日本スポーツ産業学会 第9回冬季学術集会リサーチカンファレンス 研究発表(B6-B8)
スタジアムの認知度及び関心度を向上させる Instagram の投稿方法について -エンゲージメント率に着目して-
同志社大学 スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科 4年 大西風歌
【本文】
1.背景
近年、インターネットの普及により SNS が私たちの生活の一部となっている。さらに、2005 年、電通によって「AISAS の法則」という新たな消費者の購買行動プロセスが提唱される など、消費者行動に影響をもたらすマーケティングツールとしても確立している。このよう な動きはスポーツ業界にも強く影響を与えている。商材を扱うスポーツ企業だけでなく、ス ポーツ施設までもが SNS を PR 活動の一環として利用しているのである。しかし、学問上 ではスタジアムの集客方法として SNS を用いた研究は今までになく、集客に対する SNS の PR 効果について明らかでなかった。スポーツ庁が掲げた「集客施設」へと変化している スタジアムの現状に反し、集客を行うためのプロモーション方法については明らかにされ ていないのである。このような状況に対して、スタジアムの集客に対する SNS のプロモー ション効果について学問的な位置付けを図ろうと考え、本研究を行うこととした。本研究の 目的はスタジアムに対する PR 方法として、SNS の有効性を検証するとともに、より有用 な SNS の活用法について検討することである。スタジアムが単なるスポーツをする「場所」 ではなく、「集客施設」として機能するためにも SNS におけるプロモーション方法を構築 することは重要である。
2.方法
本研究ではサンガスタジアムの Instagram を事例にエンゲージメント率に着目して分析を行った。エンゲージメント率とは Instagram において投稿に対するユーザーからの関心 度を数値化したものである。研究1ではサンガスタジアムの過去の投稿 184 件におけるイ ンサイトデータを収集し、エンゲージメント率の観点から有用な投稿内容を検討する後ろ 向き研究を行った。加えて、ハッシュタグについても過去に使用されたものをリーチ数及 びインプレッション数の増減に着目し、検索ツールとして有用であったハッシュタグの検 討を行った。研究2では実際にサンガスタジアムの公式 Instagram を運用し、投稿を行う ことでより詳細な PR 方法の検討を行った。研究1の結果をもとに、PR に有効である可 能性が高い投稿内容及びハッシュタグを組み合わせ、4つのグループを作成した。各グル ープ 6 件の投稿(全 24 投稿)を行い、グループごとにエンゲージメント率の平均値を算 出した。それらの平均値を用いてグループ間で一元配置分散分析を行い、PR に有用な投 稿内容とハッシュタグの組み合わせの検討を行った。
3.結果 研究1より、サンガスタジアムの投稿におけるエンゲージメント率が他の業界と比較しても高い数値を獲得しており、サンガスタジアムを PR する際に Instagram が有用である ことが明らかになった。また、サンガスタジアムの周辺地域に関する内容がユーザーにとって最も関心度の高い投稿であることが分かり、ハッシュタグに関しては間接的にスタジ アムを表すものが投稿の閲覧数増加に繋がることが明らかになった。さらに、研究2では 亀岡市中心の投稿とスタジアム中心の投稿、スポーツ関連のハッシュタグとスポーツ以外 での関連ハッシュタグそれぞれを組み合わせたグループ間でエンゲージメント率の比較を 行ったが、有意差は見られなかった。しかし、いずれのグループも研究1と同様に他業界 における平均的なエンゲージメント率よりも高い数値を獲得した。
4.考察
研究1より Instagram をスタジアムの PR 活動の一環として用いることは有効であり、
ユーザーからの認知及び関心を獲得できると明らかになった。また、研究2より投稿内容 において各グループ間にエンゲージメント率の有意差はなく、どのグループも他業界のエ ンゲージメント率よりも高い数値であったことから、周辺地域関連の投稿もスタジアム関 連の投稿と同等の認知及び関心をユーザーから得られると考えられる。ハッシュタグに関 しては投稿に付随したものではなく、間接的にスタジアムを表現するものであればユーザ ーが投稿を閲覧する機会を増やすことが可能であり、結果的にスタジアムの PR に繋がる と考えられる。
5.結論
現在に至るまでスタジアムの集客と Instagram のプロモーションにおける有用性は明らかでなかった。しかし、本研究でエンゲージメント率の観点からスタジアムにおいても他 業界同様にプロモーション効果を Instagram に期待することができるといえる。また、投 稿内容に関してはスタジアムに関連する情報と周辺地域に関連する情報の両方において同 等の効果が得られることがわかった。以上のことから、スタジアムを中心とした内容と周 辺地域を中心とした内容の両方を投稿することが地域の核となるスタジアムにとって有益 であると考える。単なる「場所」であったスポーツ施設が地域活性化の起爆剤として捉え られる「集客施設」に変化するためにも、スタジアムへの集客だけを目的とするのではな く、地域への集客も目的にプロモーションを行うべきではないか。地域と密接な関係性を 築き、町全体を盛り上げていくスタジアムにするためにも SNS でのプロモーションを今 以上に取り入れ、スタジアムの内容と地域関連の内容の両方を発信していくべきであると 考える。
6. 引用・参考文献
・橋口凌,渡部和雄,「SNS がもたらす購買意識と購買行動の研究」,経営情報学会全国研
究発表大会要旨集,2016
・近藤史人,「AISAS マーケティング・プロセスのモデル化」,2009 ・スポーツ庁,「スタジアム・アリーナ改革指針」,2016 ・鎌原欣司,林高樹,「Instagram 解析による効果的な SNS マーケティング手法を探る:
ハッシュタグを用いたアプローチ」,慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士学位論 文,第 3288 号,2017
プロスポーツリーグにおける戦力均衡と入場者数の関連性 -NPB に着目して-
同志社大学 スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科 4年 石井佑哉
【本文】 1.背景
古くからプロスポーツリーグでは戦力均衡がリーグ全体の利益につながると考えられて きた。ジンバリスト(2006)は、観戦者は試合結果の不確実性を強く望むと仮定されてい ると述べている。戦力均衡について原田(2005)は、プロスポーツリーグの場合、リーグ 間の戦力均衡が非常に重要になると述べている。戦力が均衡することで面白い試合が増 え、観客が増えるからである。観客が増えれば、放映権料やスポンサーシップ料も増大す る。したがって、協会が戦力均衡化のためのシステムを作り、管理することが、観戦型ス ポーツにおいて重要である。このように、プロスポーツリーグの利益を最大化するために は、戦力均衡は重要な要因となる。戦力が均衡していると、どの試合でも最後まで勝敗が わからない展開になることが想定できる。年間を通して考えると、リーグ戦の方も消化試 合が少なくなり、最後まで優勝チームが分からない競った展開になることで、ファンの興 味を長く引き続けられることができる。しかし、NPB では戦力均衡という要因はそれほど 重要視されていない。実際に、同じプロ野球リーグである戦力均衡を重視していない日本 の NPB と戦力均衡を重視している米国の MLB では収益や事業規模に大きな差がある。 平田(2017)によると、2 つのリーグの違いとして、NPB と MLB のリーグを見ると、 MLB は 1995 年から 2015 年の過去 20 年で収入を NPB と同程度の 14 億ドルから約 90 億ドルへと拡大している。一方で、NPB はこの 20 年間推定 1,400 億円の収入のまま推移 している。
2.研究目的
本研究の目的は、NPB において戦力均衡が入場者数に影響を与える要因であることを明
らかにすることである。「戦力が均衡していたシーズンが多くの観戦者を動員できてい る」という仮説の検証と、多くの観戦者を動員できている制度や国際大会との関係性を明 らかにする。また、現在まで、NPB が戦力均衡策として講じてきた制度が戦力均衡に与え た影響も明らかにする。
3.研究方法
福原(2006)の研究で用いられた勝率の標準偏差を用いて、NPB の各リーグの 1950 年
〜2019 年の 1 試合平均入場者数と単回帰分析を行う。使用したデータは日本野球機構 (NPB)の公式サイトから収集した。また、国際大会と 1 試合平均入場者数、NPB が施行し てきた制度と勝率の標準偏差をダミー変数を用いて、重回帰分析を行った。また、両リー グ間の比較を行うために、両リーグの勝率の標準偏差で t 検定を行なった。
4.結果
単回帰分析の結果、両リーグで勝率の標準偏差と 1 試合平均入場者数に有意な負の関係
性が認められた。セ・リーグでの重回帰分析の結果は、「クライマックスシリーズ(CS)」 のみ、1 試合平均入場者数と有意な関係性が認められた。戦力均衡に関する重回帰分析で は、現行のドラフト制度のみ、有意な関係が認められた。パ・リーグでの重回帰分析の結 果は、「CS」、「前期・後期制度」と「DH 制度」が 1 試合平均入場者数と有意な関係性が 認められた。戦力均衡に関する重回帰分析では、セ・リーグと同様で現行のドラフト制度 のみ有意な関係性が認められた。両リーグの t 検定の結果は、勝率の標準偏差に有意な差 は認められなかった。
5.考察 両リーグでの単回帰分析の結果から、負の相関関係が認められたことから、戦力均衡を保つことができないと入場者数は減少することが分かった。NPB で多くの入場者数を動員 するためには、消化試合を減らすこと、すなわち戦力均衡が重要である。J リーグで有意 な関係性が見られた国際大会と入場者数の関係は、NPB では見られなかった。また、 NPB では現行のドラフト制度のみ戦力均衡に影響を与えていた。しかし、CS 制度は消化 試合を減らしたことで、結果的に入場者数を伸ばすことにつながっている。 セ・リーグ、パ・リーグともに勝率の標準偏差と 1 試合平均入場者数の間には負の相関関 係がみられた。NPB では戦力均衡を保つことができないと入場者数は減少することが分か った。オリンピック等の国際大会は、NPB でのシーズンには影響を与えないという結果に なった。オリンピックに関しては、日本代表が成績を残すことができていないことも影響 していると考える。リーグ制度では「クライマックスシリーズ (CS)」が有意な関係性が 見られた。CS 制度が導入されたことにより、シーズン終盤の消化試合が減り、最後まで 魅力のある試合を提供できていることが、入場者数の増加に繋がったと考えられる。戦力 均衡では現行のドラフト制度が、有意な関係性が見られた。1950 年には同程度の入場者数 であった両リーグではあるが、現在では 7000 人程度の差ができている。勝率の標準偏差 に差がないことから、戦力均衡とは別の要因が関係していることが考えられ、これを明ら かにすることが今後の課題である。先行研究の J リーグとの比較では、戦力均衡と入場者 数に負の相関関係がある点が同じであった。しかし、J リーグで有意な関係性が見られ た、国際大会などは NPB では有意な関係性は見られなかった。
6.参考文献 ・S.シマンスキー・A.ジンバリスト(田村勝省訳),『サッカーで燃える国、野球で儲ける 国』,2006 年,ダイヤモンド社 ・原田将,『観戦型スポーツにおけるスポーツ・マーケティング』,2005 年,環境と経営:静 岡産業大学論集
・平田竹雄,『スポーツビジネス 最強の教科書』〔第2版〕,2017年,東洋経済新報社 ・福原崇之,「プロスポーツリーグにおける戦力均衡と観客数の関連性:J1 リーグの場 合」, 2008 年, 青山經濟論集
・日本野球機構公式ホームページ,https://npb.jp
キャッシュレス決済の普及状況とその効果 -福岡ソフトバンクホークスと PayPay の事例-
九州産業大学 人間科学部 スポーツ健康科学科 4年生 光井 貴啓
1.緒 言
世界的にキャッシュレス化が進む中、我が国でもその決済割合は 2020 年で 29.7%となり増加傾向にある(日本経済新聞、2021 年 6 月 18 日)。その要因は、利用割合が 2019 年 9 月の 12%から 2021 年4月の 54%まで短期間で 42 ポイント上昇した QR コード決済の普及・活発化であると考えられる(MMD 研究所、 2020)。急成長する市場の中に新規参入する企業も多く誕生し、利用者獲得に向けたスポーツスポンサーシ ップが活発化している。
しかし、この効果について公表された研究は皆無に等しい。そこで本研究は、PayPay とホークスの事例 を対象に検証を行い、「ホークスファンはスポンサーである PayPay を主な決済手段として使っているのか ?」「そもそもキャッシュレス化は、利用者に対してメリットがあるのか?」といった研究目的を明らかに していくこととした。
2.方 法 (1)研究方法:3つのアプローチ
球団提供データ、観戦者へのアンケート及びヒアリングという3つの資料を分析に用いた。1つ目は、 福岡ソフトバンクホークスより、匿名化された観戦者の過去4年分の消費行動データの提供を受けた。
2つ目は、ホークス公式サイトに調査への協力依頼と共にウェブフォームへのリンクを掲載する方法を 採用し実施した。対象者は過去 1 年間のうちに PayPay ドームでの公式戦観戦経験がある 16 歳以上のホー クスファンとした。調査期間を 2021 年 7 月 13 日から 31 日までとし、449 票のサンプルを回収した。そこ から 16 歳以下 3 名のデータを削除し、446 票の有効回答を分析対象とした。
3つ目は、上記アンケート回答者の中から協力が得られた 8 名に対し、Zoom を用いた半構造化インタビ ューを実施した。インタビュー内容は全て逐語化し、AI テキストマイニングを用いて分析を行なった。 (2)倫理的配慮
調査に際し、回答者には協力の義務がないこと、個人情報は取得・公開しないこと、調査結果は論文や学 会報告等で用いることを文章および口頭で説明し、了解を得る形で実施した。一連の手続きに関しては、 九州産業大学倫理審査委員会による審査を通過している(研究責任者:福田拓哉准教授、通知番号:2021- 0006 号)。
(3)仮説
本研究では、次のような仮説を設定した。
仮説 1:PayPay ドームでの支払いにおいて PayPay の決済比率、決済金額は増加傾向にある
仮説 2:PayPay を導入・継続する動機として 1 番当てはまるのは「Softbank Hawks がキャンペーンをし ていたから」と「利便性が高いから」のいずれかである
仮説 3:PayPay を利用しない動機として 1 番当てはまるのは「はじめる手続きが面倒だから」である 仮説 4:PayPay ドームへの観戦回数が多い人程 PayPay の導入率、利用頻度が高い
3.結 果 (1)サンプルの属性
調査対象となったサンプルの属性は、男性と女性の割合はほぼ同じである。年齢構成では 20 代が最も多く、20 代から 50 代で全体の約 9 割を占めていた。
また、全体の約 83%が PayPay をスマートフォンにインストールしており、その内約 90%に 1 ヶ月以内
の利用実績が認められた。今まで PayPayを利用した経験がある人が約61%であったというMMD研究所の 調査(2020 年 1 月実施)と比較すると、ホークスファンの PayPay インストール・利用率は非常に高いと言える。
(2)仮説の検証
仮説 1 の検証の為、過去4年分のドームとその周辺施設における観戦者の各決済手段利用件数・金額を 確認認した。当該データは、福岡ソフトバンクホークス(株)から正式な手続きを経て提供されたもので ある(図1)。その結果、PayPay の利用件数は3年間で約 3.6 倍増加している事が明らかになった。
続いて仮説2から4の検証の為、アンケート 結果を用いた。仮説2.3の検証で、該当する質 問項目の単純集計を確認したところ、PayPay を 導入・継続する理由として最も高い割合を示し たのは、「Softbank Hawks がキャンペーンをし ていたから」(25.4%)であった。一方、利用し ない理由として最も高い割合を示したのは、「は じめる手続きが面倒だから」(24.6%)であっ た。
仮設4の検証では、PayPay 利用に関する質問
4項目を被説明変数とし、観戦回数、年齢、性 別、年収、ファン歴を独立変数としてクロス集計を行なった。その結果、観戦回数のみ統計的に有意な差 が見られた。観戦回数が多くなるほど高い割合を示したものは「自身のスマホへの PayPay インストール 率」、「日常生活の支払いにおける PayPay 利用頻度」であった。他の項目においては、観戦回数が 21 回以 上よりも 11〜20 回のグループが最も高い割合を示している。しかし、10 回未満のグループと比較する と、観戦回数が多い人ほど高い割合を示す傾向にあると言える。
(3)ヒアリング結果
逐語化したヒアリングデータをテキストマイニングソフトにて分析したところ、「PayPay」は共通的な特 徴語であることが分かった。また、観戦回数が多い人ほど「キャンペーン」「5%」といったキャンペーンに 関する単語が見られ、観戦回数が少ない人ほど「d 払い」「Suica」といった他のキャッシュレス決済の単語 が見られた。この事から、観戦回数が多い人ほどドームで PayPay を利用する事で得られる特典や割引に敏 感であり、観戦回数が少ない人ほどドームで行われるキャンペーンよりも、日常的に使う他のキャッシュ レス決済方法を優先する傾向が強い事が明らかになった。
4.考 察・ま と め
仮説の検証・ヒアリングの結果から、ホークスファンの PayPay 利用者は年々増加傾向にあり、観戦回数
が多い人ほどドーム以外での支払い時にもPayPayを利用する傾向が高い事が明らかになった。これらの要 因として最も大きいのは、ホークスが行なっている PayPay 利用者を対象としたキャンペーンであると考え られる。しかし、ホークスファン以外の観戦者調査が出来なかったことや、新型コロナウイルスの影響に より実地でデータを収集出来なかったといった課題も存在した。その為、今後はスポーツ観戦に関する制 限解除後でのデータ収集、他球団ファンを対象とした PayPay 利用動向調査が必要となるであろう。
なお、参考文献は紙幅の関係で発表当日に提示する。