スポーツ産業学研究第33巻第2号

【原著論文】

スポーツ産業分析用産業連関表の作成
川島 啓, 庄子 博人
JSTAGE

アスリートアドボカシーに対する人々の反応 : 献身性と適合性がもたらす影響
小木曽 湧, 舟橋 弘晃, 間野 義之
JSTAGE


【研究ノート】

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会における事前キャンプ地の児童・生徒の変化 : スポーツライフとスポーツに対する意識・態度に着目して
柴田 紘希, 笠野 英弘, 小山 さなえ, 飯塚 駿, 遠藤 俊郎
JSTAGE

スポーツイベントにおけるプロデューサーの資質・能力についての研究-女子プロゴルフトーナメントを事例として-
田島 幸雄, 髙橋 義雄
JSTAGE

スポーツボランティアの大会満足度と協調的幸福感 : コロナ禍のトライアスロン大会に着目して
岡安 功, 松本 耕二, 渡辺 泰弘, 二宮 浩彰
JSTAGE


【レイサマリー】

スポーツ産業分析用産業連関表の作成
川島啓(釧路公立大学)
庄子博人(同志社大学)

スポーツは、消費、投資、生産活動、雇用に大きく貢献し、個人の生活や社会に大きな利益をもたらす国民経済の重要な要素です。 スポーツ産業の付加価値は、国民経済計算体系(SNA)のサテライト勘定として推計されています。 日本では、日本政策投資銀行が2017年から欧州の実績と比較可能な形でスポーツGDPを推計しています。スポーツGDPはスポーツに関連する経済活動によって生み出された付加価値の総量を表しています。 しかしながら、スポーツ参加が経済価値にどのように結びついているかを分析するためには付加価値額だけでなく、消費、投資、輸出などの最終需要に基づくアプローチが不可欠です。
本論文では、スポーツ産業と他産業の経済構造を記述するための新たなフレームワークを考案し、スポーツ部門を分析するための産業連関表を作成しました。
産業連関表の推計結果として、2018年のスポーツ産業の生産額は11兆3740億円、粗付加価値額は7兆7700億円でした。また、海外からの輸入額は9,620億円で、スポーツ産業の市場規模(総供給額=総需要額)は12兆3,360億円となりました。総需要の内訳は、スポーツ産業の中間需要が1兆9790億円、国内の最終需要が9兆6870億円で、このうち消費が8兆7530億円、投資が925億円となっています。海外向け輸出は6,700億円となりました。
スポーツ産業は日本全体のGDPの1.3%を占めるにすぎませんが、映画やゲーム、音楽、出版など他の文化的な娯楽産業と比較すると、重複している産業を考慮しても12兆円という市場規模は非常に大きいものです。今後、健康づくりや地域における様々なスポーツ活動がITを活用したサービス業と結びつくことで、さらなる発展が見込めると考えられます。
本研究は一国全体のスポーツ産業の経済規模を産業連関表の枠組みで捉えた初めての研究となります。今後も地域におけるスポーツイベントや、eスポーツなどの新たなスポーツ産業を取り込んで分析ツールとして発展させていく所存です。

アスリートアドボカシーに対する人々の反応:献身性と適合性がもたらす影響
小木曽湧(東洋大学)
舟橋弘晃(中京大学)
間野義之(早稲田大学)

社会的な発信力を強みとするエリートアスリートが社会問題について発言・啓発するという活動が多く確認されるようになっています。このような活動は、「アスリートアドボカシー」と呼ばれています。日本でも、大坂なおみ選手の黒人差別に対する抗議行動や八村塁選手のデモ参加、サッカー女子日本代表のニーリング(膝をつくことで抗議の意思を示すこと)など、象徴的な事例も生まれています。
このような活動は社会問題に対する世間の意識を高める効果があると考えられていますが、世間から称賛されたり、一方で批判されたり、複雑な反応が向けられる傾向にあります。本研究は、このような称賛・批判といった反応がどのような要因に規定されているのかを、献身性と適合性という活動に対する人々の評価をもとに検証したものです。データはインターネット調査の登録モニターを対象に収集しました。
本研究の結果から、アスリートが献身的に活動していると思うほど、啓発する社会問題とアスリートが適合していると思うほど、人々はアスリートアドボカシーに対してポジティブな反応を持つことが明らかになりました。つまり、献身性や適合性を高く評価をしている人ほど、アドボカシーを好意的に反応する傾向にあります。加えて、アスリートに対して抱く愛着はアドボカシーへの反応に直接関連しますが、献身性・適合性が持つ影響を大きく歪ませるものではありません。この結果は、アスリートが自身の啓発活動を発信するうえで、社会問題とのかかわり方を慎重に考慮することが、アドボカシーに対する好意的な反応を得るための安全策になりうることを示唆しています。本研究の成果は、アドボカシーを行うアスリートが世間からの評価やイメージを高める,もしくは保護していくための方策を考えるうえで有用な資料となることが期待されます。

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会における事前キャンプ地の児童・生徒の変化:スポーツライフとスポーツに対する意識・態度に着目して
柴田紘希(山梨学院大学)
笠野英弘(山梨学院大学)
小山さなえ(山梨学院大学)
飯塚駿(山梨学院大学)
遠藤俊郎(山梨学院大学)

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、「東京2020」と略す)をはじめとするメガ・スポーツイベントの開催にあたっては、イベントが開催国あるいは開催地域にどのような効果をもたらしたのかが問われています。特に、イベントの開催が人々のスポーツライフやスポーツに対する意識・態度にどのような影響を及ぼしたかを検討することは、スポーツ振興の観点から基本的かつ重要な課題であると考えます。
しかし、これまでの研究で着目されてきたイベントの効果は、経済効果や地域活性化効果など、スポーツ以外の分野への効果が中心に検討されてきました。一方で、する・みる・支えるといったスポーツライフそのものの変化やスポーツに対する意識・態度の変化など、スポーツそのものに対する効果に着目した研究はそれほど多くありません。また、先行研究の調査対象はホストタウンや事前キャンプ地となった自治体の行政組織を対象としてイベントの開催効果が検討されてきました。しかし、イベントの開催効果をより直接的に測定するためには、当該イベントの開催された地域の住民に対する調査を行うことがより有用であると考えられます。
そこで、本研究は東京2020事前キャンプ地の住民を対象に、大会実施前後のスポーツライフやスポーツに対する意識・態度の変化を明らかにし、それらの変化を東京2020の開催との関連から考察することで、メガ・スポーツイベントの開催が及ぼす効果について検討することを目的としました。
調査は東京2020の開催前後に事前キャンプ地に所在する学校の児童・生徒(小学生、中学生、高校生)を対象にアンケートを実施しました。回答者は事前調査3,129名、事後調査2,299名でした。分析では、東京2020の前後でスポーツライフ(スポーツ実施率、スポーツ観戦率、スポーツボランティア率)とスポーツに対する意識・態度(スポーツに対する価値意識、今後のスポーツとの関わりに関する意識)の変化を明らかにしました。分析の結果、東京2020の開催後にはスポーツ観戦やスポーツボランティアの実施、スポーツに対する意識・態度に関する項目の一部でポジティブな変化が確認されました。これらの結果から、コロナ禍という社会情勢下においてもメガ・スポーツイベントの開催がスポーツ振興に対する効果を有すること、特にスポーツ観戦やスポーツボランティアの促進、スポーツに対するポジティブな意識・態度の形成に寄与する可能性が示唆されました。
これまでのメガ・スポーツイベントに関する研究では経済効果や地域活性化効果が注目されてきましたが、本研究ではイベントの開催がスポーツ振興にも寄与する可能性を提示しました。今後、イベントの開催効果が生じる要因とメカニズムの解明など、メガ・スポーツイベントの効果を検証する研究の蓄積が期待されます。

スポーツイベントにおけるプロデューサーの資質・能力についての研究
-女子プロゴルフトーナメントを事例として-
田島幸雄(株式会社博報堂)
髙橋義雄(筑波大学体育系)

今日,スポーツ庁が掲げるスポーツの成長産業化には,スポーツイベント開催が必要であり,スポーツ界内外の人材育成・活用は必須です.スポーツ庁「第3期スポーツ基本計画」には,主にスポーツ界における経営人材,指導者,専門スタッフ,審判員などの人材の育成・確保を施策のひとつとしてあげられていますが,スポーツ産業拡大に欠かすことができないスポーツイベントを企画,運営する人材の必要性は指摘されていません.
このイベントを企画する人材は,開催地の人,あるいは参加者がいかに満足を得るかということから,イベント開催の目的を考える必要があり,その時,その場で「人々の満足は何か」を求めていくことが大切です(堺屋, 2007).また,スポーツイベントを成立するための基本的要件である①モノ(内容), ②ハコ(会場), ③カネ(採算)を有機的,効率的にマネジメントを行い,イベントを支援してくれる敏腕プロデューサーは必要です(間宮・野川, 2010).これまで日本ではサッカーや野球といったプロ化された競技を除くと,多くのスポーツ団体で学校の教員や実業団が運営を担い,イベントなどのビジネスは新聞社等の企業が行ってきました.そのため,新事業を始める際には,事業開始に伴う知見,ノウハウがスポーツ団体に蓄積されていません(髙橋,2017). 以上のことから,スポーツイベントの企画・運営で必要とされるプロデューサーの育成につなげるために,スポーツイベントにおけるプロデューサーの資質・能力を,現場において得られた調査データから忠実に抽出し,明らかにすることを目的としました.
本研究は,女子プロゴルフトーナメントのプロデューサーを対象としたインタビュー調査を行い,KJ法による分析,カテゴリー化を行いました.その結果,スポーツイベントプロデューサーの資質・能力として,1)「基本的な資質」として「予測力」,「調整力」,「バランス感覚」,2)「心理的特徴」として「使命感」,「責任感」,「達成欲」,「自尊心」および「積極的に学ぶ探求心」,3)「対人・組織関係構築力」として「関係構築力」,「コミュニケーション力」および「チームビルディング力」,4)「大会運営能力」として「競技会場設営能力」,「メディアとの協調力」,「リスク管理能力」,「観客動員能力」および「収支計画の作成と回収の財務責任」が,抽出されました.
「予測力」,「調整力」,「バランス感覚」,は先行研究でも示されており、プロデューサーの普遍的な資質・能力であると示唆されました.また,ビジネス界の人材に必要とされる資質と推察される「使命感」,「積極的に学ぶ探求心」,スポンサー,大会開催自治体,警察,消防,メディアなどステークホルダーたちとの「関係構築力」,一般のビジネス界の人材に期待される資質と推察される,「コミュニケーション力」,サッカー、バスケットボールなど常設のスタジアム・アリーナを競技会場とするスポーツイベントでは必要とされないと考えられる,「競技会場設営能力」,などが明らかになりました.本研究の成果により,競技を超えて多種目のスポーツイベントをプロデュースできる人材の育成にも可能性が拡がり,プロデューサーの流動化やネットワーク化にも寄与できると考えています.

スポーツボランティアの大会満足度と協調的幸福感:コロナ禍のトライアスロン大会に着目して
岡安功(広島経済大学)
松本耕二(広島経済大学)
渡辺泰弘(広島経済大学)
二宮浩彰(同志社大学)

新型コロナウイルス感染症の世界的パンデミックは、プロスポーツにおける無観客試合の実施、市民マラソン大会の中止など、スポーツ界にも大きな影響を与えた。スポーツイベントの中止や延期は、「するスポーツ」や「みるスポーツ」だけでなく、「ささえるスポーツ」にも影響を及ぼした。
本研究は、2021年4月24・25日に開催されたアジアトライアスロン選手権2021廿日市大会のボランティアを対象とし、コロナ禍におけるスポーツイベントのボランティア活動における大会満足度と幸福感の関係を明らかにすることを目的とした。
調査は、回答依頼文と返信用封筒付きの調査票を大会当日の活動参加受付時に配布し、郵送もしくはWEB(インターネット)上での回答を求めた。回収期間を2021年4月25日~5月15日までとし実施した結果、163部(郵送:105、WEB:58)の有効回答(有効回答率48.9%)が得られた。
協調的幸福感(Hitokoto and Uchida, 2015)への影響について個人的属性(性別、年齢、婚姻、居住地、職業、学歴)と大会満足度を説明変数とした重回帰分析(強制投入法)にて検証した結果、1%水準で大会満足度から協調的幸福感においては有意であった。また大会満足度と協調的幸福感のモデルを共分散構造分析した結果、適切な基準を満たし0. 1%水準で有意の関係であった。これらの結果から、仮説:1として設定した「個人的属性と大会満足度は、協調的幸福感に影響がある」は、一部支持された。また、大会満足度と幸福感の関連性が示された。つまり、仮説:2として設定した「大会満足度は、協調的幸福感と因果関係がある」は、支持される結果になった。
最後に、コロナ禍のスポーツイベント開催には、様々な制約が生じる。これまでのスポーツボランティアのマネジメントとは異なり、事前研修・説明会等のオンライン実施、当日の活動においても事前の健康チェックをするなどの細心の注意が必要となった。こうした中では、今後のスポーツボランティア研究についてもウィズ・コロナやアフター・コロナに向けた新たなボランティアのマネジメントについて具体的方策が求められる。

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