「ポスト2020」のスポーツライフ創造と産業振興

「ポスト2020」のスポーツライフ創造と産業振興
溝畑 宏│大阪観光局理事長・元観光庁長官
辰野 勇│株式会社モンベル会長
岡田邦夫│大阪成蹊大学教育学部教授・NPO 法人健康経営研究会理事長

2025年に万博も決まり、大阪、関西を中心に新たな“スポーツを核とした産業振興”が企てられている。ここでは、3K (観光・環境・健康)の各々の分野で今どんなことが行われているのかについて専門家の方々に話題を提供していただき、ポスト2020の新しいスポーツライフを創造するためのヒントをつかみ、今後、それを産業化していくためのきっかけとしたい。
───コーディネータ:植田真司 大阪成蹊大学教授

IR・国際観光拠点から生み出される 「スポーツ×エンターテイメント」 ─大阪・夢洲からの発信─
溝畑 宏│大阪観光局理事長/元観光庁長官

スポーツは人間としての私の成長に大きな影響を与えてくれましたし、スポーツで“世界”を意識させてもらいました。また、世界と比較した場合にスポーツがいかに日本で生かし切れていないかという現状も感じました。
私が仕事で2002年ワールドカップにかかわった原因になったのも、子供の頃にイタリアで育って、毎週末、親に一緒に連れていってもらってサッカーを見た体験。1960年代後半のこの体験がその後の自分の人生に大きな影響を与えております。また、スポーツが大好きだったから、お客さんが喜んでいるのを間近で見て感動して、何もないところから、県リーグ、九州リーグ、JFL、J2、J1と、かれこれ十数年かけてなんとかJ1のカップ戦に優勝して、ACLの寸前までいきました。残念ながらその年、14連敗して最下位、経営悪化ということで、まさにプロビジネスの天国と地獄を両方経験いたしました。
ただ、この経験が逆にその後の人生に大きな影響を与えまして、マーケティングとデータ分析と、常に5年後、10年後を見据えた戦略をしなくてはいけないということを肌身に沁みて感じ、その後の観光の世界でも、常にマーケティング、データ分析、そしてまた、5年後、10年後の戦略というところを必ず最初思いつくのは、実はこの失敗体験からです。
観光とスポーツは非常に親和性がありまして、自分も幸せ、お客さんも幸せ、地域も幸せ、みんなをハッピーにする。その中で、今、大阪がどういうことを目指していっているのか、その中でスポーツが非常に重要な役割を担っているということを皆さんに伝えられればと思います。

大阪の強み

まず、私が大阪に帰ってきた原因は、東京一極集中が進んでいる中で、関西、大阪の地盤沈下のすさまじさですね。とりわけ県民所得は、大阪は今、東京の3分の2です。しかも全国平均を下回っている。GDPに至ってはリーマンショックの前の40兆円に、やっと最近復活いたしました。東京は既に、リーマンのときに100兆だったのが今はもう110兆に迫る勢いであります。明らかに経済の低迷、特に生産性が低い。
なぜ若い人が大阪に残らないかというのははっきりしています。1つは、頑張っても給料が上がらない。頑張っても世界の舞台につながっていない。だからみんな、大学卒後、東京とか、世界に行っちゃうんですね。ここの現象をしっかりと、質の高いサービスを提供して、質の高い雇用をつくっていく。
そのためには、世界を突き抜けるような都市戦略が要るということです。その1つが24時間観光都市。大阪の強みは、関西国際空港がありますから24時間稼働する、24時間、経済を動かす、これが強みになります。2つ目が、ハブ。大阪1つで考えるのでなくて、京都、奈良、神戸、滋賀、和歌山、こういう質の高い都市を半径1時間以内にほぼまとまります。3つ目は、天下の台所と言われた歴史的背景もありますが、多様性です。いろいろなものを受け入れる。どこよりも早くそれを仕掛けに行く。大阪の歴史を見ますと、昔はとにかく走りながら考える、新しもの好き、破天荒、こういうのが気質だったんですね。だからこそ天下の台所、世界、国内から質の高いものが集まってきたわけです。
この3つをコンセプトに、2025年の大阪万博招致を3年前からターゲットにしておりました。そういう中、1つがG20。これは本年2019年6月に行われます。世界約30カ国、約3万人の方が来られて、何よりも、このG20を開くということに伴ういわゆる都市としての世界における知名度向上、バリューの向上、これが大きいと思っています。
そしてその次に2019、ワールドカップラグビーです。私どもはやはり、ラグビーというのは欧米豪対策を強化していく上で、お客さんの大半が比較的富裕層が多い欧米豪から来られるということでありまして、実はこれにセットで4月から10年ぶりにブリティッシュエアライン、ロンドンと関空の直行便が復活します。また、デルタ航空、シアトルと関空も10年ぶりに復活いたします。
それから、関西3空港一体化。羽田、成田の2空港で今、受け入れが1億3,000万人です。関西3空港、残念ながらまだ5,000万人弱で、この枠組みは、2005年から変わっていないのです。関空が国際空港ですべて受け止めて、伊丹が国内便のみの空港で夜9時まで、神戸空港はさらに1日60便という構図です。まず関西3空港の機能アップは緊急かつ重要な課題です。
鉄道のほうは、北大阪急行とか、阪神高速の大和川線とか、さらには、うめきた2期開発が進みますとうめきたに直接、駅ができて乗り入れが可能になります。ゆくゆくはなにわ筋線が通りますと、関空から梅田駅につながります。2030年を超えますと北陸新幹線が開通して、新大阪まで入ってくるわけです。 ポスト2020を見据えて  2020年にはオリンピック・パラリンピック、2021年の関西ワールドマスターズ、そして2024年にはIR。その後の、 2030年、2040年を見据えて、どうやってこの都市は変わりうるのか。
IRでは、国際会議・展示場の誘致、プラス、世界的に質の高いエンターテインメント、観光のサービスをやる施設をつくろうと。その中でも、スポーツができるアリーナをぜひ入れるべきだと。そうしますと、質の高いさまざまなスポーツ、エンターテインメント、興行ができる。大相撲も、エディオンアリーナ大阪(大阪府立体育会館)からあそこに持っていこうとか、あるいはボクシング、タイトルマッチまで、ラスベガス、マカオでやっていたものをこっちへ持ってこようと。バドミントンや、卓球や、場合によってはフィギュアも引っ張ってこれるのと違うかというようなことも、 2024年のIRというところで実現したい。
そして25年の万博のテーマがまさに「いのち輝く未来社会のデザイン」。テーマにおいて重要な柱の一つになるのがスポーツなんですね。大阪の世界レベルのコンテンツは、スポーツ、食、ものづくりで、共通のキーワードは健康なんですね。これを軸に世界の中で突き抜けようというのが大阪の今後の成長戦略の基本的な方向性です。  さらに、インバウンドが増えてきて、東京に迫る勢いになってきました。ただ、全般的な傾向としては東アジア4カ国が圧倒的に多い。今後はやはり、先ほど申し上げました欧米豪ですね、このあたりを強化していきたいというふうに考えます。東アジア4カ国、リピーターが増えてきて、1人当たりの消費を考えますと、欧米豪、そして何よりも足りないのは富裕層対策です。これは日本全体に言えますけれども富裕層の受け入れがまだまだできてない。
消費額は、大阪の場合は今、大体、年間約1兆3,000億円ぐらいお金を落としていただいている。国全体が4兆5,000億円ですから、大阪の場合はかなりたくさんお金を落としていただいているということになります。
ただ、そんな中、課題があります。お金を落としていただいておりますが、まだまだ富裕層からターゲットを絞り切れてないという問題。そして、食についても、飲食がまだ、全体の消費額の6%。世界の代表的なグルメ都市は14%、レストランで使う金が平均189ドル。大阪は132ドルです。もっともっと食の付加価値を上げて、消費額を増やしていかねばならないということです。
大阪の人は、安くてうまけりゃいいんだ、これでおれたちは世界で一番だと思っている人が多いのですが、世界で聞くと大阪のシェフなんて誰も知らないという厳しい現実に私もぶち当たりました。2019年から世界ガストロミーネットワークと連携して世界の有名シェフを呼んで、どんどん、世界の有名シェフの舞台に若いシェフをデビューさせようと。逆にこちらからも勉強に行かせようとしております。時間がかかりますけれども、世界というガストロミーの世界でどんどん大阪の知名度を上げ、参画させる。
こういうことを可能にせしめる機会を与えてくれるのが2019ワールドカップラグビーであるし、G20であるし、そして関西ワールドマスターズ、こういう機会を利用してどんどん食のイメージを上げていこうということも考えております。

スポーツMICE

大阪は、スポーツの資源は質、量ともにすばらしい。見るほうは、プロ野球、Jリーグ、ラグビー、そして卓球から、すべての種目が質の高いスポーツを見ることができます。そしてまた、するほうも、大阪だけではなくて周辺を入れますと、サイクリング、ハイキング、ウォーキング、ゴルフ、マリンスポーツ、サップなど、さまざまな体験ができます。 9月には日本で初めての世界サップ選手権の誘致を決めました。
それからスポーツメーカー。アシックス、デサント、 SSK、それからミズノ、そしてまた自転車のシマノ、ロート製薬など、大阪にはスポーツメーカーが相当あります。
これを今、大阪・関西スポーツツーリズム推進協議会というのをつくって、この中でスポーツのツーリズムをやっていこうと。要するに、大阪に来たら、例えばプロ野球、Jリーグ、こういうものを観戦して楽しもう。大阪に来たら、それこそ、ジョギング、ウォーキング。ホテルとかそういうところへ行けばマップがあったり、レンタサイクルをやっていたり、そういったオプションで自由に借りるようなオプションを入れたり、そういうのをやっていこうと。そしてまた、世界的な国際会議、展示、この誘致をやっていこう。2024年にIRがオープンすれば、1万平米の、今のところ、1万人の国際会議場と、あと、10万平米の展示場、これを可動席にして、アリーナ形式も入れて、多種多様な、一流も呼び込める、こういうものを今、2024年をターゲットにしていった場合、今からそういう一流の国際会議、展示を呼ぼうというわけです。
さらに将来的に、世界の展示会の一番大きいのは、ディスポというのがミュンヘンで行われております。これをぜひ2024のところに持ってきたい。そのために大阪商工会議所と連携をとりまして、まず実験的に、ディスポと共催でイベントを実施いたしました。さらに11月には世界野球・ソフトボール連盟の総会をアジアで初めて堺で開きます。その他、スポーツビジネスジャパンやスポルティックのウェスト、こういった展示会も今どんどんやっておりまして、スポーツの学会、展示会、積極的に誘致していこうということも掲げております。

スポーツシリコンバレー構想への期待

さらに、大阪、関西にスポーツのシリコンバレーをつくっていこうという、大阪舞洲スポーツシリコンバレー構想。あくまで構想段階ですが、夢洲に今度IRができますと、その横の舞洲になんとか、ナショナルトレーニングセンター機能を造りたい。東京と同じものはつくれませんが、種目を絞って、例えば野球、ゴルフ、あるいはバドミントン。大阪が強くて、人材、ストックがあるところの強化の拠点を造る。
あと、やはり夢洲開発、結果的にいろいろな施設ができますので、これと連携をとってここに産学官の一流のアーティストを育成して、そこにメディカル的なチェックが入れられるような施設をつくろうと。今、協議会をつくって、メーカーさん、大学、技術からみんな集まって、2025年以降を見据えてやっていこうということも今考えております。
我々はやはり原点はハングリー、もう1回日本の観光のトップを目指していこうと。その先には、世界で突き抜ける、世界最高水準ということを今、合い言葉にいたしております。その中で、私どもは、大阪、日本の特色を出すという部分、いかにスポーツの付加価値、生産性を上げていくのか。スポーツ×食、スポーツ×健康、スポーツ×エンターテインメント、スポーツ×観光、さまざまな相乗効果、コラボが可能です。
スポーツを学んでいる皆さんには、スポーツの現場を体験してほしいのです。何でもいいのです、競技をやることが一番の経験になります。そして、ぜひ、スポーツのビジネスを、どんな形でもいいのでチャレンジしてほしいと思います。そこで得た失敗と挫折がものすごく大きな経験になります。
スポーツでこの国を変えていくということ。スポーツの波及効果は極めて大きい。ただ、残念ながらみんなばらばらでやっている。これを1つの形にまとめて大きいコアをつくって、それを経済戦略、成長戦略につなげていく。こういうことを各地域でやっていけばこの国は一気にスポーツで、経済成長から、あと、皆さん、幸せな日本をつくるのに役に立つものと思っております。

自然・社会・文化と 共生するスポーツ─持続的スポーツツーリズムの展望─
辰野 勇│株式会社モンベル代表取締役会長兼CEO

私がかかわるアウトドアスポーツは、勝ち負けを競うスポーツではありません。別の意味で言うと、私、70を超えましたけどこの年になっても相変わらず楽しく過ごすことができる、生涯スポーツというふうにとらえることができるのではないかと思います。
私は、モンベルという会社を今から43年前にたった1人で創業しまして、現在は全国にビジネス展開をさせていただいているわけですけれども、我々が今取り組んでいる1つの形、モンベルクラブの活動についてお話させていただきます。
モンベルクラブの会員制度では、今現在、会員数が91万人。1,500円の年会費をいただいておりますので約13億5,000万円の資金があります。このお金を使いまして、災害時における被災者の支援、それから障害者支援、自然環境保全など、いろいろなファンドに使わせていただいています。まず第1に自然環境への意識向上、2つ目に野外活動を通じて特に子供たちの生きる力を育む、3つ目は健康寿命の増進、4つ目がエコツーリズムによる地域経済の活性、5つ目が防災・災害時の対応力、6番目に農林水産業、一次産業の活性、そして最後にバリアフリーという、7つのミッションに取り組んでいます。
このうち、第一番の環境。自然環境におきましてはWWF、日本自然保護協会、ボルネオ保全トラスト・ジャパン、環境省レンジャー、こういったところに、わずかではありますが、モンベルクラブの会員からお預かりした資金を活用して協力させていただいております。また、日本ウミガメ協会、それからボルネオ保全トラスト、海外における環境保全に対しても協力させていただいております。
石原大臣のときには、モンベルが、環境省、国立公園のレンジャーのユニフォームを提供させていただきまして、山本大臣のときには国立公園のオフィシャルパートナーということでいわゆる国立公園の保全と、同時に利活用におけるお手伝いをさせていただいております。我々が展開するいろいろなイベントの中で環境省のほうもそれぞれの活動を普及して下さっています。
我々が展開している地域は、全国に49カ所。このうち、東京、大阪、京都、奈良という観光地におけるインバウンドはもう十分ございます。私は奈良に住んでおりますけれども海外のお客様方が随分増えて、路線バスに乗るのもなかなか難しい。お年寄りがなかなかバスにも乗れないぐらい観光客が増えているという状況も確かに大事ですけれども、我々が今進めようとしているのは、そうではない地域、北海道から沖縄までの自然豊かなこの日本の各地にインバウンドの皆さん方をぜひとも誘致していきたいということです。
その1つのハシリとして今から11年前に我々が取り組んだイベントに、シートゥサミット(SEA TO SUMMIT)というイベントがあります。これは、シー(海)をカヤックでまず漕ぎ出るんですね。第1回目大会を開催したのは鳥取皆生・大山のシートゥサミットですけれども、皆生温泉の海をカヤックで漕いで、約7キロ漕いで、それから海抜ゼロから標高750メーターの博労座(大山の登山口)まで自転車で漕ぎ上がります。そして自転車を置いて、そこから大山の頂上に向かって登山で汗を流すのです。
これは順位を競うものではありません。それぞれが自分のペースで楽しむ。すなわち、海・里・山の環境を考え、そしていい汗を流すということで、前日には環境シンポジウムを必ず開催します。この中では養老孟司さんとか、C・W・ニコルさんとか、畠山さんとか、こういった方々が、まず、いわゆる海・里・山の環境をみんなと考えていく。こういうイベントをした後、翌日、カヤックに乗り、自転車に乗り、最終、登山で頂上を目指す。
前アメリカ大使のキャロライン・ケネディさんは、この大会を非常にお気に召して、一度ならず二度までも参加していただいております。彼女いわく、この大会のよさは前日のシンポジウムにあると。必ず環境を考えた上で、ただ、マッチョな、いわゆる力を競うということではなくて、環境を十分感じて、それに思いを寄せながら頂上を目指していくのだということです。
とはいえ、このシートゥサミットも年に1回のイベントです。せっかくすばらしい自然環境を活用して、365日、いつ来てもこの環境で皆さんが楽しんでもらえるような仕組みづくりをやろうということで、4年前にジャパンエコトラックという仕組みを始めました。
これは、日本列島の海・里・山を人力だけで旅するというスキームです。我々モンベルという一私企業からとうてい賄いきれない事業ですので、代表理事には東京大学の養老孟司先生、そして月尾先生、畠山さん、それから環境省の中井審議官、それからアメリカ大使館からもご協力を得ながら、業界の中では私以外に携わっておられるのは鳥井信吾さんで、こういった産官学の皆さん方と一緒に事業を進めています。
もう既に17カ所で展開しておりますけれども、観光庁のご支援もいただきながら英語版の冊子もつくらせていただいております。行く先々での見どころ等を書いて、ただ単に自転車で走る、山登りで登山を楽しむというだけではなくて、ところどころの衣食住に関しての情報を届けております。
現在、我々が展開しているマーケットは全世界にあるわけですけれども、世界中のモンベルの店舗にその英語版の冊子を置きまして、日本に来られる観光客、海外の観光客をお迎えするという仕組みをとっております。


勤労者世代に本当に馴染む スポーツライフ ─健康経営─

岡田邦夫│大阪成蹊大学教授・NPO法人健康経営研究会理事長

日本人の労働生産性

日本の労働生産性というのは国際比較では低く、1人当たり1時間当たりのドル換算の労働生産性が大体40ドルで、フランス等の60ドルに比べると3分の2という値です。今回の働き方改革の中で労働生産性の向上が課題となっていますが、その要因の一つに、睡眠障害があり、それによる経済的損失が我が国ではかなり大きいことが指摘されています。
労働時間については、週49時間以上働く国のランキングは韓国に次いで2位でありますが、睡眠時間は世界でトップ、つまり最も短い国です。そして、労働生産性は世界で21位。睡眠時間を惜しんで働いているのですが、労働生産性が低いということです。ハーバード・ビジネス・レビューには、睡眠時間が短いことは、酩酊状態の労働者を雇用しているのと同じであるという評価がなされております。
平成7年に高齢社会対策基本法が施行されました。その前文には、我が国が大変なことになると記載されており、つまり、少子高齢化が進み、労働生産人口の減少ならびに、高齢者率が増加することについての言及があります。そして、遠からず世界で例を見ない水準の高齢社会が到来することになるとの危惧についての記述があります。高齢化の進展の速度に比べて国民の意識や社会のシステムの対応が遅れている。世の中は技術革新などで進歩し続けますが、人は高齢化し、かつ人口の減少に歯止めがかからない国となりつつあります。
それで当時、厚生省と労働省と通産省がこれに対して予算をつけ研究事業が行われましたが、たまたま私は産業医の立場でこの3省の委員会に参加することになりました。結論の一つは、経営者が従業員の健康に配慮しなければ企業の存在が危ぶまれるということです。そして、当時、55歳の定年を、65、70まで延長しないと日本の社会保障は潰れてしまう。また、一方、健康・体力問題が解決されないと、我が国は国際社会の中で労働生産性が極めて低くなる。
Blairという産業保健の疫学を専門とする先生が、21世紀における最も重大な公衆衛生の問題は一番が運動不足であると発表しています。アメリカにおいては運動不足が極めて大きな課題であり、その次に高血圧、たばこが続きます。これらを解決しなければ、21世紀のアメリカは成り立たないという指摘です。同じようなことが今、日本で現実化しているということであります。
それで、我が国の労働生産人口を見ていきますと、2015年が7,700万人でありますが、2115年には2,600万人になります。計算上は今、3人の会社が1人になる、300人の会社が100人になるということでありますから、すべてダウンサイズしていくことになり企業活動は極めて難しくなっていくことが予測されます。なおかつ業務の複雑化などの要因でメンタルヘルス不調が大きな課題になっているわけです。
既に日本の商工会議所のデータで、中小企業の人手不足の調査で、2015年に50%の経営者が人が足らない、との回答が、翌年には55%、その翌年には60%、そして2018年には65%と増加し続けています。そして、その結果、人手不足倒産が増加傾向にあることが調査会社の結果から明らかになってきました。
では高齢者雇用ということが現実になりますと、労働科学研究所による研究結果では、例えば55歳の方の生物学的年齢には14年の開きがある。つまり55歳の人はプラスマイナス7年(62歳〜48歳まで)の開きがあるのです。たとえば、体力年齢をその指標としますと、同じ55歳の方だったとしても、もう既に体力年齢が62歳の方と48歳の方のどちらを、企業が雇用するのかという課題が突き付けられます。
この個人差をいかにして少なくするかということになってくると、若いときから健康づくりやスポーツ活動をやらないとどうしても健康・体力レベルが悪化することになります。中高年になってから実践するのも大切でありますけれども、若いときからそういう習慣をつけるかということも大切です。そしてさらに大きな問題として若年型認知症がありますが、そのリスクを2分の1にする予防方法として運動があります。少量のワインと、運動と、そして疾病予防が大きなカギとなります。
先ほどの、睡眠時間が短くて長時間労働の人は酩酊状態である、つまりアルコールを飲んだような状態で仕事をしているから労働生産性が低いというハーバード・ビジネス・レビューの報告、さらに若年から中年にかけてのメンタルヘルス不調者の増加は、我が国の将来の労働生産性を大きく損なう要因であると考えないといけないと思います。

健康経営

経済産業省から委託研究事業として健康経営オフィスについての実証研究をさせていただく機会を得ました。約2万人の働く人のデータから、7つの行動を伴う職場の労働生産性が高いことが明らかになりました。どうも会社の中でエコノミークラス症候群が起こっているようです。また、労働科学研究所の研究結果として、1日にたった1時間のスタンディングワークをするだけで心疾患が予防できるということも明らかになりました。
しかしそこに大きないろいろ課題がありますので、1つ1つ解決していかなければいけない。そこに求められるのは、企業が従業員の健康づくりをいかにして事業として進めていくのか。つまり、企業が利益を出すということと同時に、人を健康にしてそれを経営基盤として利益をもたらしていかなければ成り立たなくなってきている。つまり、人がいなくなってくると、資格も、経験も、そして知識もお持ちの方が、定年でやめてしまうという状況をどうにかしていかないといけないということになります。
一方、法も整備されてきています。1週間20時間働けば雇用保険も加入できるようになりました。高齢期の方も、週20時間働けば健康保険も適用できるように、国も整備してきました。
ケインズという経済学者は、昔、人間の労働力を生み出すためには何時間働いたらいいかということを論じておりますが、1日3時間の労働で、との記述がありますが、現代社会では、高齢者の労働条件として許容されるものでしょう。年齢と労働時間については法に基づいて、我が国は大きく働き方を変えていかなければいけない時代になってきました。
健康経営は、少子高齢化による労働生産人口の減少、労働者の健康問題の増加、そして従業員の健康問題についての経営責任に対する一つのソリューションであると考えられます。司法判断は、従業員の健康問題は経営責任であって、経営者が損害賠償をすべきであるとしています。
現場では、アブセンティズム、プレゼンティーズムとする労働生産性を減少させる状況が発生しています。出社しているが仕事が十分できないような人、そして休む人、が日本でかなり増えてきています。アメリカのギャラップ社という調査会社が、日本で最も仕事をしている人(エンゲージメント)は6%ですが、アメリカは31%です。日本はたった6%の活力ある従業員で日本の経済が成りたっているのでしょうか。
もし、日本の働き手がもっとエンゲージメントを高めることができれば、企業が発展する可能性はさらに大きくなります。過労死、過労自殺、過労事故死など依然と存在する我が国で、果たして、働く人は元気で労働生産性を高めることができるのだろうかという課題が働き方改革で改善されることが期待されています。
また、経営者が健康投資によって企業リスクを回避をしていくことによって、企業の将来の利益をいかにして確保していくかということを考えていかなければならないのです。 座りすぎの環境と運動不足  冒頭に申し上げましたように、今、我が国ではデスクワーク中心の仕事、つまり、パソコン相手に仕事をしているのが実態で、知らず知らずのうちにいわゆる職場でエコノミークラス症候群が起こっていることが現実的になってきました。飛行機だけではなく職場でこのエコノミークラス症候群が起こっているのです。 ニューヨークタイムズでは、「あなたの椅子はあなたの敵である」、「じっと座りっぱなしにしていると心筋梗塞、糖尿病とか、いろいろな病気になりますよ。この新聞を読むときは立って読みなさい」というような記事がでました。座りすぎのワークスタイルを変えていくことがこれからの大きな社会の流れなのです。  そこで、我が国では、デスクワークが増え、労働時間が増え、睡眠時間が短くなり、従業員が酩酊状態となり、日中居眠りしてしまうような状況になっています。通勤電車で時に熟睡している人も時々見受けられます。
また、睡眠時間ではなくて、睡眠の質が問題になってきています。ストレスチェックとプレゼンティーズムの関係を調べる調査結果から、日中眠気を感じている人のエンゲージメントが低いということがわかりました。つまり、「私は8時間寝ている」、「9時間寝ている」ではなくて、朝、しっかり目覚めて、仕事中に眠気もなくて、しっかり仕事ができることが、労働生産性が高いということです。
ノーベル経済学賞をもらったシカゴ大学のフォーゲル教授は、米国の1790年〜1980年の労働生産性の向上の30%は栄養で説明ができる。つまり栄養状態が改善したことによって働き手の労働生産性が上がったとノーベル賞受賞講演で述べています。
じゃあ、現代社会はどうでしょうか。我が国はGDPの2.9%に相当する額を睡眠障害によって損失として支払っています。世界でも、先進国の中で不十分な睡眠の問題が深刻な国が日本である。アメリカはGDPの2.2%、英国は1.8%、ドイツは1.5%、カナダは1.3%でありますから、我が国が突出して睡眠障害による経済的損失を被っている国ということになります。
そして、例えば運動すると睡眠時間が逆に増えるわけでして、運動不足で睡眠時間が2.6分減り、肥満になると7分減り、たばこを吸っていると5分減ることになります。よって睡眠時間がどんどん短くなっていって日中の眠気が出てくる。メンタルヘルス不調で17.9分減るということが明らかになっています。我が国ではほとんど当てはまるのではないかと考えられるわけです。したがって、個人の問題とはいうものの、結果として労働生産性の低下になることから経営問題であるということになります。
最後に、私どもNPOは今、多くの金融機関様とコラボレーションして健康経営を推進しています。経営者が健康づくり事業を推進することで、経営者にメリットがあるような商品の開発がなされています。社会のこのような動きとともに、我が国が高齢化社会の中でいかに従業員の健康を考えて、高齢期においても日本人の勤勉さがもっと発揮できるように、そして、知識、経験、資格、こういったものが企業で生かされるようにするためには健康と体力を維持し、豊かな生活が送れるようにするということをまず考えていくということが重要です。働く人が、休日の自由な時間を活動的に過ごすことが、企業にとっても大きな利益をもたらすのではないでしょうか。その意味では企業が従業員の健康に投資するということも1つの視点ではないかというように思っております。

▶︎本稿は、2019年2月11日(月・祝)に、大阪成蹊大学で開催された日本スポーツ産業学会冬季学術集会シンポジウム2019の内容をまとめたものである。

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