ウィズコロナ〜アフターコロナ時代の スタジアム・アリーナ運営のあり方


鈴木友也│トランスインサイト株式会社 代表
石井宏司│株式会社ミクシィ スポーツ事業部 事業部長
上林 功│追手門学院大学社会学部 スポーツ文化学専攻 准教授/株式会社スポーツファシリティ研究所 代表取締役
モデレータ 桂田隆行│株式会社日本政策投資銀行 地域企画部 課長

新型コロナウイルスの影響で試合開幕の延期や収容観客数の制限を余儀なくされているスポーツ業界。今般、交流空間創出を担い地域コミュニティの場として確立しつつあったスタジアム・アリーナは、新しい生活様式に対応した運営のあり方が求められている。ここでは、スタジアム・アリーナ整備運営におけるコロナの影響や課題を整理しながら、アフターコロナ時代を見据えたスタジアム・アリーナのあり方、プロスポーツの今後の展望や新しい可能性を探っていく。

これまでのスタジアム・アリーナについての動向

桂田 私はこの数年、スポーツ庁のスタジアム・アリーナ関係のワーキンググループのメンバーとか、全国各地のスタジアム・アリーナ構想の検討委員会や自治体のスポーツ政策のアドバイザーを務めさせていただいています。最初に、私の方から簡単に、これまでのスタジアム・アリーナ界で出てきました議論を振り返りたいと思います。

2016年の政府の成長戦略、日本再興戦略2016の中の官民戦略プロジェクト、10の戦略の中の4番目に、スポーツの成長産業化が初めて記載されました。その中の一丁目一番地がスタジアム・アリーナ改革でありスタジアム・アリーナを何とかプロフィットセンター化していきたい、その結果としてスポーツ産業15兆円を目指していきたい、スポーツ実施率を引き上げていきたいという話がございました。

スポーツの成長産業化の15兆円の内訳の中で、スタジアム・アリーナは3.8兆円、そしてプロスポーツ分野も1.1兆円ございますし、大学のスポーツもビジネス化したいとか、IoT、ICTの分野をスポーツ分野にもどんどん導入していきたいというような目標が掲げられていました。そのほか、スポーツと近い産業とも関連します教育とか、観光とかとも連携を図っていって、スポーツ産業を大きくしていきたいというところがございました。

これまでスタジアム・アリーナ、そしてプロスポーツビジネス、もちろんスポーツ産業の市場規模というのはコロナの前まで順調に伸びておりました。私共が調査した記録でいきますと、5.5兆円と言われていたスポーツ産業の経済規模が実は8兆円近くまで来ておりました。ところが、東京オリパラ、プロスポーツの試合、そして大規模スポーツイベントが軒並み中止・延期になったというようなことで、スタジアム・アリーナを取り巻く環境が一変してしまいました。

私共のほうでも、スタジアム・アリーナに関与しそうなエンターテインメント、スポーツ、MICEイベントにつきまして、2020年3月から5月に開催を中止したことでの損失額を試算しましたところ、直接の影響で1.5兆円、経済波及損失効果まで入れると3兆円ぐらいとなりました。まさにスポーツビジネス、そしてスタジアム・アリーナビジネスが今我が国では苦境に立っています。

FC東京での開催試合の現状

桂田 パネリストのお一人目は、ミクシィスポーツ事業部事業部長の石井様です。ミクシィはBリーグクラブの千葉ジェッツをグループ企業に持ち、JリーグクラブのFC東京の中核企業、そしてプロ野球チーム団のヤクルトスワローズのスポンサーでありますし、プロスポーツビジネスのプロデュースもされておられます。石井様といえば、もちろんミクシィという観点からだけではなくて、日本のプロスポーツビジネス全般にいろいろなアドバイスをくださいます業界では有名な方でございます。ここではFC東京での試合開催の状況についてお伺いしたいと考えています。

石井 Jリーグの公式戦の現状は、週2回、日々の公式戦を回しています。本当に一番ヘビーなのは選手なのでしょうけれども、大体水曜日か土日というふうにやっていまして、無観客のところから5,000人制限ということになりまして、この10月ぐらいから収容50%以下というふうにだんだん変わってきています。すべて予約席にしまして、オンラインで購買して身元が分かるようにしている。それから配席においてもソーシャルディスタンスを確保しなければならない。業界では市松模様と呼んでいますけれども、配席のほうもなるべく1メートルの間隔が空くようにしております。

我々がゲームに観客を入れるのを再開するに当たって、何がキーファクターになるのだろうか。当然感染拡大からロックダウンというところは政府や自治体が非常に重要になってくるのですが、活動再開準備のところはやはりリーグ、特に我々の場合でいくと、プロ野球さんとJリーグさんは共にいろいろなステークホルダーへの働きかけをして、ビジネスの再開ということをやってくれたところが非常に大きいかなと思っています。

無観客試合は、選手と我々クラブスタッフとが感染しないということがキーファクターであるのですが、観客を入れた途端に何がキーファクターになるかというと、実は観客、来場くださる方々が重要になる。Jリーグの試合でいくと、選手や派遣のスタッフを含めて大体250名ぐらいのスタッフでJ1リーグの試合はやっています。観客は5,000人ですので、250人がいかにコロナ感染予防ということを守ったとしても、来場した5,000人が感染予防を守ってくれないと、当然今後のビジネスが成り行かない。ですから有観客試合、観客が来た試合は人々への教育・啓蒙というのが非常に鍵になっています。ですから我々は本当にあらゆる形で感染予防をやっています。すべてのメディアにおいて繰り返し感染予防の声がけをして、それを守っていただくということを今必死にやっているというのが現場の状況でございます。

実際、やはりスポーツでクラスターが発生した途端、また無観客試合に戻るリスクを常に抱えたまま我々はやっていますので、ルールを遵守していただかなくてはいけないのですが、ただスポーツというのはやはり日常に楽しんでいただく、ストレス解消していただくのが我々の役割、ミッションですので、感染対策をいかに楽しくやるかという工夫を、我々はクラブのキャラクターマスコットのドロンパというものを使いながら感染防止の告知ポスターを作ったりして、自治体と共に新しい生活様式の浸透などをやっていくことで貢献しようとしてきています。

具体的に、これからの施設設計に関わるところでいきますと、我々はスタジアム内部でゾーンコントロールをしております。ゾーン1は、選手、監督しか入れないところです。ゾーン2はビジネススタッフしか入れない、ゾーン3は観客が入るところとしています。そして、スタジアムに来場する人をすべての名前、住所、電話番号を把握しています。どこの誰さんなのか、クラスターが起こったらすべて連絡がとれるようにしています。スタッフの健康状態モニタリング、私を含めてやっていますし、監督、選手は2週間おきにPCR検査をやっております。すべてのゲートをコントロールをしておりまして、あらゆる場所でアルコール消毒をしています。我々は味の素スタジアムをホームスタジアムにしていますが、監視カメラですべての待機列の管理、混雑解消、ソーシャルディスタンスの確保、マスク着用というのを我々の運営スタッフがしています。それから厚生労働省様の指針に従いまして、試合前にすべてのものを消毒しています。スタッフ総掛かりで、本当にすべてのお客様が触るところを消毒しています。あとはサーモグラフィーでの体温測定をゲートでは常に行っている状況です。

ソーシャルディスタンスを保つように、例えば売店の前にコーンを置いて、立つ位置をマーキングしていまして、すべて透明なビニールシート等を設置して飛沫防止をやっている。至るところにアルコール消毒液を置いて啓蒙もしていますので、最近ですとファン、サポーターの方が自ら消毒していただけるというふうになってきています。

スタッフも、私もフェイスシールドをしながら、スタッフを感染させない、感染しないという感染予防活動も、社長自らやっている。また、日常からもなるべく接触を物理的に断つ管理をしていまして、選手、監督は自宅から車で小平市の練習場へ行って、そこからチームバスでスタジアムへ行くという形で、特に選手、監督は隔離をしています。スタッフもなるべく時差出勤とかオンラインを推奨していまして、隔離しているという状況です。

ただし、既存のスタジアムに臨時のコーンであるとか張り紙をして無理矢理やっていますので、正直見栄えがいいわけではない。楽しむために来ていただいているのに、我々は今楽しめない環境やルールを強制しているというのが悩みでございます。あと、スタジアムは比較的オープンなゾーニングになっていますので、臨時のプラ柵を立てたりして、無理矢理ゾーニングをやっているのですけれども、スタジアムのゾーニングは非常に難しいというところが悩みでございます。また、窓がない控え室なども多い中で、どうしても換気性能が厚生労働省、あるいは保健所の定義にのっとっていない部屋がありますので、そういうところは残念ながら潰さざるを得ないということがございます。

最近我々が非常に悩んでいるのは、物理的な感染予防というのは完璧にしているつもりなのですけれども、そうは言ってもアンケートをとると70%のサポーターはまだまだスタジアムへ行くことに対して恐怖を感じている、怖がっている方が結構多いです。ですから我々はこの心理的、認知的な感染予防、人々が本当に心から安心してスタジアム・アリーナに来られるようなデザインをこれからポジティブに考えていかなければならないということに非常に悩んでいます。何とか楽しみながら自然と感染症予防ができている、そういった新しいデザインをつくる。我々ミクシィはまさにコミュニケーションをビジネスのドメインにしていますので、ソーシャルディスタンスをしながらもコミュニケーションがとれるような新しいテクノロジーであるとか、あるいはスタジアム・アリーナのデザインというものをどうつくれるかということを真剣に考えなければいけないと思っています。

アメリカのスタジアム・アリーナの現況

桂田 次は、鈴木友也様です。ニューヨークを拠点とされますトランスインサイト株式会社で代表を務めておられまして、日本のプロスポーツチームをはじめ様々な企業の方々が、鈴木様から、アメリカでのスタジアム・アリーナビジネスやプロスポーツビジネスを踏まえられましてのアドバイスを頂いておられますかと存じます。

鈴木 まず、日米の状況を俯瞰したときに、今年の3月にパンデミックが起こって、興行が中止になって、その後、これは日米共にタイミングは同じだったと思いますが、経済活動の再開に伴って7月ぐらいからスポーツが活動再開フェーズに入りました。まずは観客を入れずに無観客で行い、その後徐々に人数を制限しながら有観客で行っていき、恐らくワクチンの普及、ここはアメリカは恐らく年明けぐらいにはワクチンができて、医療従事者などのエッセンシャルワーカーにまず配布をして、一般に行き渡るのは恐らく来年の夏頃なのではないかというふうに言われていますので、この夏までが活動再開フェーズ、いわゆる「ウィズコロナ」という整理になります。ワクチンができると通常開催ができる準備が整うということで、通常開催フェーズ、同じく「アフターコロナ」という形になっていくのではないかと思います。

御存じのようにアメリカの方が感染状況が圧倒的にひどい状況で、日本の死者数が今1,600人ぐらいであるのに対して、アメリカは21万人以上。1日に1,000人前後の方が亡くなっている状況です。日本の1,600人というのはアメリカの2日間の死者ぐらいの数。それだけ状況が違うというところで、まずアメリカのほうが日本よりも対応のフェーズは遅い。基本的には今、無観客フェーズにいて、これから徐々に、先月から始まったフットボールが部分的に人を入れてやったりしていますけれども、基本はまだ無観客でやっているという状況は、日本よりは慎重、遅いと言えます。

それから今、通常開催に向けてのシナリオとしてはワクチンがキーになっていますけれども、おそらくワクチンができれば今の社会的距離政策は緩和されていくというシナリオを前提に今後の施設の運営改善などが議論されています。こういう中で、まずは無観客で開催していったのですけれども、四大スポーツでいくとメジャーリーグが最初で、アリーナスポーツのバスケ、アイスホッケー、先月からフットボールが再開されたという状況になっています。野球とフットボールはシーズン開催前にコロナになってしまって、NBAとNHLは大体シーズンが7〜8割終わって、もう少しでプレーオフというところで途中で止まってしまった形になりました。いろいろ再開条件が議論されていたのですが、大体再開に望ましいとされていた共通するところは3つありまして、1つは無観客、これは日本と一緒です。観客を入れてやるような状況ではないというところが最初です。

次が日本と違うところかなと思うのですけれども、中立地でのセントラル開催です。これはすべてのリーグができているわけではないのですけれども、理想を言えば1つの都市にシーズンが終わるまで缶詰になって、外界との接触を断つやり方ですね。そうすることで感染リスクを最小化するということなのですけれども、NBAなどですとフロリダのディズニーワールドを借り切って、ここに家族とか、選手とか、メディアも含めてプレーオフが終わるまで全員この中で過ごす、中に学校までつくってしまう、そういったことをやっています。NHLも感染状況が比較的いいカナダのトロントとエドモントンで再開しています。メジャーリーグはちょっと労使関係がよくなかったとか、フットボールは選手の数が多かったりして、中立地での開催にはなっていないですけれども、これが望ましいというふうに言われています。

3つ目は、検査体制の拡充です。ここも日本に比べて感染状況が非常に悪いですから、スポーツというと基本的に短期間に異なるチームと試合をし続けていくという濃厚接触の宝庫と言えるような状況になっていますから、濃厚接触になったかもしれないから予防的な隔離措置をとるという形にしてしまうと、人数が足らずに試合が開催できなくなってしまいます。そのため、基本的に1日1回、ほぼリアルタイムで選手、関係者の感染状況を把握するという形が原則になっています。この3つの原則を踏まえて、7月からスポーツの再開が順次なされていった形にアメリカではなっています。

では実際に、これから徐々にお客さんを入れてやっていく形になるのですけれども、来場者の心理はどうなっているのか。2020年4月のアンケート結果では、「イベントが再開したら来場したいと思いますか」という問いに対しては、「強く行きたい」「行きたい」「少し行きたい」という肯定的な意見を持っている人が大体9割です。「あまり行きたくない」「全く行きたくない」というのが1割ぐらいなので、多くの方が再開したら行きたいと思っている。では「再開されたらすぐ行きますか」というと、「すぐ行く」というふうに答えているのは大体3分の1ぐらい(35%)。その後、「1〜2週間(10%)」「1〜3か月(21%)」「4〜6か月(12%)」「半年〜1年(5%)」「1年以上(5%)」と様子を見ながら徐々に、段階的に来場者が戻ってくるのではないかという示唆が得られています。

では、来場したくない阻害要因は何かというと、やはり圧倒的に多いのは「コロナに感染したくない」ということで、99%です。それから社会的距離政策によって満員のスタジアム・アリーナが演出できないこともあって「魅力がない」という人が52%。あとは失業率が上がっていますから「所得が減って入場料が捻出できない(22%)」とか、「バーチャルイベントで十分(10%)」とか、「学校や仕事の再開で忙しい(9%)」「出張がなくなった(7%)」などです。つまり、最初の2つが圧倒的に来場阻害要因としては大きく、ここはワクチンができればある程度解消するところです。3つ目以降は、どちらかというと来場者の生活環境が変わったというところなので、運営側でどうにかできる問題でもないかなというところです。ですから段階的に、100%ではないにしても来場者は戻ってくるし、来場阻害要因になっているのは感染リスク、あるいは社会的距離政策なので、ワクチンができれば大体解消されるのではないかというところが来場者の心理という形になっています。

そういう来場者の心理、あるいはウィズコロナ、アフターコロナを踏まえた上での運営者の基本的なスタンスは、これは繰り返しになりますけれども、ワクチンができれば社会的距離政策は順次なくなっていくので、段階的にお客さんは戻ってくるということです。このシナリオが今は確からしいということですから、基本的にはコスト負担の限定的、暫定的な対応が基本になっています。客席の設計の見直しとか、大規模なハードの変更を伴う恒久的な改修というのは、今のところ現実的に検討されているところはアメリカではほとんどないと思います。

とはいえ、ここが一番重要なところだと思うのですけれども、お客さんの衛生意識というのはやはり大きく変化しているので、ここまでやったら安全、あるいは快適というレベルは大きく変わってくるはずなのです。アメリカでいうと、9.11のテロがありましたけれども、あれによって基本的にスポーツイベントに来場するときには空港と一緒の金属探知機が設置されるようになりました。テロによって安全意識が大きく変わったのと一緒で、コロナによって衛生意識が変わっているので、その快適性、安全性に追いつくレベルの運営改善とか改修は必要というふうに考えられているところです。

これを踏まえて、施設運営改善、改修の原則として、1)密閉空間をつくらない、2)密接、密集状況をつくらない、3)接触機会を極小化する、タッチレスにする。この3つの原則を応用していくという形になると思います。

基本的な今後のウィズコロナのステージにおいての施設の運営改善、改修へのアプローチについては、まずはお客さんの流れ、入場して、回遊して、着席して、観戦して、お手洗いに行ったりグッズを買ったりして、最終的に退場していくという流れがある。実際に細かく見ると、お客さん以外に例えば選手とか、メディアとか、あるいは従業員という形の広い意味でのユーザーということを考えて、それぞれにジャーニーを考えなければいけないと思います。こうしたジャーニーに対して先ほど申し上げた3つの原則をそれぞれ当てはめていって、ちゃんとできているのかを網羅的に確認していく。緻密に、網羅的にやっていくしかないという状況なのではないかと言われています。

こういうことは日本人のほうが得意かもしれないですが、入場だったら密閉空間をつくらないために、例えば待機するためのカノピーを張っておくとか、待機列を指示しておくとか、密接、密集状況を排除するためだったらセクションによって入場ゲートを指定するとか、あるいは何らかの法則によって時間差で入場するようなルールをつくるとか、接触機会を最小化するのであれば、もう紙のチケットはやめてペーパーレスにするとか、特にアメリカはこれからお客さんが入ってきますので、そういった対応をそれぞれのジャーニーで考えていく流れが進んでいくのではないかと思っています。

これからのスタジアム・アリーナのあり方

桂田 3人目は上林先生です。上林先生はこれまで、兵庫県の尼崎スポーツの森のプールの設計、マツダスタジアムや西武ドームの観客席改修、横浜DeNAベイスターズのファーム施設やZOZOマリンスタジアムの観客席改修の設計等を手がけられてこられました。

上林 私は今、大学の社会学部に所属しております。同僚の社会学の先生のなかに、「病の社会学」を研究されている先生がいて、新型コロナ感染症に関して「みんなコロナを正しく怖がっているか」ということ挙げています。先ほどから認知リスクのお話が出ていますが、感染症としての実態のリスクと、それぞれのリスク認知にズレがあるのではないかと考えています。

今回、感染症が広がるなか国内スタジアムで社会的距離に関する取組をいち早く行なったのが広島市民球場でした。チケット販売に際し、2020年3月1日の段階で既に社会的距離を意識し、2メートルの円形の床表示を置いて待機列をコントロールしています。思い返しますと当時一部のスポーツ関係者は、「ここまでやる必要ある?」みたいなことを言って失笑する人もいました。感染症が広がり始めた初期のころ、まだ報道でも「新型肺炎」といった既存の疾患の延長のような言われ方をしていましたし、まさかここまで大きな事態になるとは意識されていなかったのだと思います。

一方で、早稲田のスポーツビジネス研究所が5月から継続的にスタジアムやアリーナに向ける直接感染の心配について、いわゆるリスク認知についての調査をずっと進めております。今のところ、経過としてまとまっているのが5月から7月の7時点、その後も継続して調査を進めています。全国男女モニター2,500人を対象として調査をしました。

特徴的に見えているものとして、「リスク認知」の推移があります。調査ではいくつかのスポーツ来場者の行動シーンを想定して心配だと感じるものを選んでもらっています。例えばそのスタジアムまでの移動や、チケットの購入の手渡しや待機列、トイレの待ち行列や、応援時の行動、これらスタジアムでの行動をズラッと並べて、どれに対してリスクを感じているか複数回答で確認したところ、調査を始めて継続して50%以上の人々が選択している項目をまとめると、共通して多くの人が集合するということに対してのリスク認知が見えてきます。これは社会的距離に関係なく、どちらかというと大勢が集まることそのものを指していて、具体的な項目としては「大勢の人が同じタイミングで集まること」や、「不特定多数の人との接触」に関して比較的高い水準でリスクを感じていることがわかります。

次いで、40%以上で推移しているのは、観戦行動そのものに対してのリスクです。

観戦行動というのはいろいろありますけれども、その中でも「観客の応援行為」、あとはスタジアム内での「待ち行列での待機」であったり、行為・行動が伴う項目に関してリスク認知が示されているように考えられます。

一方で、現状社会的距離を実際にとるとどうなるか、実際に既にNPBもJリーグも観客席間を何席空けて、といった基準を設けています。一般的な観客席スタンドというのは寸法が大体決まっており、幅が420〜500ミリ、奥行が800〜850ミリ、広いところで900ミリあります。そこに1メートルの社会的距離をとろうと思うと、おおむね1人当たり5席を占有してしまうような形になって、収容できる人数は5分の1から7分の1になります。社会的距離の確保や今後ワクチン等の開発によって「安全」は高まるかもしれませんが、先ほど御紹介したとおり、認知レベルでのリスクというふうなところがある以上、「安心」という意味では「ちょっと怖いよね」といって来場を控える人の心配を解消できないという気がしています。

僕自身、いわゆるスタジアム設計に携わっている者として、何とかこのウィズコロナを乗り越えるのに、うまく社会的距離をとりつつも魅力を減少せずに済む「安心」を付加する方法はないか考えなければいけないと思っています。

コロナ前に基本設計させていただいたZOZOマリンスタジアムのホームランラグーンという観客席では、いわゆる昔の甲子園のラッキーゾーンに観客席を置いたような感じで、魅力のある観戦体験を両立させる方法を取り入れました。たまたま社会的距離をとれる構成になりましたが、日本においてはとにかくギュウギュウの三密にして、みんなで一体となって応援する、できるだけ人を詰め込むような考え方がこれまでのスタジアムの中にあったと思います。この際、社会的距離と魅力ある観戦体験を両立することを言い訳にして、多様な観戦スタイル、加えて余裕ある空間とホスピタリティの向上を目指してみてはどうだろうかと、国内各所でいろいろとご提案させていただいています。

とは言え、スタジアムの中はスペースが足りないわけです。更なる提案として、いわゆるエリアマネジメント、公共空間の民間利用を使って、スタジアム内部ではなくてその周辺の公共空間もうまく使ってスタジアムを拡張するという考え方をしてみてはと思います。

横浜スタジアムが周辺の公園の公共空間を民間利用する形でビアガーデンという形で余裕のあるスペースをつくっています。スタジアムに隣接したパブリックビューイングとしてスタジアムそのものを拡張するみたいなことをしています。スタジアムという建築単体で解決するのではなく、今こそ官民連携で何かできることはあるんじゃないかと考えています。

さらにはスタジアムを拡張するとの考えで、官民連携などハードルが高い、リアルの空間でも追い付かないというふうな話があったら、もう最後の手としていわゆる行動解析データなどを活用したバーチャル空間への拡張があるのではないかとも考えています。これまで観戦体験を豊かにするためにスタジアムでのデータ活用がコロナ前から検討されていますが、放映や観戦データへの活用だけでなく、来場者の行動解析へと領域を広げることで感染症予防であるとか、リスク回避に関するデータを集めて、いろいろなソリューションに繋げることができるのではと思います。

近年では、これらのデータをシステムで統合し、バーチャル空間をうまく利用した事例が出てきています。特に医療関係で3DCGなどにデータを落とし込みながら得られた知見をリアルな現場で生かし、現場でのフィードバックをバーチャル空間にまた持ち込むというような、いわゆるバーチャルによる双子(デジタルツイン)という方法が確立され始めています。これを例えばスタジアムマネジメントに生かすとどうなるか。バーチャルなスタジアム、リアルなスタジアムそれぞれをシミュレーションとそれを反映する、それをまたフィードバックするサイクルをつくることができれば、スタジアムを新たな意味で拡張することになるのではないかと思います。

今だからこそできるこれらの提案を、普段腰の重い日本のいろいろなスポーツ関係者の方々を動かすきっかけにうまく使えればいいのかなと、勝手ながら思っているところです。

最後に紹介したいスタジアムの計画があります。先日、2027年に長野県でおこなわれる国民スポーツ大会のメインスタジアムとなる松本平陸上競技場の設計コンペが行われました。最優秀に選ばれた青木淳+昭和設計チームは、観客席スタンド、フィールドトラックなど、スタジアムの要素を分解、バラバラにしてしまって、それを公園内にばらまくような形で、公園とスタジアムを融合させる提案をおこないました。ウィズコロナの中でオープンスペースの活用や、スタジアムでの多様な楽しみ方、新しい国民スポーツ大会の在り方への模索などを踏まえ、今後のスタジアムのあり方として高い評価を受けました。

これまでの既存のスタジアムは、昔からの型をしっかり守り先行事例に倣うことから逃れられなかった風潮がありましたが、今回のコロナはこれまでの流れに鉄槌を下すというか、インパクトを強く与えている気がいたします。松本平陸上競技場のような萌芽が既に出始めていることから考えてみても、スタジアムそのもののあり方を問うてみるというのは、こと保守的な日本においてはいい機会になっているのではないかと思っています。

リアル観戦環境の価値

桂田 視聴者の方からのご質問です。「コロナ禍が終息しましたときに、皆さんオンラインでスタジアムやアリーナでの試合を観ることに慣れてしまっているかもしれない中で、あえてリアルの試合環境に見に行くことの付加価値とか意味合いは何があるでしょうか」という問いと、「そのときにスタジアムのホスピタリティビジネス等が何か変化を起こしているところがありそうだとすればどこにありますか」という問いです。

鈴木 私個人の意見になりますけれども、スポーツの持つリアル、ライブの価値、これは置き換えられないものだと思っています。ですから今回のコロナによって試合ができないところで収益が上がらない中で、補足的、補助的な収益を生むための、試合に依存しないような収益源の開発とか、メディア消費者を開発していくとか、そういう議論はあるにせよ、ライブ、リアルの価値がリプレースされるものではないと思うのです。なので、そこは勘違いしないほうがいいのではないかと思っています。

1960年とか70年だと思うのですけれども、テレビが出てきたことによって人々がスポーツ競技場に試合を見に行かなくなるだろうといった議論があったらしいのです。ただ、それは当然起こらなかったわけですから、やはり何が本質的な価値をつくっているのかというところは踏まえた上で、今弱いところは何なのか、そういったところにフォーカスをしていくということが重要になってくるのではないかと思います。

石井 まさにコロナから明けた宣言をした中国が今どうなっているのかというのが未来図ではないかと思っていまして、観光地も、ショッピングも、レストランも中国は観客であふれていますので、時間差はあるとは思いますけれども、そういった状況がいずれ世界的に戻ってくるというのはシナリオとしては妥当なのかなというふうには思っています。ですから、本当に未来を明るく見据えつつ、既存の、今の脅威に対応していくというスタンスが大事なのではないかと思っています。

上林 不謹慎なことは承知のうえで、今回のコロナ禍はリアルな観戦環境を見つめなおすチャンスだと思っています。こと日本においては工夫しようにも新しいことにチャレンジしない施設、突破できない制度などがありましたが、今回のコロナというものを、一つの言い訳にして、こうしないとまずいですよとか、新しく変わるべきですよということを今こそ声を上げられるチャンスだと考えています。先ほど石井さんもおっしゃったように、ポジティブにとらえたほうがいいように思います。

桂田 本日はありがとうございました。パネリストの皆様すごく前向きで、コロナ禍の中でもスタジアム・アリーナ運営を考えるよい機会ととらえていただいておられますところを、ご聴講の皆様も参考にしていただけましたらと思います。

▶本稿は、2020年10月7日(水)に開催された、スポーツビジネスジャパン2020オンラインで開催された同名コンファレンスの内容をまとめたものである。

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