IT企業のプロスポーツチームへの関わり方

小泉文明│株式会社メルカリ取締役President(会長)/株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー代表取締役社長
木村弘毅│株式会社ミクシィ代表取締役社長
モデレータ 中村好男│日本スポーツ産業学会運営委員長/早稲田大学教授

プロスポーツには様々な産業が関わり、そのチームやクラブのオーナーやスポンサーとしても様々な業種の企業が関わっている。ここでは、起業後急速に業績を拡大してIT業界に旋風を巻き起こしたメルカリ(鹿島アントラーズ)とミクシィ(千葉ジェッツ)が、どのような思いでプロスポーツの世界にかかわっているのか、今後の構想とともにお話を伺った。───中村好男

スポーツの世界にかける思い

中村 小泉さんはどういう思いで鹿島アントラーズに関わっていらしたのでしょうか。

小泉 私は今メルカリの会長を務めていますが、約2年間のスポンサー期間を経て、昨年8月に、前の株主であった日本製鉄様からメルカリに株式を譲渡する形で経営に参画しています。スポンサーを始めた目的は、やはりユーザー層。サッカーは30〜40代以上の男性が中心でして、メルカリというサービスはどちらかというと20〜30代の女性が多かったので、そこのユーザーがそれぞれ被っていないというところで、新しいユーザー層とのタッチポイントを増やすためにスポンサーに入っていきました。

そういうスポンサーの関係を続ける中でアントラーズとも今後の方向性というか、ビジョンを検討する機会があり、その中で私自身が感じてたことが2つありました。

1つはエンターテイメントとテクノロジー。このセッションはインターネット企業の経営がどうスポーツに入っていくかという議論だと思うのですが、このテクノロジーとエンターテインメントというのはすごく相性がいい。

例えばVRであるとかARであるとか、あと今も新しいいろんな収益化の手法、デジタル化が進んでいますが、デジタルとエンターテインメントというのは非常に相性がいいので、ここに大きなビジネスのオポチュニティーがあるんじゃないかなというのが1つ。

もう一つがまちづくりです。これまでどちらかというとスマートフォンのアプリベースで色々なインターネット企業が出てきたと思うのですが、これからは5Gであるとか、IoTであるかと、どんどんライフスタイルが変わっていくまちづくりのところにも、いろんなテクノロジーが、インターネット企業の入っていく余地が結構あるのではないかと思いました。

そこで、エンターテインメント×テクノロジーと町づくり×テクノロジーというその2つの観点から、サッカーが持っているビジネスオポチュニティーのポテンシャルが大きいのではないかなと感じまして、去年の8月に株式を譲渡する形で経営に入りました。

中村 木村さんは、ミクシィの代表取締役社長として経営される傍ら、千葉ジェッツとかFC東京とか様々なスポーツに関わっていらっしゃるようですが、どういうふうな形で関わっていらっしゃるんでしょうか。

木村 千葉ジェッツではオーナーとして経営に携わっていますし、FC東京ではマイノリティ出資しながらマーケティングのお手伝いをしています。あとは、公営競技である競輪で、インターネット上の車券販売のプラットフォームをやっていたりとか、関わりは多岐にわたります。

中村 小泉さんは、プロスポーツの経営、つまり鹿島アントラーズというチームを大きくして、チームが儲かるようにということと、もちろんそこが儲かれば、株主へのリターンもあるということに限らず、それ以外にもまちづくりという観点でもアプローチがあるとのことですが、そこら辺をもうちょっと詳しくお話しいただけますか。

小泉 フットボールビジネスというと、どちらかというとこれまでは、チケット料収入であるとかグッズであるとかリーグからの配分金という、いわゆるフットボールから得られる収益が中心でしたが、もう一つノンフットボールビジネスというのが僕らの中では今後重要になってくると実感しています。

アントラーズの成り立ちからして、鹿嶋市を含む5市をホームタウンとしているのですけれども、鹿嶋市が人口6万7,900人でして。私たちのホームタウン全てで今27.6万人ぐらいです。

非常に小さい人口でビジネスをやっているので、どうしてもFC東京みたいなすごく大きな母体を中心に回していくというのは限界があるのではと、私たちとしては創業以来考えています。

であればフットボールチームの周辺にあるようなノンフットボールビジネスまで手を出していかないと、なかなかビジネスとして成り立たないんじゃないかなという考え方が、もともとあったのです。具体的には、スポーツジムを自分たちで経営したり、クリニックも自分たちでやったり、温浴施設であるとかエステとかボルダリングとかです。いろんな周辺ビジネス、ノンフットボールビジネスをやってきました。

Jリーグの理念と同じように歩んで来ているのですが、そういう中で地域と共に新しく今後の未来を少し俯瞰的に見ると、どんどんテクノロジーがまちづくりに入っていくと思うのです。例えば渋滞予測であるとか、ライドシェアみたいな、いわゆるMaaSといわれているようなところもそうですし、医療のところも、恐らく今後かなりデジタル化していって、新しい医療のプラットフォームが出てくると思っています。

それ以外にもキャッシュレスであるとか、いろんなテクノロジーが入っていく。私たちはインターネット企業として、そこは今後産業として非常に大きくなることは分かってはいるのですが、一方で実験するには行政の理解とか、市民の理解とか、色々なステークホルダーの関係がないと、やりたいと言ってすぐにできるものではない。

そういう中でアントラーズのような、ある意味町のシンボルというかアイコンのようなチームと、そのチームの親会社であるメルカリがタッグを組んで、市民に少し先の未来を提示することによって、ひょっとしたら他の地域よりイノベーション実験がしやすいんじゃないかなと。

そこで僕らパートナー企業にNTTドコモさんであるとか、テクノロジーに強い企業さんもいらっしゃいますので、ドコモさんには5Gを使った実証実験をやっていただいています。

こういうパートナー企業も含め、みんなでまちづくりを支援していくと、パートナーシップメリットもあるし、チームの収益、もしくはチームへの貢献もありますし、地域のみなさんも近未来な生活が少し早く享受できるであるとか。何となくみんながウィン・ウィンになるんじゃないかなということで今進めています。

中村 鹿島アントラーズ・スタジアムのクリニックについて言及されていましたが、アントラーズを通じて医療の分野でも、小泉さんが貢献している。その医療が変わっていくプロセスで、ITが必要になるだろうし、長期的には医療を通じたメルカリの役割があって、それをしっかりと果たしていって、世の中を変えていけるような、そういうことを考えていらっしゃるということですか。

小泉 そうです。アントラーズスポーツクリニックがスタジアムの真横に併設されているのですが、例えばつい最近もドイツのシーメンスと提携をして、シーメンスの世界最先端のMRIを導入しています。

それはチームのために使うのですが、一方で余っている時間は地域医療のために開放していますので、そういうような形でチームをフックに、いい医療機関であるとか医療器材のパートナーシップを組んでいきます。

その中で今後デジタルカルテであるとか、もしくはいろいろな医療のところのテクノロジーが入ってくる。そういうところに例えば、メルカリの関係先を、アントラーズのクリニックに入れてくるということをやっていこうかなというふうに思っています。

中村 シーメンスと提携・パートナーシップということで、シーメンス側にも何らかのメリットがあるようですが、シーメンスの狙いはどんなところにあるのですか。

小泉 シーメンスとしてはやはり、日本の市場におけるアスリートへのMRIの活用に対してです。ヨーロッパはアスリートであるとか、医学の分野では、非常に先進的な使われ方をしているのですけれども、日本においてその事例作りとして、私たちがパートナーシップを組んでいるといった形になっています。

中村 木村さんもただ単にオーナーシップとか事業をもっと展開するということだけではない目論見があるように思うのですが。

木村 はい、そうです。小泉さんと同じような理念ベースの話と、ミクシィならではの私たちが持っているITの基本動作みたいなところの二通りがあります。

理念ベースの話で言いますと、ミクシィという会社は、SNSで成長してきた会社ということもあり、「人々のコミュニケーションをどう豊かにしていくのか」ということをテーマとして、あるいは従業員の大きなモチベーションとしてやっている会社です。

スポーツほど多くの人に熱狂を提供できて、みんなで1点入った、入れられたといったことで一喜一憂できるものはない。そういうコミュニケーション空間の提供というところで、スポーツ以上のものはなかなかない。

二つ目の、基本動作のところでいうと、IT化、あるいはデジタルトランスフォーメーションを通じて、コストサイドの提言であったり、あるいは利便性や収益性の向上をやっていけると思っています。

例えば経営管理の面でも、デジタル化してオフィスの人たちが使うツールを1個変えるだけでも、コスト効率が非常に上がっていきますし、当然ながらダイナミックプライシングみたいなセールスの方法を変えていくことで、収益が伸びていく。

こういう基本動作として私たちIT企業が加わり、今まで課題だった部分を突破していくことで、チームが成長していけると思っています。その中で私たちがミクシィとして重要にしているポリシーが、なるべく黒子になりたいということ。従来のプロスポーツチームの活用方法として、自分たちの会社の社名を売っていこうみたいなところも場合によってはあったと思うのですが、ミクシィミクシィと名前を連呼してもらうのが市民の幸せにつながっていくのかというとそうではないと思っています。

私たちはそれよりも市民の、例えば千葉ジェッツでいうと、船橋市の市民のコミュニケーションの場を提供していくという思いで運営していますし、大野ヘッドコーチも公言してやまないですが、市民球団であろう、市民のための球団であり続けようというのが、私たちがオーナーシップを取っているポリシーであります。

これはもしかしたらアントラーズというブランドでやっていく中で小泉さんも殊さらにメルカリメルカリって言っていく感じでもないんだろうなと思っています。新しい世代のスポーツ経営は、健全に運営していって市民のためにサービスを提供して、ちゃんとそこからお金をいただく、ゆえに収益が上がっていく。こんなところを目指しています。

中村 今コミュニケーション空間の提供ということがありました。具体的に、どんなふうに提供できるのでしょうか。

木村 2通りあると思っていて、1つはスタジアム、アリーナというところで、従来であればスポーツを見て終わりといったところもあったと思うのですが、施設内での飲食であったり、あるいはくつろげる空間を提供することによって、集まる場としてのスポーツ空間。そこには今までサッカーあるいはバスケットボールなどに興味のなかった人とかも集ってきて、そこで団らんがあるみたいな。そんな空間構成ができていくと、本当の幸せになっていくでしょう。

もう一つは、インターネット上でライブ空間みたいなものをつくっていけたらいいかなと。オンライン上でライブ配信をしていく。そのライブを見ながらインターネットのこちら側でみんなでわいわいとスポーツ観戦をする。一人で見ているより、ライブ配信を見ながらみんなでワーキャー楽しみながら見ている空間を提供したほうが、スポーツの見方としても幸せなんじゃないかなと思っています。

コロナ禍への対応

中村 今春は、コロナの影響でリアルなスポーツ空間が閉ざされました。お二人は、それをどういうふうに受け止めて、どのようなご対応をなさいましたでしょうか。

木村 プロスポーツに関しては、リーグ側の要請もあるので、なかなか独自に動けなかった。

一方、競輪事業は、無観客でもレースが実施され、それをネットで配信した。スポーツを見ながらベッティングをするというのを、オンライン上で提供できたというのは、経験としては大きかった。

無観客でもオンラインで楽しめて、ビジネスとしても収益を上げられるというモデルがプロスポーツ以外のところでは実践できました。そのノウハウをきちんとリーグに伝えていきながら、いつこのようなことが起こっても、収益化していけるような体制にしていこうということを、訴えかけていけたらいいかなと思っています。

小泉 僕らは本当は今年はパブリックビューイングみたいなものとか、新しい施策とかをかなりやろうと思ったんですが、そこが止められてしまった。

一方で私は、いろんなデジタル施策をやるチャンスかなというふうにポジティブに捉えまして、幾つか施策をやっているんですけれども、まずはギフティング(投げ銭)です。ギフティングとかクラウドファンディングのような、チケットではない新しい形でのお客様からの直接課金のスキームをやっています。

クラウドファンディングについては、ふるさと納税を使ったスキームを組みまして、1.3億円のファンディングになり、非常に多くのファンの方々から支援していただくことができた。投げ銭も今毎試合やっていますけれども、金額としてもかなり大きくなってきている。

今までサッカーチームは、ホームの試合はチケットを売って収益を上げてきたんですが、アウェイの試合がほとんど収益ができていなかったんです。そういうアウェイの試合の収益化というのも着手し始めています。

あとはeコマースのところの工夫ですと、当然地元にお客様が来てくれなくなかったので地域の事業者様の収益がかなり落ち込んでいる。私も普段東京に住んでいると、eコマースで日本全国の物を買いますし、eコマースを楽しむ東京の人たちが増えてきているというのもあったので、クラブで1枚eコマースの入り口のようなページを作って、そこに地元の企業、地元の鹿嶋市であるとか周辺の町の特産品の店舗を60〜70ぐらい呼んできました。それをソーシャルメディアを通じて拡散していったんですが、一部の店舗はもう売れ過ぎて、掲載を止めてくださいという店舗があったくらいでして。1つの店舗でマーケティングをすると、全然届かなかったものが、アントラーズが1つのページを作ってくれて、それにみんなが乗ってきてくれる。そうすることで全国のアントラーズファンにeコマースで届けられたというのは、非常にいい取組だったかなと思っています。

あと2つぐらい結構面白いことをやっていまして、1つが企業のデジタル化(DX)です。茨城の私たちの鹿嶋の地元を見ていても、経営者に聞くと、「会社の業務であるとかいろんなものをデジタル化しなければいけないというのは分かっているのですが、どうやっていいのか分からない」と皆さん言うので、アントラーズがDXのコンサル事業を立ち上げました。

去年僕らがアントラーズを買収したときも全然DXができていなくて、本当に紙ベースでネット企業からすると二世代くらい前の仕事の進め方をしていたのですが、それを僕らのほうで3か月強ぐらいかけて、メルカリと同じような働き方に変えてきました。

なので、このコロナ期間中もずっと在宅でできるような環境になっていたのですけれども、この事例を元に地域のDXを進めるようなコンサルティング事業をスタートしていまして、これは発表後数社から引き合いがあったりして、問い合わせが非常に多かった。

最後がスポーツのMBAみたいなスクールを立ち上げていました。地域が今後豊かになっていく上で、スポーツが肝になってくるのではないかと思いまして、私たちとしても選手のセカンドキャリアもそうなんですが、もうちょっとスポーツMBA的なものを真剣にやっていかないと、産業として大きくならないんじゃないかというふうに思っています。

ちょうどパートナー企業にグロービスさんがなったのも相まって、グロービスさんのほうにMBAのメニューを出してきていただいて、僕らのほうでアントラーズの事例を出して、それでアントラーズを事例にしたスポーツMBAみたいなものを立ち上げました。

30万円ぐらいのコースだったのですが、とんでもない人数が集まっちゃいまして、非常に好評でした。ある意味デジタル化で皆さん家で学ぶ機会を欲しがっていたということもあったようです。

これまで何となくやりたかったけれども、試合があると全然できなかったところを、コロナの期間中にそういうような形でいろんなチャレンジをして、この休みの期間というか、中断期間をポジティブに使っていたといえます。

中村 なるほど。リーグ自体は休みの期間だけど、DX革命が起こっちゃったわけですね。

小泉 あと1つやったのは、試合がないので、忘れ去られちゃうのが怖いなと思ったので、メディアとして2つ増やしました。1つはTikTokを増やしてきて、これは若い人向けです。TikTokさんにはパートナーになっていただいたので、私たちとしてもパートナーとしてお金をいただきながら、メディアを新しくスタートしていっていています。もう一つはstand.fmというウェブラジオです。

これは在宅して料理をしながらとか仕事をしながらという、ながら視聴の時間が相当伸びてくるんじゃないかというような考え方を持っていまして、ウェブラジオみたいなものをスタートにしています。

中村 鹿島アントラーズサイト(地域のeコマース)では、鹿嶋市を中心に全部がDXのモデル地域みたいになっちゃってる、そういうふうな印象ですか。

小泉 やはり店舗の方々が、そういう僕らがECのまとめサイトを作って地域の人たちに使っていただこうとするんですが、地域の企業のほうも、やはりeコマースのサービスをちゃんと作っている会社と、とりあえず10年ぐらい前に作ったけど使い勝手が悪いみたいなところと結構差があって。やはりちゃんと作っている会社のほうに人が流れていくんです。皆さんアマゾンとかに最近慣れているので、ちょっとECのサイトが古いだけで結構途中でつまずいちゃって、ドロップしていくんです。

そうすると今度僕らが、BASEという、要は地域の企業に簡単にECが作れるようなサービスが出てきているので、そういうサービスを導入するコンサルティング事業も始めたほうがいいのかなとか、結構そういうような形で地域の魅力とか地域の活力が高まらないと、クラブというのはいずれ僕らも衰退していくだろうなという危機意識を持っています。

短期的に自分たちの収益というところも当然コロナなので大事なのですが、同じように地域の競争力もどう高めていくのかということもやりたいなということで、そういう形でいろんなことをやっています。

中村 DXでいろんなテクノロジーをやっていくということについては、6月の上旬、1か月後のJリーグ再開のタイミングに、村井さんにお話を伺ったときに、無観客でもテレビから声援が届くような仕組みとか投げ銭とか、そういうことも考えているというふうにおっしゃっていました。これらのITを活用した仕組みについてのJリーグのビジョンについては、お二人が提言したようなことが大きかったということですか。

小泉 ギフティングはうちが一番早かったと思いますし、クラウドファンディングも多分うちが一番早かったほうだと思います。リーグ主導でやる分もありつつも、最後はチーム単位ですので、そこは一番要領が分かっている僕らが出ていくのが話が早いのかなということで、僕らがとりあえず最初の実験台になりますという感じで、毎回いつもやっています。

誰かがやらないと結局事例にならないので、リーグが主導でというよりは、自分たちがやりたいからやっているというようなところはあります。危機意識は各チームかなり強い中でも、やはりテクノロジーを使わないとどうにもならないではないかというのは本当だと思っているので、結構そこは実験台になっている部分はあるかなと。

僕らがクラウドファンディングをやった後に、すぐ他クラブもReadyforを利用してクラウドファンディングをやり始めていたりもしますので、やはり最初に僕らが1億円という目標金額を掲げたときに結構「1億円集まるの?」という感じだったんです。

僕らも1億円が本当に集まるのか不安だったのですけれども、蓋を開けてみれば1億3,000万円が集まっているわけであって、そういう事例が出てくれば、じゃあうちもちょっとやってみようかという感じになるだろうと思っていますし、ファン・サポーターはアントラーズがやっているのであれば、うちのチームでも何でやらないのという話になるので。

そのような形でいい事例を作っていくことで、業界全体が底上げされていくことが大事なんじゃないかなというふうに思っています。

中村 今Jリーグの話がありましたが、バスケットボールでも7月に大河前チェアマンの話を聞いたときに、2020年以降の5年の第4フェーズというところで、いろんな構想を考えている、IT化ですとおっしゃっていました。ダイナミックプライシングとかも入っていましたし、いろんなDXによる新しいチャレンジという構想をお話しくださったんですが、そこら辺について木村さんはどうですか。

木村 そうですね。DXに関しては、実はかなりフレキシビリティが高いなというのは、小泉さんに共感しているところがありました。例えばリーグで用意しているマーケティングとかチケットとかのシステム以外は、各チームで勝手に導入していいよというところがありました。

それがゆえに、例えば1個のチームで良ければ横展開していくみたいなのもやりやすいですし、ともすると、それをリーグのものとして採用してもらってもいいんじゃないか、そんな協議もしやすいのかなと思います。

ダイナミックプライシングでいうと、千葉ジェッツの場合は独自で始めていまして、このコロナ禍の中で新シーズンが開幕して、実は来場キャパが船橋アリーナだと5,000人に対して今2,000人までしか入れられないんです。それでもチケットの売上規模というのが、5,000人キャパのときとほぼ同じぐらいまで今来ている。ダイナミックプライシングというのが、非常に有用なんだというのが分かってきている。そういうのはどんどんフィードバックしていけるかなと思います。

ただ一方、今がコロナ禍だからというところで、「何とか支えてやろう」と思ってくれるファンの方に支えられて、ということだと思っていて、今後ダイナミックプライシングを伸ばしていくにあたり、何かほかの付加価値をきちんと提供していくことで、高いチケット代を頂けるようになっていく、みたいなことは準備していかないといけないんじゃないかと思います。

今後の展望

木村 私たちはIT企業として、様々なDXに挑もうとしていました。

その中でスポーツのマーケットというか、プロスポーツチームとかのスポーツ企業でも、DXはどんどん進んでいって、非常にやりやすくなっていくと思っています。

小泉 先ほどダイナミックプライシングの話で木村さんが何か新しい付加価値みたいな話をしていて、僕らもちょうど先月末に1つテストをしたのは、ドコモさんが5Gをカシマスタジアムに一早く引いてくれまして、5Gの専用端末も100台ぐらい用意していただいて、それでサッカー専用のアプリみたいなものも作っていただいた。5Gでマルチアングルで見れて、スタッツとかがすぐに見れたらいいとか、新しい視聴体験を5Gベースでテストをやったんです。

僕は、これからはスタジアムに来る意味が問われるだろうと思っています。ある意味、Zoomのミーティングとかに慣れてきた層が増えていった場合に、スタジアムの付加価値を本当に高めていかないと、別にスタジアムに行かなくてもDAZNでいいよねみたいになっていく。

それが5Gでの新しい視聴体験もそうですし、それ以外にもいろいろなテクノロジーで、僕はスタジアムをラボ化しようという話を今いろんなところでしていますけれども、スタジアムがいろんなパートナー企業の実証実験の場であるとか、僕らが少し近未来を見せてあげられる。例えばこの前NECさんと実証実験したのが、顔認証をやったんですけれども、スタジアムの入退場から決済までを全て顔認証でしていくと。

それはコロナ禍なので当然非接触ですし、セキュリティーの面からもすごく意味があることかなと思っているんですけれども、将来的にはそれでさっき言ったようにキャッシュレスも全て顔認証とかになってくると、スタジアム体験も全く変わっていくと思うんです。

全てをゼロベースで設計していって、体験価値を上げていかないと、わざわざ来るということに対する答えにならないんじゃないか。DXする際に大事なことは、何でもデジタル化すればいいっていう話ではなく、その前に、そもそもそのフォーマットは正しいんだっけという疑問もしたらいいんじゃないかと思っています。

例えばスタジアムの今の配席の仕方はこれがベストなのかとか、いろんなものをゼロベースで考えてみた上で、何がこれからの時代でベストなのかということを考えて、そこにデジタルの力を入れていくとか、改修していくとかをしていかないと、単にテクノロジーを入れていけばいいという話でもない。

これまでのスタジアムとかアリーナは、どちらかというととりあえず効率性を追い求めてきれいにぴっしり入れていく感じ。恐らくこれまで所得も比較的均一的だったので、それで成り立っていたと思うんです。

しかし、所得も非常に多重構造化していく中で、エンターテインメントにお金を払う人は、もっと高くても払ってくれる方々も多いので、もう少し選択的にできるような席であるとか、いろんな体験価値というのを変えていく必要性がある。

僕らは余暇をどう楽しむかにおいて、ある意味ライバルがディズニーランドだったりとか、イオンモールであったりとか、いろんなコンテンツというか余暇の楽しみ方がある中で、本当にサッカーとかバスケを選んでいただけるようになるために、ゼロベースで考えていかないと、独りよがりな議論になっちゃうんじゃないか。僕はもう一回、まずそもそも何なのか、その後にデジタルみたいな考え方に変えていこうかなと思っています。

中村 木村さん、例えば船橋のアリーナは今後どんなふうに変わると考えていますか。シートの有り様がVIP中心になっていくんでしょうか。

木村 難しいです。バスケットボールの場合はアメリカ追従型でいくと、収益構造的には対VIPというのが、モデルとしてはやっていく傾向には出てくると思います。やはり座席の価格差というのはものすごく傾斜がついていると思いますし、バスケなんかはキャパが決まっているので、VIPという方向に行かざるを得ないかなと。

一方で、サッカーの場合はともするとまだ座席があったりしますので、例えばインターネットだとソーシャルゲームとかでもフリーミアムモデルみたいな無料でエントリーユーザーを囲い込んでみたいなモデルがあるので、小学生とか子どもたちとかは、逆にフリーで入れられる。座席じゃなくて西武球場のように一部芝生になっている、そんなのがあってもいいかもしれません。

小泉 子供無料は全然あると思います。カシマスタジアムでいうと、2階席はほとんどオリンピックやワールドカップ用に造ったので、実際そんなに埋まるのはまれでして、こういう余っているスタジアムは逆に付加価値をどうやって上げていかなきゃいけないかを考えていかないといけないですし、千葉ジェッツみたいにほとんど毎試合埋まっているというのと、ちょっと違うかなと思っているので、結構スタジアムとかアリーナごとに戦略の多様性をもっと持つべきかなというふうに感じています。

中村 なるほど。スタジアム自体を拡張して、街の中まで入り込んでいくというような、そんな構想も、将来的にはあり得るのでしょうか。

小泉 非常にあると思っています。僕としてはアントラーズでいうと、平均アクセスの時間が90分ぐらいなんです。2万人以上が90分かけて来ているという感じでして、かなり東京の方々がいらっしゃっているんです。僕は90分かけて来て、2時間見て、90分かけて帰るというのではなくて、この2時間の前後にどれだけ地域に、もしくはスタジアムの周辺で遊んでいただけるかっていう、KPIを滞在時間で管理していこうかなと思っています。

なので、スタジアム、必ずしもお母さんとか娘さんは、別にサッカーを好きじゃなければ、極論お父さんと息子さんはサッカーを見ていて、お母さんと娘さんは何かそこで地域の食を食べてでもいいですし、海が近いんで海でSUPをやっていてもいいですし。

そういう考え方で、いろんな人々の多様性に応えていくところに地域のコンテンツが入っていくという設計にしていかないといけないんじゃないかなと思っています。必ずしもサッカーチームだからサッカーを見せようと思い込まなくてもいいんじゃないか。

木村 なんかもうそれこそ、サッカーだのスポーツだの仕事だのみたいなものの、垣根が変わってくる瞬間があるような気がしていて、働き方改革じゃないですけど、働き方のスタイルも、別に都心の集積されたビルに行くような時代じゃなくなってくるとしたときに、よほど例えば鹿嶋とかでスタジアムの傍で広々とした空間で生活していくみたいな。

スタジアムとか公園とか大きな広場があるところということに、豊かさを求めていくみたいな、もしかしたらそういうふうに社会が変わっていくかもしれない。そうすると本当にその場に住んじゃうくらいの、そんなライフスタイルみたいなのもあるんじゃないかといったことも思います。

中村 どうもありがとうございました。当初は、IT企業のプロスポーツチームへの関わり方というテーマで始めさせていただきましたが、プロスポーツチーム自体がIT企業化するといいますか、IT化を超えてIT企業化して、それが町全体に広まっていく。そのIT化自体がそういう未来を実現していくんだということを痛感させられました。

▶本稿は、2020年10月6日(火)に開催された、スポーツビジネスジャパン2020オンラインで開催された同名コンファレンスの内容をまとめたものである。

関連記事一覧