情報的健康を脅かす「リスク」とは ―スポーツ産業が向き合うべき情報社会の課題―
情報的健康を脅かす「リスク」とは
—スポーツ産業が向き合うべき情報社会の課題—
福山平成大学福祉健康学部准教授
河野洋
「情報的健康(Information Health)」は、人々の健康を「身体的」「精神的」「社会的」とともに、「情報的」な視点から捉える概念です。この新たな概念が提唱される背景には、情報社会に生きる私たちの健康を脅かす「リスク」の存在があります。本稿では、情報的健康の実装に向けて、スポーツ産業が向き合うべき情報社会の課題を確認します。
言論空間の9つの課題
慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)が2024年に公表した共同提言では、ソーシャルメディアに代表される現代の言論空間が抱える9つの課題が示されています。具体的には、①言論空間のビッグバン、②アテンション・エコノミー、③マインド・ハッキング、④フィルターバブル、エコーチェンバー、⑤フェイクニュース、⑥誹謗中傷・炎上、⑦アドベリフィケーションの欠缺(けんけつ)、⑧生成AIの利用、⑨「特効薬」の不在です。これらの課題は、現代に生きる人々の健康に影響を及ぼし得る「リスク」となり得るものだといえます。
「フェイクニュース」や「誹謗中傷・炎上」などへの問題意識は広く共有されていますが、9つの課題やそれらがもたらすリスクの全体像を十分に理解している人は多くないといえるでしょう。本来、健康に関わる行為は、効用だけでなくリスクについても十分な情報や説明を得た上で、利用者の意思によって行うか否かが判断されることが望まれます。しかし、今日私たちはそのリスクを十分に意識しないまま、情報社会の中で利便性が高くシェアの大きいサービスを、知らないうちに「利用させられている」可能性があります。
自覚なきリスクの社会発信
情報社会の健康リスクは、あらゆる立場の人々に理解が求められるものですが、特に、情報的健康の実装にスポーツ産業が寄与しようとするときには、次のような理解を深めることが求められます。
第一に、情報技術は人々の健康に貢献する一方で、利用方法によっては技術自体がリスクとなり得る点です。生成AIのような技術は、個人的な利便性のみを基準とするのではなく、スポーツ産業の健全な発展に向けた適切な指針の下で利用されることが求められます。この指針は、リスクを拡大するような利用を抑制するとともに、スポーツ産業の発展に資する利用を積極的に推進するものであることが重要です。
第二に、ソーシャルメディア等を利用することには「内在するリスク」があるという点です。誹謗中傷や炎上の可能性を完全に排除することは困難だといえます。そのため、企業やスポーツ組織は、自組織においてはこのリスクを前提とした対応体制の整備が必要となり、スポーツ実施者に対しては様々なリスクと共存しながらも、スポーツ活動が情報社会を健康に生き抜く力を獲得する機会となるよう努めることが期待されます。
第三に、情報社会の課題に対する理解や取り組みが不十分な場合、スポーツ産業の活動そのものが人々の情報的健康に対するリスクとなり得るという点です。ソーシャルメディアへの投稿ひとつをとっても、アルゴリズムによる認知の誘導(マインド・ハッキング)や、不適切な広告表示(アドベリフィケーションの欠缺)は、短期的な利益と引き換えに、スポーツ実施者やスポーツファンの認識や判断に影響を及ぼすおそれがあります。私たちの活動は常に、多くのメリットとともにゼロになることのないリスクを社会に発信しているのだという自覚が必要です。
次回より、スポーツ産業における深刻な課題のひとつである「アテンション・エコノミー」について詳しく検討します。スポーツを通じた利益の追求が、スポーツの文化的価値やスポーツに関わる人々の情報的健康を貶めるリスクとなる可能性を共有していきます。
参考文献
鳥海不二夫, 山本龍彦 (2024). 「健全な言論プラットフォームに向けて Ver2.1 — 情報的健康を、実装へ」. 慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート.

