スポーツ法の新潮流──㉘ 日本代表の法務 ──日本代表事業に何が起こっているのか

スポーツ法の新潮流──㉘
日本代表の法務 ──日本代表事業に何が起こっているのか
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士(スポーツ科学)/弁護士

 2023年は、野球のワールドベースボールクラシック(WBC)、サッカー女子ワールドカップ、バスケットボールワールドカップ、ラグビーワールドカップなど、注目される国際大会が目白押しの年でした。もちろん野球のWBC優勝やバスケットボールにおいては48年ぶりの自力オリンピック出場が決まるなど、各競技において、日本代表チームが熱戦を繰り広げ、素晴らしい成績を残したことで、大きな注目が集まりました。
一方で、国際大会に出場する日本代表をめぐっては、国内地上波放送の有無や、選手の日本代表招集辞退など、いろいろな課題があることも浮き彫りになってきました。
そこで、この連載において複数回にわたり、日本代表の法務について、解説していきたいと思います。初回の今回は、近年の日本代表事業に何が起こっているのかを整理します。

日本代表のはじまり

 私は、日本代表の代表選手選考を研究対象としているため、新聞記事などで日本代表の歴史を振り返ることもあります。日本代表への注目は、明治時代の終わりや大正時代において、オリンピックを中心とした国際大会に日本代表が派遣されるようになってから、スタートします。当時は、海外渡航も莫大な費用がかかっていたため、国際大会に出場する選手はごく一部に限られていました。日本代表を派遣する国内競技団体も、日本代表選手の選考などは行っていましたが、日本代表を活用した積極的なビジネスが行われていたかと言われると、当時はまだまだビジネスと言えるレベルではありませんでした。むしろ日本代表に選出され、国際大会に派遣されることはとても名誉なことであり、金銭などは関係
く、国や競技のために国際大会での結果を出すことが求められる時代でした。
一方、これらの時代から約100年の年月がたった現代の日本代表事業は大きく様変わりしています。

日本代表事業の商業化〜国内競技団体

 現代の日本代表事業は、日本代表を派遣する国内競技団体にとって極めて大きなビジネスになっています。
日本代表として出場する国際大会やその予選は、国際競技団体や大陸別競技団体の管轄ですので、国内競技団体がこれらの大会で独自でビジネスを行うことは参加契約などで一般的には禁止されています。もっとも、国際大会やその予選への選考大会(日本選手権などを含む)・強化試合の興行や、日本代表を利用した年間事業自体を国内競技団体が行うことは否定されていません。例えば、日本のプロ野球(NPB)が行ってきた日本代表事業も、当初はオリンピックやWBC出場時のみ行われていました。ただ、NPB自ら年間通じて日本代表事業を行うことができることが確認されてからは、侍ジャパン事業を行う組織として、2014年にNPBエンタープライズが設立されています。
また、国内競技団体が行う選考大会・強化試合の興行や年間事業は、日本代表の競技レベルが高いこともあって、それ以外の国内大会・国内リーグの試合に比べて、大きな収益を生む事業になります。選考大会・強化試合の興行に関しては、国内競技団体が単独で主催することができますので、国内競技団体が主催、映像放送や配信、スポンサーシップ、商品化、チケッティングその他の収入を自ら獲得することができます。
例えば、日本で最も大きいビジネスになっているサッカー日本代表であれば、公益財団法人日本サッカー協会における日本代表関連の収益は、日本代表興行の主催(興行スポンサー、チケッティング、放映権、物販など)、日本代表活動を中心とした協会事業への年間スポンサーシップなどにより、1年あたり約100億円以上の事業になっています(日本サッカー協会2022年正味財産増減計算書)。日本のプロ野球日本代表も2014年に株式会社NPBエンタープライズを設立し、日本代表興行の主催や日本代表事業への年間スポンサーシップなどにより、1年あたり10億円から20億円程度の事業になっていると思われます(損益計算書などは非公表)。また、公益財団法人日本陸上競技連盟は、2019年から、オリンピックのマラソン日本代表選考を兼ねたマラソングランドチャンピオンシップ大会、その前提となるジャパンマラソンチャンピオンシップシリーズとして複数大会を主催、後援し、大会スポンサーの獲得、放映権販売などで、数億円の事業になっています(個別大会の収支は非公表)。
そして、このような日本代表事業は、かかる費用を大きく上回る収入を獲得できることになるため、国内競技団体は、日本代表事業によって得られた利益を、国内の普及振興事業・アンダーカテゴリーの強化事業などに使用することになっています。したがって、国内競技団体がより大規模に普及振興事業や強化事業を行っていくためにも、日本代表事業を大きなビジネスにしていくインセンティブが働きます。多くの国内競技団体が、小規模でも、国際大会への選考大会・強化試合の興行や日本代表を利用した年間事業を行うのはそのためです。
このように国内競技団体で行われる近年の日本代表事業は、単なる国際大会への日本代表派遣、それに向けた強化事業にとどまらず、大きな商業性を帯びた事業になっています。

日本代表事業の商業化〜選手

 日本代表の注目に伴い、選手にとっても、日本代表事業は大きな存在になっています。日本代表に選出されることはアスリートとして競技レベルが高いことの証になります。また、スポーツのグローバル化に伴い、プロアスリートとして海外にステップアップしたい選手にとって、日本代表に選出され、国際大会に出場することは、重要なショーケースになっています。野球のWBCは、メジャーリーグとメジャーリーグ選手会が共催していますが、メジャーリーグに挑戦したい選手にとって、メジャー関係者にアピールする格好の場になっています。
加えて、選手にとって、日本代表に選出されることは、競技レベルの証だけでなく、商業的価値のアップにもつながります。「日本代表」「元日本代表」などの肩書きが生まれることになりますし、選手が個人で契約しているスポンサー契約やサプライヤー契約においても、契約金額が増えたり、ボーナスが支払われたりすることになります。また、メディア出演が増えたり、所属クラブでも中心選手としてPRに駆り出されることが増えることになります。セカンドキャリアにおいても、メディアの解説やコメンテーターの仕事を行うことになります。
また、ワールドカップ、オリンピックなどの国際大会への出場をきっかけに海外移籍できれば、より多くの年俸を獲得できたり、海外組として、さらに日本代表選出可能性が高まるなどレバレッジがきくため、日本代表への選手の選出は非常に重要になります
一方で、日本代表選手にとっては、日本代表への選出、国際大会への出場は、怪我をすることのリスクが付きまとうようになりました。むしろ国際大会で大きな怪我を負った場合、通常のシーズンの試合に出場できないことにもなり、選手としての年俸やインセンティブボーナスなど、これらの収入を失うことになります。そのため、日本代表への選出、国際大会への出場は、このような商業的リスクも伴います。
このような日本代表選出に伴う商業的価値の影響が大きくなったことから、日本代表に選出されるか否かは選手にとって重大なターニングポイントになっています。特に日本代表選出選手の商業的価値が徐々に高まりつつあった1990年代くらいから、日本でも日本代表選考のトラブルがいくつか出るようになったのは、日本代表選出に伴う商業的価値と無関係ではないでしょう。また、選手だけでなく、日本代表の監督、コーチ、その他スタッフの選出も、商業的価値の観点からトラブルが発生することも増えています。

日本代表事業の商業化と課題

 以上のように、現代の日本代表事業は、それを管轄する国内競技団体にとっても、選出される選手にとっても、大きく商業化しています。日本代表が出場する国際大会は、オリンピックにしても、ワールドカップにしても、さらに巨大なスポーツビジネスになっています。
このような背景から、商業化された日本代表事業についても、従前のアマチュアリズムや競技の普及・振興という説明だけでは通用しない課題が浮き彫りになってきています。次回からは、これらの課題について、テーマごとに解説していきます。

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