるときに、スポーツ庁が率先して、「大学スポーツの産業化を特区でやるときにはこの部分では税金はかかりません」とか、
「最初の5年間の特区の期間は競技団体も大学本部も取らずに投資に向ける」とか、まずはラグビーなり陸上なりサッカーなりの率先垂範クラブがやってみて、スポーツ庁認定のもとで税も取らずに、競技団体も自由化させて、早稲田の中でもいろんな諸制度をかけないということで、まずは稼げる体質にするという構造を設計したら良いのではないかと感じましたがいかがですか。
由良:何が制約になっていてどこを取り除くのかというのが見えてくる形になるような特区づくりですね。
平田:そのためには、例えば早稲田大学のラグビー部が10億円ぐらいもうかるような現実的な企画を創造したいですよね。要するに「現実の企画なしに制度なし」なので、大きなスポーツのイベントとか、さっき由良さんがおっしゃったホーム&アウエー方式とか、そういうようなことをぜひやってもらうのがいいだろうと思った次第です。
鎌田:直近の課題として、2019年のラグビーワールドカップに際して、ラグビーワールドユニバーシティカップを本学が中心となって開催する構想があります。前回大会の際にはオックスフォード大学が中心となり世界7大学が集い、早稲田はアジア代表として出場しました。その恩返しとしても開催すべきなのですが、現状で資金の目処はまだ立っていません。日本では資金がなくて開催できなかったということになれば、国際的にも大恥になりかねません。早稲田大学が中心となって世界の大学ラグビーを盛り上げるためにも、その実現に向けて「特区」なども活用していけるように、皆さまのご協力をぜひお願いします。
最後に一言
尾山:eラーニング、デュアルキャリアなどアスリートのキャリア支援は、企業としても歓迎です。オリンピックに出場したことのある方は、スポーツプロモーション・コーチングなどで活躍できると思います。そうした引退者の活躍を応援することは、日本スポーツ全体のためにもなります。
由良:官民が共同で取り組めるモデルを徐々に構築することで、スポーツの成長産業化を実現できるように努力します。
鎌田:日本の私立大学は授業料の値上げもできず、国の補助金も少ない中で、自力で収益を上げていくという道を探さなければなりません。ただし、純粋にスポーツに取り組んでいる学生たちを金儲けの道具に使うのではなく、努力をしている者がそれに見合った成果を得られるような構造をつくっていかなければならないと考えております。大学スポーツが大学スポーツでありつづけるためにも、関係各方面と連携して理想的な仕組みをつくっていきたいと考えています
▶本稿は、2017年1月23日に早稲田大学で開催されたシンポジウム
「大学スポーツの未来を考える」の講演内容をまとめたものである。
(写真提供:早稲田大学広報室)