スポーツ法の新潮流──㉗ 海外フットボールクラブの日本ツアー ──来日興行をめぐる課題
スポーツ法の新潮流──㉗
海外フットボールクラブの日本ツアー
──来日興行をめぐる課題
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士(スポーツ科学)/弁護士
今年の夏は、多くの海外フットボールクラブが来日しました。サッカーにあまり興味のない方でも、連日ニュースが流れていましたので、なんかたくさん来ているな、という印象は持たれたかもしれません。7月8月の試合だけでも、表1の試合が行われました。
2022年にはパリ・サンジェルマンが来日し、Jリーグの3クラブと対戦しましたが、3試合とも超満員で、新国立競技場で開催された試合では当時の最多入場者記録なども達成するなど大盛況でした。このような影響を受けてか、2023年は多くの海外フットボールクラブの来日興行が行われることになりました。
ただ、超満員の試合があった一方で、あまりに近接した時期に多数の試合が行われることになったためお客さんが分散してしまったのか、空席の多い試合も目立ちました。今回の来日興行の観客動員数は表1のとおりです。空席が目立った試合については様々な批判がなされていましたが、憶測も多く、冷静な整理はあまり見られませんでした。そこで、今回は、これらの海外フットボールクラブの来日興行に関して、来日興行をめぐる課題を整理してみたいと思います。
チケット代が高いか低いか
今回、空席が目立った試合、特に④、⑦については、チケット代が高額だったことが指摘されていました。⑦の試合においては出場していたセレッソ大阪の香川真司選手が、「これだけのビッグクラブを相手にプレーできることは貴重。だからこそスタジアムが満員になってほしかった」、「子供たちにこういうサッカーを見せたいし、僕がここまで言う必要はないかもしれないけど、チケットの値段を考え直してほしい。サッカーが好きな子供たちの見やすい値段で設定してほしい。それはすごく残念だなと思います」などコメントするなど、大きな話題になっていました。
今回の来日興行のチケット価格は、表2のとおりでした。高額チケットやホスピタリティボックスについては様々なメニューがついていますので単純比較はできませんが、最低価格を見ますと、パリ・サンジェルマン、アル・ナスル、インテルが出場していた試合は他に比べると倍から3倍程度の違いがあったことがわかります。また、特に集客に芳しくなかった②④⑥⑦の興行の会場はすべて大阪でした。関東圏と比べると、世帯収入、家計資産、富裕層の数など、商圏としては苦戦が予想される地域でしたので、このような商圏でのチケット価格としてはかなり高額で、空席が目立った理由になったかもしれません。
ただ、確かに金額だけでいえば高いのですが、このような来日興行のチケット価格について、いくらが適正なのかは難しい判断です。世界的にメジャーなクラブ、選手が来日興行を行う場合の最低価格として1万円や2万円という価格設定をすること自体は、サッカーW杯のチケット価格などとの比較の観点からすればそれほど高いというわけでもないとも思われます。日本では、会場を満員にすることに特に重きが置かれますが、一方で、興行としての収益を最大化することとのバランスが悩ましいところだったりします。
加えて悩ましい点は、これらの来日興行のチケット価格を定める主催者は別々なので(日本サッカー協会やJリーグが主催者としてクレジットされていることがありますが、実際金銭的リスクを負っている主催者は別ですので、それぞれの興行の主催者は別々になります)、チケット価格を揃えることは法的に難しい点が挙げられます。来日興行の実施を承認している日本サッカー協会やJリーグがチケット価格を指示することは独占禁止法違反になりますし、また、主催者同士でチケット価格を協議、統一することも独占禁止法違反のおそれがあります。
また、チケッティングで大きな影響があるのが、チケット販売開始時期です。今回の来日興行のチケット販売開始時期は、表2のとおりでした。
チケット販売開始日を見ますと、パリ・サンジェルマン、アル・ナスル、インテルの来日興行の販売日が他の来日興行よりも2週間程度遅かったことがわかります。先に販売が開始されたマンチェスター・シティやバイエルンのチケットを獲得したファンは、パリ・サンジェルマン、アル・ナスル、インテルの興行には行かない選択をした可能性も高いでしょう。ですので、このようなチケット販売開始時期が集客に大きく影響したと思われます。
このようなチケット販売開始時期が遅くなった理由が、出場クラブとの契約交渉が難航したのか、それとも日本サッカー協会やJリーグの実施承認が下りるのが遅くなったのか、原因はよくわかりません。ただ、③、⑤は、Jリーグ30周年を記念する興行で、Jリーグ主導であったため、いろいろな配慮が働いたのかもしれません。
試合日程を調整すべきか
近接した時期に多数の試合が行われることについても調整が必要なのではないか、という意見も見られました。今回は2週間で9試合組まれていましたので、かなりの試合数です。関東圏と大阪に分かれていたとはいえ、日本サッカーの歴史の中でこれほどまで来日興行が集中したことはなかったと思われます。
ただ、具体的に試合日程を調整するとなると、なかなか悩ましい問題が発生します。前述のとおり、来日興行の主催者は別々ですので、それぞれの主催者が来日興行の日程を調整していきます。前提として、競技場は同一日程に1つの興行しか使用できませんので、物理的な制約はあります。サッカーの競技場は公立の施設が多いですが、その場合、すべての来日興行の主催者に公平なルールで対応する必要が出てきますので、そのルールの中で早い者勝ちになるでしょう。今回、パリ・サンジェルマン、アル・ナスル、インテルの来日興行が大阪で行われていますが、前述のとおり商圏を考えますと、関東圏の方が圧倒的なアドバンテージがありますので、何らかの理由で関東圏での競技場の確保が難しかったものと思われます。
このような前提の中で、具体的な試合日程の調整を考えた場合、これらの来日興行がすべて通るのが、日本サッカー協会やJリーグの承認です。日本サッカー協会競技会規則第17条(国際競技会の開催の制限)には、「日本で開催される全ての国際競技会は、原則として本協会が主催するものとする。本協会以外の団体は、事前に本協会の承認を得なければ、日本国内において、外国からチームを招聘して競技会を組織し又は主催することはできない。」と定められています。また、Jリーグのクラブがこれらの来日興行に参加する場合、Jリーグ規約第4節非公式試合に定められた内容に従う必要があります。
ただ、日本サッカー協会やJリーグの承認手続きにおいても、来日興行の主催者に対して、具体的な試合日程に関して何でも自由に決定、指示できるものではありません。Jリーグは、クラブからの来日興行への出場申請に関しては、独占禁止法上、各クラブの経済活動を阻害するわけにいきませんので、特に合理的な理由がない限り、承認を拒否するわけにいきません。また、日本サッカー協会も、それぞれの来日興行の主催者の経済活動を一方的に制限することは独占禁止法上の問題が出ますので、試合日程の調整もなかなか難題です。ましてや日本サッカー協会やJリーグが主催する試合を優先するために、他の来日興行を不承認にする、あるいは承認を遅らせるなどの行為は独占禁止法上できません。
おわりに
今回は、今年の夏に行われた海外フットボールクラブの来日興行についていくつか課題を整理してみました。やはりこのような来日興行も、市場原理は厳しく、各主催者は大きな主催リスクを背負って実施せざるを得ません。本年のような過剰供給が行われた場合は、相当な負担を被ることになりますので、日本のスポーツビジネスにとっても大きな教訓になったと思われます。