アテンション・エコノミー」とは何か ―「注意の争奪」の只中にあるスポーツ―

アテンション・エコノミー」とは何か—「注意の争奪」の只中にあるスポーツ—
福山平成大学福祉健康学部教授
河野洋

前回は、情報的健康を脅かす「リスク」として、ソーシャルメディアに代表される現代の言論空間が抱える9つの課題を概観しました。今回より、そのなかでもスポーツ産業・スポーツ文化にとって深刻な課題のひとつとなる「アテンション・エコノミー」を取り上げます。本稿ではまずその概念を整理し、それが今日のスポーツ界において経済活動の基盤・前提となっていることを、事例を踏まえて検討します。

アテンション・エコノミーの概念と今日の現状

1971年、ノーベル経済学賞の受賞者でもあるハーバート・サイモンは、情報が豊かになるほど、それを消費する人々の「注意(アテンション)」が希少で貴重な資源になると論じました。実際、社会に流通する情報が増えても、それを処理する人々のキャパシティには限界があります。この非対称が、「無数の情報から、いかにして自らの情報を選んでもらうか」という「注意の争奪」を生み出します。
その後、インターネットが社会に広がりつつあった1997年に、社会学者のマイケル・ゴールドハーバーは、人々の注意が貨幣のようにやりとりされ、経済の中心的な資源になると述べ、「アテンション・エコノミー」をひとつの経済概念として確立しました。言い換えれば、人々の注意それ自体が経済的な価値を持つ、という考え方です。
そして今日、ソーシャルメディアの台頭により、アテンション・エコノミーは経済活動の中心的な原理となっています。そこでは誰もがコンテンツを「バズらせる」ことに知恵を絞りますが、人々はコンテンツそのものの価値よりも、「バズったこと」自体に価値を認めているといえます。現代社会では、「価値のあるもの」とは「より多くのアテンションを集めたもの」だという基準が成り立っているのです。

スポーツ界に見るアテンション・エコノミー

アテンション・エコノミーの原理は、スポーツも例外ではありません。スポーツ界でも、人々のアテンションが経済的価値を持ち、「価値のある選手とは、より多くのアテンションを集めた選手である」という言説が一部で成立しています。
たとえば、ニールセン・スポーツが2019年に公表したレポート「Power of One: Athletes as Endorsers」では、アスリートのソーシャルメディア上の価値を独自の指標「Social Scorecard」(Reach/Relevance/Resonance/Returnの4要素)で評価しています。サッカー選手のキリアン・ムバッペの場合、Instagramでのブランドとのタイアップ投稿1件あたりの予測メディア価値は約120万ドル(2018〜2019年)と推定されています。ここでは、アスリートが集めるアテンションの大きさが、そのまま金額に換算されていると理解することができます。
また、Lee et al.(2023)はNBA選手を対象に、得点やreal plus-minus、フィールドゴール成功率といった競技成績と並べて、ソーシャルメディアのフォロワー数が選手の給与に与える影響を多変量解析で検討しました。その結果、フォロワー数がNBA選手の給与を決定する最も重要な3つの要因のひとつであると報告しています。選手が集めるアテンションが、競技成績と並んで報酬に織り込まれているのです。

「注意の争奪」の当事者は誰か

これら2つの事例で気を付けたいのは、「選手としての価値が高いからアテンションを集めている」のか、「アテンションを集められるから『価値が高い選手』と評価されている」のか、その因果は厳密には分からない、という点です。ただ、「アテンションが集まらない状況をあえて望む理由がない」ことは確かです。今日、個人も大学も企業も、アテンションを集めるために行動し、自らのアテンションを日々消費しています。私たちはすでに、「注意の争奪」の只中にあるといえるでしょう。
こうした状況について、次回は、アテンション・エコノミーがスポーツや情報的健康にとって具体的にどのようなリスクとなるかを検討します。山本龍彦(慶應義塾大学法科大学院教授・KGRI副所長)は著書『アテンション・エコノミーのジレンマ』(2024)で次のように述べています(〔 〕は筆者による補足)。
もしこれら〔アテンション〕が、金銭と異なり、増やすことも取り戻すこともできないものだとすれば、私たちは、プラットフォームの「無料」サービスを受けるのに、金銭以上に貴重な——かけがえのない——価値を犠牲にしているともいえる。

参考文献
Goldhaber, M. H. (1997). The attention economy and the Net. First Monday, 2(4).Nielsen Sports (2019). Power of One: Athletes as Endorsers.Lee, C. C., Zhang, R., Lomotey, R., Watkins, J., & Huang, Y. (2023). Examining the impact of social media following on player salary in the National Basketball Association: A multivariate statistical analysis. Journal of Applied Business and Economics, 25(1).

関連記事一覧