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日本スポーツ産業学会 冬季学術集会シンポジウム2017 2020を超えてスポーツ産業拡大をいかに実現していくか

日本スポーツ産業学会 冬季学術集会シンポジウム2017
2020を超えてスポーツ産業拡大をいかに実現していくか
間野義之│早稲田大学教授
金森喜久男│追手門学院大学教授
土方政雄│株式会社アシックスシニアアドバイザー 2020東京オリンピック・パラリンピック室渉外担当
司会 水野利昭│大阪成蹊大学教授


2019年、2020年、2021年のゴールデンスポーツイヤーズを通じて伸びていくスポーツ産業を、その後どう生かしてつなげていくか。「スポーツ未来開拓会議」で語られている。
スポーツ産業の活性化は、スタジアム・アリーナ、アマチュアスポーツ、プロスポーツ、周辺産業、IoT活用、スポーツ用品で、現在5.5兆円のマーケットを、2020年には10.9兆円、2025年には15.2兆円と、3倍に伸ばすシナリオが描かれているが、このような大きなレベルで伸ばすためには、従来どおりのやり方ではなく、ドラスティックに進めていくことが必要になることは明らかであろう。
そこで、本シンポジウムでは、2020年東京オリパラに向けての具体化、地方活性化のキーポイント、スタジアムを核としたスタジアム投資というテーマでスポーツ市場をどう拡大させていくか、さらに、スポーツ用品・サービスの市場をどういう形で拡大させていくかということを、それぞれのお立場でお話しいただきたい。(司会:水野利昭)

我々はどのようなレガシーを遺すべきか 間野義之

2020年を超えてスポーツ産業拡大をいかに実現していくのかということが、ここでのテーマです。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの前の年にラグビーワールドカップ、翌年に関西ワールドマスターズゲームズがあります。ラグビーのワールドカップは、4年に1回、必ず夏季オリンピック大会の前年に開催されてきましたが、同一国で連続して開催されるのは史上初です。2021年のワールドマスターズゲームは、30歳以上の人であれば国別予選なしに誰もが参加できる生涯スポーツの祭典で、“するスポーツ”では世界最大の大会です。これも4年に1回、夏のオリンピックの後に開催されていましたが、同一国での連続開催は初めてです。2020年だけではどうも局所的、一過的ですが、2019年のラグビーワールドカップは12会場で開催されますし、2021年には関西の8府県で開催される。そうすると、この3年の全国的な広がりということを考えた場合に、スポーツ産業の成長の機運醸成には絶好のチャンスです。この3年はゴールデンスポーツイヤーズと呼ばれていますが、私はこれを「奇跡の3年」と呼んでいます。それぞれの招致委員会は個別に活動していたのですが、偶然にこの3年が重なった。この機会にスポーツ産業をどうやって発展させるのかということを本気でみんなでやっていく。もしかすると最初で最後のチャンスかもしれない。

※1 株式会社日本政策投資銀行「2020年を契機としたスポーツ産業の発展可能性および企業によるスポーツ支援」(2015年5月発表)に基づく2012年時点の値。 ※2 プロスポーツ及び周辺産業は、「興行・放送等」(1.7兆円)として合算する場合もある。
▶スポーツ庁・経済産業省「スポーツ未来開拓会議中間報告」2016年6月より転載

大事なのは、この3年が終わった後に何を遺すのか。「レガシー」の語源はラテン語の「レガタス」という言葉、ローマ教皇の特使という意味で、キリスト教を布教する際に教会をつくって聖書を置いてミサをやるだけではキリスト教は普及しなかったけれど、当時の最先端の都市であるローマの文化や知識を一緒に伝えたことによって、キリスト教を受け入れて暮らしがよくなった。同じように、このゴールデンスポーツイヤーズをやってよかったと思われるように、どのような良いことを遺せるのか。
レガシーといっても、文化、経済、環境、持続可能性、都市化などなど、非常に幅広いものが含まれると言われていますし、必ずしもポジティブで有形で計画的レガシーばかりではなく、ネガティブで無形あるいは偶発的なレガシーもあります。
例えば、メキシコシティーの大会は、当時アパルトヘイトであった南アフリカを参加させたことによって人種差別問題によるデモが発生したり、ミュンヘンではアラブゲリラが選手村に侵入してイスラエル選手を人質にしてハイジャックしようとしたところに特殊部隊が作戦に失敗して全員が殺されるといった事件がありました。また、モントリオールでは、スポンサー集めに失敗し、1,000億円の赤字を出してモントリオール市は30年かかって返しました。
私たちは1964年の東京大会のイメージがあるので必ずポジティブにいくというふうに思いがちですが、たぶんオリンピックについて実はネガティブなレガシーを残しているところも少なからずあります。私たちは3回のオリンピックをやってそれぞれ有形・無形に良いものを残してきてはいますが、2019、20、21の大会で何を遺していくのかというと、その1 つはたぶんスポーツの成長産業化ではないかと私は考えています。
昨年2月にスポーツ庁と経済産業省がスポーツ未来開拓会議を設置し、昨年6月の中間報告で、①スタジアム・アリーナのあり方、②スポーツコンテンツホルダーの経営力の強化と新ビジネスの進出の促進、③スポーツ人材の育成・活用、④ 他産業との融合による新たなビジネスの創出、⑤スポーツ参加人口の拡大という、5つの課題を挙げました。

スポーツ人口を増やすとスポーツの市場が大きくなり、それがスポーツ関係への投資をもたらしてさらにスポーツ人口が増えるという好循環をもたらす。そのためには、まずはスポーツ・アリーナ改革から始めることが重要ではないか。 2番目が、プロスポーツ、トップスポーツを盛り上げていくためのスポーツコンテンツホルダーの経営力の強化。例えば昨年のスーパーボウルが開催されたアメリカのリーバイススタジアムは、民間企業が1,400億円の投資をしています。日本のスタジアムは普通は公共投資ですが、民間投資をどうやって引き込むかというのがこれからのスタジアム・アリーナの重要なポイントになります。例えば、バスケットやコンサートなどで盛況のロサンゼルスのステープルセンター(アリーナ)では、豊富な債権・担保を設定して、民間投資を呼び込んでいますし、イギリス・コベントリーのリコーアリーナでは、ホテルやカジノを併設した多機能複合化を実現しています。
実は日本にも同様の例があって、東京ドームはホテルを含めた複合化施設ですし、「吹田サッカースタジアム」は民間投資の先例ですし、ギラヴァンツ北九州のホームスタジアムもPFIという手法で造られました。英米が特別なわけではなく、我が国の文化や法律や風土の中でもできることがあるはずです。今、全国津々浦々で様々なスタジアム・アリーナの改修、建て替え、新築の予定がありますが、いままでと同じものをつくるのではなくて、英米の例や吹田スタジアムの例も参考にしつつ、稼げるスタジアムにすることをスポーツ産業学の観点から提案したいと思っています。

吹田スタジアムへの思い~顧客第一の視点~ 金森喜久男

私は松下電器(現在のパナソニック)に入社し、電送システムとかシステムソリューションを経て、最後は情報セキュリティ本部長として全世界の松下グループを指導する役目を担当し、ガンバ大阪社長の辞令を受けました。ガンバ大阪の社長になってすぐにわかったことは、ちゃんとしたスタジアムがないことが関西の活力をそいでいるということでした。そこで、民間の資金を集めスタジアムを建設する「スタジアム建設募金団体」をサッカー界と経済界共同でつくり公共施設として吹田市に寄付をさせていただきました。産業界とスポーツ界を経験してわかったことは、創業者の松下幸之助の言葉、「企業は社会の公器なのだ」、「お客様の心をしっかりとらえれば成長する」、「成功するためには、お客様の心をちゃんと知りなさい」ということはどの事業でも共通している基軸だということです。ドラッカーは、顧客という新しい観点からマネジメントを長年、説いてきていますが、私はサッカー界と松下電器にいて、主役は顧客であり、顧客の創造を軸にすべてやることが成長につながる、それが成長の鍵であるということを学びました。
サッカーがなぜスポーツ界で一番人気になったのか。1989年にベルリンの壁が撤去された際の映像が衛星放送を通じて世界に流されたころ、ルパート・マードックという人はその威力に気づいて、1990年11月にBスカイBを設立し、イギリスのプレミアリーグ、アメリカのアイスホッケー、メジャーリーグの放映権(独占放送権)を獲得しました。「一般放送で無料で見られるのに、有料でスポーツを見るわけないじゃないか」という論調が多かった中で、ルパート・マードックは「スポーツの特性として、リアルタイムでなければおもしろくない。結果を知って見てはおもしろさが半減する」という考えに基づいて行動していたようです。
BスカイBの成功によって多くのお金が入ったプレミアリーグがそれをどういうふうに使ったか。まず最初に老朽化していたイギリスの各スタジアムを改良したのです。イギリスは雨が多いので屋根をつける。寒いので個別席にして暖房装置を入れる。観戦環境を構築して女性や子供が行ってもいいようなスタジアムに仕立てあげるわけです。さらに、プレミアリーグは、イギリスで開く大会の賞金を上げて、選手の年俸を上げました。それによって世界中の超一流メンバーが全部プレミアリーグに集まってプレイするのを、世界中のサッカーファンが見るわけです。
プレミアリーグの放映権を見てみると、2009年のデータでは英国を除いて1,270億円。アジアが一番多い699億円です。その当時のプロ野球の放映権は80億円くらい、Jリーグは43億円です。プレミアリーグの教訓は、スポーツ産業が成長産業として期待できるということを我々スポーツ界の人間に教えてくれました。ただし、お客様創造のあり方を重要な施策として進めることが成功の鍵となります。

スポーツの特性として、無形性、同時性、消滅性、異質性、多様性が挙げられます。
無形性というのは、試合には形が無いということ。観客は目で感じ頭で捉えて、それからハートで感じる。試合の展開はどうなっているんだろうと見るわけです。遠藤がボールを持っている。次はシュートするのだろうか、クロスを上げるか、ほかにパスをするのかと、4万人の観客が勝手に思うわけです。そこで遠藤がパスを出すと、「なんでシュートしないんだ」と。そういうスポーツのおもしろさは無形性から生まれます。
2つ目の同時性は、生産と消費が同時に進行するということ。チームは観客と対峙するわけですが、選手はプレイという試合を生産し観客をそれを楽しむ(つまり消費する)という異なった作業が同じ時間に進行するということです。我々はいつも顧客、消費者の立場になって物事を考えるのですが、生産と消費が同時に進行することで一体感が形成され、ファンをつくっていくのです。
スポーツの3つ目の特性は消滅性です。試合はずっと進んでいって、再現できません。プレーは、進行して終わればすぐに消えてしまいます。春に咲く桜、夏の夜に舞う花火のように一瞬。これによってスポーツにはかなさとか哀愁、それをいつくしむ心が生まれ、スポーツが愛されていくわけです。 4 番目は異質性です。すべてを同じ条件にして、同じ監督、同じ選手、同じ時刻でやったとしても同じ試合になりません。だから試合は未知であり期待と不安をかもし出します。阪神ファンの私は、10連敗する時代に「きょうこそ勝つだろう」と期待しスタジアムに行くのです。
そして多様性。スポーツは喜びを与えるけれども、苦痛なのです。ファンや選手、ステークホルダーは、負けたら本当に涙を流して悲しむわけです。それは私が思うには親の愛と同じ愛情です。経済原則からいって、苦痛を売っていて成り立つ商売はないのですが、スポーツだけは苦痛を売り、共に苦しみファンはそれでも観戦し涙を流すわけです。その舞台はやはりスタジアムであり、良い舞台があってこそ観客も選手も真の楽しみが得られる。良いスタジアムをつくらなければお金を払っていただくお客様に申しわけない。そのような確信から、私はどうしてもスタジアムをつくりたいと思った次第です。
主役は顧客であり、顧客創造を実現することが今後の成長を約束する。スポーツ産業の発展の要素は、絶対にカスタマー・ファーストであり、そうでないとスポーツ産業は成功しない。カスタマー・ファーストで全部やっていくべきだというのが私の結論です。

スポーツ市場の拡大に向けたアシックスの取り組み 土方政雄

アシックスはグローバルで事業を展開しており、日本のマーケットは全事業の25%(1,000億円弱)くらいです。ここでは、日本国内を統括しているアシックスジャパンという会社がどうやってマーケットを大きくしていくか、売上を大きくしていくかという事例を紹介させていただきます。
まずスポーツイベントに多様に協賛しています。特にランニングシューズを強みとしている会社として、一人ひとりが参加できる、みんなで盛り上がることができる。そして、個人の目標が立てやすく、充実感、満足感が各個人に落ちてくる。そしてまた走りたくなるというような、ランニングイベントに協賛しています。また、オリンピック・パラリンピックに出場するようなトップアスリートにもいろいろな局面で支援しています。リオでの大活躍を見て日本人として誇らしいとか、応援することによって感情移入できたりしますし、また、「卓球ってあんなに戦闘的だったんだ」とか、「カヌーの選手はあんなにハンサムだったんだ」というような新たな発見でマーケットが広がっていくのではないか。そういう情緒的な側面もあるのではないかと思っています。
公共施設の管理・運営に関しても、多様に展開しています。ランニングコースを神戸市と一緒に整備しましたが、快適性、安全性、仲間づくりなどにつながっていくような場の提供も大切なのではないかと思います。子供へのスポーツ啓蒙も大切で、子供たちがスポーツと触れ合って、運動の素晴らしさ、楽しさみたいなことを小さいうちから感じてほしい。それから、トップアスリートの方々と触れ合うことで喜びとか感動、それから本物感(オーラ)を感じさせるイベントも手がけています。
次にスポーツスタイルの浸透ということについて。スポーツがより生活の中に入ってきて、生活がより豊かにカジュアルになっていく。そして、本物感あふれるスポーツ用品というところの話をしてみたいと思います。

▶「体力・スポーツに関する世論調査(平成24年度まで)及び「東京オリンピック・パラリンピックに関する世論調査(平成27年度)」に基づく文部科学省推計

じつは、アスレティックシューズ、アスレティックウェアについては、2014年から2015年にかけてマイナス9%です。少子高齢化、部活離れと言われてもう30年たっていますが、全体としてアスレティックのカテゴリーが伸びていくことは今後も非常に難しいだろうと思っています。かたや、オニツカタイガー、アシックスタイガーというライフスタイルシューズ、ファッションシューズにつきましては14年~15年で前年比30%アップという数字になっており、16年度も、大きな成長率を示せるのではないかと期待しています。生活が非常にカジュアルになり、スポーティな生活に合わせる靴という新しいマーケットを切り開いているところです。
次にスポーツで培ったテクノロジーの展開を手がけています。これは新しいマーケットを自分たちでつくっていこうということで、伸び悩んでいるアスレティックのカテゴリーの中で、世界最速のスパイクをつくろうとか、世界最高水準のランニングシューズ、マラソンシューズをつくろうとか、いろいろなことをスポーツ工学研究所でやっています。そして、そこの知見を活用して生活の中で新しいことをできないかということで、ウォーキングシューズ、ワーキングシューズにも取り組んでいます。一般的な革靴や女性のパンプスは2015年度で100億円規模になっています。ランニングシューズのアシックスと言われていますが、約110億くらいのランニングシューズと同等規模の革靴を販売しています。これにはランニングシューズと同じようにアルファゲルが入っていたり、研究の成果が投入されています。ワーキングシューズは、工事現場であるとか、床がオイリーなところで働く方々のためにつくっている靴なのですが、前年比30%前後で伸びています。スカイツリーをつくるときにも使われたと聞きましたが、作業環境、労働環境が非常に悪い中で疲労感であるとか、油があって滑ってしまうとか、そういうことをすべて回避できるよう多種の機能を開発し、14年は27億、15年は35億、16年は45億というように年30%以上の成長を遂げています。
以上、1)いろいろな普及活動でスポーツの素晴らしさを伝えて、よりスポーツを身近に感じて実際にやってみようということを、追い求めていかなければなりませんが、そこでは成長率はほとんどないという厳しい状況。2)スポーツのライフスタイルへの浸透によって、ファッション系の靴にスポーツのテクノロジーなどを盛り込むことによってスポーツを身近に感じていただいて順調に伸びている。3)テクノロジーで新しい市場を造ることいによる顧客の創造、新しいマーケットをつくることをマーケティングの基本として、私たちはいま注力しています。
といいながらスポーツメーカーとしての生命線はやはり体を動かして健康になるということで、日常的に生活の中で体を動かすことが最も重要ではないかと考えています。そして、スポーツ実施率が40%から65%になれば150%アップですので、1兆円が1兆5,000億円になるという非常にシンプルな計算もできるという意味では、スポーツ市場拡大につなげるためには体を動かすための施策をこれからどうやって具体的に共有して現実のものとしてやっていけるかということを考えていきたいと思います

▶本稿は、2017年2月11日に大阪成蹊大学で開催された冬季学術集会シンポジウムの講演内容をまとめたものである。

 

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