中学校運動部活動のコーチングスタイルと地域移行ビジョン :北海道におけるソフトテニス部の調査から
2025年度日本スポーツ産業学会・奨励賞受賞論文
中学校運動部活動のコーチングスタイルと地域移行ビジョン :北海道におけるソフトテニス部の調査から
小峯秋二(北翔大学大学院生涯スポーツ学研究科)
川西 正志(北翔大学生涯スポーツ学部)
竹田 唯史(北翔大学生涯スポーツ学部)
1.研究の背景と動機
我が国では,令和5年度から中学校運動部活動(以下,部活動)の地域展開・地域連携が進められ,令和8年度からは「改革実行期間」として本格化している.この改革は,教員の長時間勤務を是正するための働き方改革であると同時に,子どもたちが将来にわたってスポーツに親しむことのできる新しい環境をつくる試みでもある。しかし,地域展開・地域連携を「学校の部活動を地域クラブ活動に置き換えること」とだけ捉えると,本質を見誤るおそれがある.活動場所や運営主体が変わっても,子どもに関わる指導者が何を大切にし,どのような価値観でスポーツを支えるのかは,活動の質を大きく左右する.つまり,部活動改革では,指導者の人数を確保することだけでなく,指導者の価値観やコーチングのあり方を,学校から地域へどのように接続していくのかが問われている.本稿では,受賞論文「中学校運動部活動顧問のコーチングスタイルと地域移行ビジョン:北海道におけるソフトテニス部の調査から」で明らかにした内容をもとに,部活動改革を支える「顧問の価値観」について考えたい.
2.コーチングスタイルという視点
本研究におけるコーチングスタイル(CS)とは,「生徒の長期的なスポーツキャリア全体を視野に入れた部活動のコーチング行動で重視する活動・興味・関心・価値・意見等の総体」と定義した.
部活動指導には,競技力向上,教育的成長,楽しさ,活動機会の保障など多様な価値が含まれ,顧問の指導観は「勝利か教育か」という二分法では捉えきれない.また,生涯スポーツにつながる楽しさや,多様な生徒が活動できる機会を重視する顧問もいる.そこで本研究では,顧問のコーチングスタイルを複数の側面から捉え,部活動の地域展開・地域連携に対する考え方との関連を検討した.
3.研究の概要
調査は,2022年8月から9月にかけて,北海道の中学校ソフトテニス部指導者516名を対象に,Webアンケートにより実施した.回答者154名のうち,本研究では,正顧問115名,副顧問20名を合わせた顧問135名を分析対象とした.本研究では,部活動を地域へ移行する際に,顧問がどのような形で地域クラブ活動運営に関わろうとしているのかを捉えるため,「地域移行ビジョン」という概念を用いた.具体的には,地域クラブ活動運営への参加意思,活動を担う運営基盤,活動を想定する運営規模の3点から,顧問の考え方を把握した.また,顧問が部活動指導で重視する活動,興味・関心,価値,意見などを把握するため,45項目からなるコーチングスタイル尺度を設定した.分析では,因子分析によってコーチングスタイルを構成する要素を抽出し,さらにクラスター分析によって顧問を類型化したうえで,各類型と地域移行ビジョンとの関連を検討した.
4.顧問の指導観を構成する5つの要素
分析の結果,中学校ソフトテニス部顧問のコーチングスタイルは,主に5つの要素から構成されていた.一つ目は,指導者としての責任や誠実さ,モラルを重視する「指導者倫理」である.二つ目の「多様性・尊厳」は,生徒一人ひとりの違い,人権,スポーツ権を尊重する姿勢を表している.三つ目の「勝利・技術」は,競技力向上や技術・戦術の習得を重視する要素である.四つ目の「平等」は,生徒の活動機会を保障しようとする考え方を示している.5つ目の「教育効果」は,スポーツの楽しさ,生涯スポーツ,QOL(Quality of Life:生活の質)への効果を重視する視点である.これらの結果は,顧問の指導観が,勝利志向と教育志向という単純な二分法では捉えられないことを示している.部活動の指導には,競技力向上,生徒の成長,スポーツの楽しさ,尊厳,活動機会の保障など多様な価値が含まれており,部活動の地域展開・地域連携においては,これらを地域のスポーツ環境へどのように継承していくかが重要となる.
5.顧問は4つのタイプに分けられた
次に,5つの因子をもとに顧問を分類したところ,「競技スポーツ志向型」,「人間形成志向型」,「生涯スポーツ志向型」,「活動支援型」の4類型が抽出された.競技スポーツ志向型は,競技力向上や技術習得を重視するタイプである.人間形成志向型は,部活動を通じた社会性や人間形成を重視する特徴をもつ.生涯スポーツ志向型は,スポーツの楽しさ,多様性,生涯にわたるスポーツ参加を重視する類型である.活動支援型は,生徒が活動できる機会を保障しようとする姿勢に特徴がみられる.各類型の人数構成をみると,競技スポーツ志向型は46名(34.1%),人間形成志向型は56名(41.5%),生涯スポーツ志向型は20名(14.8%),活動支援型は13名(9.6%)であった.人間形成志向型が最も多かったことから,本研究の対象となった北海道の中学校ソフトテニス部顧問においては,部活動を単なる競技活動ではなく,生徒の成長や社会性の育成を担う教育活動として捉える傾向が一定程度みられたと考えられる.一方で,競技スポーツ志向型も約3分の1を占めており,競技力向上を重視する顧問も一定数存在することが示された.同じ中学校ソフトテニス部の顧問であっても,競技力の向上を通じて生徒を育てようとする顧問,学校教育の一環として部活動を捉える顧問,生涯スポーツへの接続を重視する顧問,活動機会そのものを支えようとする顧問が存在する.今後,部活動の地域展開・地域連携を進める際には,このような多様な顧問の指導観を前提に,それぞれの顧問が地域でどのような役割を担い得るのかを考える必要がある.
6.地域クラブ活動運営への参加意思にみられた違い
本研究では,コーチングスタイルによる顧問の類型と,今後の部活動改革に向けての地域移行ビジョンとの関連を検討した.その結果,地域クラブ活動運営への参加意思に類型間で有意な差がみられることが明らかとなった.参加群の割合は,競技スポーツ志向型(73.9%)が最も高く,次いで活動支援型(69.2%),生涯スポーツ志向型(65.0%)であり,人間形成志向型(41.1%)は最も低かった.一方,地域クラブ活動の運営基盤や運営規模については,類型間で統計的な有意差はみられなかった.すなわち,顧問のコーチングスタイルによって,地域クラブ活動運営への参加意思には違いがみられたものの,どのような運営主体や活動規模を想定しているのかについては,類型による明確な違いは確認されなかった.これらの結果から,部活動の地域展開・地域連携に対する顧問の関わり方を考える際には,顧問を一様な集団として捉えるのではなく,それぞれが重視する指導上の価値や考え方の違いを踏まえて検討する必要があることが示された.
7.本研究からの地域スポーツ活動を支える担い手づくりへの示唆
部活動の地域展開・地域連携を進めるうえでは,地域で子どもたちのスポーツ活動を支える担い手を確保するとともに,それぞれの特徴を活かした役割を考えることが重要である.競技スポーツ志向型は参加意思が最も高く,競技力向上や技術・戦術の指導経験を活かした担い手となる可能性がある.一方,人間形成志向型が重視する社会性や人間形成といった教育的価値は,地域クラブ活動の理念づくりや指導者研修等に活かすことが期待される.また,生涯スポーツ志向型は,スポーツの楽しさや継続性を重視した地域環境づくりに,活動支援型は,活動機会の保障や学校と地域との橋渡しなど,支援的・調整的な役割に貢献できる可能性がある.したがって,地域クラブ活動の担い手づくりでは,「誰が指導するのか」だけでなく,「どのような価値観をもつ人が,どのような役割を担うのか」という視点が重要である.それぞれの強みを活かしながら協働する体制を構築することが,持続可能な地域展開・地域連携につながると考えられる.
8.おわりに
部活動の「地域展開・地域連携」は,学校から地域へ活動の場を移すだけの制度改革ではない.それは,子どもたちにとって望ましいスポーツ環境を,「誰が,どのような価値観で支えていくのか」を問い直す改革でもある.本研究は,顧問のコーチングスタイルを可視化することで,地域スポーツの担い手を考えるための一つの手がかりを示した.今後,地域クラブ活動を整備していくうえでは,部活動の顧問,地域指導者,競技団体,学校,行政が,それぞれの役割を明確にしながら連携することが求められる.その際には,競技力向上だけでなく,スポーツの楽しさ,生徒の成長,安全・安心,継続的な参加を支える視点を共有することが重要である.部活動改革の成否は,制度の形を整えることだけで決まるのではない.そこに関わる人々の価値観をどのように結び直し,子どもたちの未来につながるスポーツ環境をどのように築いていくのかにかかっている.
最後に,受賞論文の刊行に至るまで,研究課題の設定や分析手法について丁寧なご指導・ご助言を賜った審査委員の先生方に,深く感謝申し上げる.今後も部活動改革が進展する中で,地域スポーツを支える指導者のあり方を探究する研究を継続していきたい.
主な参考文献・資料
・小峯秋二・川西正志・竹田唯史;中学校運動部活動顧問のコーチングスタイルと地域移行ビジョン:北海道におけるソフトテニス部の調査から,スポーツ産業学研究,Vol.35,No.2,pp.123-132,2025. ・スポーツ庁;学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン,2022.・スポーツ庁・文化庁;部活動改革及び地域クラブ活動の推進等に関する総合的なガイドライン,2025.・中澤篤史;運動部活動の戦後と現在,青弓社,2016.・友添秀則;運動部活動の理論と実践,大修館書店,2016.


