スポーツ界にイノベーションをもたらす SPORTS TECH


岡部恭英│TEAMマーケティング Head of APAC Sales、Jリーグアドバイザー
中嶋文彦│株式会社電通 CDC Future Business Tech Team 部長 事業開発ディレクター
宮田拓弥│Founder and General Partner, Scrum Ventures

岡部 SPORTS TECHというと、日本のスポーツ界ではまだあまりなじみがないと思うんですけれど、スポーツ界にとって本当に大事なイノベーションをもたらす分野だと思います。

何でSPORTS TECHが重要か。恐らく、日本が今後チャレンジする人口減少と少子高齢化を解決する、もしくはこれに立ち向かって行くには日本がやれるのは多分2つしかない。1つは、国内市場がシュリンクする中で国外市場を拡大していく。もう1つは、国内市場がシュリンクする中で、イノベーションをもたらして、どんどん改善していく。

スポーツ界だけではなくて、日本社会にとって本当に大事なのはこのイノベーション。イノベーションにおいて肝となるのが、テクノロジー。この分野で日本は過去30年、失われた30年でものすごく遅れてしまった。

その理由は恐らく、安全、安定、安心を好み、変化を嫌う日本の性質があったと思うんですけれども、これが幸か不幸なことかコロナにおいて激変して、もう背に腹は代えられない。このZOOMもいい例ですけれども、今、朝7時に私はスイスで、しかも今日だけではなくて昨日もこれをやっています。昔だったら多分、日本でこういうカンファレンスでこういう形はあり得なかったと思うんです。

今SPORTS TECHが世界でどういう状況にあって、日本もどういう方向に行ったほうがいいのか、まさに今この千載一遇のチャンスにふさわしいお二人、SPORTS TECH TOKYOというアクセラレーションのプログラムを務めている中嶋さん、宮田さんをお招きしました。

SPORTS TECH TOKYOとは

中嶋 私は、電通でテクノロジー領域の事業開発、事業提携、スタートアップとの共同ビジネスを行うチームを率いています。その中で特にSPORTS TECHの領域は急速に伸びていて、ビジネスとしても非常に拡張性が高いのではないか、スポーツ以外の産業にも広がっていくのではないかということで、宮田さんのチームと組みまして、我々の取組を始めました。

SPORTS TECH TOKYOはどういうものかというと、スポーツ×テクノロジーをテーマに、多様なビジネス開発を行うプログラムです。有力なスタートアップにとってはアクセラレーションの場であり、様々な事業会社あるいはチーム、リーグ、それ以外の方にとっても新しいものを広げていくというオープンイノベーションの場でもある。そういったエコシステムです。

構造としては、優れたスタートアップと、事業会社やパートナー企業あるいはチーム、リーグを、多数のマッチングと事業支援をすることで革新的なプロダクトサービス、アライアンス、ビジネスを引き起こすことを狙っている意欲的なオープンイノベーションプログラムです。

2019年には、アスリートパフォーマンス、スタジアムソリューション、ファンエンゲージメントのテーマで、非常にたくさんの国々、33カ国から約300社の応募があり、約半数の候補を選びマッチングイベントを行いました。その後メンタリングや提携企業紹介などの事業支援を継続的に行いました。多数の国の100名を超えるメンター陣と50を超えるスポンサー、パートナーの皆様と一緒にやって、実際に実証をして、実装をしてビジネス化していくというところまで行っているプログラムです。また、セミナーを発信したり、リアルのミートアップを行ったり、今ですとウェビナーを行ったりしています。

世界中のスタートアップと有力なパートナー、ソフトバンクさん、伊藤忠さん、マイクロソフトさん、あるいはソニーミュージックさん、化学商社のCBCさんといったような有力企業の皆様、スポーツ界の顔となる、国際的な顔にも日本の顔にもなるアドバイザリーの方に入っていただいてプログラムを進めて、国内外のカンファレンスで発信をしています。

イベント的にやるだけではなくて、事業支援を行ったスタートアップと実際に販売を始めているとか、事業提携を始めているとか、ステルスで幾つかのプロチームのトレーニングツールとして利用されているものですとか、そういったものが実際に複数出てきております。

こういった成果を基に今年はSPORTS TECH TOKYOの産業拡張的な取組が評価されまして、今年はスポーツ庁と組んで、「INNOVATION LEAGUE(イノベーションリーグ)という名前で日本国内でのアクセラレーションと、コンテスト(アワード)の2つのプログラムを行っています。

アクセラレーションにおいては、伝統的で視聴者数も多いものとして、日本バレーボール協会さんとの取り組みと、もう1つはバスケットボールの3×3です。非常に伝統的な人気のあるものと新しいニューウェーブのものをどうやって拡張していくかということで、今アクセラレーションの一次審査がちょうど終わったところで、間もなく一次審査を通過した優れたスタートアップを発表できます。

もう1つ、スポーツのビジネスを拡張していくとか、新しい取組、ソーシャルインパクトとか、アクティベーションがすばらしいとか、あるいはダイバーシティを進めているようなところをたたえるコンテストを行っています。

岡部 そのSPORTS TECH TOKYOでパートナーも務めている宮田さんに質問なんですけど、スポーツビジネスのメッカってアメリカだと思うんです。私はヨーロッパサッカーをやっている人間ですけれども、やはりスポーツビジネスのありとあらゆる面から、アメリカはスポーツ大国であるし、メディア大国であるし、テクノロジー大国であるので、スポーツビジネスもやっぱり世界で1歩先を行っている。そんな中にいて、さらにその世界のITのメッカであるシリコンバレーにいるベンチャーキャピタリストの宮田さんから見て、どうしてそのSPORTS TECHがアメリカで盛り上がっていて、日本はまだまだなんですか。

宮田 2018年のアマゾンのテックカンファレンスでNFL(アメリカンフットボール)のCEOが登壇して、パートナーとしてアマゾンとNFLがどう提携しているかを話しました。

全米のNFLのスタジアムにアマゾンのセンサーとマシンラーニング(人工知能)のテクノロジーを取り入れて、実際の試合の全選手の動きのデータ、ポジションやスピードも含めた全てのデータを取り込み、ヒストリカルな分析ができるようにしている。またこのデータを、スポーツの大事な要素である、ファンの視聴に活用している。究極的にはこのデータをリアルタイムで解析して、プレイを予測するというのです。

従来のテレビ中継では「王貞治が打った、ホームラン、すごい」という結果の解説でしたが、このデータを活用すれば「過去のデータからすると、このクォーターバックは右の選手に投げるのか左の選手に投げるのか、左に投げたほうが成功確率が高いです」という予測が可能になります。事後情報ではなく事前情報。ファンに対して新しい情報の提供が可能になり、これまでとは全く違う視聴体験になる。そういう提携をアマゾンとNFLが発表したんです。これはすごいですねと言って、中嶋さんと相談してスタートしたのがSPORTS TECH TOKYOでした。

なぜSPORTS TECHが、アメリカで進んで日本では進まないのかという点については、チャレンジがうまれやすい環境というのがあると思います。アメリカはプロリーグが4つ、5つありますが、そこに達しない新しいリーグがどんどんできています。どんどんできて、どんどん潰れる世界なので、常にスポーツの発明というか、発明して潰れていくという、そういうチャレンジャーの精神がスポーツの中にもあります。スポーツのフォーマットはこれというのが、ある意味前提にとらわれずにどんどん変わってきたという歴史もあるかなと個人的には思っています。

岡部 なるほど。このお二人の顔ぶれを見て改めて思ったんですけど、もともと日本でスポーツビジネスという話になると、スポーツの人しかいないんですね。それを悪いとは言わないんですけれども、要するに神聖なるスポーツで金の話はするなというのが長いこと日本ではあったんです。

改めて、こうやって長いことヨーロッパサッカービジネスに携わっているとわかるんですけど、トップレベルのスポーツビジネスをしている人間で、スポーツスポーツしている人なんて正直あまりいないんですよね。

やはりイノベーションと言うと要するにコンビネーション。コンビネーションって要するに新しい組合せですよね。新しい組合せということは、越境してきた人がどんどんどんどん新しいものをもたらす。発見とかそういうものではなくて、例えば違う産業にいた人が、違う会社にいた人が、違う業界にいた人が、新しい業界、場所で今までやってきたことをやったりとか、そういったものがどんどん新陳代謝として行われるのがアメリカかなと。

僕もアメリカに住んでいたので思うんですけれども。そういったものが日本のスポーツ界──スポーツ界だけではなくて社会全体にとっても欠けている。そういった意味でスポーツビジネスジャパンみたいなところにお二人のような人が入ってくるというのは、とっても良いことだと思うんです。

中嶋 そうですね。今まさに岡部さんに御指摘頂いたように私もネットサービスやネット広告をやって来ました。当然スポーツのエキサイトメントも非常に大好きなんですけれども、スポーツビジネスというのはまずはテレビに映るというか、モニターで見る何かですとか、チケット、グッズというところがあると思います。同時に基本的にビジネスの多くは、何か負を解消するとか、快楽を高めることのどちらかになると思います。より負を解消するというのは困ったことを解決するということで、快楽というのはよりライブエンタメに近づいていくということだと。どちらかをやることだと思っています。そういった観点から、事業開発の観点あるいはベンチャーキャピタルというのは全然違うアプローチとしてこういったところに貢献できることがあるんじゃないかと思っております。

そんな中で、コロナを経て現在注目の事例や流れということで、電通で取り組むものという点では、やっぱり見るものですとかコミュニケーションに近しいものというところがあります。いわゆる自由視点的なものというのは最近すごく増えたんじゃないかなと思っています。当然テクニカルには以前からもできたことがあるんですけれども、非常に軽くたくさん行われるようになった結果、新しい視点を獲得できたと思います。

ドコモさんとJリーグ、KDDIさんのバーチャル甲子園、ソフトバンクさんのBリーグでのマルチアングル。5Gという背景もあって、大手のテレコム各社さんが非常に力を入れている。

ドコモさん、KDDIさん、ソフトバンクさんそれぞれ自身でチームを所有する、あるいは大きく出資すること、またスタジアムですとかアリーナですとかそれ自体も所有する、大きい出資をするというところで、体験価値を高めて上げていくかということをすごく取り組まれています。こういった巨大な企業でかつテレコムというスピード感あふれるところがスポーツとくっついていって、いろいろな体験を生み出していくことで、どんどん進んでいく領域かなと思うんです。

一方で、AMATELUS(アマテラス)社のSwipeVideoというサービスは、電通としても一緒にビジネスをやらせてもらっていますが、こちらは逆に非常に軽くできる。もう大手企業による本格派のサービスという部分と、よりエッジのあるスタートアップの自由視点映像みたいなテクノロジーの両方あると思っています。

もう1つ「ビューワーシップ」みたいなものとしてバーチャルハマスタ。KDDIさんの取組で、横浜ベイスターズさんとやられたものなんですけれども、こちらも数万人レベルで参加した。Bリーグでのソフトバンクさんの取組も今非常にアグレッシブで、SPORTS TECH TOKYOにも深く関わっていただいている中で、次々と新しい技術を導入して、試して、体験を上げていくことをやられています。

あとは、NBAとFacebookのOculusの取組というのもあると思います。こういった大きなリーグも非常に次々と新しいことを取り組んでチャレンジしていっています。

あと同時にVR(見る体験の拡張)のものと、トレーニングプラットフォームとかコンディショニングとかリハビリと言うのがある中で、何かのコストを削減するというより体験価値、快楽を上げていくというか、体感を上げていくというものもあります。一方でVRのようなスポーツでのデータを取るとか、メディカルとかヘルスケアとかリハビリテーションとか、もしかしたら教育ですね。そういったところへの拡張ということもあって、そちらもビジネス自体がむしろ大きいかもしれないことも考えられます。いわゆるVR、AR、MR……XR的なものですね。

もう1つは音。音声ものというのは世界的にもいろいろあって、特に岡部さんが専門にされているヨーロッパリーグなどでも、無観客の中でどうやって熱狂を再現するかというようなことで、観客をものすごい描画スピードで現場スタジアムに合成して放送していくというものもありますし、画像で盛り上がり判定をしながらやっていくというのもあったりします。

ヤマハさんのものは「リモート応援」をするやり方ということで、エスパルスさんがコンセプトでも関わっています。「ウォッチパーティ」はみんなで一緒に見るという体験です。会場ではなくて、ウォッチパーティという言葉自体はいろいろあったと思うんですけど、こういったものが人気漫画などの強いIPですね、バレーボールの人気漫画とコラボレーションして、みんなでグループ視聴する。集まって見て、応援するという楽しさということが新しい楽しみ方として提案していくですとか。

KisweキスウィもSPORTS TECH TOKYOにもメンターで参画してくださっている日置さんが日本に導入してやられています。インタラクティブな実況プラットフォームというものがこれから出てきて、いろいろな形で広まるだろうなと思っております。

それはコンテンツ自体がトップリーグのものから、ミドルからスモール、マイクロ(例えば地域の子供の大会など)のものがすごく増えていく。映像はあるけど解説がないとか、逆に音だけでも何か伝えられないか、そこにマイクロビジネスということも成立するかもしれません。そこに電通としては様々な広告チャンスをつけられるんじゃないか。今いくつか視聴体験ですとか音声体験ということも違う形でのチャレンジですとか、注目する事例などを挙げています。

オープンイノベーションの連携

岡部 日本は例えばテレコムみたいな、いわゆる大企業が多くて、海外、アメリカとかだと、いわゆるベンチャーみたいなのが多いかなという印象を受けるんですけど、この辺はシリコンバレーの宮田さん、どうですか。どうして日本の場合は大企業系が多くて、アメリカの場合はベンチャー系が引っ張っている感じがするんですか。

宮田 多分スポーツに限らずではありますが、日本のカルチャーとして、実績のないベンチャーのものをなかなかすぐ使わないというのは、まだありますよね。

一方でアメリカで投資をしていると、会社ができました、最初のお客さんはグーグルです、といった状況はよくあります。まあグーグル自体がベンチャーなので、元ベンチャーの大企業なんですけど。日本は時価総額トップランキング100の中に若い会社は少ない、アメリカはトップ10の中もこの20年でできた会社ばかりという状況ですので、大きい会社が若い精神を持っているというのは一つ特徴かなと思います。

中嶋 まさにベンチャー、スタートアップがリードするというところは当然アメリカのほうが素晴らしい展開だと思うんですけど、各社、ドコモさんにしても、KDDIさんにしても、ソフトバンクさんの施策にしても、日本だったり海外のスタートアップのものもかなり採択されていて、要素技術として深く使われている。特にVR的なプラットフォームとか、それを運営するフォーム的なものとか、APIみたいなものはかなり有望なスタートアップも入ってきています。各社オープンイノベーションが進んでいます。

当然、以前に比べたら大企業とスタートアップのオープンイノベーションが掛け声というところから実際に連携したり、ビジネスが進んでくるというところは思った以上に進んできているんじゃないかと思っております。

岡部 国によって産業の在り方とかが結構違うので、多分このSPORTS TECHも、例えばアメリカ型もあるだろうし、日本型も中国型とかもあると思うんです。キーワードの1つが今中嶋さんが言ったオープンイノベーション。

シリコンバレーなんかを見てアメリカを見ると、やっぱり元ベンチャーがもう超巨大企業になっているわけじゃないですか。彼らの中にもそういうジーンGeneがあるから、いいなと思ったらベンチャーをぱっと取り入れる、カジュアルにやれるカルチャーもあるし、あとは宮田さんのベンチャーキャピタルの人たちがシリコンバレーにいっぱいいるように、ベンチャーを支えるエコシステムがすごくしっかりしている。だからベンチャーでいいものがあれば、ばんとはじけられるじゃないですか。

日本は、実はいいものがあるかもしれないんだけれども、やはりレバレッジするにはひょっとしたら大企業みたいなのとパートナーシップを組んだりするのがいいかもしれなくて、それはやっぱりまだ大企業カルチャーというのが日本では強い。

今日本を外から見ていると、イノベーションの根源であるコンビネーション・越境という観点でのギャップがある。例えば若い世代と上の世代、あとは男性と女性、あと大企業とベンチャーみたいなギャップがある。せっかくいろいろなリソースがある大企業と、とてもいいアイデア、イノベーションをもたらすようなベンチャーがくっつけば、テクノロジー、SPORTS TECHがさらに進むと思うんです。

SPORTS TECH TOKYOみたいな動きが日本でどんどんどんどん加速されていくとおもしろいですね。

中嶋 スポーツ領域とテクノロジー領域に距離があるというか、ビジネス領域と言ってもいいんですけれど、そこで両者をビジネスのメインとし得るというか、あるいはつなぐですとか、掘っていく人、人的リソースとか、意思決定のところまで、つながっていなかったということだったりする。ここが急速につながってきています。

現在は、急速なテクノロジーの進展という時代の要請があって、テック起点でのサービス、プロダクトの実証や実践導入の中でいろいろと高速で回していくことで、うまく行くとかいうことがあると思うんです。期せずして先ほどのテレコム各社さんのですとか、電通でも取り組んでいることが、同じようなタイミングでどんどん出てきているというのは、頼もしいことだと思っております。

今後、この領域をどうビジネスにするのか。何かを改善する負の解消というところで頂くのか、体感価値が上がるからプラス千円払ってでもぜひ見たいだとか、プラス5万払っても体感したいということでの機会探索を真剣に行うとか。そういうことを広げていくことでいろいろなステークホルダーの方に広げていくということかなと思っています。

私のチームは事業開発系のメンバーなんですが、体験設計を専門としているテクノロジストや、いわゆるクリエイター──電通がもともと持っている体験ですとか、心を動かす設計はこれから掘りがいがあると思っています。

まだまだどれもいろいろなデバイスとかツール群、すごくポテンシャルあるな、オポチュニティーあるなという部分と、体験の設計はこれからだなというものもたくさんあったりして、こういう点を掘っていくと、日本初のものでしたり、海外のものを日本でやるときの体験の設計ということはすごくチャンスがあるんじゃないかと思っております。

日本にもチャンス

岡部 スポーツというのは究極に言うと言語がいらない。ルールも一緒ですし、世界のどこに行こうと変わらないゆえに、そういった意味でスポーツというすごい発信性の高いプラットフォーム、メディアを使って、自分の優れたテクノロジーを世界にプレゼンテーションするというのは非常にいいプラットフォームだと思うんですよね。

だからそういった意味では、いわゆるソーシャルメディアとかインターネットの領域においては、なかなか日本のインターネット会社というのは、アメリカとか中国の会社にちょっと後塵を拝しましたけれども、まだ世界に冠たる企業みたいなのが出てきているわけではないので、日本の企業にもすごくチャンスがあると思うんです。

宮田 私が2020年を振り返ってスポーツ業界でおもしろかった事例を2つ。

1つは日本未上陸ですが、ペロトンというベンチャー企業。ホームフィットネスバイクです。この会社は2019年に上場して、何と時価総額3兆円です。インターネットにつながっていて、ニューヨークの先生とリアルタイムでつながれるということが非常に受けています。家にいながらジムに行っているような感じ。ペロトンの中で超人気トレーナーも生まれ、トレーナーも稼いでいるそうです。ホームフィットネスを介した新しいコミュニティが生まれています。

ネクスト・ペロトンと言われている会社がミラーという鏡型のデバイスの会社です。これも実はコロナで爆発的に売れてまして、6月にルルレモンというヨガウエアの大手に500億で買収されました。鏡がスクリーンになっていて、鏡に向かって動くと、そこに先生が出てきて、ヨガやストレッチなどのエクササイズを一緒にやることができます。

これらは、中嶋さんと岡部さんの専門であるプロリーグではなくて、個人のスポーツなのでちょっとアングルは違いますが、この2つが面白いのは、そういった個人スポーツにテクノロジーを掛けたものがこれだけ大きくなっているということ。そしてこれをアパレルの会社が買ったということ。つまり、アパレル×スポーツですよね。全然違う世界なんですが、そういう掛け算で何か生まれる可能性がある。もしかしたらミラー型なので洋服のリコメンデーションなのかもしれない。さっき中嶋さんがおっしゃった「もうけ方を変える」。スポーツそのものに課金をするのではなくて、洋服を売れるから実はデバイスはただですよみたいな、そんなビジネスもあるかもしれない。そんな事例が出てきているのがおもしろいところかなと思っています。

では、スポーツそのもの、プロスポーツの見方などがアメリカで劇的に変わったかというと、そこは意外と変わっておらず、実は日本の出番なのではないかと思います。

2020年を振り返ると、大ヒットしたのがあつ森。任天堂さんが出されているメタバースで、バーチャルな中でみんなが話をするという世界、これは大きく盛り上がりました。ファッションとかeコマースの領域でこの数年盛り上がっていたOMO(オンライン・マージ・オフライン)、オンラインとオフラインが融合するということ。これがスポーツの未来の1つのキーワードなのではないかと。

スポーツもスタジアムに見に行くことと、バーチャルリアリティーが別々ではなくて、これがマージした何かがきっと出てくる。やっぱりスタジアムに行かないとあの感動──去年のラグビーワールドカップの音や地鳴り、声など、そういったものはなかなかバーチャルでは難しい。一方、バーチャルなら寝そべりながら色々な人と会えたり話したりできるという楽しさもある。

日本人はゲームやコンテンツが非常に得意なので、2021、2022に向けて、スポーツ×テクノロジーで、コンテンツやクリエイティビティを組み合わせると、おもしろいんじゃないかと思っております。

スポーツ以外で稼ぐ

岡部 そうですよね。スポーツ以外で稼ぐというのがすごく重要だと思うんです。理由は、いわゆるスポーツビジネスど真ん中のヨーロッパサッカーでも、やっぱり稼ぐのって限られているんです。今のスポーツビジネスだと基本はいわゆる放映権。放映権がリーグからの分配金でクラブに入る。あとスポンサーシップ。3つ目がマッチデーレベニューと言われるチケットやグッズを売るものなんですけど、もう大体アメリカに行こうとヨーロッパに行こうと日本に行こうとこれは変わらないんです。

これはこれでもちろんやらなければいけないんだけれども、スポーツ以外で稼ぐというのはとっても重要で、そういった意味でヒントになるのが、やっぱりアメリカのNBA。NBAは中国で我々ヨーロッパサッカーをしのぐ人気なんです。

もともとデビット・スターンが、1980年代にお金を払ってまで、中国の中央テレビ局CCTVにビデオを毎週ディレイで送っていたんです。お金を払って放送を始めてもらったんですけど、そこからものすごく人気になって、今はもうスポーツブランドではなくて、ライフスタイルブランドです。格好だとか洋服着たり、音楽から何から。そういうスポーツ以外のところで稼ぐ。今、宮田さんがおっしゃったeコマースのところであるとか、アパレルのところとかって、全然日本は本当はいろいろやれるのに、まさにそのスポーツとその分野が解離してしまっているんですよね。ギャップがある。だからそこは本当にすごいチャンスです。スポーツの人がスポーツだけのビジネスをしたら、それはもう何十年やってもうまくいっていないんだから、あまりうまくいかないと思うんです。

中嶋 今の話で言うと、私は特に競技スポーツのことに限定して言ってはいないんですよね。私の話はどちらかというと、良質な時間消費をするためには何だろうということで、要するにライブエンタメ産業の業務をしている。そういうときにどうやって気持ちよくお金を払いたくなるか。いわゆるよくお布施的なものではないんですけど、あのシャツもあのグッズも買いたくなる、もっと買いたくなっちゃうというのが、恐らく岡部さんがお話になったライフスタイルに昇華するというようなものだと思っています。

その中でそういう別なところで稼ぐとか、もうちょっと抽象度を上げると、良質な時間消費になるような体験だとかもうけ方の設計をテクノロジーを交えてやるということになると、スポーツビジネスはより大きいものになるのではないか。

そこに、いろいろなお金のストリームを作れないだろうかとか、良質な時間消費にどうテクノロジーを用いていけるだろうか、あるいはテクノロジーによって負の解消になるだろうか、特に拡張スポーツの領域でということを考えております。

宮田 実際にスポーツに従事されている方にとっては、今年は非常に厳しい状況ではないかと思います。一方で未来を見据えると大きな変革のチャンスだと思います。何よりこの状況の中で選手がオンラインに出てきた。ユーチューブ、ツイッターやインスタなどを始められた選手も多いと思います。

そうすると次に、それをどうマネタイズするか?という議論が出てくると思うんです。さっきのOMOじゃないですが、選手がオンラインに乗ってくると、そこから様々な展開ができると思います。リアルでは既に様々なバリューをお持ちのリーグ、選手達なので、ここにどうオンラインを掛け算するとさらに大きくなるのか。そんなことを我々も考えていきたいと思っております。

まとめ

岡部 やはり1つ、特に日本で大事だと思ったのが、オープンイノベーションです。日本には世界に冠たる大企業がいっぱいあり、その大企業はすごいリソースを持っている。けれどもおもしろいアイデアとかを持ったアングルでビジネスをやっているベンチャーとかとなかなかまだ協業が進んでいない。そこら辺を宮田さんなり、中嶋さんなり、ほかのイノベーターの人たちみたいなのがいっぱい出てきて、つないでいかれるととってもおもしろいSPORTS TECHになるかなというのが1点です。

2つ目は、やっぱりスポーツ以外で稼ぐという観点が大事かなと。1点目はどちらかというと企業側から、ベンチャー側からのスポーツ界の歩み寄りみたいな入っていく感じですけど、逆にスポーツ側もやっぱり視点を変える必要があって、やっぱり旧態依然とした、3つの収入源(放映権、スポンサーシップ、マッチデーレベニュー)を上げるというので日々終わっているところが結構多いと思うんです。

けれども、やはり「スポーツ以外で稼ぐ」という観点を持つことが必要。できれば、スポーツブランドではなくて、NBAのようにライフスタイルブランドに昇華させていくというのが非常に重要。

こう言うと、大体スポーツ界では、いや、そんなお金もないし、リソースもないっていうのが出てくるんですけれども、全部自分でやる必要はないですよね。やはりこうやって中嶋さんとか宮田さんみたいな専門家もいるし、リソースを持った大企業もいるので、いかに自分たちのスポーツリーグ、チームをどういうふうな方向に持って行きたいかというビジョンさえしっかりしていれば、そのビジョンをしっかり語ることによって、多分それに賛同してくれる。

今中嶋さんがおっしゃった、負(問題)があるから問題解決をやるか、もしくはアップグレードしていく改善する体験をベターにするというアプローチがありましたけれども、そういったところでどんどんオンラインで発信していって、専門家の人たち、大企業とかとつながっていく。スポーツ側の人はどんどん今後も発信して、イノベーションをもたらすようにやっていってほしいと思います。

▶本稿は、2020年10月7日(水)に開催された、スポーツビジネスジャパン2020オンラインで開催された同名コンファレンスの内容をまとめたものである。出演者肩書きはセッション開催時のもの。

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